1-88.足取りを求めて①
風の様に走るキト。
帽子が飛ばないように右手で抑えているが、肩掛けバックは背中で踊り狂っていた。
みるみるうちに装甲車との距離は縮まる。
装甲車は目前。
キトは飛び上がり、後部ハッチに固定されたスペアタイヤへ手をかけた。
スペアタイヤを固定するパイプを掴み、しがみつく。
小柄なキトだが、飛びついたことで車体がかすかに揺れた。
「音がした様だが、何か当たったか?」
装甲車の後部ハッチ、小さな窓に人影が映り、一対の目が外を探る。
探られていることは知らず、キトはスペアタイヤの背面で移動を始めていた。
走る車体から落とされないよう、つかめる部分を手探りで掴みながら下へ進む。
タイヤを凝視する目。
「気のせいか」
窓を覗いていた人影が消える。
小さなキトの身体は、完全に死角に隠れていた。
車体後部へせり出したスペアタイヤにぶら下がり、キトは呟く。
「うーん……ここじゃ見つかっちゃうかな……あっちいこ」
視線の先は、後部ハッチ下部にあるステップ板。
後部ハッチが開いた際、車内へ乗り込むための足場となるステップだ。
ステップ板へ降り、身を屈めるとさらに下を覗く。
装甲車は通常の車両よりも、車体下に大きな空間があった。
高速で流れていくアスファルトの路面。
思わず唾を飲んだ。
帽子にかけていたゴーグルを下ろして装着する。
「お、落ちなきゃだいじょぶ……」
ステップ板を抱くように掴み、するりと下側へ潜り込む。
キトはステップ板の影、車体下にやもりのように張り付いた。
装甲車は方向指示を出し、右折する。
速度を上げ向かう先は、内輪地区の入口、環状擁壁。
六路中央ターミナル。
バスの車列間を、黒い大型モービル【グランディア】と、玉虫色のヘビークラストがゆっくりと徘徊している。
インカム越しに声が響く。
『見当たらねえっすね。姐さんとキト』
『そうだな。アジトから直通しているバス停は、ここで間違いないのか?』
『そっすね。つーか、ユイーク、会話聞いてっか?』
『聞いてるけど』
『姐さんのモバイルの場所、わかんねえか?』
『んー、わかるけど』
『わかるのか。やるな』
『なんでえ。なら言えよ!』
『だってさー、数分前に反応が消えちゃってるんだよねー。歩いてたっぽいんだけど』
『消えている? ここにいたのは確かなのか?』
『正確には、バス停から六路公園の方に歩いたって感じ』
『デラダン、場所わかるか?』
『もちろんでさ! こっちっす!』
玉虫色の機械鎧が東側へ向きを変え、滑るように移動する。
グエンのグランディアも、バスターミナルを横断するように後を追った。
グランディアは大排気音を響かせ、ヘビークラストは音もなく進む。
『なあ、そのヘビークラストの足タイヤ、そんなに静かだったか? 無音だぞ』
『あ、これっすか。ジアが新型の静粛性モーターに変えたって言ってやしたぜ。スクラップにあったのをニコイチで組みなおしたとかなんとか』
『へえ。前のもそこまで大きな音じゃなかったが……。確かに、レシプロエンジンの音はロマンだが、戦闘用なら静かな方が有利だもんな』
『マジでそうなんすよねえ。この図体で音がしねえから、コンクリの上とかだったら歩くよりも静かっすよ。しかも初速の加速がバカっ速っす』
『接敵が楽になるな』
『っすね。ユイーク、公園のどのあたりだ?』
『そのまま、もうちょい東。あ、その辺』
二人は公園の外側、並木に面した歩道脇で停止する。
デラダンはヘビークラストのフェイス越しに、グエンは肉眼で周囲を見渡す。
時間は二十時半を過ぎたところ。
歩道には帰宅を急ぐ歩行者がちらほらと見える。
『それらしい人影はいないな。バス停からも離れているし、公園内を探すか』
『なら、アッシが公園内を行きやす。ヘビークラストなら階段も登れるんで』
『わかった。中は任せた。俺は外周を見てこよう。インカムはどの程度の距離まで通話可能かわかるか?』
『そういうのはジアっすね。ジア、距離わかるか?』
『……あ、僕~? えっと~、普通ならインカム同士かクエスタの回線使うかで変わるけど~。アハテルとグランディアに送受信機つけといたから~バナーバル内ならどこでも~』
『さっすがジアだぜ!』
『ん、アハテルってのは、デラダンのヘビークラストのことか?』
『そうだよ~。天照って書いてアハテル~。世界樹の神話に出てくる武器で~天から地上を貫く光の槍って言うのがあって~』
『よし、その話は帰ったらゆっくり聞こう。行くぞ、デラダン』
『うっす!』
デラダンはヘビークラストのまま歩道の段差を乗り越え、公園の並木の間へ入っていく。
一方、グエンのグランディアは公園外周の道路を走った。
バスターミナルの方向から東へ進み続け、反時計回りに六路中央広場の外周を進む。
住民と思われる中年男性や、ジョギング中の若い男性などは何人か見かけたが、エリエラらしき人物はいなかった。
(土地勘も無いのに、こんな所を歩くのもおかしいかもしれないな。そろそろ引き返すか……ん、あれは)
外周から逸れた脇道に、人影を見つけた。
モービルを傾け、進路を変えて脇道へ入る。
細い路地に、グランディアの重い鼓動音が響き渡った。
丸目ライトが照らす先、人影が振り向く。
恰幅の良い中年女性。
人違いだったため、グエンは横を通り過ぎようとした。
女性が張りのある大きな声で呼び止める。
「おや! あんた! 無事だったんだね!」
「ん?」
グエンはグランディアを停車させる。
その横へ、小走りで近づいたマーガレットがグエンの肩をはたく。
「やっぱりそうだ! そんな綺麗な赤い髪でコームオーバーなんてあんたしかいないからねえ! あたしだよ! あたし! マギーの果物屋!」
「いだっ!……あ、ああ、ランカを買った時の」
「あらやだ、ごめんよ。ケガしてるのかい? やっぱり無茶したんだねえ。あの後さ、世界樹公園でエンブラ相手に大立ち回りした人がいるってえ噂で持ちきりだったよ。でね、おばちゃん、ピーンと来たんだよ。あんたのことだってね! 無事で一安心よー!」
豪快にガハハと笑うマーガレットに、グエンは苦笑する。
ハンドルから手を離し、右肩を擦った。
「とりあえずは無事だよ。そういえば、自己紹介がまだだった。俺はグエン・クロイド。マギーさんでいいのかな?」
「おや、あたしとしたことがランカを売ったのに、名乗ってなかったなんてね。マギーの店の店主、マーガレットだよ。マギーって呼んでおくれ。そういや、小さな相棒ちゃんの方はお元気?」
マギーはモービルの上を見渡す。
相棒、つまりオライオンのことだと察し、グエンはシート最後尾に載せた黒いパニアケースを親指で指した。
「あいつも元気だよ、あの中でぐっすり寝ている。で、マギーさん、ぶしつけな質問で申し訳ない。人を探しているんだが、エリエラという若い女性を見なかったかな。年齢は二十歳ぐらいで、黒髪、白いブラウスで、異国風の鮮やかなスカートを履いている。それと、キトという亜獣人の男の子」
「おや、それってエリィちゃんかい? さっき会った、上品なお嬢さん。男の子はわかんないけどさ」
「エリィだ! 上品なお嬢さんなら間違いない。彼女とはどこで?」
「ほら、そこの六路公園の中さ。ノダちゃんにバナナあげてたら、ノダちゃんを心配して声かけてきてね。あ、ノダちゃんってのはノダナ族ね。まあ、可愛らしいお嬢さんだったよー。どっかの女優さんかと思っちゃった」
「やっぱり近くにいたのか。ノダナ族を見てというのなら、なおさら間違いない。彼女を保護したくて探しているんだが、どこに行ったかわからないかな」
「それなら、ムロージ商会の支部だよ。公園の南側にさ、ムロージ商会あるから場所を教えてあげたのよ。公園から目と鼻の先だから、行ってごらんよ」
「そうか、ムロージ商会か。ありがとう。助かったよ。行ってみる」
「あいよ! あんた、気を付けるんだよ。そこら中にエンブラのやつらがいるからさ。ケガしてるんだろ? 無茶しちゃだめだよ!」
「ありがとう。マギーさんも夜道には気を付けて」
「あらやだ。こんなおばちゃんに親切ねえ。今度会ったら家まで乗っけてっておくれよ」
「ははは、ぜひ。シートを開けておくよ。それじゃあ」
「あいよー。また店にも寄っておくれ!」
グエンは左手を挙げて挨拶を送る。
ハンドルを握り、軽くエンジンを吹かして発進した。




