第5話 ハナミズキ
短編集『あなたのとなり』
第5話 「ハナミズキ」
子供嫌いな私が、母になる物語
私の中には一つの命がある。大切な人との、大切な宝物。少しずつ大きくなっていくお腹を感じ、愛おしく感じていた。
もともと私は、子供が好きではなかった。近所で遊ぶ男の子はうるさくて暴力的だし、顔がブサイクなのにフリフリの服を着ている女の子をみると、明らかな嫌悪感を覚えた。
確かに、私も顔が整っているとは到底言い難い。ましてやこんな考えを持っているのに、まともな男は寄ってくるはずがないと思っていた。
社会人になり働き始めたとき、私を優しく指導してくれたのが、三つ上の上司だった。なかなか覚えが悪い私のことを、根気よく教えてくださり、私が一人前になるまで面倒をみてくれた。
仕事だと分かっていながら、私は彼の優しさに徐々に惹かれていった。
もともとウェーブかかった髪を綺麗にストレートにして、ナチュラルメイクで自然な綺麗さを研究したりもした。服装も、普段着はスウェットで過ごしていたのをやめ、細めのテーパードパンツとペプラムトップスでキレイめにまとめた。
そして、少しずつ彼にアプローチしていった。なんとか彼のお眼鏡に叶いたい。彼に私のことをもっと見てもらいたい。そして、彼と過ごす未来を見てみたい。
そう、いつの間にか私は、彼に恋をしていたのだ。
そのアプローチが彼に届いたのか、私は彼から告白を受けることとなった。こんな自己評価の低い私でも、努力を続ければ彼と付き合うことができるんだ。そう思ったとき、私は今までの努力が報われたように感じた。
月日は流れ、私は彼と結婚することになった。
彼との生活は幸せそのものだった。今まで夢物語だと思っていたことが、目の前にある。それだけで私は満足だった。
その当然の結果として、彼はわたしとの子供を望んだ。最初私は、子供が好きではない。愛せるかわからないと彼に正直に答えた。彼も私の意思を理解してくれたが、彼は私の意思にこう答えた。
「君と僕の子供は、絶対にかわいい。だって、愛してる人との子供だから。」
その言葉にハッとしてしまった。そうだ。今まで見てきたのは自分とは関係のない子供だ。それなのに、自分と彼の子供まで否定するのは違うのではないか?
世の中には「産まない」という選択肢もある。しかし私は、彼との子を「産みたい」という選択をした。
それからは、不安と期待が入り混じったような生活をすることになった。子供を作ろうとしても、なかなかできるものでもなかった。不妊治療を考えることもあった。
そして、子供を作ると決めた2年後、私のお腹に愛の結晶が宿った。
米粒みたいな命が、確かに私の中にある。彼と私の、二人の未来だった。
妊娠がわかったとき、彼は嬉しくて泣いていた。優しく抱きしめられながら、私は、朝日に照らされた窓の外のハナミズキを見ていた。
妊娠期間中は大変だった。徐々に大きくなるお腹に不安をかかえ、彼に八つ当たりもした。それでも、初めてお腹が動いた時、彼は私のお腹に語りかけ優しく撫でてくれた。
時が経ち、私は臨月を迎えた。体の自由が利かなくなり、歩く時は手すりを掴み、足の爪は彼に切ってもらっていた。彼の優しさに感謝しながらも、私はまだ、自分の子供に対して不安を抱えていた。障害を持っていたら?可愛くなかったら?……愛せなかったら?
頭の中で、考えがまとまらなくなったとき、優しく彼が手を繋いでくれた。
「……大丈夫だよ。」
その言葉は、彼も同じ気持ちだという表れだった。それでも、今まで育んできたものは変わらない、その決意のように感じた。
陣痛が始まる。今まで感じたことのない痛みが、徐々に増していく。世の中の母親は、こんな痛みを経験してきたのかと思うと、自分の母親に尊敬の念を覚えた。
助産師が彼に罵声を浴びせている。なにをしでかしたのか?薄れゆく意識の中で彼へのツッコミをしながら、私は最後の力を振り絞り、一気にいきんだ。
その瞬間、無音になった。いや、正確には赤ちゃんの泣き声だけが聞こえていた。宝物が、私を呼んでいる気がした。
遠のく意識の中で私は、胸に抱かれた赤ちゃんを見ていた。
「あぁ、かわいい。」
口から出てきたのは、今までの私からは想像できない言葉だった。うるさい、ブサイク、そう思っていたものが、私と彼との子供というだけでここまで変わるのかと。
病室から見る景色は、彼と二人で見るよりも鮮やかに見えた。スヤスヤと眠る我が子を見ながら、私は、これから三人で歩んでいく未来を、窓に映るハナミズキに託していた。
短編集『あなたのとなり』は思いついた時、不定期に更新する短編として投稿していきます。
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