1-79.少年たち②
「あ~。魔人に使ってほしいものがあるんだけど~」
「俺に?」
ジアは台車を滑らせ、ヘビークラストの下から飛び出した。
立ち上がると壁際の工具棚へ向かい、数本の矢を手に戻ってくる。
先端が平らな円筒形の矢じりを備えた矢だった。
「僕が作ったスタンアロー」
「ああ、アズレイが握っていたアレか。これを俺に? ん、グランディアの車体にくっつけてあった弓を見つけたな?」
「そそ~。だから、使うかな~って~」
「これは、俺の弓でも使えるのか?」
「普通の矢と同じだから平気~。当たればスタンガンみたいになるんだ~。けど、ちょっと重いから飛距離は短め~」
「なるほど。しかし、この平らな鏃でどうやって電流が流れるんだ? 対象に接触しても、電流が流れる時間が一瞬じゃないか?」
「んっふっふ~。ちょっと貸して~」
ジアは満面の笑みを浮かべると、ボールペンほどの大きさの鏃を摘まんだ。
円筒形の根元をつまみ、鏃本体を数回ひねる。
すると、ボールペンの芯のような細い部品が引き出された。
それをポケットへしまい、一度グエンへ顔を向ける。
だが次の瞬間、視線はその隣のエリエラへ移った。
「エリィさん、腕貸して~」
「わたくしの腕ですか? なんでしょう」
「こう、腕を立てて~」
ジアは自ら腕を上げ、前腕を垂直に立てて見せる。
エリエラは首を傾げながらも、言われた通り右腕を持ち上げた。
「矢が掴むけど、びっくりしないでね~」
「? はい」
ジアはエリエラの前腕へ向け、おもむろに矢を突き出した。
平らな鏃が肌へ触れた瞬間。
ピュンッ、と鋭い風切り音が鳴る。
「きゃっ」
「うおっ」
「ひゃ」
鏃の先端から細いワイヤーが飛び出していた。
それは節足動物の脚を思わせる形状へ展開し、エリエラの腕へ絡み付いている。
鏃を腕へ押し付けたまま固定するその姿は、まるで生きた虫が獲物へしがみついているかのようだった。
ジアは満足げに何度も頷く。
「な、なるほど。ぶつかると人間に絡みついて、そのまま電流を流すわけか……。にしても、なんか見た目が……」
「ジアさん、あの、まるで大きな虫に掴まれているみたいで……取ってください」
「大丈夫~。捕獲用のアクチュエーターは二十秒しか動かないから~」
「二十秒もしがみついているんですか? 少し、悪寒がいたします……」
「で、でっかい蜘蛛みたい……」
「ウォンウォンウォン! ウォンウォン!」
誰もがエリエラの腕から目を離せない。
ジアだけは微動だにせず、その様子を食い入るように観察していた。
二十秒後。
鏃から伸びたワイヤー脚が力を失ったように外れ、床へ落ちる。
ジアは矢を拾い上げると、先ほど外した芯状の部品を鏃後部へ差し込んだ。
「これが電流の電源~」
「作動の様子は独特だが、せっかくだから貰っておこう。矢の数はあるか?」
「あるよ~。これは廃材で作ってるから~」
「威力はどの程度だ? スタンガンと同じと考えていいのか?」
「ん~、デラダンの兄貴に試した時はしばらく動けなかったな~。一分くらい~」
グエンは腕へ絡み付くワイヤー脚を思い浮かべる。
二メートルを超える巨躯のデラダンが痙攣しながら地面へ倒れ込み、そのまま悶絶する光景が脳裏に浮かんだ。
「……効果は確かだな」
グエンは矢を受け取ると、黒い大型モービル【グランディア】へ向かって歩き出す。
エリエラとキトがその後を追った。
「まだ腕を掴まれているようです……」
エリエラは落ち着かなそうに右腕をさすっている。
その横をオライオンが駆け抜けた。
グエンへ飛びつこうとした瞬間、キトが素早く抱き上げる。
「もう、ダメだってば、オライオン。グエンさんケガしてるよ」
「クーン……」
オライオンは不満そうに鼻を鳴らした。
その様子を見ていたグエンは、ふと思いつく。
オライオンを抱くキトと視線が合った。
「キト、弓に興味ないか?」
「え、ゆみ?」
「キトは目も反射神経も良い。すばしっこいオライオンを簡単に捕まえるからな。なんとなく、弓と相性が良さそうだ。ま、俺の勘だが。試しにやってみないか?」
「う、うーん……よくわかんない。グエンさんが言うなら……やってみる……?」
グエンたちは外のスクラップ置き場へ移動していた。
ジアはガレージに残り、整備作業を続けている。
スクラップの山を前に、グエンは椅子へ腰掛けてオライオンを膝へ乗せていた。
エリエラはその傍らに立ち、キトは黒い弓を手にしている。
アーチェリーボウに似た形状だ。
だが、上下には複数の滑車が組み込まれていた。
射手が引いた弦の力を滑車が増幅し、少ない力で強い張力を生み出す。
梃子の原理を応用した機械仕掛けの弓。
コンパウンドボウだ。
キトはスタンアローを番え、スクラップの中へ置かれた二十メートル先のマネキンを狙う。
放たれた矢が鋭く空気を裂いた。
ビシュッ。
一直線に飛んだ矢は、マネキンの鳩尾へ吸い込まれるように命中する。
直後。
ワイヤー脚が展開した。
胴体へ絡み付き、鏃を押し当てたまま固定する。
バチバチと火花が散り、電流が流れた。
「ひゃあ……やっぱり、なんか、生き物みたい……」
「ぞっといたします」
キトとエリエラは並んで身震いしていた。
グエンは内心驚いていた。
(おいおい、少しコツを伝えただけで、一発で命中するもんか? 結構距離あるぞ)
その後も、マネキンとの距離を徐々に離しながら何度も矢を放つ。
三十mほどで敷地の端へ到達したが、満足しないキトは塀の扉を開け放った。
塀の外へ出ると、最終的には道路を挟んだ反対側から的を射抜いてみせる。
エリエラが拍手した。
キトは照れ笑いを浮かべながら扉を閉め、マネキンへ駆け寄った。
「六十mくらい離れてるぞ。ほとんど同じ所に当ててるし、何よりあれだけ離れてスクラップの中に置かれた的がはっきり見えている。これは驚いたな」
「本当に。キトさん、とてもお上手ですね」
エリエラは戻ってきたキトを大いに褒めた。
頭を撫でられたキトは、自分の指同士を絡ませながら照れくさそうに笑う。
もうしばらく残ることにしたグエンは、エリエラに礼を言って先に戻らせた。
グエンと膝の上のオライオン、そしてキトが彼女の背を見送る。
キトはグエンの横顔へ視線を向けた。
「グエンさん、痛い? 痛くない?」
「ん、痛いには痛いが、大丈夫だ。オライオンの強襲をキトが止めてくれたしな」
膝の上のオライオンは名を呼ばれてグエンを見上げる。
すぐに顔を伏せ、自身の腹へ鼻先を埋めた。
「キトにも心配かけたな。すまない」
「すっごく心配だった……ずっと起きないし……。夜とかずっとうなされてて」
「俺が? 覚えていないが、痛みもあったんだろうな」
「痛いって言ってなかったよ。カガミ?とか、エンブラとか。あと、缶から?とか? 他にもいっぱい話してたけど、すごく怒ってて、怖かった……。エリィもちょっと怖い顔してて……」
「……そうか」
「ボクは怖くて……でも、エリィがずっと側にいたから、ちょっと平気だった」
「エリィがずっとついていてくれたのか」
「うん。夜とか、朝とか。ずっと。エリィ、寝てないかも」
「エリィには感謝しないとな……そっか」
「うん……。い、いなくなっちゃったら、ど、どうしようって……」
キトの声がうわずる。
弓を落とし、両手で目を覆った。
「で、でも、エリィが大丈夫だって、言うから……」
オライオンが顔を上げる。
キトをじっと見つめると、グエンの膝から降りた。
横に立つキトの元まで駆けると、ひらりと飛び上がる。
肩掛けカバンを足場に青いツナギを伝い、そのまま肩へ乗った。
そして頬へ頭を擦りつけ、頬を伝う涙をぺろりと舐める。
「え、えへへ、なあに、オライオン」
その姿に、グエンは言葉を失った。
オライオンは人の心に敏感だ。
特に傷つき、絶望した人間の感情を正確に感じ取る。
キトに大きな負担を強いたのだと悟った。
(俺は、自分がいなくなった時の事を考えていなかった……)
グエンは、そっとキトの身体を抱き寄せる。




