1-75.敗走、アジトへ
三台の車両が、大隧道路を全速で駆けていた。
二台の小型モービルが先導し、その後方を人型外重殻兵器【ヘビークラスト】が追う。
ヘビークラストを駆るデラダンの腕には、意識を失ったグエンが抱えられていた。
ジアのモービル、後部シートに跨るキトは、何度も振り返ってはグエンの様子を窺う。
ユイークの後ろに座るエリエラもまた、微動だにしないグエンから視線を離せずにいた。
ユイークはT字型ハンドルを握っている。
とはいえ操縦そのものは自動運転に任せており、ハンドルを掴むのは車体の揺れに身体を持っていかれないためだった。
現に彼女の意識は、青いゴーグルのレンズディスプレイへと注がれている。
フルヘルメットの内側に響く通信音声と映像情報。その全てに神経を張り巡らせていた。
『アズレイ! 許可も得ず戦いおって……なんと迂闊なやつらよ! このような南の果ての辺境まで、我らがわざわざ赴いた意味を理解しておらんのか! この失態、どう申し開くか!』
『そちらの情報に誤りがあったからだ』
『なんだと!』
『素手で制圧できる敵のみ。火器は持たず侵入しろという命令が間違っていた』
『ぬかせ! クエスタの銀圧探知はそう易くはないわ! 我らとて武装の持ち込みはままならぬ始末よ。我らにできぬものが、貴様らにできる道理が無い。ワシが問いただしているのは、うぬらの勝手な戦闘行為だ!』
『血の異能者を前に、黒刃を置く兵など我が墨影にはいない』
『血の異能者だと? その物言い、貴様、我らエンブラを侮辱しているのではあるまいな。属国の分際で!』
『まあ、待て。ゲイドラ』
『しかし! 若っ!』
『侵入者を断つのが先だ。システムを洗っている。我らの会話を聞いている可能性がある。目を奪われたのはエンザリクだけではない』
――パリィンッ!
ゴーグルの右レンズに亀裂が走った。
「やばっ」
反射的に右手を伸ばし、ユイークはゴーグルを押さえる。
脳波によるデバイス操作【ノック】。
ユイークはノックを繰り返していく。
ゴーグル型モバイルへ指示を送り込むと、左側のレンズディスプレイに文字列が奔った。
数秒後。
表示されていた文字列が消える。
ユイークはゆっくりと右手を離した。
右レンズを走っていた亀裂は、跡形もなく消えている。
「セーフ。二枚目までは来なかったー」
『レンズが割れる演出、怖いからやめようよお』
不安げなジアの声がインカム越しに届く。
ユイークは、ふんっと鼻を鳴らしただけだった。
『でさ、このままアジトに行けばいいの?』
『おうよ! まずはアニキを医者に診せねえとよ!』
『はーい。あ、一応だけど、アジトまで通話とかしないでね。さっきのやつら、腕のいいエンジニアもいるっぽいよ』
『ユイークのレンズ割られたもんね』
『一枚目はとかげのしっぽ切りなんですー。うねうねシッポで遊んであげたんでーす』
『やばっ! て聞こえたよお?』
『はあ? うるさーい。通話切りまーす』
『あ、ずるい』
言い終えるより早く、回線は閉じられた。
抗議するようにジアが視線を送る。
だが、ユイークは知らん顔だった。
やがて一行は大隧道を抜ける。
外はすっかり夜だった。
整然と並ぶ重銀灯が青白い光を放ち、大隧道路を淡く照らしている。
人気のない広い道路を、三台の車両が風を裂いて疾走した。
頭上では、欠け始めた月を黒雲が覆っていく。
流れる雲は夜空を埋め、滲む闇は静かにその濃さを増していた。
意識の戻らないグエンは、商業地区の外れにあるデラダン達の住居へ運び込まれた。
廃棄倉庫街。
外輪居住区――いわゆるスラム街に隣接する一角だ。
治安は決して良くない。だが、人目を避けて身を潜めるには都合のいい場所だった。
デラダン達の住居は、一階がシャッター付きのガレージ兼倉庫となっている。
外壁と室内の両方に階段が設けられ、二階の居住区へ上がれる造りだ。
同じ構造の建物が通り沿いに並んでいる。
だが、その多くは窓ガラスが砕け、閉ざされたシャッターは落書きのキャンバスへ変わり果てていた。
デラダン達の住居も例外ではない。
ガラスこそ無事だったが、シャッターは色褪せたスプレーの落書きで埋め尽くされている。
二階。
居住区のリビングを抜けた先、右手の寝室にグエンは寝かされていた。
運び込まれて四日。
意識はまだ戻らない。
簡素なベッドに横たわるその姿は、まるで包帯に埋もれたミイラのようだった。
ベッド脇の椅子にはエリエラが座り、その手を両手で包み込むように握っている。
普段着ている白いブラウスと色彩豊かなスカートではなく、灰色のツナギに白衣を羽織っていた。
オーバーサイズを好むユイークに借りた白衣だった。
同様に、ジアの好むオーバーサイズのツナギ。
――コンコンコンッ。
扉が叩かれ、エリエラが顔を上げた。
振り向き、宝石ビーズの髪飾りがシャラリと軽い音を立てる。
「はい、どうぞ」
「エリィ、買い物行ってきたよ」
キトが扉を開けて入ってくる。
大きな紙袋を抱え、足元にはオライオン。
さらにその後ろには、キトの半分ほどの背丈しかない亜獣人、ノダナ族の姿があった。
「おかえりなさい。それと、ノダナ族さん、いらっしゃっていたんですね」
「果物屋さんで会ったんだよ」
「まーがれっとのみせにいたのだな。くいものくれるのだな」
「マーガレット、さん? という方のお店ですか?」
「うん、果物屋さんだよ。見てー。ランカ買ってきたよ」
「まあ、綺麗ですね」
差し出された紙袋を覗き込み、エリエラが微笑む。
中には、リンゴによく似た真紅の果実がぎっしりと詰まっていた。
一つ手に取る。
熟した桃を思わせる甘い香りが、ふわりと鼻孔をくすぐった。
「グエンさん、まだ起きないの……?」
「そうですね。……ランカを剥いたら、香りに誘われて目を覚ますかもしれません。ひとつ、剝きましょうね」
エリエラはベッド脇の小さなテーブルへランカを置く。
引き出しを開け、小さなナイフを取り出した。
ランカを剥く手元を、キトはじっと見つめている。
その脇をオライオンがすり抜けた。
ベッドへ飛び乗り、グエンの顔の横へ立つ。
頬をぺろりと舐めた。
反応はない。
それでもオライオンは舐め続けた。
「アォーン……」
弱々しい鳴き声にも、グエンは応えない。
泣きそうな顔になるキト。
その横を、ノダナ族が黄色い大きなリュックをゆさゆさと揺らし通り過ぎる。
ベッドへ着くと、背伸びして縁に掴まり、グエンの横顔を覗き込む。
ベッドからは、黄色いヘルメットの先端だけが見える。
つま先立ちになり、ベッドの縁に上半身を乗せた。
短い腕を必死に伸ばす。
黒い鉤爪のような指先が、ぷすりとグエンの頬を突く。
「おきるのだな。こてつー」
「……ん」
グエンの瞼がわずかに震えた。
掠れた吐息のような声が漏れる。
エリエラとキトが同時に振り向いた。
次の瞬間、二人はベッドへ駆け寄る。
ゆっくりと。
グエンは目を開けた。
頬へめり込んだ爪に気づき、視線だけを動かす。
そこにはノダナ族がいた。
ベッドにしがみついていた手を離し、腰へ手を当てる。
グエンからは見えない位置で、大きく胸を張った。
「ぬんっ」
「……ノ、ノダナ……族か? いや……暖かい手が……ずっと……。俺を引っ張って……あの手は……前を歩く……あの背……跳ねる黒髪は……」
「グエンさん!」
「グ、グエンさん起きた! み、みんなー! グエンさん起きた!」
焦点の定まらぬ双眸で、グエンは自らを呼ぶ声を聞いていた。
その時。
壁の向こうから、床を叩き割らんばかりの足音が迫る。
次の瞬間――
バァンッ!
入口の扉が蹴破られた。
蝶番が弾け飛ぶ。
倒れ込む扉を踏み越え、デラダンが飛び込んできた。
その後ろからジアとユイークも雪崩れ込む。
「アニキッ! アニキアニキアニキ! アアアアアアニキィィィィィ!」
「魔人、起きたの?」
「だ、だだいじょうぶ~? 生きてる~?」
仲間達に囲まれながら、グエンは天井から吊られた裸電球を見上げた。
滲む光が眩しい。
鉛を流し込まれたように重い瞼が再び落ちていく。
その手を、エリエラの両手がそっと包み込んだ。
ノダナ族がのんびりと言う。
「はらぺこなのだな。ドーナツもらいにいくのだな」
くるりと踵を返し、小さな背に揺られた大きなリュックが部屋を出ていく。
それに気づいたキトが慌てて追いかけた。
遠ざかる足音を聞きながら――
グエンの意識は、再び深い闇へ沈んでいった。




