1-91.迫り来る敵
泳ぐ視線が数度部屋を見渡す。
ユイークは遠くから聞こえるエンジン音に狼狽え、窓際へ走った。
転がった丸椅子が脛にあたりイラついた声をあげる。
「ちょちょちょ、ちょっと! あ痛っ! なんなの! もうっ!」
「え~、なに~。あ、外の音って、あ、ユイーク近所のカメラをハックしてるの~? えっとこうして……あ、この音は~……中型のモービルかな~。250ccくらいが何台か~」
ジアはユイークの背中から窓を覗く。
傍受した音は遠く、眼前の道路にはなにもいない。
立ち並ぶ街灯の半数は壊れ、暗がりのアスファルト道路が寂しく伸びているだけ。
ユイークは右レンズにヒビの入ったゴーグルに焦点を合わせる。
ゴーグルディスプレイに流れるコードの波。
「え、これ……エンブラ……じゃない! ……クエスタに覗かれた? なんでクエスタが、あたしのモバイルをハックしようとしたの? な、な、なんでクエスタに狙われるの?」
「え~? でも、このエンジンの音は、たぶんクエスタ製のモービルじゃないよ~。クエスタのは四気筒だけど、これはたぶん二気筒の音~」
「ジア兄、それってどういう意味?」
「ん~、わかんないけど~」
「んもう! 役立たずなんだから!」
「だってさ~」
道路の奥から、ライトが現れる。
短い間隔の二つのライトを持つモービルが、六台走っていた。
高速で迫り来るモービル。
ユイークはゴーグルの倍率を挙げて、運転手を注視する。
「モービルに乗ってるやつ、黒い軍服の……兵士っぽい?」
『黒い軍服だと? どんな軍服だ?』
インカム越しに、語気を荒げたグエンの声が聞こえる。
ユイークは、その声の迫力に一瞬体を震わせた。
「そ、そう。な、なんか、金色の線? 模様が入ってるっていうのかな」
『金の刺繍入りはエンブラだ。二人とも、絶対に家から出るな。すぐにいく。できるなら、時間を稼げ』
『え? え? エンブラ? あわあわあわ、どどどどうしよ』
『わ、わかった。は、早く来てよ! で、でも、時間稼げってどうやって!』
『ジア! ユイーク! 落ち着きやがれ! ガレージん中に煙幕張れ! んで、二人で地下室に引っ込んでろ!』
『よし、それでいこう。だが煙幕だけでは弱い。ジア、ユイーク、ガレージ内で軽い爆発と火災を起こせるか? モービルの一台でもフッとばして燃やせ。ガレージが危険だと思わせれば敵の行動が鈍る可能性が出てくる。多少は時間を稼げるかもしれない。あと、地下とやらは頑丈か?』
『コンクリで囲まれたシェルターっすよ。もとからあった年代物っすけど、アジトが燃えてもシェルターは無事っす!』
『よし。すぐに行動開始だ。必ず守る。心配するな。念のため、通信は切っておけよ』
『わ、わかった! いくよ! ジア兄!』
『わわわわかった』
ユイークがジアの手を引き、内階段を駆け下りる。
直後、ジアが一人、階段を駆け登り二階に戻ってきた。
『ははわわあ、かかか鍵かけたたっけ』
外の階段から繋がる扉へ走り、施錠すると、金属製の閂をかける。
ガレージの前、アジトのすぐ目前からモービルのエンジン音が聞こえた。
ジアは転がるように階段を降りて行く。
グエンはモービルのスロットルを開ける。
加速した車体が、先行するヘビークラストに並んだ。
『デラダン! 飛ばせ! 急ぐぞ!』
『うっす! けど、いいんすか! ヘビークラストはモービルで走るより速えっすよ!』
『舐めんなよ! 俺が何十年モービルに乗ってると思ってんだ! 俺を振り切るつもりで飛ばせ!』
『へへへ! さっすがアニキ! 了解でさあ!』
デラダンは前傾姿勢を深める。
ヘビークラストの各装甲を繋ぐ接線に、青白い光が走った。
ブーツの踵部分から火花が飛び散り、爆発的な加速で地面に赤い残光を引き疾走する。
方向転換の度に、太腿部側面と腰部の姿勢制御ノズルから高圧ガスが噴出された。
巨体は横滑りすることなく、地面へ食らいつくように旋回していく。
グエンはスロットルを全開にする。
マフラーがパパンッ!と火を噴く。
太い後輪が一瞬空転し車体がブレるが、二本の前輪が白煙を上げて車体を引っ張った。
前方を滑るように走るヘビークラストを追い、大型の車体は猛獣のような勢いで夜の道路を駆け抜けていく。
アジト、一階ガレージ。
玉虫色のモービルが真っ赤な炎に包まれている。
立ち上る煙が室内に充満していた。
残るもう一台のモービルは無事だ。
ジアは、そのモービルのフロントフォークに制御装置を取りつけている。
震える手と声。
「こここれで、じじじ時間差できききちゃう」
内階段脇の床、正方形の蓋が開いている。
地下シェルターへの入口。
ユイークが入口から上半身を出し、不安そうな表情でジアを見つめていた。
ガレージのシャッターが激しく揺れる。
声を潜めたユイークが急かす。
「はやくはやく!」
「わわわかわか」
ジアは腰を抜かし、這いつくばるように地下シェルターへ降りる。
正方形の蓋が閉じられた。
数秒後、もう一台のモービルのエンジンが爆走し、火を噴く。




