第1章 第4.5話(サブエピソード) :白き義将の怒りと、呆れる越後の頭脳
アナログ軍師山本の安い牽制チラシに色んな意味で驚愕の甲斐支社(第1章 第4話)。一方その頃、越後支社では…。
白を基調とした、清潔感に溢れる静かなオフィス。
それが、日ノ本商事『越後支社』である。
常に怒号と排気音が飛び交う甲斐支社とは正反対の、知的でスマートな空間だ。
その日、越後支社で事務作業を統括する直江は、届いたばかりの郵便物の仕分けを行っていた。
冷静沈着で、常に一歩引いた俯瞰の視点を持つ彼は、越後支社の頭脳とも言える存在である。
「……ん?」
大量のDMや請求書の中に、一つだけ異質な封筒が混じっていた。
会社のロゴも入っていない、茶色い無地の封筒。
そして、そこに貼られているのは……『84円切手』だった。
直江は、細いフレームの眼鏡の奥で、スッと目を細めた。
「この令和の時代に、ビジネスの郵便物でアナログな手書きの宛名。しかも、料金改定前の古い切手……?」
直江の頭脳が、高速で回転し始める。
(なんだ……? これは一体何の罠だ? 高度な情報戦の類か? わざと時代錯誤な形式をとることで、こちらの注意を逸らそうという算段か? あるいは、この切手の裏にマイクロチップでも……)
警戒しながら、ペーパーナイフで慎重に封を切る。
中から出てきたのは、さらにアナログな、マジックペンで殴り書きされた一枚のチラシだった。
『上杉へ。茶臼本店は我が甲斐支社がもらった。お前らはすっこんでろ。 山本』
「…………」
直江は、その文字を3秒ほど見つめ。
深く、長いため息をついた。
(……ああ、そうか。『山本』か。あの人は何か高度な罠を仕掛けているわけじゃなく、ただ単にITリテラシーが昭和で止まっているだけの、ポンコツだったな……)
深読みしてしまった自分が馬鹿らしくなり、直江はチラシを丸めた。
「くだらない。こんな子供の喧嘩のような挑発、いちいち相手にする必要はない。シュレッダーにかけて終わりにしよう」
直江が、デスクの脇にあるシュレッダーに紙切れを突っ込もうとした、まさにその時。
「待て、直江。それは何だ?」
凛とした、しかしどこか冷気を帯びた声がオフィスに響いた。
振り返ると、真っ白なオーダースーツを完璧に着こなしたナイスミドル――上杉支社長が、冷徹な視線でこちらを見ていた。
「あ、いえ、上杉支社長。これはただの迷惑郵便ですので、お気になさらず……」
「見せろ」
上杉支社長は直江の手から、ひったくるようにチラシを奪い取った。
数秒の沈黙。
スッ……と。
上杉支社長の端正な顔立ちが、怒りでプルプルと震え始めた。
「っ……武田のタヌキオヤジめ!! そして山本の野郎!!」
「上杉支社長、落ち着いてください。これは相手の安い挑発(84円)です。乗ってはいけません」
直江の制止も虚しく、上杉支社長は完全に『着火』していた。
普段は冷静で義に厚い彼だが、宿敵である武田のこととなると、途端にムキになる幼稚な面があるのだ。
「茶臼本店をもらっただと!? 卑怯な盤外戦術で出し抜いたつもりか! このようなアナログな手紙で宣戦布告するなど、我が越後への侮辱! 到底、義が立たん!!」
「いや、ですから山本はただITに疎いだけでして……」
「直江! 奴らが茶臼本店を押さえたのなら、我々はその向かいにある『妻女山支店』を押さえるぞ!」
上杉支社長は、スーツのポケットから最新型のスマートフォンを取り出した。
そこからの動きは、まさに『軍神』の如き速さだった。
目にも留まらぬ、両手での高速フリック入力。
画面をタップする指が、残像で見えない。
「っ、タタタタタタタタタタタ!!」
「支社長!? 何をしているんですか!?」
「妻女山支店のネット予約だ! 本日から2日間、完全貸切のプレミアムプランを法人カードで即時決済した!!」
「は、早っ……!? っていうか、いくらなんでも独断で経費を使いすぎです!!」
直江の悲鳴を置き去りにし、上杉支社長の高速フリックは止まらない。
そのまま『日ノ本商事・全社共通LINEグループ』の画面を開き、怒涛の勢いでメッセージを打ち込んでいく。
「さらに、武田のタヌキオヤジに全社員の前で宣戦布告してやる! ITを駆使した圧倒的スピードで、奴らの時代錯誤な挑発を粉砕してくれるわ!!」
「や、やめてください支社長! そんな全社LINEでやったら、本社(明智)からコンプラ違反でまた怒られますって!」
「ええい、送信ッ!!」
ピロンッ!
直江が止める間もなく、無情にも送信完了の通知音がオフィスに響き渡った。
送信されたメッセージを満足げに眺め、「フンッ」と鼻を鳴らして社長室へ戻っていく上杉。
あとに残されたのは、丸められたアナログなチラシと、頭を抱える直江だけだった。
――ブルッ。
その直後、直江のスマートフォンの画面が、無慈悲に震えた。
表示されたのは、個人的に繋がっている本社・明智秘書からのダイレクトLINE。
【本社・明智】
『直江さん。どうして上杉支社長の全社通知を止めなかったのですか! これからコンプラ違反の顛末書のフォーマットをそちらに送ります』
「っ……!!」
画面を見た瞬間、直江の胃がキュッと締め付けられるように痛んだ。
上杉の独断専行と、明智からの理不尽な追及。ナンバー2の板挟みの苦しみが、彼の胃壁をガリガリと削っていく。
「…………だから言ったのに……」
越後の頭脳の虚しい口癖が、静寂のオフィスに溶けていった。
(第1章 第4.5話・了)
読んでいただきありがとうございます!
本編の裏側を描いてみました。この世界線における上杉支社長、直江の二人の性格が表れたストーリーになったかと思います。
【戦国豆知識】直江のモデル『直江兼続』は上杉家に生涯仕えた人物で『愛』の前立てで有名。頭が良く、「義」を重んじる性格だったそうです。ちなみに上杉支社長のモデルは『上杉謙信』であり、兼続は謙信の養子『景勝』に仕えたというのが史実です。
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