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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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1-94.重殻機兵隊

 ガラガラガラ……。

 一階ガレージのシャッターが開かれる。

 デラダンの乗るヘビークラストが中へ入り、延焼したモービルの火を消していた。

 幸い、建物の延焼は免れた。

 エンブラ兵が撤収した後。

 ガレージ前で、グエンとイオルが対峙する。

 濡焔(ぬれほむら)の刃を肩に担いだまま、グエンはヘビークラストを見上げた。


「さて、エンブラ兵を無事に避難させた隊長さん。まだ何か用か?」

「トゲのある言い方はやめてください。私は治安維持の職務を全うしたにすぎません。そもそも、貴方に我々の任務を妨げる権利はありませんよ」

「ま、あいつらは後で始末しておく。で、用があるのかと聞いている。俺はこのあと予定が詰まっていてね。そうそう長話はしていられない」

「……まずは、市民の安全を確保する必要があります。カグロ、ヨミル、貴方たちはあの兄妹を含め、彼らの警護をしてください。すぐに人員を回すので、引継ぎ後に交代を」


 道路に立っていた二機のヘビークラストのフェイスが外れる。

 カグロ。

 左頬に大きな痣がある四十歳過ぎの男性隊員。日焼けした浅黒い肌に、頭部へぴたりと収まる白いビーニー帽。角張った輪郭には白髪交じりの無精ひげが生えていた。

 鋭い目でグエンを一瞥し、少ししゃがれた声で応える。


「ちょうどヤニが切れたとこだ。一服ついでにガキのお守りしてやるか」

「はい! 市民の警護はお任せください!」


 よく通る少年のような声で応えたのは、カグロの左隣に立つヨミル。

 二十歳を過ぎたばかりの若い女性隊員。

 ショートボブの栗毛に、マルーンの大きな瞳。

 少し童顔な面立ちだが、緊張感ある引き締まった表情でイオルを見つめていた。


「では、カグロ、ヨミル、よろしくお願いしますね」


 イオルは二人を一瞥すると、グエンへ視線を戻す。

 その表情は険しかった。


「グエンさん、あなたには逮捕命令が出る予定です。このまま同行願えますか?」

「逮捕命令? なぜ?」

「正式な命令がまだですので、詳細は不明です。逮捕時にはお伝え出来ますよ」

「いや、どうせエンブラとアズレイを止められなかったとか、そんなところだろう。……護衛の契約も、か。で、同行ってことは、まだ強制じゃないな?」

「そうですね。ですが、同行されたほうが心証は良くなると思いますよ?」

「今の騒動で傷口がいくつか開いた。治療してから、そこの二人と一緒に出頭する。それくらいはいいだろう?」


 イオルはグエンの全身を見渡す。

 右肩口と左太腿に、黒い染みが広がっていた。


「……ええ。我々はエリエラさんの保護が任務でした。一足違いでしたが……」

「……あのケツアゴにもよろしくな」


 言葉が途絶える。

 真意を測りかねる両者。

 重い沈黙が流れた。


「……エンブラ兵についていった彼も心配です。私はこれで失礼します」

「ああ、また後で」


 イオルは会釈代わりに小さく頷く。

 胸部装甲へ張り付くように折れていたフェイスが持ち上がり、イオルの顔を包んだ。

 ヘビークラストは静かなモーター音を響かせ、その場を後にする。

 シャッターの開いたガレージ前には、グエンと二機のヘビークラストが残された。

 グエンは濡焔(ぬれほむら)を鞘へ収める。


「さて、俺は治療してくる」

「おい。わかってるだろうが、俺らはお前の監視も兼ねている。下手な真似はすんな。あと、妙な色のあっちの違法ヘビークラスト、あれにも話がある。停止させておけよ」

「わかった。じゃあ、俺のお守りも頼んだぜ、重殻機兵隊(じゅうかくきへいたい)のお歴々」

「言われるまでもねえ。ま、そういうことだ、ヨミル。託児所は俺が担当する。お前は周辺をぐるっと見てこい。スキャンを忘れんなよ。引き続き電子班の援護受けられるように、回線は開いておけ。なんかあったら、一人で突っ込まずにすぐ戻れよ」

「わかりました! カグロ先輩! いってきます!」

「おう」


 ガレージ内へ響き渡るヨミルの声に、カグロは静かに応えた。

 ヨミルはフェイスを装着すると、道路沿いを走行していく。

 肩のサーチライトで、廃倉庫や物陰、通路の奥を順に照らしていった。

 カグロはガレージ入口へ背を向け、仁王立ちになる。

 フェイスを装着し、内部ディスプレイの映像を確認した。

 ディスプレイには道路全体が映し出され、背後のガレージ内も同時に表示されている。

 グエンはヘビークラストの横顔を見上げた。

 フェイスの口元、装甲の隙間から煙が漏れている。

 片眉を上げ、苦笑する。


「どうやってタバコを吸うのかと思ったら、ヘビークラストは喫煙機能まであるのか」

『クエスタの精鋭部隊だ。これくらいの福利厚生があって当然だろ』


 フェイスから流れるカグロの声。

 タバコを吐き出す音もしっかり混じっていた。

 グエンは肩をすくめ、ガレージの奥へ歩いていく。

 室内奥、内階段入口の右手前。

 停止した玉虫色のヘビークラストが膝をつき、背面装甲を開放していた。

 その横にデラダンがしゃがみ、床の扉を開く。

 丸太のように太い腕を床下へ差し込み、ユイークを持ち上げた。

 両脇を支えられ、手足の力が抜けた姿は、まるでぬいぐるみのようだった。


「ぶえええ! 怖かったよー!」


 床へ下ろされると、ユイークは力なくへたり込む。

 頭に掛けた青いゴーグルの両レンズには、大きなヒビが入っていた。

 グエンはユイークの前へ歩み寄り、膝をつく。


「よく頑張った。無事でなによりだ」

「えぐっえぐっ……ま、まじん……ごんがいははやがっだじゃんかあ……ぶえええ」

「守れてよかったよ」


 続いて、デラダンがジアを引っ張り上げた。

 ユイークの横へ立つ。

 前髪に隠れた視線は、ガレージ前のヘビークラストへ向いていた。


「わわわ、ランサー隊の正規ヘビークラストだ~。あれは~……新型の積層グラネクス装甲かな~。重銀装甲の六十%以上耐久性能上がってるってほんとうかな~どうかな~」


 ジアはゾンビのように両手を上げる。

 何度も手を伸ばしては掴み、虚空の何かを必死にもぎ取っていた。

 グエンはその様子を横目で見届け、ユイークへ視線を戻す。


「立てるか? もう部屋に戻って大丈夫だ」

「ひ、ひどりじゃだでないぃぃ」

「腰が抜けたか。どれ」


 グエンはユイークへ手を差し出す。

 しかし彼女は力なく両手を掲げるだけで、その手を掴まなかった。


「やれやれ」


 グエンは小さく笑みをこぼす。

 ユイークの両脇へ手を回し、身体ごと持ち上げた。

 その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 立ち上がったユイークは、ふらふらと階段へ歩き出す。

 ヘビークラストの背から内部を覗き込んでいたデラダンが、心配そうに声をかけた。


「おいおい、ユイーク! 一人で階段上れっかよ!」

「えぐっ、えっ、えっ。いげるぅぅぅ」

「お」


 グエンの足元を白い小さな影が横切る。

 風のように駆けたそれは、ユイークの肩へ飛び乗った。

 ユイークは驚いて床へ座り込む。


「ぴゃあ! なにー、もー、おらいおん……」

「ウォン! ウォンウォン!」


 オライオンは肩に乗ったまま頬を舐める。

 ユイークは階段脇の壁へ身体を預け、オライオンを抱きしめた。

 しばらくして、ユイークはよろよろと立ち上がり、オライオンを抱いたまま階段を上がっていく。

 グエンとデラダンは、その背中を黙って見送った。

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