1-76.燻る炎①
翌朝、グエンは目を覚ました。
前日の深夜にも一度意識を取り戻している。
だが、目を覚ましては数分後に眠りへ落ちる。それを何度も繰り返していた。
その度にデラダンが扉を破壊し、ジアが修理した。
破壊と修理。
三度。
さすがにキリがないということで、最後はエリエラが外れた扉を片付けてしまった。
だから今、エリエラの斜め後ろにある入口には扉がない。
部屋の奥。
ガラス窓から差し込む朝日が白いシーツを照らしている。
グエンはクッションを背に上体を起こし、エリエラへ腕を預けていた。
前開きの病衣の隙間から覗くのは、胸部固定帯と幾重ものテープ。
右の額には大きなガーゼ。
腕も脚も縫合痕を覆う包帯だらけだった。
エリエラは右腕の包帯をほどき、ガーゼを外す。
縫合痕の周囲は赤く腫れ、滲んだ血が白布へまだら模様を描いていた。
慣れた手つきで薬を塗布し、新しいガーゼを当てる。
包帯が丁寧に巻かれていく。
「痛みはどうですか?」
「ああ……死なない程度には。まあ、痛くないところを探す方が、難しいな」
「ご無事でなによりです。本当に」
「その服は?」
「ユイークさんが貸して下さりました。はじめはわたくしの服の上に来ていたのですが、それではスカートが汚れるとおっしゃって、ジアさんのお洋服も持ってきてくださって」
「そうか……。すまない、世話をかけてしまった。ありがとう」
「いいえ、グエンさんには二度も命を助けていただきましたから、これくらいはお返しさせてください」
「四日、昨日も含めて五日間か。そんなに意識を失っていたとは……情けない」
「ノダナ族さんが、ほっぺをつついたら起きたんですよ。ふふふ」
包帯を巻きながら、エリエラが小さく笑う。
グエンはその横顔を見つめ、静かに息を吸った。
「ノダナ族か……あれは夢じゃなかったのか。助けられてばかりだが、ノダナ族ってのはなんなんだろうな。予知?はするし、あの祖人サーラでも頭が上がらない……」
「わたくしの国では、ノダナ族は神の隣人であり、友人として伝わっています」
「神の? 神というのは、どの神だ?」
「神樹スクアミナにまします、女神ダナートニア様です」
「世界を作った神様のお友達? そんな話があるのか。初耳だ」
「絵本もありますよ。世界樹の根の大きな洞に住んでいて、女神様とのんびり暮らしているそうです。南のほうでは、あまり聞かない伝承かもしれません」
「あ~、森の奥で女神様とゆっくり過ごしている様子は、ノダナ族にぴったりだな」
「ですから、ノダナ族を信仰する人もいるんですよ」
「ほう、じゃあ、サーラもそっちの人間なのかもな。……ところで、あれはなんでそんな所に落ちているんだ?」
グエンの視線が床へ向く。
黒い柄。
柄頭と鍔を繋ぐ護拳は青みがかった白銀。
蔓にも似た炎を模した白銀の装飾が、黒い柄へ絡むように巻き付いている。
愛刀――濡焔。
鞘に収まっているものの、床へ無造作に転がされていた。
「グエンさんの傷を手当てする際に外したのですが、重くて動かせなかったんです」
エリエラは包帯を巻きながら答える。
「あ、なるほど。俺の手を離れたからか」
「驚きました。あのデラダンさんでも持ち上がらないのですから。不思議な剣ですね」
「剣というか、とある神様から貰った刀でね。気難しいんだよ」
「まあ、神様の刀ですか? どちらの神様でしょう?」
「俺の故郷の、土着神とでも言うのかな。戦と炎の女神様だよ」
「グエンさんなら、本当に賜ることもあるのでしょうね」
「疑わないのか?」
「わたくしも、神様を信じていますから」
「……そうか」
「それでは、片付けてきますね」
「ああ。ありがとう」
エリエラは微笑み、汚れた包帯とガーゼを抱えて立ち上がった。
扉のない入口から部屋を出ていく。
すると部屋の外から、聞き覚えのある重い足音が近づいてきた。
ドカドカと遠慮のない足音。
そして――
エリエラと入れ替わるように、デラダンが姿を現す。
背後にはジアとユイーク。
「アニキ! 具合はどうですかい!」
「ぬいぐるみの気持ちがわかってきたところだ」
「へえ? ぬいぐるみっすか?」
「こうも体中、縫い痕だらけだとな。この治療は誰が? もしかして、エリィが?」
「あ、知り合いの女医さんに助けてもらったんすよ」
「腕の良い医者なんだな。おかげで命拾いした」
「うっす! 歯医者っすけど!」
「は、歯医者? 外科医とかじゃなく?」
「歯医者っすけどマジで名医っすよ! 外輪地区のスーパードクターで有名っすね!」
「そうか。礼をしないとな。それと、治療費はあとで返す」
「いやいやいや! アニキのおかげで大金貰ったんすから! でえじょうぶっすよ!」
デラダンは分厚い胸板をドンッと叩いた。
その脇からユイークとジアがひょこりと顔を出す。
「なに言ってんのー。あたしらは三人で五百万ギンを山分けなんだから、一人頭の取り分が少ないんだよ? 魔人の治療費、超高かったじゃん。ちゃんと払ってもらうから! 逃げるのだって超ヘビーな仕事だったじゃんかー!」
「は~い、これ~。完治まで込み込み、おまけで三十万ギンだって~。請求書~」
ジアはツナギのポケットから一枚の書類を取り出し、グエンへ差し出した。
請求書を受け取ったグエンを前に、デラダンの顔がみるみる赤く染まる。
「バッ、バッカヤロウ! おめえら!」
「いや、それはちゃんと払わせてくれ。ただ……いつ金を下ろせるかが問題だが……」
「無理しねえで下せえ。金はいつでも平気なんで! アッシは即下ろしてたっすから!」
「悪いな。金の話はあとでちゃんとする。それにしても、どうやってあそこから逃げたんだ? エンブラのやつらに包囲されていたと思ったが」
「もちろん! この天才美少女ハッカーのおかげよ! ふふんっ!」
「僕もがんばったよ~。デラダン兄貴も~」
「やってやりやしたぜ!」
「お、おう。……で、具体的にどうやったんだ?」
「そんなの簡単。まず周辺にスキャン……あ、もちろん銀圧探知もして、銃とかないのを確認して、目とか乗り物とかハックしてやった」
「僕はね~、煙幕で隠れて、特性煙幕でシビレさせたんだ~」
「ジア、ピンチになるとめっちゃどもる癖出てやばかった」
「だって~」
「んで、アッシがヘビークラストで乗り込んで、アニキを抱えて炙り酒の屋根を突き破って脱出!って寸法でさあ」
「色々とわからないことがあるが、なんかすごいな……。助かったよ。ありがとう」
「へへへ、お安い御用っすよ」
「感謝はお金でくださーい」
「あ、僕も新しいパーツ欲しいな~」
「おめえら! 俺らはチームなんだぞ! ケチくせえこというんじゃねえ!」
「えー? あたしら、別に誘われてないしー。チームは魔人とデラダンの兄貴でしょ? あ、それならさ、魔人とは専属契約ってことでよろしく!」
「あ、魔人専属エンジニアってかっこいいかも~」
「ははは。礼はちゃんとするよ。しかし、最初に俺と戦った時は、スキャン?とか煙幕とか、なかったのか? 俺には手加減してたのか?」
「手加減っつーか、魔人はアナログ過ぎてさあ。ハックもクソもないって感じ」
「特製煙幕はヘビークラストの装備だから~。でもでも、僕は頑張ったけど~。壊されちゃった。怖かった~」
「お、おお。なんか悪かったな……。それでも、デラダンがヘビークラストに乗って来られたら、また違ったとは思うが」
「アッシらのヘビークラストはジアとユイークの特製なんでさあ。ジャンク屋のとか、あとはくすねたパーツの寄せ集めなんで、ここぞ!ってときの短時間しか動かせねえっす」
「しょうがないじゃーん。正規品なんて高くて買えないし」
「ヘビークラスト専用燃料が高いんだ~。ジャンク品じゃ無理だから~」
「自分たちで作った非正規品で? それで実戦したのはすごいな」
それまで得意げだったユイークの表情が、ふっと曇る。
ジアもまた俯いた。栗色の前髪が双眸を隠している。
それでも、部屋の空気が僅かに沈んだことをグエンは感じ取っていた。
二人は何も言わない。
何か事情があるのか。
グエンは問いかけず、しばし言葉を待った。
だが沈黙は続く。




