1-73.消えた炎①
戦いを静観していたアズレイが、ゆっくりと右手を持ち上げる。
ロロカを除く墨影兵たちの視線が、その挙手へ一斉に注がれた。
彼らの足元には、折り重なるようにクエスタ隊員たちの亡骸が転がっている。
アズレイが、静かに右手を振り下ろした。
グエンたちを包囲していた墨影兵が、一斉に輪を狭める。
その直後だった。
けたたましいエンジン音を轟かせ、二台の無人モービルが炙り酒の駐車場から飛び出す。
アズレイの後方から迫るモービル。
墨影兵たちは包囲の歩みを止め、突如現れた乱入者へ鋭い視線を向けた。
小型エンジン特有の甲高い駆動音が大隧道へ響き渡る。
二台のモービルは、墨影兵たちが築いた包囲陣へ強引に割り込んだ。
突進を躱す墨影兵。
包囲を突き抜けたモービルは、アズレイの脇を掠めるように走り抜け、斬り結ぶグエンとロロカの両脇を駆け抜ける。
そのままデラダンたちの周囲を旋回し始めた。
直後、車体側面から白煙が噴き上がる。
瞬く間に煙幕が広がり、歩道一帯を覆い隠していった。
モービルに遅れること、一、二秒。
腹へ響くような爆音と共に、黒い鎧が前傾姿勢のまま荷台のモービルと同じ軌道を疾走する。
重量級とは思えぬ速度で煙幕へ飛び込み、そのままデラダンたちの前へ滑り込んだ。
デラダンの横で停止した黒い鎧――ヘビークラストの背部装甲が左右へ展開する。
その背へ、デラダンが飛び乗った。
「ナイスだ! ジア!」
「ぎぎぎぎ、ぎりぎりセーフ!」
歩道を覆う煙幕の脇を、白鯨騎士団の車列が通過していく。
煙幕から距離を取り、アズレイやグエンたちを追い越した地点で停車した。
グエンとロロカの戦いは、すでに均衡を崩し始めていた。
その身を覆う炎はかすれ始め、動きも精彩を欠いている。
対照的に、ロロカはなお人外じみた身体能力を見せつけていた。
ひと息で数メートルを駆け抜ける脚力。
軽々と屋根を越える跳躍。
石畳すら削り取る鋭い爪撃。
さらに、ロロカの豪放な攻撃の隙を埋めるように、墨影兵たちの斬撃が次々とグエンへ襲いかかる。
黒い刀が、肩を裂き。
背を断ち。
鮮血を散らしていった。
「ちっ! ザコどもが!」
軍刀でロロカの爪を受け流しながら、グエンは辛うじて致命傷だけを避け続ける。
だが、追い詰められていることは誰の目にも明らかだった。
「アタシの獲物に手を出すんじゃないよ! ったくさあ!」
ロロカが飛びかかる。
グエンは軍刀を盾に、その爪を受け止めた。
赤熱する刀身を両手で掴みながら、ロロカが首を伸ばし、牙を剥く。
「いただきいっ!」
「なめるなっ!」
グエンは身を捻り、牙を躱す。
そのままロロカの顔面へ、渾身の頭突きを叩き込んだ。
接触する寸前。
グエンの全身を覆っていた炎が、不意に掻き消える。
ゴッ――。
鈍く重い衝突音が響いた。
衝撃で、両者の髪が大きく揺れる。
続けざまに、グエンがロロカの腹部を蹴り抜いた。
ロロカの身体がわずかに浮き上がる。
だが、そのまま何事もなかったかのように着地した。
大きな牙を剥き出しにし、無邪気な笑みを浮かべる。
「アハハハハハッ! 血も滴る良い男になったねえ!」
グエンの頭部から血が流れ落ち、顔の左半分を真紅に染め上げていく。
血は頬を伝い、ぼたぼたと石畳を濡らした。
赤く染まる視界。
朦朧とし始めた意識へ、暗い帳がゆっくりと降り始める。
消える音。
折り重なる死体。
周囲を囲むエンブラ兵。
天井から吊られた照明には黒い靄がかかり、その光はまるで月夜のように薄暗かった。
グエンは、炎に照らされた死体の広がる故郷――護国王広場に立っていた。
温もりを失い、冷たく変わっていく最愛の人の重みが、その両手へ蘇る。
グエンの身体で、燻っていた炎が一気に噴き上がった。
頬に浮かぶ火焔文様が再び真紅へ染まり、頬を伝う血へ引火する。
「エンブラのクソ共が! 全員! 消し炭にしてやる!」
「アアン? なんだぁお前、重銀くせえ血じゃないかあ。そそるねえ!」
ロロカが、牙についた血を舐め取る。
グエンは刀身を垂直に立て、軍刀【濡焔】を胸前へ構えた。
その身から吹き上がる炎が収束し、人柱めいた業火となる。
炎塊と化したグエンは、軍刀を掲げると逆手に持ち替え、刃を地へ向けた。
立ち昇っていた炎柱が急速に収束し、すべて刀身へ吸い込まれていく。
緋色に輝く雫が刀身から滴り落ちる。
石畳へ触れた瞬間、背丈を超える火柱が轟音と共に噴き上がった。
灼熱が生む熱風が、周囲を薙ぐ。
炎の化身となったグエンを見据え、アズレイが眉を顰めた。
「……もろともに、薙ぎ払う気か」




