1-80.魔人絶火斬
肩に乗るオライオンを撫で、キトは落ち着きを取りもどした。
キトの垂れ耳がぴくりと動く。
開かれたガレージの扉。
ジアが台車を押しながら、グエン達の方へやって来た。
傍で足を止める。
台車には、ヘビークラストの古い装甲と思われる部品がいくつも積まれていた。
「あの~、魔人実験してもいい~?」
「それは、内容によるが……何の実験だ?」
グエンの脳裏には、スタンアローで痙攣するデラダンの姿がよぎった。
ジアは台車に載せた部品の中から、円筒形の黒い部品を手に取る。
「これは~、ヘビークラストの装甲スクラップ~。重銀製なので、かた~いです」
「ふむ」
「これを魔人に壊して欲しいな~」
「は? 壊す? まあ、ケガをしてなきゃ、濡焔で叩き斬れるだろうが……。このザマで斬りかかったら、縫合が弾けてぶっ壊れるのは俺の方だぞ」
「あ、そうじゃなくて~。えっとね、これ使って~」
ジアは台車の上から一本の金属片を掴み上げた。
平たい棒状の黒灰色。切削面は鈍い光沢を放っているが、表面の仕上げは荒い。
ジアが握る部分は真っすぐで、先端へ向かうほど細く湾曲していた。
「これは、鉄の刀か? 刃はついていないが」
「そ~。でも、柄の部分だけ、ヘビークラストの装甲で作ってあるんだ~。これをね、鞘から射出すればあの装甲を貫けるんじゃないかな~って」
「鞘から……? ああ、あれか!」
グエンはベッドの横で、ジアが呟いていた内容を思い出した。
ジアは濡焔の鞘先端に空いた穴について言及していた。
「鞘の内部で爆発を起こして、なんか撃ち出すみたいなこと言ってたな」
「うんうんうんうん。それそれ~」
「なるほど。その鉄刀を鞘に差して、大砲みたいに撃ち出せと」
「うんうんうんうん」
「興味深いが、それは無理だ」
「え~、なんで~?」
「倒れる直前、なけなしの火力を振り絞ったからな。俺の炎は、完全に一度使い切ってしまうと、すぐには戻らないんだよ。少なくとも一、二週間はな」
「へ~。モバイルバッテリーの充電みたいに~、数%溜まれば動くってわけじゃないんだ~。ヘビークラストの濃化重銀セルみたい。起動圧に届かなきゃ火が入らない感じ~」
「ん? うん、機械的なことは俺もわからないが、たぶんイメージは合ってそうだ。だから、鞘の内部に炎を送って燃焼させるって、簡単なことでもまだ……ん?」
グエンは説明の一環として、濡焔の内部へ炎を送り込もうとした。
何の手応えもない。
――はずだった。
鞘を掴む左手に、力の流れをはっきりと感じる。
「なんだ……? 炎が……戻っている? なぜ」
グエンは左手を鞘から離し、手のひらを開いた。
真紅の炎が勢いよく噴き上がり、天を舐めるように揺らめく。
「戻ったどころか、完全に回復しているんじゃないか? なんだ? 何が……? 特別な何かが……もしかして、ノダナ族か?」
意識を取り戻した際、きっかけを与えたノダナ族。
エリエラから聞いた神の隣人という伝承が、その推察に妙な説得力を与えていた。
手を閉じると、炎は掻き消える。
「やった! グエンさん、元気になった!」
「こここ、このタイミングに、ははははやくこれを」
ジアが鉄刀を両手で抱え、柄をグエンへ向けて突き出していた。
このまま断れば、本当に顔へ押し付けられそうな勢いだ。
グエンは濡焔をゆっくり引き抜く。
鞘内部に溜まっていた炎が、一瞬だけ吹き出した。
抜き身の濡焔を台車の上へ置くと、ジアの鉄刀を受け取る。
椅子に座ったままとはいえ、刀を抜き差しする動作だけで肩の傷口が疼いた。
慎重に鉄刀を鞘へ差し込んでいく。
途中で引っ掛かることもなく、ぴたりと納まった。
「ん、なんでぴったりなんだこれ。刀身を見もせずに、どうやって作ったんだ?」
「ユユユ、ユイークが画像から、りりり立体データを作ってくれたから。そ! それより! はやくはやく!」
「お、おお。どうどう。興奮するな。落ち着け」
「ふー! ふー! ふー!」
「ひゃあ……ジア、こ、こわい……」
「ガルルルル」
グエンの膝の上で、オライオンがジアへ向かって威嚇する。
鼻息を荒くしたジアは椅子の手すりを掴み、今にもグエンへ噛みつかんばかりだ。
キトが灰色のツナギの背を掴み、どうにか制止している。
「一回だけだぞ。ジア、こっちにその標的を置いてくれ」
「わわわわかった」
ジアは勢いよく反転し、台車へ手を伸ばした。
服を掴んでいたキトは慌てて手を離す。
ジアは黒い筒状の装甲を抱え、そのまま駆け出した。
スクラップの山から木箱を一つ拾う。
グエンの左前方、五mほどの位置へ木箱を置き、その上へ装甲を立てた。
そして、元いた場所へ全力で駆け戻る。
グエンは鞘を握る左手へ意識を集中した。
「ふむ。うまくいくかどうか……二人とも、一応耳を塞いでおけよ」
ジアは無言のまま激しく首を縦に振る。
一方、キトは垂れ耳を押さえながら、グエンの膝に乗るオライオンへ視線を落とした。
「オライオンは?」
「オライオンは平気だ。俺の炎なら、熱も衝撃もなんともない」
「すごーい。あ、耳ふさいだ。いいよ」
「よし」
グエンの手のひらから熱が鞘へ流れ込む。
鞘内部。
鉄刀と鞘の隙間へ、可燃性の気体が生まれ満ちていく。
(加減が難しいな。濡焔は鉄よりずっと重い。……とりあえず、軽めで)
柄が水平になった、その瞬間。
――パガァンッ!
鞘が火を噴いた。
鉄刀が黒い影となって消える。
そして、木箱の上の装甲が弾け飛んだ。
鞘の入口と、後端に空いた複数の小さな穴から、白煙が立ち昇っていた。
ジアが全力で駆け出す。
「やややややったー!」
「わー! すごいすごい! 刀が飛んでった!」
キトが両手を叩いた。
スクラップの山まで走ったジアは、吹き飛ばされた装甲を拾い上げる。
「実験せいこあ! あちちちあっち!」
慌てて手を放し、装甲が地面へ落ちた。
円筒状の黒い装甲の中央は大きくひしゃげ、鉄刀が貫通している。
貫通部分は高熱を帯び、接地面が仄かに赤く光っていた。
ジアは鉄刀の刀身、貫通箇所から離れた切っ先側を握り直す。
まるで巨大なハンマーのような形となった成果物を掲げ、歓喜の声を張り上げた。
「だだだ大成功! ぜぜぜ、絶火砲の完成!」
「いや、失敗だろこれ」
「え、ええええ?」
全身で喜びを表現しようとしていたジアの動きが止まった。
グエンは台車に置かれた濡焔を手に取り、ゆっくりと鞘へ納める。
「一本しかない濡焔を撃ち出したらダメだろ」
「あ……あああああ」
その場へ崩れ落ちるジア。
キトは手にした矢を棒切れのように振りながら言った。
「そっか。武器がなくなっちゃう」
「ただ、使えそうではあるな」
グエンは鞘に納まった濡焔を見つめ、左肩をさする。
爆発と射出を受けたにもかかわらず、衝撃は想像より遥かに小さかった。
ジアの言う通り、鞘後端に空いた複数の穴から燃焼ガスが放出され、無反動砲のように作用していたからだ。
「ぶっ放すのは面白い。これを利用して抜刀できるかもな。もっと上手く火力を抑えないと、刀が飛んでいくか、握った手か肩がやられそうだが……」
「ばばば爆発……抜刀……いいいいい! ななな名付けて【絶火斬】!」
「ぜっかざん? 俺としては、そうだな。炸薬抜刀じゃないか?」
「そそそ、そう! ままま、魔人絶火斬んんん!」
「まじんぜっかざん……かっこいい!」
「でしょでしょでしょ! かかかか、かっこいい!」
「いや、鞘内で炸薬した力で抜刀してるから、炸薬抜刀の方が――」
グエンの言葉は二人の耳に届かない。
キトはジアの傍へ駆け寄ると、一緒になって貫通した鉄刀へ食い入った。
そして代わる代わる鉄刀を持ち上げては振り回し、命名したばかりの技名を連呼する。
『絶火斬! 魔人絶火斬!』
その後もグエンは「炸薬抜刀」と主張したが、聞き入れられることはなかった。




