1-89.足取りを求めて②
グランディアは狭い路地いっぱいを使って反転する。
そして、もと来た六路中央広場へ向かった。
『デラダン、聞こえるか』
『うっす。会話聞こえてやしたぜ』
『お、切るの忘れてた。が、それなら話が早い。さっき別れた場所へ戻る。マギーさんの話から察するに、あの近くにムロージ商会があるのか?』
『うっす! あっしはもう着いていやすぜ! にしても、姐さんがムロージ商会に向かうって話、すっかり忘れてやした!』
『だな。すぐ行く』
『うっす!』
会話を終えてほどなく、グエンはデラダンとの待ち合わせ場所へ到着する。
デラダンはヘビークラストのフェイスを外して待っていた。
フェイスは首関節部で折れ、前方へ倒されるように胸部へ密着している。
グランディアの姿を見つけ、耳のインカム越しに声をかけた。
『アニキ、あれっす。道路の向こう側のでっけえビルがムロージ商会っすよ』
『本当に目の前だな。三十階くらいいあるか? このまま行ってみよう』
『了解っす』
二人はそれぞれ道路を横断する。
ライトアップされた大理石の正面入口前。
モービルとヘビークラストが合流した。
入口から、まばらながらスーツ姿の人が出てくる。
ガラス扉越し、受付に立つ女性がこちらの様子を窺っているのが見えた。
グエンは彼らの顔を確認しつつ、周囲を見渡す。
「もう終わりの時間かもな。まだ人がいるうちに聞いてこよう」
「アッシもいきやすか?」
「いや、デラダンはここで周囲を見ててくれ。エリィと入れ違いになるかもしれない」
「うっす。任せて下せえ」
ヘビークラストの重厚な足が持ち上がり、一段高い歩道を踏みしめる。
3mを超える人型兵器は、直立不動で固定された。
蛍光緑を主体にした装甲は、街灯を受けるたび緑や紫、青へと構造色を揺らした。
フェイス装甲を外した顔だけ生身というデラダンの姿は、装甲の色と相まって非常によく目立つ。
(これだけ派手なら、エリィが通れば絶対に気づくだろ。しかし、なんで玉虫色なんだ……)
グエンはエンジンをかけたままモービルを降りる。
帰宅する職員とすれ違い、正面入口をくぐる。
受付カウンターへ向かっていると、中二階から男性の声が降ってきた。
少し掠れた、低い声。
「おいおいおいおいおい! やっぱり生きてやがったぜ! さすがは戦姫殺し様よ!」
重厚な大理石の階段を勢いよく駆け下りてきたのは、情報屋ルガー。
黒いベレー帽を右手で押さえ、火をつける前の葉巻を咥えている。
階段を降りると、ルガーはグエンへ手招きした。
「そこだと入口から丸見えだ。こっちの角なら、死角になってるからよ」
「ルガーさんだったな、情報屋の」
階段脇まで歩き、グエンは応えた。
ルガーはズボンのポケットからオイルライターを取り出し、葉巻に火をつける。
携帯灰皿を取り出し、口の中で煙をくゆらせると、ゆっくりと吐き出した。
「ふう。さんなんていらねえって。水臭い。ルガー、グエンで行こうや」
「わかった。ここで情報屋ルガーに会えたのは幸運だ。教えてほしいことがある」
「だろうな。ただ、一つ言っておくと、運じゃねえよ? 俺は戦姫殺しが今のバナーバルを救うと見て、この支部に詰めてたんだ。ムロージ商会に出向って体でよ」
ルガーは煙を燻らせ、にやりと笑う。
その様子を、受付の女性が横目でちらりと見ていた。
グエンは、すぐに視線を外した彼女と、煙を吐くルガー、そしてロビー内を順に見渡す。
ロビー内のどこにも、灰皿らしき物は設置されていない。
「もしかして、ここは禁煙か?」
「おいおいおい、お前さんは俺のお袋か? やめてくれ。俺は出向してるだけで、ムロージ商会の社員じゃないんだ」
「長時間話し込むと煙ごと追い出されそうだな。単刀直入に聞くが、エリィを見なかったか? ノマドドームで俺と一緒にいた、黒髪の若い女性だ」
「それな。ちょうど上の階から見ていたよ。一足違いだ。ついさっき、そこの道路の向かいで騎士様に連れていかれた」
「なんだと」
グエンはルガーの指さす方向へ視線を向ける。
そこには、デラダンが待機し、こちらの様子を伺っていた。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
肩や背中、腕の縫合痕が痛んだ。
ルガーに向き直り、静かに言う。
「……囚われのお姫様を助けたい。行先はわかるか?」
「お、ご身分が知れたか。難しい境遇のお姫さんな。ったく、見ててこっちがヒヤヒヤしたぜ。エンブラの騎士団にまでケンカふっかける戦姫殺し様と、エンブラのお姫様のカップリングだぜ? 上は何考えてやがんだってよ」
「情報屋ってのは厄介なもんだな。知ってて黙っているのも仕事か。で、行先はわかるか?」
「いや、わからん。……確証はないが、おそらく大隧道に連れていかれるだろうよ」
「なぜだ?」
「そりゃ、白鯨騎士団の団長さん御一行がいるからだよ。詳しくはわからないが、奴さんたち、大隧道の奥、戦姫殺しが大暴れした橄欖の間付近に居座ってやがる」
「橄欖の間は、あのリクセンの集団が出た所か?」
「そうだ。なわけで、地下遺跡ごとやつらの根城になってるぜ? 墨影が地下遺跡から侵入したって話もある。ったく、地元なのに、地の利はあっちにあるって厄介な状態だ」
「一つ確認したい。バナーバルは、エンブラについたのか? 回答次第では敵が変わる」
グエンは目をわずかに細める。
左頬から首筋に火焔文様が浮かび上がった。
鋭利さを宿した瞳は、紫煙越しに紅い光を放つ。
「おいおいおい、そんなおっかない目で見るのはやめてくれ。バナーバルをエンブラなんぞに渡してたまるかっての。そのために俺はムロージ商会に無理言って、おたくに鉄箱の情報とフリーパスまで流したんだぜ? あれを悪用されてみろ。俺は一生ムロージ商会の倉庫番でこき使われるだけじゃ足りねえ、孫の代まで墓場にも入れず倉庫暮らしだぜ。ヘビークラストの武装は、下手したら家が数軒建つほど高価なんだ」
「……そうか。三代目とは一度会っているが、なぜ支援をしてくれたんだ?」
「支援っつーか、投資。反エンブラのムロージ商会に、戦姫殺しの実績を数字で示しておいたからだな。ほれ、見てみな」
ルガーは黒いベストのポケットから黒い手帳を取り出す。
あるページを開き、グエンへ広げて見せた。
殴り書きの癖字がひしめく中、数字を丸で囲み強調された箇所がある。
「この八十八という数字は? 何か俺と関係があるのか?」
「大ありのありだ。戦姫殺しが破壊したリクセンの数だ。あの後すぐ、俺が直接現場で残骸調査した結果だが、大変だったぜ? 道が埋まってやがったからよ。けどよ、俺の飯の種は、客観的な数字。覚えとけ。主観を排除した数値こそ、人を動かす。現に、俺だってこの調査結果がなきゃ、新米隊員グエン君をここまで買わねえよ。未知の大型リクセンも評価大だ」
手帳をしまうと、ルガーは携帯灰皿に灰を落とす。
グエンはしばし思案する。
その頬から火焔文様は消えていた。
「二、三十程度は斬ったと思ったが、そんなに多かったのか。覚えていないが……。やつらを斬ったことに、それほど価値があるのか?」
「リクセンってのは、治安維持部隊のランサー部隊、つまりは重装備のヘビークラストでなきゃ破壊は難しい。この数をあの短時間でってのは、現存するランサー隊三十機を全機投入したのと同等じゃねえかってのが、俺の見立てだ」
「へえ、それはすごいのか?」
「おいおいおい、戦姫殺しは金に興味ないのか? プレーン体のヘビークラスト一機作るだけで八千万ギンはかかるんだぜ。プラス機体の維持運用コストに、ランサー隊員の固定費となりゃさらに莫大なコストだ。この戦力、味方にして損はないってアピールしたわけだ。軍事力を維持するってのは、金を垂れ流すようなもんよ」
「……そうか。ありがとう。鉄箱以外に、他に聞いておくべき話はあるか?」
「あの外輪のちびっこ、お姫さんを追ってったぜ」
「キトか! キトまでエンブラに捕まったのか?」
「さあて。装甲車を走って追いかけたところまでは見えたが……」
「助かる。良い情報だ。ここへ来た甲斐があった」
「情報屋冥利に尽きるねえ。が、クエスタ本部に大隧道を含めた内輪地区の情報は、今伝えた以上のことはさっぱりわからん。騎士団が大隧道にってのも、三日前の情報だ。情報もブツも、エンブラとローガー派ががっちり封鎖していやがる」
「十分だ。急ぐ」
「肝心の鉄箱も内輪地区にある。入るまでが骨だ。気をつけてな」
「情報代はツケで頼む」
「高いぜえ? と言いたいとこだが、エンブラを蹴散らしてくれりゃ、釣りを払うぜ」
「ははは。じゃあ、エンブラのやつらの首で支払おう。戦姫殺しの像に、首を並べておく」
グエンは朗らかな笑顔を向け、背を向ける。
受付の女性に会釈し、ムロージ商会ビルを後にした。
ルガーは葉巻を吸い、グエンの背へ向けて煙を吐き出す。
「おいおいおい、今のは戦姫殺しジョークかよ。ったく、物騒なやつだぜ。しかし、お姫様を助けに行くってんなら、戦姫殺しってのはやっぱり違うのかねえ。ま、戦姫殺しなんて、五十四年も前の昔話だしなあ」
受付カウンター内で、女性が大きく咳払いをする。
ルガーは肩をすくませ、葉巻の火を携帯灰皿に押し付けた。




