1-90.追跡開始
グエンは自身のモービル、グランディアへ戻りシートに跨った。
すっかり冷えた風が、コームオーバーの紅い髪を揺らす。
傍らでは、デラダンが周囲への警戒を続けていた。
ヘビークラストのフェイスは外れたままだ。
首関節の部分で折れ、胸部装甲に額をつけたフェイスの内側は、ディスプレイの明かりで薄ぼんやりと光っている。
険しい表情を崩さず、歩道の両脇を睨み続けるデラダンに声をかけた。
「エリィは白鯨騎士団に連れていかれたそうだ。で、キトがそれを追った」
「まじっすか! 急いで追わねえと!」
「ああ。見えていたと思うが、ルガー曰く、おそらく大隧道内部の地下遺跡、デラダンが助けに来た場所に行ったんだろうって話だ」
「へっ。ルガーの野郎、たまにはちゃんと仕事するじゃねえか」
「腕利きな印象だが、普段は違うのか」
「ドケチなんすよ! なんせすぐに数字がどうたら、いちいち面倒くせえやつなんで」
「その数字が、助けになったかもな。で、急ぎ内輪地区に行きたい。どう思う?」
「内輪っすか。普段ならクエスタの身分証でゲートも素通りなんすけど……」
「環状擁壁ゲートだったか。俺は連行されて通っただけだから、勝手がわからん。どこかに抜け道のようなものはないのか?」
「ありゃあ、内輪地区をぐるっと囲ってるんすよ。ゲートはいくつかありやすが、ユイークが調べた限りはどれもエンブラ兵がいるって話なんで……」
「エリィもだが、鉄箱も内輪地区にあるんだろう?」
「そっすね。鉄箱はクエスタ本部の目と鼻の先っす。んんー、本部にこっそり入るなんて、考えたこともねえっす」
「本部にこっそり、な。……ん?」
グエンは、デラダンへ視線を向けたまま、記憶の奥に引っかかるものを感じた。
つるりとした頭に彫られた、ハートをモチーフにした入れ墨。
街灯の灯りをうっすらと反射する頭。
何が引っかかるのかと首を傾げ、思案する。
やがて、大隧道でのやり取りが脳裏によみがえった。
「大隧道でキトをいじめたデラダンが」
「へ、あ、あの、アニキ、その話は、ちょっと。つか、なんでいきなり……」
「いや、責めているんじゃなくてな。外輪労働者は大隧道にいたらどうとか、難癖つけてたろ」
「あ、そ、それはっすね、ローガー会長がそうしろって御触れを出してやして……」
「なんか似たような話が他にもあったような気がするんだが……」
「似たようなって、アッシは他には別に……キトをいじめるようなこたあ……」
「いじめる……そうだ! キトと初めて会った時、クエスタ本部でだ」
「へ? キトはアニキが内輪に入れてやったんじゃないんすか?」
「いや、クエスタ本部の警備にいじめられていた。俺がキトに初めて会ったのもそこだ。どうやってここまで入ってきたとか、責められていた気がするが」
「妙っすね。外輪労働者は専用の運行バスじゃねえと入れねえっすよ。個人じゃ無理っす」
「何かあるんじゃないのか? 抜け道のようなものが」
「抜け道、っすか。うーん、抜け道っすかあ。うーむむむむ……」
デラダンはヘビークラストの両腕を組み、太い唸り声をあげた。
そこへ、インカムから回答があった。
『僕知ってるよ~、抜け道~』
『んお! マジか! ジア!』
『キトと二人で買い物行ったときにね~。教えてもらった~』
『よし、ナビできるか?』
『ちょっと待って~。ユイーク~、この場所だよ~』
『え、ナビくらいジア兄でもやれるっしょ』
『新規登録とか苦手なんだ~。設定してくれたらできるんだけど~』
『あたしがいなきゃなんもできないんじゃん。ったくさあ。デジタルも、もっとさあ』
『オイルが通ってないと~、やる気でなくて~。こういうのはユイークがいないと~』
『おう! さすがユイークだぜ! ちゃちゃっと頼まあ!』
『頼りになる』
『ふんっ、魔人までさあ。ま、エリィとキトの為だからね! 魔人にツケとくから!』
インカムから、数度、吐息交じりの弾んだため息が聞こえる。
デラダンはグエンへ向け、デッキブラシのような髭の奥に白い歯を見せて笑った。
グエンは片方の眉を跳ね上げ、苦笑いで応える。
『大まかな位置がわかるならすぐに移動したい。どこだ?』
『ちょい待ち。へえ、こんな所なんだ。アジトの近くじゃん』
『おっしゃ。とりあえずアジトだな。アニキ、案内しやすぜ』
『急ごう』
『うっす! 任せて下せえ!』
デラダンは親指を立てて見せる。
胸元に垂らしていたフェイスを起こして被った。玉虫色の人型兵器は悠然と道路へ歩み出る。軽く足と腰を曲げて前傾姿勢を作ると、ブーツ底のタイヤを駆動させ、滑るように加速を始めた。
『アニキ、アジト方面へ向かいやすぜ!』
『よし、後ろを行く』
ドルンッ! と軽くエンジンをあおり、グランディアの三本のタイヤが路面を蹴る。
一気に加速した車体は、瞬く間にヘビークラストの背を捉えた。
二台が去った後、店先を煌々と照らしていたライトが消える。
倉庫街へ続く一番道路を、二台のマシンが走行していく。
時速八十kmほど。
先導するヘビークラストの右腕が小さく上がった。
『アニキ、ナビデータを受け取りやした。倉庫街の北西……へえ、廃工場の裏……。ああ、ジャガイモ工場だったアレか。知ってる場所っすね』
『アジトからは近いのか?』
『そっすね。歩いて五分もかかんねえっすよ』
『近くだよ~。だって、歩いて一緒に見たもんね~。なんかね~工場の地下の壁が崩れて、遺跡みたいなのがあったよ~』
『遺跡? 工場の壁に?』
『アニキ、ここらじゃよくあるんすよ。地下遺跡がダンジョンに繋がってるんすけど、建物建てようとしたら地下から遺跡が出るんすよ。そうなると工事が止まるんでさあ』
『ね~。だから悪い人は~遺跡を埋めちゃうんだよね~』
『なるほど。で、潰れた工場の地下に遺跡の入口か。それが内輪地区まで繋がっていたと。世界樹にも興味があるキトのことだ。探検がてら見つけて入ったのか』
『そ~。歩いて行けたよ~』
『は? ジア、おめえ。歩いて内輪まで行ったのかよ! 見つかると面倒くせえぞ!』
『ちょこっと顔出しただけ~』
『ははは。子供ってのは知らない場所にすぐ入り込むからな。それが幸いした』
『ジアはあたしよりもガキんちょだからね』
『え~? ユイークが~? 僕はざーこざーことか言わないけど~』
『は、はあ? 機械オタクに言われたくないんですけどお?』
インカム越しに交わされる談笑。
突如、緊迫した声が混じった。
『え、なになに。なんか変なの接近してない? 音がするんだけど……』
『なんの音~?』
『あ? なんでえ。何もいねえぞ』
『後ろか? ……ミラーには何も映っていないが』
グエンはモービルのサイドミラー越しに後方を確認する。
デラダンはフェイス内モニター越しに全方位を索敵したが、疑わしいものは映らない。
『そっちじゃないって! こっちだよ!』
アジトの二階、リビングの椅子に座るユイークが勢いよく立ち上がる。
ユイークの足に跳ね飛ばされた木製の丸椅子が、床に転がった。
青いゴーグルディスプレイ、右側のレンズに大きなヒビが入る。




