表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
PR
107/132

1-76.燻る炎①

 翌朝、グエンは目を覚ました。

 前日の深夜にも一度意識を取り戻している。

 だが、目を覚ましては数分後に眠りへ落ちる。それを何度も繰り返していた。

 その度にデラダンが扉を破壊し、ジアが修理した。

 破壊と修理。

 三度。

 さすがにキリがないということで、最後はエリエラが外れた扉を片付けてしまった。

 だから今、エリエラの斜め後ろにある入口には扉がない。

 部屋の奥。

 ガラス窓から差し込む朝日が白いシーツを照らしている。

 グエンはクッションを背に上体を起こし、エリエラへ腕を預けていた。

 前開きの病衣の隙間から覗くのは、胸部固定帯と幾重ものテープ。

 右の額には大きなガーゼ。

 腕も脚も縫合痕を覆う包帯だらけだった。

 エリエラは右腕の包帯をほどき、ガーゼを外す。

 縫合痕の周囲は赤く腫れ、滲んだ血が白布へまだら模様を描いていた。

 慣れた手つきで薬を塗布し、新しいガーゼを当てる。

 包帯が丁寧に巻かれていく。


「痛みはどうですか?」

「ああ……死なない程度には。まあ、痛くないところを探す方が、難しいな」

「ご無事でなによりです。本当に」

「その服は?」

「ユイークさんが貸して下さりました。はじめはわたくしの服の上に来ていたのですが、それではスカートが汚れるとおっしゃって、ジアさんのお洋服も持ってきてくださって」

「そうか……。すまない、世話をかけてしまった。ありがとう」

「いいえ、グエンさんには二度も命を助けていただきましたから、これくらいはお返しさせてください」

「四日、昨日も含めて五日間か。そんなに意識を失っていたとは……情けない」

「ノダナ族さんが、ほっぺをつついたら起きたんですよ。ふふふ」


 包帯を巻きながら、エリエラが小さく笑う。

 グエンはその横顔を見つめ、静かに息を吸った。


「ノダナ族か……あれは夢じゃなかったのか。助けられてばかりだが、ノダナ族ってのはなんなんだろうな。予知?はするし、あの祖人サーラでも頭が上がらない……」

「わたくしの国では、ノダナ族は神の隣人であり、友人として伝わっています」

「神の? 神というのは、どの神だ?」

「神樹スクアミナにまします、女神ダナートニア様です」

「世界を作った神様のお友達? そんな話があるのか。初耳だ」

「絵本もありますよ。世界樹の根の大きな洞に住んでいて、女神様とのんびり暮らしているそうです。南のほうでは、あまり聞かない伝承かもしれません」

「あ~、森の奥で女神様とゆっくり過ごしている様子は、ノダナ族にぴったりだな」

「ですから、ノダナ族を信仰する人もいるんですよ」

「ほう、じゃあ、サーラもそっちの人間なのかもな。……ところで、あれはなんでそんな所に落ちているんだ?」


 グエンの視線が床へ向く。

 黒い柄。

 柄頭と鍔を繋ぐ護拳は青みがかった白銀。

 蔓にも似た炎を模した白銀の装飾が、黒い柄へ絡むように巻き付いている。

 愛刀――濡焔(ぬれほむら)

 鞘に収まっているものの、床へ無造作に転がされていた。


「グエンさんの傷を手当てする際に外したのですが、重くて動かせなかったんです」


 エリエラは包帯を巻きながら答える。


「あ、なるほど。俺の手を離れたからか」

「驚きました。あのデラダンさんでも持ち上がらないのですから。不思議な剣ですね」

「剣というか、とある神様から貰った刀でね。気難しいんだよ」

「まあ、神様の刀ですか? どちらの神様でしょう?」

「俺の故郷の、土着神とでも言うのかな。戦と炎の女神様だよ」

「グエンさんなら、本当に賜ることもあるのでしょうね」

「疑わないのか?」

「わたくしも、神様を信じていますから」

「……そうか」

「それでは、片付けてきますね」

「ああ。ありがとう」


 エリエラは微笑み、汚れた包帯とガーゼを抱えて立ち上がった。

 扉のない入口から部屋を出ていく。

 すると部屋の外から、聞き覚えのある重い足音が近づいてきた。

 ドカドカと遠慮のない足音。

 そして――

 エリエラと入れ替わるように、デラダンが姿を現す。

 背後にはジアとユイーク。


「アニキ! 具合はどうですかい!」

「ぬいぐるみの気持ちがわかってきたところだ」

「へえ? ぬいぐるみっすか?」

「こうも体中、縫い痕だらけだとな。この治療は誰が? もしかして、エリィが?」

「あ、知り合いの女医さんに助けてもらったんすよ」

「腕の良い医者なんだな。おかげで命拾いした」

「うっす! 歯医者っすけど!」

「は、歯医者? 外科医とかじゃなく?」

「歯医者っすけどマジで名医っすよ! 外輪地区のスーパードクターで有名っすね!」

「そうか。礼をしないとな。それと、治療費はあとで返す」

「いやいやいや! アニキのおかげで大金貰ったんすから! でえじょうぶっすよ!」


 デラダンは分厚い胸板をドンッと叩いた。

 その脇からユイークとジアがひょこりと顔を出す。


「なに言ってんのー。あたしらは三人で五百万ギンを山分けなんだから、一人頭の取り分が少ないんだよ? 魔人の治療費、超高かったじゃん。ちゃんと払ってもらうから! 逃げるのだって超ヘビーな仕事だったじゃんかー!」

「は~い、これ~。完治まで込み込み、おまけで三十万ギンだって~。請求書~」


 ジアはツナギのポケットから一枚の書類を取り出し、グエンへ差し出した。

 請求書を受け取ったグエンを前に、デラダンの顔がみるみる赤く染まる。


「バッ、バッカヤロウ! おめえら!」

「いや、それはちゃんと払わせてくれ。ただ……いつ金を下ろせるかが問題だが……」

「無理しねえで下せえ。金はいつでも平気なんで! アッシは即下ろしてたっすから!」

「悪いな。金の話はあとでちゃんとする。それにしても、どうやってあそこから逃げたんだ? エンブラのやつらに包囲されていたと思ったが」

「もちろん! この天才美少女ハッカーのおかげよ! ふふんっ!」

「僕もがんばったよ~。デラダン兄貴も~」

「やってやりやしたぜ!」

「お、おう。……で、具体的にどうやったんだ?」

「そんなの簡単。まず周辺にスキャン……あ、もちろん銀圧探知もして、銃とかないのを確認して、目とか乗り物とかハックしてやった」

「僕はね~、煙幕で隠れて、特性煙幕でシビレさせたんだ~」

「ジア、ピンチになるとめっちゃどもる癖出てやばかった」

「だって~」

「んで、アッシがヘビークラストで乗り込んで、アニキを抱えて炙り酒の屋根を突き破って脱出!って寸法でさあ」

「色々とわからないことがあるが、なんかすごいな……。助かったよ。ありがとう」

「へへへ、お安い御用っすよ」

「感謝はお金でくださーい」

「あ、僕も新しいパーツ欲しいな~」

「おめえら! 俺らはチームなんだぞ! ケチくせえこというんじゃねえ!」

「えー? あたしら、別に誘われてないしー。チームは魔人とデラダンの兄貴でしょ? あ、それならさ、魔人とは専属契約ってことでよろしく!」

「あ、魔人専属エンジニアってかっこいいかも~」

「ははは。礼はちゃんとするよ。しかし、最初に俺と戦った時は、スキャン?とか煙幕とか、なかったのか? 俺には手加減してたのか?」

「手加減っつーか、魔人はアナログ過ぎてさあ。ハックもクソもないって感じ」

「特製煙幕はヘビークラストの装備だから~。でもでも、僕は頑張ったけど~。壊されちゃった。怖かった~」

「お、おお。なんか悪かったな……。それでも、デラダンがヘビークラストに乗って来られたら、また違ったとは思うが」

「アッシらのヘビークラストはジアとユイークの特製なんでさあ。ジャンク屋のとか、あとはくすねたパーツの寄せ集めなんで、ここぞ!ってときの短時間しか動かせねえっす」

「しょうがないじゃーん。正規品なんて高くて買えないし」

「ヘビークラスト専用燃料が高いんだ~。ジャンク品じゃ無理だから~」

「自分たちで作った非正規品で? それで実戦したのはすごいな」


 それまで得意げだったユイークの表情が、ふっと曇る。

 ジアもまた俯いた。栗色の前髪が双眸を隠している。

 それでも、部屋の空気が僅かに沈んだことをグエンは感じ取っていた。

 二人は何も言わない。

 何か事情があるのか。

 グエンは問いかけず、しばし言葉を待った。

 だが沈黙は続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ