第8話 眠る時
短編集『あなたのとなり』
「眠る時」
一人の少女の死生観の物語
あなたのとなり 眠る時
私は眠るのが怖い。目の前が暗くなり、意識が遠のく感覚が、おそらく死に似てるのだと感じてしまった時から、眠るのが怖くなってしまっていたのだ。
同じく、生きていくのも怖い。別に、いじめがあるとか、虐待があるとか、お金に困っているわけでもない。不老不死というもの自体が恐ろしいのだ。
永遠の命、一度は願ったことはあると思う。私だってそうだった。でもふと、意識が永遠に続いていくという恐怖を感じてしまった。それと同じく、この意識が死してもなお続いていくのも発狂してしまうくらい怖い。
だからってなにをするわけでもない。
事実として、私はこの世に生を受けて、いずれ死んでいく。それは生まれたときから決まっている因果だ。それに抗うつもりはない。
おそらく、この考えは哲学というものなのだろう。永遠に答えのでない、私自身が抱えていく問題。
宇宙の話を聞くたびに、私はその考えに悩まされる。この星は何億光年先にある。ブラックホールは全てを飲み込む。太陽がなくなったら地球は人の生きていけない星になる。など、今生きている人間にとって、必要のないことばかりだ。
どうしたって、私はその考えから逃れられないのも知っている。おそらく、死ぬまで生きることと死ぬことを考えると思う。怖いという感情を身にまといながら。
それと同じように、恋をするという事も分からなかった。ただ、子孫を残すという行為を、愛や恋という言葉で覆い隠しているだけのように感じていたのだ。いくら子孫を残そうとしても、自分という意識がなくなってしまえばそれで終わりだ。後のことなど分かるはずはない。
なぜそんなことに労力を割くのか。私には分からなかったのだ。
ただ私も、その余った労力をなにに割けばいいのか分からなかった。
こんな考えを知ってか知らずか、どこか気怠そうな私を見て興味をもつ人が現れた。
何度も、貴方とは付き合えない。こんな退廃的な考えを持って、恐怖から逃れられない自分を受け止める事ができる人なんて、この世にはいない。何度もそう答えたが、彼は、ウザいと思うほどに諦める事を知らなかった。
「僕も君と会うまでは同じ考えだった。生きることも死ぬことも怖い。恋をすることの無駄も考えていた。でも、同じ考えを持つ人がここにいた。ただ寄り添いあうことが、僕たちには必要なんじゃないかって。そう思ったとき、僕はなぜか救われた気がしたんだ。」
何を言っているのか分からなかった。結局貴方は、自分への救済の為に私を選んだだけ。私は、私自身の救済など望んではいない。
ただ、この恐怖を和らげる何かがあるとしたら、多少なりともすがってもいいとは思った。
「私は、貴方を愛することはできないかもしれない。愛というものが、子孫を残すための道具にしか思えないから。死んで意識がなくなったら、知る由もないでしょう?」
「愛さなくていい。それは僕も同じ考えだから。ただ隣にいて、ただ安心できるだけで恐怖が和らぐと、君を見て思ったんだ。」
あきらめない彼に気圧され、私は断れなかった。いや、私は望んでいたのかもしれない。この恐怖を共有できる人を。恐怖を和らげられる方法を。
それから、彼と私の奇妙な関係は続いた。
所謂、彼氏彼女の関係ではなかった。手なんか繋がない。抱き合うこともない。勿論、キスなどするわけもない。
それでも、なぜかただ、隣に彼がいるというだけで、恐怖が和らぐような感覚を覚えた。それは、安心できるともいうのだろうか。
彼の隣にいるだけで、私は幸せを感じることができていた。
眠る時、ふと考える。もし、彼が隣で寝てくれたら、安心して眠ることができるだろうか。
死んで意識がなくなる恐怖も、生きて意識が続く恐怖も、彼が隣にいてくれたら違うのだろうか。
私が死ぬ時、生きていてよかったと思えるだろうか。彼が生きている間は生きたいと思えるだろうか。
その事を考えた時、私はどちらの考えも嘘のように肯定できた。
そしてその夜、私は久しぶりに眠るのが怖くなくなっていた。
短編集『あなたのとなり』は思いついた時、不定期に更新する短編として投稿していきます。
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