1-77.燻る炎②
一拍の間を置き、グエンは話題を変えた。
「エンブラのやつらはどうしてる? バナーバルの様子も気になる」
デラダンは部屋の隅に置かれていた椅子を引き寄せる。
ベッド脇、入口とは反対側へ椅子を据え、その巨体をどっかりと沈めた。
「そのことなんすけど、結構な騒ぎになってるんでさあ」
「大隧道の中に侵入されたんだ。……クエスタはエンブラに攻め落とされたか?」
「いや、そうはなってねえっす。野郎どもクエスタ本部と内輪地区にいて、メインは大隧道の奥でなんかやってるようでさあ。外の商業区もエンブラ兵がちらほらいやすが、外輪地区にはまずいねえっす」
「ここはどうなんだ?」
「アッシらのアジトは、一応商業地区の倉庫街なんすけど、ほぼ外輪地区みてえな扱いなんすよ。スラム街には、やつら目もくれねえっすよ」
「そうか。ひとまずは安全なんだな。で、やつらの情報が欲しい。なぜ大隧道に現れたのか、あれだけ暴れて、なぜバナーバルを占拠していないのか。何か知っているか?」
「公式発表はねえんすよ。アッシもなんすけど、クエスタ隊員でも内輪地区に入れねえ状態で。戦争なんじゃねえかって噂はあったけど、でけえ動きもねえし。そこでユイークがハックして色々見つけたんで。けど、なんつーか。なあ? ユイーク」
「……」
「おい、ユイーク。クエスタの黒幕のアレだよ」
「……は? え、黒幕? あ、黒幕ね。そう、黒幕はローガー会長だったんだよ」
「ローガーってのが、エンブラに寝返ったのか?」
「あー、んとね、なんかね、白鯨騎士団とか墨影とか、あいつらを呼び寄せたのはローガー会長なんだって。なんか、バナーバルを有利にするための交渉とか取引とか? で、すんなりノマドベースのとこまで、あいつら来れたらしいよ」
「あ、けどっすよ、あの忍者みてえなやつら! やつらは地下から潜り込んできたらしいっすよ。正面から裏から、節操のねえやつらだぜ! つーか、治安維持部隊のやつらもだらしねえ! 高え給料貰ってる癖に! ザルじゃねえかっ! 奴ら暴れやがってよ!」
「あの地下遺跡か。ダンジョンになってると言っていたから、外にも繋がっているのか。それにしても、なんでエンブラを招き入れたんだ? 俺はクエスタ本部のヒッジスから、エリィの護衛と、エンブラの排除も依頼されている。それなのに、エンブラの騎士団を受け入れた? クエスタはどうしたいんだ」
「ローガー会長とヒッジス副会長は仲が悪いんっすよ。何とか派と何とか派で」
「ローガー会長がリベラル派で~、ヒッジス副会長が保守派で有名なんだって~。エンブラも利用したいローガー会長~。自力で強くなりたいヒッジス副会長~」
ジアが補足すると、デラダンは両手を打ち鳴らした。
「それだ! さっすがジアは賢えぜ! リベラルな! リベラル!」
大きく頷く。
会話の途中、ジアはデラダンの横に転がる濡焔へ歩み寄っていた。
その場にしゃがみ込む。
「すごく気になってるんだけど~、この鞘の先端には、なんで穴が開いてるの~? コンペンセイターみたいで気になるなあ……」
「コンペ……? ってのはわからんが、その穴は鞘から炎の弾を打ち出した時に、反動を抑えるために開けてあるらしい。知り合いの、モービル屋のおやじがそういうの好きでね。ランサー装備を改造して、せっせとそいつを作ってくれたっけ」
「やっぱり~。コンペンセイターだ。じゃあ、思ってた通りの使い方ができそ~。魔人の炎だから~、着火も燃料もスペース使わないなんてずるいな~。火力も刀の重さもわかんないけど、思ってた通りなら内部の燃焼を利用して噴射ガスで刀を射出して……」
滔々と漏れ出る言葉。
ジアの視線は次第に下がっていく。
いつの間にか四つん這いになり、濡焔へ顔を寄せていた。
鞘の細部を舐めるように見つめる。
栗色の前髪が垂れ下がり、その毛先がそっと鞘へ触れていた。
デラダンはジアから視線を外して言う。
「ってえわけで、大隧道の中は、白い騎士野郎たちと忍者が我が物顔でさあ」
「内輪地区も。そっから外は、……意外といつも通りだよ。ね」
「エリィの姐さんは怖いってんで街には行かねえっすけども。キトはアッシと買い出しにもちょいちょい行ってやすぜ。ユイークがお菓子買って来いってうるせえんで」
「ちょっと! 言わないでよ!」
「……なるほどな。そういや、ノダナ族も普通に来ていたな」
グエンは横目でベッド脇のジアを見る。
灰色のツナギには、緑色の塗料汚れが至る所に残っていた。
色鮮やかなエメラルドグリーンの汚れは、乾いてまだ時間がそれほど経過していないように見える。
ジアは今にも床に転がる濡焔へ頬ずりしそうな勢いだったが、誰も気に留めていない。
きっとデラダン達にとっては見慣れた光景なのだろう。
グエンもあえて触れなかった。
「エンブラとは、ケリをつける。動けるようになったら、皆殺しだ」
その一言で、ジアの動きがぴたりと止まる。
「ボ、ボボ、僕、こここ怖いのは……ああんま……」
「人が死ぬのとかは……あたしも……やりたくない」
二人の声は弱々しかった。
デラダンが眉を跳ね上げる。
ごつごつした拳を握り締めた。
「おうおうおう! 情けねえこと言うんじゃねえ! おれぁよ! アニキが行くなら地獄の底までついていくぜ! それが仲間ってえもんじゃねえか!」
肩を震わせながら握られた拳は、今にも岩を砕きそうなほど力が込められている。
グエンは小さく首を横へ振った。
「地獄か……いや、俺以外のやつが地獄まで行く必要はない。やばくなったら、俺を見捨てて逃げてくれればいい」
「いんや! アニキ! アッシは逃げやせんぜ!」
デラダンはさらに拳を突き上げる。
その横で、ユイークがぽつりと呟いた。
「あたしらは……殺し合いなんて、してなかったんだよ……これまで」
「い、い、いきなり、せせ……戦争みたいのは……う、うん……」
「戦うってのは、殺すことだ。だが、戦うのは俺だけでいい。お前たちは隠れていろ」
「んなわけにはいかねえっすよ! アッシはこれでもクエスタ隊員っすよ! まだ準隊員っつー立場っすけど、一応戦闘員ですぜ⁉ 一緒に行きやすぜ!」
「……無理はするなよ。いざとなったら、俺は置いていけ」
「いやいや! アニキを置いて何ていくわけねえっすよ!」
両拳を叩きつけて気勢を上げるデラダン。
ユイークは俯き加減のまま、暗い瞳でグエンに視線を投げた。
「デラダンの兄貴が死んじゃうかもじゃん……」
「だから、デラダンは逃がす。いざ残るのは、俺だけだ」
「全然わかってない……だいたいさ、魔人は逃げるのが遅いんだよ。リクセンの時も、今回もさ……。どっちもデラダンの兄貴がいなきゃ誰かが死んでんじゃん……逃げろって、魔人が逃げなきゃ、巻き添えで死ぬかもしんないじゃん……」
「う、うう、うん。まま、魔人がにげげ、ないと。み、み皆、し、死んじゃう……かも」
ジアの声はさらに小さくなる。
今にも消えてしまいそうだった。
「戦うなら、殺す。だが、俺が死ぬのも自然だ。だから、お前たちは俺に構わず、自分の命を最優先に逃げればいい」
「話になんない」
ユイークは顔を背け、そのままジアの手を掴む。
二人は逃げるように部屋を飛び出していった。
その後ろ姿を、グエンは呼び止めようと右手を上げかける。
だが、縫合痕の突っ張る背中に鋭い痛みが走り、顔を歪めた。
呆然とふたりの背を見ていたデラダンは、目を見開きグエンに振り返る。
「アニキ! あいつら、あれなんすよ! 一丁前の口ききやすが、まだどっちも十六歳の双子で! いや、一応ジアが兄貴でユイークが妹なんすけど、いいやつらなんすよ! それに、クエスタの隊員でもねえし、戦闘員じゃねえしで! 悪気があるわけじゃなくて、なんつーか! 俺を心配してるっつーか! その! アニキを悪く言ってるとかじゃねえんでさあ!」
入れ替わるようにエリエラが戻ってくる。
ベッドの横まで歩み寄り、静かに椅子へ腰を下ろした。
小さく息を吐くグエン。
「十六歳……キトは十歳だったな。そうだな、そうだ……。俺と……俺の時代とも違う。……皆、今を生きているんだったな……」
「ア、アニキ……」
デラダンの強張っていた肩がすっと緩み、ゆっくりと拳を開く。
エリエラは二人の顔を見比べた。
「どうかなさいましたか? ユイークさんとジアさん、慌てていたようですけれど」
「……いや」
「な! なんでもねえっす! 姐さん、大丈夫っす! ほんっとに何でもねえんで!」
デラダンは勢いよく立ち上がり、両腕をぶんぶん振り回した。
誤魔化したいのだろう。
エリエラはそれ以上追及せず、そっと目を伏せる。
そして顔を上げると、柔らかな微笑みを浮かべた。
「キトさん、お庭でオライオンさんと遊んでいましたよ。グエンさん、一緒に見に行きませんか? つらいようでしたら、窓からでもご覧に」
「……ああ、ありがとう。少し、ちょうど歩きたい気分だ」
「さあ、手を」
グエンは差し出された手を見つめた。
――手。
慈愛を湛えた柔らかなまなじり。
その姿に、遠い記憶が胸の奥から浮かび上がる。
コテツと呼ばれ、村を駆け回っていた日々。
笑い声。
温かな手。
失われた故郷の景色。
「痛みますか? グエンさん」
「……いや、大丈夫だ。ありがとう」
ほんの一瞬、望郷の先を見つめていたグエンは苦笑した。
差し出された手を取り、デラダンに背を支えられながらベッドを降りる。
(魔人は逃げるのが遅い……か。だが、一人であれば、リクセンもエンブラも、消し炭にするのは簡単だ。背を向けていては、誰も守れない)
白い病衣の袖口や裾から包帯が覗く。
露出している肌は手と足くらいのものだった。
体重を乗せた瞬間、左太ももに鋭い痛みが走る。
リクセン群との戦いで負った傷。
ノマドドームで異変には気付いていた。
(……そうか。俺は、手負いのまま、炎が尽きかけていたのに……退けなかった……か)
エリエラに右手を引かれながら、左足を庇うように歩く。
痛みと身体の反応を確かめながら数歩。
やがてベッド脇に落ちている刀の前で足を止めた。
床に転がる軍刀【濡焔】。
その柄を握り、ゆっくりと持ち上げる。
横にはデラダンがぴたりと寄り添っていた。
(デラダンは俺を止めていたな……そういえば……)
腰を屈めるグエンを見ては手を伸ばし、また引っ込める。
落ち着かない様子で支えようとしている。
グエンはテーブルに置かれたベルトへ目を向けた。
手を伸ばす。
「アッシが取りやすんで!」
横から大きな腕が伸びる。
ベルトを取ると、そのままグエンへ手渡した。
エリエラが支える手をそのままに、顔を覗き込む。
「グエンさん、傷に障りますよ」
「……こいつは、オライオンと同じ、長いこと俺の相棒でね。持っていたい」
「つらいようでしたら、すぐに言ってくださいね」
「ああ、すまない」
グエンはエリエラの手を離す。
軍刀をテーブルへ立て掛けた。
病衣の裾をまくり上げ、ベルトを巻く。
ホルスターへ濡焔を差し込んだ。
ふと、部屋の隅に掛けられた鏡が目に入る。
包帯だらけの病衣姿。
腰には場違いな軍刀。
その隣には手を差し伸べるエリエラ。
反対側には心配そうな顔をしたデラダン。
グエンは差し出された手を握った。
(守られているのは俺じゃないか……こんな滑稽な姿で……。仲間……か……)
二人に支えられながら、グエンは部屋を後にした。




