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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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1-95.ちょっとした実験

 静けさを取り戻したガレージ内。

 室内には、かすかなモーター音が響いている。

 グエンは聞き慣れないその音に、発生源を探して周囲を見渡した。

 両手の指をワシワシと蠢かせるジア。その視線の先から音が聞こえる。


(なるほど。アレか。デラダンの機体とは違って、随分と静かなもんだ)


 カグロ機、ヘビークラストの駆動音らしい。

 グエンは立ち上がる。

 しかし、よろめいて体勢を崩した。

 デラダンが思わず両腕を差し出し、その身体を支える。


「アニキ! でぇじょうぶっすか!」

「ああ、なんとかな。……デラダン、こっからは小声で、な」


 グエンが声を潜める。

 何事かと首を傾げたデラダンだったが、すぐに状況を察し、無言で小さく頷いた。


「デラダン、このまま抜け道に行くぞ」

「へ? アニキ、ケガはいいんすか? そのあと出頭するってえ……心証がなんとかで」

「脂ぎったおっさんどものご機嫌なんて取って、楽しいか? それに、今すぐ治療するなんて言ってないだろ」

「え、ええ? けど、逮捕命令が出てるんすよ。いいんすか?」

「逮捕命令ってのは予定だろ? まだ出てない命令だ。気にすんな」

「あ、そっすね。言われてみたら、まだ命令は出てねえし……。さすがアニキだぜ」

「こういうのはな、怒られるまでは好きにやっていいんだよ」

「けどアニキ、実際に怒られたらどうするんで? 残ったやつら、一人は外っすけど、一人はガレージん前にいやすぜ」

「決まってんだろ。そんなやつ、ぶっ飛ばせばいいんだよ。いくぞ」

「へえ? ちょちょ、アニキ! 相手はあの重殻機兵隊(じゅうかくきへいたい)っすよ! ガチのランサーですぜ!」

「だな。ジア、ちょっと来てくれ」


 まだ虚空を掴み続けていたジアは、ゆっくりとグエンの方へ振り向く。

 名残惜しそうにガレージ前の機体へ視線を向けたまま歩み寄ってきた。

 側まで来たジアへ、グエンは小声で訊ねる。


「ジア、あのグラネクス装甲とやらのヘビークラストな。あれは頑丈なのか?」


 ジアはくるりとグエンへ向き直る。

 両手を胸の前に垂らしたまま答えた。


「あのえと、えと、えっとね、積層グラネクスってのはね、重銀(じゅうぎん)だけを材質にした重銀(じゅうぎん)装甲と違って~重銀(じゅうぎん)の合金なんだ~。指向性で部位に合わせた特製もあって~重銀(じゅうぎん)装甲の六十%以上も耐久値が向上してるんだけど~値段は五倍以上するから~材用の自作はできないし~」

「ふむ、その高級なお人形さんな。デラダンのヘビークラスト……アハテルだったか? と造りは違うのか? 例えば、燃料シリンダーの位置とか」

「えっと~、基本構造はアハテルと同じ~。制御系は世代交代してるけど~」

「なら、シリンダー含めて装甲厚は二十㎝程度か。……例えばだが、シリンダーが装甲ごと破損したらどうなる?」

「ん~、どうなるのかな~……。壊れ方によるけど~励起状態の濃化重銀(のうかじゅうぎん)の過剰反応で高圧電流でショート~? ん~、どうなるかな~気になる~。機体の安全装置が効いちゃうかな~? 旧式は動くかもだけど、新型は緊急停止するかも~?」

「よし、なら、ちょっと実験するか。燃料シリンダーが破損したら、どう制御されるのか」

「実験~? 燃料シリンダー壊すなんて無理だよ~。車がぶつかってもムリムリ~。ロケットランチャーでも、グラネクス装甲には傷一つつかないよ~。壊すなら~関節部に負荷を掛けた方が簡単~」

「ほら、アレを試すいい機会じゃないか」

「アレって~?」

「アニキ、何をするんで……?」

「上手くいけば、アイツを出し抜ける。が、俺とデラダンじゃ警戒される。ジア、手を貸してくれ」

「ぼ、僕~? 危ないのとかは嫌だけど~……」

「危なくはないし簡単だ。道路側から、あいつに話しかけて気を引いてくれ。あの機体、気になってるんだろ? 間近でじっくり見てこい」

「え~? いいの~? ……近くで見てこよ~っと~」


 ジアは言うが早いか、小走りでガレージの入口へ向かう。

 仁王立ちするヘビークラストの脇をすり抜け、その正面に立った。

 カグロ機の頭頂部、フェイスの頂点はシャッター入口とほぼ同じ高さ。

 ジアはブーツのつま先から舐めるように眺め、脚、胴体、腕、フェイスへと視線を引き上げていく。


「わ、わ、わ、やっぱり~装甲の形状が新型だ~。積層グラネクス装甲だ~。重銀装甲じゃない~。すごいすごい、すっごい~。いいな~、こんなピッカピッカのパーツで組みたいな~。ランスの方は……やっぱりパイルバンカータイプだ~。こっちは指向性グラネクスかな~いいな~かっこいいな~疑似排莢タイプかな~動くとこみたいな~」

『おい、ガキんちょ。中に入ってろ。外じゃエンブラから守ってやれねえぞ』


 カグロ機のフェイスがゆっくりと下を向く。

 足元のジアへ意識が向いた。

 ガレージ内。

 グエンが跳ぶ。

 左頬から首筋へ燃え広がる火焔文様が、空中に赤い軌跡を描いた。

 一足で室内を横断し、カグロ機の背後へ着地する。

 全身は紅く揺らめく炎の薄膜に包まれ、鞘を握る左腕から炎が立ち昇る。

 腰だめに構えた軍刀【濡焔(ぬれほむら)】。

 右手が柄を掴み、鍔が鞘を離れた瞬間。

 ドゴォンッ!

 短い爆発。

 濡焔(ぬれほむら)の黒い鞘口が火を噴いた。

 弾丸のような抜刀が、ヘビークラストを斬る。

 爆炎で加速した刃は流星のような輝きを放ち、空中へ紅蓮の弧を刻んだ。


(いっ……つうっ! が、手ごたえありだ!)


 グエンの視線の先。

 ヘビークラストの腰背面部の装甲が、横一文字に深々と切り裂かれている。

 バジッ! バジジジッ!

 裂けた装甲の隙間から火花が飛び散り、夥しい量の青い液体――濃化重銀が溢れ出した。

 濃化重銀は青白く放電しながら滴り落ち、床へ触れた瞬間、一際大きな反応を示す。

 放電は床で半球状に膨れ上がると、滴る青い液体を遡り、ヘビークラストの腰へ駆け上がった。

 バジュンッ!

 破裂にも似た放電音が鳴る。

 一連の放電は、唐突に沈黙した。


『な、なんだ!』


 カグロの驚愕がフェイスのスピーカーから響く。

 そして、それまで続いていたモーターの駆動音が止んだ。

 グエンは軍刀を鞘へ収め、ヘビークラストを注視する。

 ほどなくして、フェイスの奥からかすかに声が漏れた。


「くそ! なんで動かない! このポンコツが! おい! ヨミル! 聞こえるか!」


 耳を澄まさなければ聞き取れないほど小さな声だった。

 グエンは左手で右肩を押さえる。


「あだだだだ……。たぶん、また傷が開いたな。ははは、けどこりゃすごいな」

「な、なんすか! 今のドッカン斬りは! すっげえ! 正規機体をぶっ壊しちまった!」


 ドカドカと大きな足音を響かせ、デラダンが駆け寄る。

 沈黙したヘビークラストへ釘付けになっていた。

 グエンは苦笑混じりに返す。


「ドッカン斬り? また変な名前を付けるなよ。あ! つ、いてて」

「でえじょうぶっすかアニキ!」


 ジアがひょこひょこと歩いてくる。

 その視線もヘビークラストへ釘付けだった。


「うわわわわ、切ったの? 切れたの? うそ~……。その刀の素材なんなの~? あ、でもやっぱり安全装置で緊急停止してる~。なるほどな~。こうなるんだ~。アハテルなら予備動力に切り替わるはずだけど~。なんで新型だと止まるようにしたのかな~……搭乗者保護かな~。あ、デラダンの兄貴、今のはドッカン斬りじゃなくて、魔人絶火斬(まじんぜっかざん)だよ~。僕が考えた名前~」

「ドッカン斬りのがわかりやすいぜ! ドッカン! ズバーッ!ってよ!」

「……名前はとにかくだ、増援が来る前に行くぞ。もう一機もすぐに戻るだろ。デラダン、抜け道へ直行だ」

「そっすね! すぐに!」


 デラダンは勢いよく振り返り、ドカドカと大きな足音を立ててガレージ内を走る。

 セミの抜け殻のように背面装甲が開いたヘビークラスト。

 その中へするりと入り込むと、背面装甲が閉じ、甲高いモーター音が鳴り響いた。

 グエンも道路へ歩き、グランディアへ跨る。

 ガレージの奥へ視線を送る。


「オライオンは……置いていくか……」


 そう呟いた直後。

 奥の階段から白い小さな影が駆け下りてくる。

 ガレージを飛び出したオライオンは、速度を緩めることなく跳躍した。

 グエンはすかさず左手で受け止める。

 その小さな白い身体を、そっと左肩へ乗せてやった。


「久しぶりの定位置だな。相棒。右肩はダメだぞ。かなり痛い」

「ウォンッ!」


 オライオンはひと吠えし、グエンの頬を舐める。

 ガレージから、身を屈めた玉虫色のヘビークラストが姿を現した。

 グエンはインカム越しに言う。


『案内頼むぞ、デラダン。急ぐ!』

『っす! いきやすぜ!』

『ジア、あとは頼むぞ』

『留守は任せたぜ! いってくらあ!』


 カグロ機にまとわりついていたジアが振り返る。

 オーバーサイズのツナギの大きく余った袖を振って答えた。


「何すればいいかわかんないけど~わかった~。ちゃんと帰ってきて~」

『おうよ!』

『帰ったら、皆でうまいもんでも食おう』


 わずかに上体を前へ傾け、玉虫色のヘビークラストが音もなく滑り出す。

 グランディアのエンジンが唸りを上げ、三本のタイヤがアスファルトを蹴った。

 二台はすぐに左折し、路地へ消えていく。

 ジアは、そのエンジン音が聞こえなくなるまで手を振り続けた。

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