1-92.突入①
二階建ての建物を、アサルトライフルを装備したエンブラ兵が包囲している。
兵士は一様に、ヘルメットに固定された単眼スコープで右目を覆っていた。
一階ガレージ正面のシャッター、外階段脇の扉、外階段上の扉、建物の裏口、二階を含めたそれぞれの窓下。すべての位置に黒い軍服の兵士が配置されていた。
総勢十六名。
正面のシャッター前に立つ四名の中、一人だけヘルメットを外した若い女性がいる。
金髪のショートボブに、小柄な軍服の右肩には大ぶりな黒い羽の刺繍。
左腕には腕章が巻かれ、黒地に描かれた一羽の鴉は、その目だけが金色に輝いていた。
レイヴンはネイルを街灯の光にかざし、ため息を吐く。
「いや、無理。なんであーしがこんな野蛮なさー。あんのむちゃ振りジジイ、ガチムカツクんですけどお。場所は見つけたんだしー、もう帰ればよくね? なんか、中めっちゃ燃えててこえーし」
彼女の横に立つ隊長カルヴェンが、少し低めの静かな声で答える。
二十歳前のレイヴンより、一回り年上の男性兵士。
ヘルメットの下から灰金色の髪がわずかに覗く。
引き締まった顎に無精髭はなく、薄い唇は最低限の動きで要件を伝えた。
「正教会の騎士は、お貴族様。命令違反は処刑だ。レイヴン、さっさとヘルメットを被れ」
「ういーす。もう突入ですー?」
「銀圧探知に反応! シャッター前から退避! もう一発くるぞ!」
「え、ガチ?」
カルヴェンの指示を受け、シャッター前に立っていた四人の兵士が二手に分かれる。
ドォンッ!
ガレージ内から爆音が届く。
シャッターが激しく揺れ、ガレージ内の窓ガラスが飛散して地面に散らばった。
レイヴンは腰を落とし、頭を下げながら右目に下ろしたスコープを覗く。
ガレージ内をスキャンしながら、周囲への警戒を怠らない。
「うっざ。サイクロプス隊は戦闘部隊じゃねーっつーのーー……おんやー? たいちょー、あれー」
レイヴンが道路側を指差す。
派手なネイルが示す先には、丸目の巨大なライトが四つ、道路に浮かび上がっていた。
音もなく高速で移動するそれは、あっという間に距離を縮める。
漆黒のヘビークラストが四機、ガレージ前に立つレイヴンたちの背後で停止した。
左肩に載せた大きな丸目ライトが、エンブラ兵を頭上から照らす。
兵四人の影がシャッターに浮かび上がった。
「んちょ、バリまぶしいんすけどお。暗視モードだったら目ぇ潰れるしー」
「何事だ! クエスタに支援指示など出していないぞ!」
一機のヘビークラストが歩み寄る。
頭部装甲、フェイスが前方へ倒れて外れると、若い男性隊員の顔が現れた。
オールバックの栗毛、掘りの深い目鼻に、深く割れた顎。
治安維持部隊のガングーだ。
二メートル半の高さから怒鳴り声が降る。
「へっ! 指示だあ? てめえら、エンブラのくせに何様のつもりだコラァ!」
「ガングー! 失礼ですよ!」
窘める声は、ガングーの背後から。
もう一機のヘビークラストが歩行してくると、フェイスが外れた。
中からは、栗毛を両サイドに分けた優しい顔立ちのイオルが現れる。
ヘビークラストの右アームが持ち上がり、人間の倍ほどある指先が、イオルの顔に乗ったメガネフレームをわずかに押し上げ、位置を直した。
「部下が失礼いたしました。私は、治安維持部、重殻機兵隊隊長のイオルです。こちらはガングー小隊長」
「へっ!」
「エンブラ帝国軍、バナーバル派遣中隊所属、偵察小隊隊長カルヴェンだ。この場は我々が仕切っている。貴様らクエスタの出る幕ではない」
「そうはいきませんよ。バナーバル内の治安維持が我々の使命。銃を携えて民家を襲撃するなんて、見過ごすわけにはいきませんね」
「へっ、我が隊長さんは優等生なこって」
ガングーはそっぽを向いて鼻を鳴らす。
イオルはその悪態には付き合わず、カルヴェンの目をじっと見つめた。
カルヴェンの視線が、ヘビークラストの武装へ移る。
イオルとガングーの武装は同じ。
右アームには二m長の円錐状の機械式ランス。
左アームにはショットガンタイプの銃を持っていた。
更に、後ろに控える二機は、ランスの代わりにガトリング砲を装備している。ガトリング砲の回転する砲身群は、太い支持フレームの上に載っていた。フレーム先端はダガーのように鋭く尖り、砲身とは独立した銃剣として機能するようだ。
カルヴェンはヘルメットの下から覗く左目を細める。
「クエスタ自慢の重装備ヘビークラストか。まともにやりあっては戦いにならん」
「ええ。白鯨騎士団と戦う想定ですからね。さきほどお伝えしたように、私たちは治安維持が目的。この中にいるクエスタ隊員の保護に来ましたが、バナーバル市民も保護対象です。ここで戦闘するなら、黙ってはいませんよ」
イオルの物腰穏やかな声が、滔々と響く。
カルヴェンはイオルの顔を見上げ、静かに銃口を向けた。
「この中には賊がいる。クエスタの隊員でも、市民でもない男だ。邪魔をしないでもらおう。こちらは、貴様らのように気楽な任務というわけではない」
「そーだそーだ。あーしらもー、命がけで来てるんでー。子供のお使いじゃないんでーす」
レイヴンはピアスのついた舌を出す。
肩にかけたアサルトライフルの銃口は、イオルの顔に向けられる。
他二人のエンブラ兵二人も同様に、ガングーの方へ照準を合わせた。
しばしの沈黙。
遠くから重低音のエンジン音が響く。
激しいスキール音が混じり、何者かの接近を告げていた。
レイヴンの単眼スコープ内に、MAPが映る。
高速で移動する二体の物体が表示された。
「モービル一台、ヘビークラスト一台。高速せっきんちゅー」
レイヴンは脳波ノックでスコープ型モバイルを操作、部隊へ情報を共有する。
カルヴェンがインカムに向けて叫んだ。
『二階から突入! 正面は待機! 目標を発見次第殲滅! 一階は包囲しつつ出口を塞げ!』




