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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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118/125

1-87.迎え

 バナーバル市の南、商業区内の倉庫街。

 市外と隔てる南外境ゲートから、内輪(ないりん)地区中央へ続く一番道路を、一台のバスが走っていた。

 エリエラは車窓を流れる倉庫街の夜景を眺める。


「まずは、ムロージ商会を探しましょう。きっと、なんとかなります……」


 バスはバナーバル市の中央へ向けて進む。

 時刻は二十時。

 通行量はまだ多い。

 バスを追い抜いていく一般車を、エリエラは静かに見つめていた。

 二十時半、バスは六路中央ターミナルに到着する。

 河港倉庫街方面乗り場。

 エリエラは停車したバスから降り、周囲を見回した。

 駅を背にしたバスターミナルでは、大型バスが引っ切り無しに発着を繰り返していた。

 ターミナル左端に立つエリエラは、反対側の歩道を歩く小さな人影を見つける。

 頭には黄色いヘルメットをかぶり、背中には体と同じくらい大きな黄色いリュック。


「あれは、ノダナ族さん? こんなところで何をしているのでしょう」


 後ろ姿を目で追っていると、ノダナ族は並木に囲まれた公園へ入っていく。

 一人の女性がその小さな背へ振り返り、公園へ駆けていく姿も見えた。


「あの方、ノダナ族さんを追ったように見えますが……心配ですね」


 言葉を言い終えるより早く、エリエラは駆け出した。

 歩道を行き交う人波を避け、小走りで公園へ向かう。

 六路中央広場。

 並木に囲まれた、商業区中央のシンボル的な公園だ。

 エリエラは白い街灯に照らされた園路を進む。

 両脇には、濃い緑の天蓋を広げたケヤキが整然と立ち並んでいた。

 少し歩くと、一つの東屋が見えてくる。

 近づくと、見慣れた黄色いヘルメットをかぶったノダナ族が長椅子に座っていた。

 その隣には、白い頭巾をかぶった恰幅の良い中年女性――果物屋の女主人マーガレットが腰掛けている。

 男物の厚手の上着の裾から、白いエプロンが覗いていた。

 膝にはバナナの房を置き、皮を剥いた一本をノダナ族へ手渡している。

 マーガレットは近づいてきたエリエラに気づき、視線を向けた。

 公園を散歩している人だろうと思い、気さくに声を掛ける。


「こんばんは~」

「こんばんは。初めまして。わたくし、エリエラと申します。失礼ですが、ノダナ族さんのお知り合いの方でしょうか」

「おやおや、これはご丁寧にどうも。ノダちゃんはうちのお得意様だよ。あ、お得意さまってのは、あたしのやってる果物屋でね。ねえ、ノダちゃん」

「なのだな。まーがれっとのくだもの、うまいのだな」

「ノダちゃん、甘いもの大好きだからさ。ほんとはこのバナナね、もって帰って食べようかと思ってたんだけどね、さっきそこでノダちゃん見つけたもんだから、ついついあげちゃったのよ~。ほら、ノダちゃん可愛いでしょ。もうね~、見つけたら声かけちゃうのよ~」

「んもんも、んもんも。うまいのだなあ。あ」


 ノダナ族は差し出されるバナナを次々と食べながら、不意に手を止めて顔を上げる。

 見覚えのある顔だが、名前は思い出せないらしい。

 小さく首を傾げた。


「ん~? ん~。こてつのともだちなのだな」

「はい。わたくし、エリエラと申します。……つい先程、ノダナ族さんとお会いした時には、エリィと呼ばれてましたよ」

「えりー?」

「はい」

「なのだな?」

「はい。わたくしはエリィです」

「むずかしいのだなあ」

「あっはっはっは。ノダちゃんは名前を覚えるの苦手だから」


 マーガレットは新たにバナナの皮を剥きながら、大口を開けて笑う。

 ノダナ族は差し出されたバナナを受け取り、一口で頬張った。

 んぐんぐと声を漏らしながら咀嚼する。


「あ、もしかしてノダちゃんを心配して声かけたのかい?」

「はい。でも、わたくしの思い違いでしたね。良かったです」

「ノダちゃん可愛いから、心配しちゃうのわかるわよ~。でも、ノダちゃんは危ない所には絶対にいかないから、心配いらないのよ。心配どころか、ノダちゃんと一緒にいれば危ない目には合わないって言うくらいなのよ。ほら、今はエンブラの兵隊が暴れて危ないじゃない。あたしなんか、ずっと一緒にいたいくらいよ。ムロージ商会の初代もそうやって大成功したみたいだし、あやかりたいくらいだわ~」

「……そうなんですね。でしたら、今は安全ということですね」

「そ! あ、はい、ノダちゃん。これで最後」

「わるいのだなあ」

「お粗末様。さ、あたしはそろそろ帰ろうかね。エリィさん? は、このあとは……おや」


 マーガレットの視線が、エリエラの白いブラウスの襟元で止まる。

 ツルハシと剣が交差した、青みがかった銀色のエンブレム。


「クエスタの隊員さんだったのかい。お仕事ご苦労様」

「ありがとうございます。マーガレットさん、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「マギーでいいよ。どうぞどうぞ。あたしにわかることなら、何でも答えちゃうよ!」

「ムロージ商会に行きたいのですが、近くに支部などはありますか? まだバナーバルに来て日が浅く、地理に明るくないもので」

「ムロージ商会なら商業地区の支部が、ほら、ちょうど目の前の大きなビルがそうだよ」


 マーガレットは正面を指さした。

 ケヤキ並木の梢越しに、黒いシルエットの高層ビルがそびえている。

 すべての窓に灯りがともり、ところどころ人影が動いていた。


「あのひと際大きなビルでしょうか」

「そうさ。今いる六路(ろくろ)公園を出て、目の前の道路を渡れば、大理石の派手で明るい入口があるから。でっかくムロージ商会って書いてあるからばっちりよ」

「ご親切にありがとうございます。行ってみます」

「はいよ。あ、ノダちゃんもお帰りだね」


 マーガレットは、長椅子から降りたノダナ族へ視線を落とす。

 口いっぱいにバナナを頬張ったまま、ノダナ族は歩き出した。

 東屋を抜け、園路へ出ると振り返る。


「またなのだな」

「はーい。ノダちゃんまたお店にきておくれ」

「らんかがすきなのだな」

「あっはっは! クロス農園のいいやつ仕入れとくよ!」

「たのしみなのだ」

「ノダナさん、ごきげんよう」

「ごきげんなのだなあ」


 ノダナ族は小さく手を振り、もちゃもちゃと咀嚼しながら園路を東へ歩いていく。

 ゆさゆさと揺れる黄色いリュックを見届け、マーガレットは立ち上がった。


「さ、あたしも帰ろうかね。エリィさんも気を付けるんだよ。夜だからさ」

「はい、ありがとうございます。マギーさんもお気をつけて」


 エリエラも立ち上がり、応える。

 マーガレットは恰幅の良い腹を両手でぽんと叩いてみせた。


「あっはっは! おばちゃんは強いから大丈夫さ! あ、商業区の南の端っこ、六番道路沿いにマギーの店って果物屋あるから、今度来てちょうだいよ。美味しいランカをサービスするから。じゃあね、エリィちゃん」

「はい、ごきげんよう」

「そいじゃあね~」


 マーガレットはノダナ族とは反対方向、バスターミナルへ向かって小走りで駆けていった。

 一人になったエリエラ。

 小さく息を吐く。

 星空を背に揺れる梢をしばらく見つめると、歩き出した。

 園路を横切り、並木の間を抜ける細い道を進む。

 歩道へ出ると、片側四車線の大通りには、バスや自動車、三輪のモービルが引っ切り無しに流れていた。

 商業地区の中心らしく、夜になっても街の営みに衰えは見えない。

 反対側へ目を向けると、マーガレットの言っていた景色があった。

 一階部分いっぱいを使った開放的な入口。

 大理石の白さを見せつけるようにライトアップされ、遠目からでも他の建築物とは一線を画す存在感を放っている。

 エリエラは目的地であると確信したが、車道脇で足を止めた。


「どうしましょう。どこか渡れる場所は」


 左、右と顔ごと視線を巡らせた、その時。

 右脇に立つ人影に気づき、肩を震わせる。

 白い全身甲冑。

 左胸には鯨の紋章。

 エンザリクは、兜の奥で冷たい目を細めた。


「お待ちしておりました。黒薔薇の姫君。白鯨騎士団エンザリクと申します」

「わたくしを待っていたのですか」

「はい。クエスタと我々は協力関係にありますので、これくらいは」

「共には行けぬと申せば、どうしますか?」


 その言葉に応えるように、エンザリクの横へ白い装甲車がゆっくりと停車する。

 エンザリクの兜が静かに左右へ動いた。


「このように無骨な馬車で恐れ入ります。参りましょう」

「行きたくはありません」

「このエンザリク、我が武名の為とあれば、怪我人の寝込みを襲うのも(いと)いませんが」

「あの方々は無関係です。手を出してはなりません!」

「関係の有るなしは、レオン様のご判断なれば」


 エンザリクはエリエラの瞳を真っすぐ見据えている。

 抑揚を感じさせない低い声色が、威を込めた警告であることは明白だった。

 エリエラは静かに息を吐く。


「わかりました。わたくしが行けば、あの方々に危害は加えないのですね」

「黒薔薇姫様がいらっしゃれば、あのような者どもに価値はありません」

「なんという物言いでしょうか。貴方たちの傲慢さは、わたくしの肌に合いません」

「我らエンブラ以外の人間など、下等生物でしょう。さあ、お早く」


 白い小手が動き、装甲車へ乗るよう促す。

 エリエラは視線を外すと、ゆっくりと歩き出した。

 装甲車の先頭を回り込み、助手席側の扉から乗り込む。

 後に続き、エンザリクも車内へ入った。

 装甲車が動き出す。

 荒々しいエンジン音が、並木の葉を震わせた。


 公園内の園路を、息を切らして駆ける小さな影。

 並木の間から、キトが飛び出した。

 人通りの少ない歩道を見渡す。

 黒い犬のような鼻がヒクヒクと動き、流れる空気を嗅ぎ分けた。


「エリィの花の匂い……あのおっきな車!」


 道路を流れる車列の中、キトの目が走り出したばかりの白い装甲車を捉える。

 キトは装甲車へ向かって、わき目もふらず駆け出した。

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