第7話 しりょう室
短編集『あなたのとなり』
「しりょう室」
新任教師の、仕事に関わる物語
私立桜ヶ丘高校に赴任してから4ヶ月。私は日々の業務に追われていた。
教師というのは不憫なもので、いろんな生徒の名前を覚えなくてはいけない。人の顔と名前を一致させるのに苦手意識がある私にとって、なかなか難儀なことだった。それに加え、所謂普通ではない生徒もいて、それぞれに対応を変えなくてはならない。しかも、そういった生徒は意外に頭が回るので一筋縄ではいかない。
教師の見えないところで、最上階の三階から一階まで競争する危険な生徒もいたし、家庭科室で料理酒をそのまま飲もうとしたやつもいる。
また、その高校独自のルールもあったりする。正直に言って、それを覚えるのも一苦労だ。たとえば、職員室でコピー機を使う時、必ず使用履歴を記入するのがルールだった。
コピー機の台数は2台しかなかった。この高校は他の高校と比べ、コピー機の台数が確実に少ない。それは校長も認識していて、来年度予算にコピー機代を組み込んでいた位だ。
ある時、職員室に2台あるコピー機の1台が壊れてしまった。何度確認しても、どこが壊れているのかわからない。業者に頼み修理を依頼するが、翌日以降でしか来れないという。
私は、もう1台あるから大丈夫だろうと高を括っていた。実際、それである程度は回っていた。
ふと涼しい職員室から窓の外に目を向けると、儚い蝉の鳴き声とともに、陽炎が揺れていた。
翌日、修理業者が訪れた。あれこれ弄っているが、一向に直る気配がない。
「これは、一度分解してみないとわからないですね。」
これが業者の答えだった。
業者が来れば直ると思っていた私は、少しの不安を覚えた。なぜなら、全校生徒約500人に渡すための資料を抱えていたからだ。
他の職員がコピー機を使わない合間に、なんとか500枚刷り終わると、各教室の担当職員に配布していく。その時点で、その仕事は終わったはずだった。
「枚数足りませんよ。」
1年3組の教室からの声だった。おかしい。確実に多くなるように渡したはずだった。私は急いでコピー機へ刷りに行こうとしたが、残り一つのコピー機が、あいにくのインク切れ。しかもインク交換しているのが、機械音痴の教頭だった。
これはまずい。この資料は今日中に配布しなければいけないものだった。私は、コンビニで刷りに行こうか、それともインク交換終わりまで待とうか迷っていた。
その時、ふと後ろから声がした。
「4階のしりょう室なら、もう1台コピー機ありますよ?」
職員室の誰から発せられた声だったか分からなかったが、私は急いで4階へ向かった。
一階の職員室から一気に4階へ登ろうと息を切らしていく。1階の階段を一段飛ばしで一気に2階へ、踊り場を通り、そのまま3階へ向かう。
だが、3階の階段から4階に上がろうとした瞬間、自分の目を疑った。
そこに待っていたのは、「屋上」の文字だった。
私は混乱の中で背筋に冷や汗をかき、夏の蒸し暑さを感じながら、手足が冷たくなっていく違和感を覚えた。そして、混乱する頭の中で、あの声を思い出していた。
「4階のしりょう室なら……」
一体、誰が言ったのか。4階のしりょう室とは何なのか。
陽炎の向こう側で静かに死を迎える蝉のように、私は屋上へ続く階段で立ち尽くしていた。
短編集『あなたのとなり』は思いついた時、不定期に更新する短編として投稿していきます。
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