1-85.炎、ふたたび
一階ガレージ内。
窓の外から、街灯の青白い灯りが差し込んでいる。
その下では、オライオンがコンクリート床の上で熟睡していた。
ユイークは一人、置かれた椅子に腰かけ、二人の様子を眺めている。
デラダンとジアが、ヘビークラストの周りに立っていた。
玉虫色に輝く装甲は、見る角度によってエメラルドのような光を放つ。
「しっかし、おめえ、派手な色にしやがったなあ」
「へへ~。良い色でしょ~」
「ま! エース機ってのは目立ってなんぼだぜ!」
「はあ……兄貴マジで言ってんの? ……あたしら、やだよ。殺し合いなんて……怖い」
「……ね~」
「おうよ! んなこたあ心配すんな! おめえらはここに残れ! 遠隔サポートってやつだぜ! できんだろ?」
「ん、まあ……あたしは行けるよ。天才ハッカー兼美少女エンジニアだし……でも」
「ぼくも~。遠隔操作は大丈夫だけど~……兄貴が心配なんだよね~……」
「兄貴だって殺し合いなんて、してこなかったじゃん。なのにさあ……」
「エンブラの野郎ども、炙り酒でやってくれやがった。それによ、前々から街中でもあったじゃねえか。キナくせえことがよ。男が黙ってられっか。こういうときのために、こいつを用意したんじゃねえか」
デラダンはヘビークラストの後ろへ回る。
背面部、蝉の抜け殻のように開いた機体を覗き込んだ。
「んで、燃料はどんくらい残ってんだ?」
「えっとね~、ちょっとまって~。灯を落としてるから目で見ないと~」
ジアは背後へ回り込むと、その場にしゃがみ込んだ。
腰部へ顔を近づける。
装甲の内側、腰椎部に組み込まれた五百㎖缶サイズのシリンダーを引き抜いた。
内部が透けて見える強化ガラス製のシリンダー。
紺色に近い液体が八割ほど満たされている。
「相変わらずきったねえ色だが、いけんのかよ?」
「しょうがないよ~、廃棄品かき集めて詰めてるんだから~。一時間分くらいかな~」
「一時間か……。厳しいけど、しゃあねえ」
「道路を走るだけなら、颶風のモーターだから燃料使わないよ~」
「わあってるよ。よし、とりあえずモービルで探しに出るぜ。必要になったら、ジアの遠隔で俺んとこにこいつを送ってくれ」
「まかせて~」
「エリィの居場所、見つけたら情報送るから」
「おう。って、おめえ、そういや姐さんがエンブラだって知ってやがったのかよ」
「クエスタに潜ってら、たまたま」
「ったく、言えよ。んな大事なこたぁよお……」
「しょうがないじゃん。エンブラのことなんて興味なかったし。……こんなことになるなんて、思うわけないじゃん」
「……ま、そうだな。んじゃ、いってくらあ」
デラダンは入口シャッターへ向かって歩いていく。
その先には一台の大型モービル。
黒を基調とした車体に、フロントカウルとフェンダー、シートカウルへエメラルドグリーンの差し色が入っている。
荒いブロックパターンのタイヤは、前輪が二本、後輪は極太の一本。
ふと、室内階段から足音が響いた。
二階から降りてくる人間は一人しかいない。
デラダンが階段出口へ勢いよく振り返る。
タイミングを同じくして、グエンが姿を現した。
黒いジャケットを着込み、腰には濡焔を下げている。
「アニキィィィィ!」
「待たせたな、デラダン」
「へ、へへへ……。いいんですかい?」
「エンブラを許せるわけがない。だが……キトもエリィも……仲間だ」
「うっす。仲間っすよ」
「……ふっ、仲間の勇気に、心意気に応えられないようじゃ、誇れるアニキじゃあないよなあ。守るという約束、守らせてくれ」
グエンはジャケットの前腕部を指先でなぞる。
裂けた生地が繕われた、デコボコとした糸の感触が伝わってきた。
「もちろんでさあ! それでこそアニキっすよ! アニキの約束はアッシの約束ですぜ!」
「はーあ、ったくさ、逃げるのも来るのも遅いんだよね、魔人はさ」
「も~、ユイーク~。空気、読まないと~」
「ふんっ。これくらいでちょうどいいの」
グエンは口元を緩め、小さく笑う。
左側の壁沿いを歩き、床で寝ているオライオンを抱き上げた。
「大したもんだ。一度寝ると寝っぱなしだ。あのデラダンの喝でも起きないんだからな」
「へ? あ、へへへ。って、アニキ、なんでモービルに。まだ安静なんじゃ……?」
デラダンは、目の前を横切ってモービルへ向かうグエンを目で追う。
グエンは黒い大型モービル、グランディアの最後部にある黒いパニアケースを開いた。
中へ、眠ったままのオライオンをそっと入れる。
焦げ茶色の毛布が敷き詰められたオライオンの寝床に、一振りの剣鉈【鐘岩徹】が置かれていた。
こんな所に置いてあったのかと、グエンは剣鉈を取り、右側のベルトへ差す。
「これくらいの傷、よくあることだ。気合でやれる。それよりも、これが何かわかるか。ムロージ商会が所有している倉庫のIDカードらしいが」
「その黒いカード……まさか、こいつあ。うおっ! MA-52! 鉄箱のIDカードじゃねえっすか! どうやってこんレアなもんを手に入れたんすか?」
「鉄箱ってのは?」
「ムロージ商会が管理している倉庫っすよ。見た目が黒くて四角いんで、隊員連中は鉄箱って呼んでるんでさあ。えーっと、ジア、ほんとの名前なんつったか」
「ムロージ兵装センターだよ~。総合兵装保管施設~。あ、それって~もしかして~」
「やばっ。ヘビークラストの装備でもなんでも取り放題じゃん。あたし、最新のゴーグル型モバイル欲しいんだけど」
「燃料~ほし~。高純度の高いやつ~。リサイクル大変だし~」
ジアは燃料シリンダーを挿入しながら言う。
グエンはその手元に視線を落とした。
「それが燃料部分か。シリンダー状なのはモービルと同じだが、燃料は違いそうだな」
「そ~。こっちは濃化重銀~。モービルは軽化重銀~。燃料よ~し。制御補正よ~し。おっけ~」
「武器もな! アンカーバスターが手にはいりゃ、リクセンも木っ端みじんだぜ!」
「なるほど。ここへ行って、武装を強化しろということか。やるな、三代目。いや、たぶんルガーの根回しか。よし、まず二人の捜索。次に鉄箱とやらに行く」
「うっす! アニキらしくなってきやしたね! ジア、ユイーク、フォロー頼むぜ!」
「ういー。魔人にはツケ溜まってるから、金利マシマシで」
「グランディアの整備代も~欲しいかも~」
「無事に終わったらな。楽しみに待ってろ。礼は奮発する」
グエンはモービルに跨った。
隣に停まっている大型モービルへ、デラダンも乗る。
ジアがシャッターへ駆け寄る。
格子状のグリルシャッターの鍵を開き、次に外側のスチールシャッターを解錠する。
二枚のシャッターはガラガラと音を立てて巻き上がった。
二台のエンジンに灯が入る。
鼓動のような重低音。
天井へ吸い込まれるシャッターを震わせ、ガレージ全体を揺らす。
ユイークがデラダンとグエンの間へ立つ。
二人へインカムを手渡した。
「はい。炙り酒でパクったインカム。……それと、あとで二人に渡す予備も」
「おう! すまねえな!」
「ありがとう、ユイーク」
「ふ、ふんっ」
インカムを受け取り、二人は耳へ装着する。
開ききったシャッターが、ちょうど停止した。
「行くぞ」
「うっす!」
うなりを上げるエンジン音。
三本のタイヤがコンクリートを蹴る。
ジアとユイークはガレージを飛び出した。
あっという間に、倉庫街の闇へ溶けていくテールランプ。
胸を叩くような重い鼓動音だけが、いつまでも二人の肌を震わせていた。




