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あなたのとなり〜心の隣に誰かがいる短編集〜  作者: aduchi


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第6話 楽なこと

短編集『あなたのとなり』

 「楽なこと」

釣り好きな夫を見守る妻の物語

「たまにはゆっくりしておいで。」


 私がそう言うと、夫は瞳を輝かせた。子供が自立する今まで我慢していたのだろう。それは痛いほどわかっていた。

 犬の散歩中に見る朝日を反射した川のせせらぎ。子供と遊ぶ海水浴の、日光が照りつける潮の香り。キャンプに行った時の、木漏れ日の中で感じる森のさえずり。どれをとっても、夫にとっては「あと少し」だった。

 夫の趣味は、釣りだった。

 付き合っていた頃、料理が得意ではないと言っていた夫が、唯一自信を持って台所に立ってくれて、魚料理を振る舞ってくれた。


「俺、これしかできないからさ。」


 その言葉が口癖だった。でも、子供が生まれた時、風邪を引いた時、喧嘩した時でも、いつも家族を第一に考えてくれて動いたのが夫だった。

 こんないい夫はどこを探しても彼以外いない。本当にそう思えた。

 付き合った時にタバコをやめた。子供が生まれた時は、何かあったら動けないとお酒をやめた。風邪を引いた時は率先して病院に連れて行ってくれた。喧嘩した時、明らかに私が悪いのに先に謝ってくれた。

 正直に言ってイケメンでもない彼だが、私は彼の気持ちに惚れたのだと、あらためて思った。

 その彼が、子供が生まれた時に、趣味だった釣りをやめた。何度「行ってきていいよ?」と言っても、「家族に全力を注ぎたい。」の一点張り。頑固を張り付け、夫は我慢し続けた。

 そんな夫が、子供が巣立ち私と二人になったとき、久しぶりに「釣りに行きたい。」と言った。今までどれだけ我慢していたのだろう。自分の時間を削ってまで、家族に尽くしてきたのか、私には痛いほど感じていた。


 「私は私の時間を楽しみたい。だからあなたも、たまにはゆっくりしておいで。」


 正直に言って、私の好きな時間は食べることだった。なので、毎日が幸せだった。そのなかでも彼の料理が一番好きだった。魚の種類なんて、ほんの少ししかわからない。釣り方もさっぱりだ。でも、久々に彼の作った料理を食べれるのが幸せだった。

 私は、そんな夫にひと言投げかけた。


「釣れなかったら買ってきてね。」




短編集『あなたのとなり』は思いついた時、不定期に更新する短編として投稿していきます。

読んでもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。


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