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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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1-84.小さな勇気を②

 一人残されたデラダンは、入口の扉へ向かって仁王立ちしていた。

 精一杯の勇気を胸に飛び出していった、小さな背中を見つめる。


「俺は、俺ぁよ……」


 力の限り握られた拳。

 手のひらに爪が食い込み、血の気が引いた関節が白く浮いていた。

 次の瞬間。

 デラダンは勢いよく両手を広げ、自らの頬を力いっぱい張った。

 パンッ、と乾いた音が響く。

 両目を見開く。

 両手でデッキブラシのような顎髭と口髭を掻き上げ、続けてスキンヘッドを撫で上げた。

 ドスドスと重い足音を響かせ、寝室へ乗り込む。

 ベッドに腰掛けるグエンの前へ立つと、岸壁のような厚い胸を張った。


「おうおうおう! アニキ! このままでいいんですかいってなもんでえ!」

「……彼女が、望んだことだ」

「かあああああっ! そうじゃねえでしょう! アニキはアッシが惚れ込んだアニキの中のアニキなんですぜえ!」

「……エンブラは敵だ。憎むべき、仇。俺が成すべきことだ。それが俺だ」

「アッシに言ったじゃねえっすか! 男なら明日の自分に笑われないように生きろって! いいんすか! アニキは、守るって約束したんじゃねえんすか!」

「約束……」

「アッシは、仲間を守るってえキトの為に戦った、あのアニキの背中に惚れたからアニキについたんですぜ! あんのヘビークラスト部隊でもなきゃやりあえねえ、クッソやべえリクセン軍団にも一人で一歩も引かず! 仲間を守るために先陣切ってやりあう! アッシらみてえな、ろくでもねえやつまで仲間に入れてくれた! それがアニキっすよ!」

「……俺はエンブラが許せない。二度と帰らない日々を、全てを奪ったエンブラを、簡単に許せるわけがない。その王家の人間だったんだ、エリエラは」

「もう、仲間なんじゃねえっすか! 姐さんはエンブラだけど、エンブラじゃねえっすよ! アニキが守るって言ったんじゃねえんですかい! ほんとの敵なら、何日も徹夜でクソの始末しながら看病なんてしねえっすよ!」


 グエンが立ち上がる。

 頬に火焔文様が浮かび上がった。

 紅蓮の瞳が、デラダンを睨み上げる。


「知ったような言葉を吐くな」


 紅蓮の怨嗟がグエンの身体から這い出す。

 揺らめく焔となり、火焔文様を燃え上がらせた。

 デラダンは逃げ出そうとする足を必死に押しとどめる。

 割れんばかりに歯を食いしばり、そして吠えた。


「あんのキトが! ちっちぇビビりが! なんで一人で飛び出したか、わかってんすか! アニキのためじゃねえんすか! あいつは、アニキと姐さんを守りに行ったんすよ!」

「俺を」


 火焔文様が消えた。

 グエンの視線が落ちる。

 焦点を失った瞳が床を見つめていた。

 デラダンの胸が大きく膨らむ。

 目一杯吸い込んだ息を天井へ吐き出すと、グエンへ背を向けた。


「アッシは行きやすぜ」

「デラダン……」

「アニキから学んだんでさあ。男は背中で語るっつうことを。このデラダン、仲間の為なら、エンブラだろうがリクセンだろうが、やってやりやすぜ」


 寝室の入口へ向かう。

 分厚い革靴が床板を踏み抜きそうな勢いで、重く鳴り響いた。

 そして、出ていく直前。

 立ち止まる。

 着ていたジャケットをリビングへ脱ぎ捨てた。

 白いタンクトップ姿になる。

 両腕を高く掲げ、肘を曲げる。

 広背筋と僧帽筋をこれでもかと締め上げた。

 リア・ダブルバイセップスのポージング。

 霊峰守護山脈のように聳える筋肉群が、これ見よがしに隆起する。


「今度は! アッシがアニキに背中を見せる番でさあ!」


 振り向かない。

 そのまま寝室を後にした。

 グエンはその姿に、半ば呆けていた。

 そして、小さく笑う。


「ははは、背中の意味が違うだろうが。……俺の背中は、そんなにでかくない」


 壁に掛けられた自分の服が目に入る。

 モービル用と戦闘用に誂えた黒い厚手のジャケット。

 同じくタクティカルパンツ。

 よく見れば、先の戦闘で裂けた箇所が丁寧に縫われ、補修されていた。

 肩に、背に、腕に、繕った跡は無数にある。


「……仲間、か……」


 焦げた病衣を脱ぐ。

 肩と背の縫合痕が引きつり、鈍い痛みが走った。

 ジャケットへ袖を通す。

 包帯越しに傷が軋む。

 グエンは前腕部に残る繕われた縫い痕を、そっと指先で撫でた。

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