第1章 第6話:空の妻女山と、車懸かりの高速プレゼン
川中島の戦いでの両軍の激突が今始まる…。
歴史好きのみなさんはどうパロディするか分かるかな?
深夜。千曲通りを覆い尽くすほどの、深い濃霧。
視界が数メートル先までしか効かない白い闇の中を、私たちはひたすらに駆けていた。
「優奈葉ちゃん、こっち……! 足元に気をつけて」
前を走る望月先輩が、私の手をギュッと握りながら、霧の中へ潜っていく。
(……あれ? いつの間にか下の名前呼びになってる!? しかもなんか、やけに指を絡ませてくるというか、恋人つなぎになってない!?)
百合属性を拗らせたお姉さんのスキンシップに内心ドギマギしながらも、私は目の前で展開される『本物のくノ一』の凄まじいスキルに度肝を抜かれていた。
ただでさえ悪条件の濃霧。
しかし望月先輩は、周囲の監視カメラの死角や、街灯の光が届かないビルの隙間を瞬間的に計算し、まったく迷うことなく迷路のような裏路地をすり抜けていくのだ。
「すごい……先輩、なんでこの霧の中で迷わずに進めるんですか!?」
「ふふっ。私にかかればこんなの朝飯前よ。優奈葉ちゃんは、ただ私に身を委ねていればいいの」
艶やかなウインクと共に、甘い香水の匂いがふわりと漂う。
(相変わらず言動はアウトだけど、潜入スキルはガチすぎる!)
私たちは誰にも見つかることなく、目標である『妻女山支店』の裏口に到達した。
望月先輩が手慣れた様子でピッキングツールを取り出し、ものの数秒で鍵を開ける。
カチャリ。
重い扉が開き、私たちは息を殺して店内へと潜入した。
「さあ、上杉の試作用スイーツはどこかしら。種あり巨峰をたっぷりトッピングしてあげるわ……って」
意気揚々と厨房を覗き込んだ望月先輩の動きが、ピタリと止まった。
「え……?」
私も、その背中越しに店内を見回し、息を呑んだ。
人っ子一人、いない。
それどころか、窓際に並んでいたはずの最新型ノートPCやプロジェクター、そして洗練されたスイーツの試作品すら、跡形もなく消え去っていたのだ。
もぬけの殻である。
「うそ……さっきまで、あんなに電気が点いてて、大勢の社員がいたのに……!」
私の『脳内歴史データベース』が、かつてないほどの激しい警告音を鳴らした。
(――第4次川中島の戦い。武田軍の別働隊が妻女山を登りきった時、すでに上杉軍は山を下り、武田の本陣へと向かっていた)
「望月先輩! まずいです! 上杉支社長はとっくにこの店(山)を捨てて、武田支社長たちのいる本陣に向かってます!!」
「なっ……!? キツツキ戦法が、読まれていたってこと!?」
歴史のバッドエンドをなぞる最悪の予感が見事に的中してしまった。
私たちは青ざめ、急いで来た道を――霧の立ち込める山を駆け下りた。
◇◇◇
一方その頃。
千曲通りを挟んだ向かい側、甲斐支社の本陣『茶臼本店』では。
「ふんっ……! ぬんっ……! き、気合だぁぁぁ……!!」
定年間近の古参社員・山本が、老体に鞭打ってプレゼン資料の仕上げに取り掛かっていた。
時刻はすでに明け方。連日の徹夜とプレッシャーで、山本の手はプルプルと限界を超えて震えている。
「いかぁーん! カフェイン入りの栄養ドリンクをもう一本持ってこい!!」
赤ジャージの部下が慌てて差し出した栄養ドリンクを一気飲みし、極太の筆ペンを握り直す。
しかし、震える手で書かれた毛筆の文字はガタガタで、ところどころ墨が滲んでしまっている。
『お客様への思いやり』と書きたかったのだろうが、震えすぎて『お客様への重い槍』という完全に物騒な文字列になっていた。
「うおおお! 昭和のビジネスマンのド根性を見せてやる! 徹夜明けのナチュラルハイこそが、最高のアイデアを生むのだぁぁ!!」
完全にブラック企業特有の精神論で乗り切ろうとする山本。
厨房では、大量の激辛ニンニクほうとうが、いよいよ完成の時を迎えようとしていた。
その時だった。
――スゥゥゥゥ……。
東の空から、眩しい朝日が差し込んできた。
気温が上がり、深夜から千曲通りを覆い尽くしていた濃霧が、嘘のようにサーッと晴れていく。
「……ん? 霧が晴れたな。望月クンたちは上手くやっただろうか」
山本が筆を置き、疲れた目をこすりながら店舗の大きなガラス窓へと顔を向けた。
そして、その直後。
山本の心臓が、ヒュッと音を立てて止まりかけた。
「…………へ?」
霧が完全に晴れた、茶臼本店の自動ドアの目の前。
そこには、一糸乱れぬ完璧な整列を果たした、数十人の『真っ白なスーツ集団』が、無言でこちらを見据えていたのだ。
集団の先頭に立つのは、冷たい切れ長の瞳を持つ男――上杉支社長。
「な、ななななっ……!?」
山本は、腰を抜かしてひっくり返った。
「し、しまったぁぁぁ!! 本陣の目の前に敵がいる!? 空の妻女山を啄いたか! キツツキ戦法、破れたりぃぃぃ!!」
山本の悲鳴を聞きつけ、厨房から武田支社長が飛び出してきた。
窓の外の光景を見て、武田も一瞬目を見開いたが、すぐにニヤリと猛禽類のような笑みを浮かべた。
「がははは! 読まれていたか! さすが上杉、一筋縄ではいかん男よ!」
「し、支社長! 笑っている場合ではありません! 敵はすでに臨戦態勢です!」
「慌てるな山本! かくなる上は、迎え撃つまで!! 奴らの欠点をつついてやるわ!!」
武田支社長は、店内にいる赤ジャージ軍団に向けて、地鳴りのような号令を発した。
「野郎ども! 『鶴翼の陣』だ!!」
「「「押忍!!!」」」
ドドドドドッ!!
赤ジャージたちが凄まじいスピードで動き出す。
彼らは、お洒落なカフェの木製テーブルを店の入り口に向かって扇状(V字型)に広げ、即席の『審査員席』を作り上げた。
「審査体制、完了しました!!」
「よし! 上杉の用意したスマートなプレゼンとやら、この包み込むような鶴翼の陣で、重箱の隅をつつくように辛口審査してやるわ!!」
武田が審査員席の中央に陣取り、仁王立ちで腕を組む。
自動ドアの向こう側。
上杉支社長は、待ち構える武田の陣形を見て、フッと冷笑を漏らした。
「……姑息な辛口審査で、我らの義を止められると思ったか」
上杉が、スッと右手を挙げる。
それを合図に、白スーツの越後支社軍団が、一斉に最新のタブレット端末を起動させた。
「直江。全社員、ローテーションの準備はいいな」
「はっ。タイマーは秒単位で同期済みです」
「行くぞ……! 『車懸かり』の高速プレゼンだ!!」
ウィィィン……!!
自動ドアが開いた瞬間、越後支社の社員たちが、流れるような円運動を描きながら店内に突入してきた。
先頭の一人が、武田たちの目の前でタブレットを掲げ、息継ぎすらしない早口でプレゼンを叩きつける。
「当スイーツの原価率は25%! SNS映えを意識した色彩設計により、10代から20代の女性客の新規獲得を見込み――」
「えっ、あ、ちょっと待て、その原価計算の根拠を――」
武田が辛口の質問を挟もうとした瞬間。
先頭の社員はクルッと背を向け、すでに背後に控えていた次の社員が、コンマ1秒のラグもなくタブレットを突き出す。
「さらに! 既存メニューとのクロスセル効果により客単価は平均15%上昇! これにより週末のアイドルタイムの売上を補填し――!」
「なっ!? 質問を無視して次の奴が出てきたぞ!?」
「続いて! 長野県産のオーガニック小麦を使用することで、地元農家とのSDGs連携をアピールし――!!」
(は、速すぎる……!!)
これが、戦国最強と謳われた上杉謙信の戦法。
一つの部隊が攻撃を終えると、瞬時に次の部隊が入れ替わり、波状攻撃を仕掛ける回転陣形。
それを現代ビジネスに応用した『車懸かりの高速プレゼン』。
考える隙も、反論する隙も与えない、息をもつかせぬ情報量の暴力が、武田の鶴翼の陣を容赦なく削り取っていく。
「だ、ダメだ支社長! 奴らのプレゼンが速すぎて、辛口審査のツッコミを入れる暇がありません!!」
山本がガラケーを握りしめながら悲鳴を上げた。
令和の川中島は、まさに歴史に刻まれるにふさわしい、大乱戦の様相を呈していた。
(第8話・了)
読んでいただきありがとうございます!さぁ予想は当たっていたでしょうか?個人的にはうまく落とし込めたと満足しています!
次はクライマックス!あの名シーンが登場しますよ!
次回、川中島の戦いクライマックスは8月23日17時50分投稿です。お楽しみに!




