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こちらコンプライアンス室 ~令和が歪める戦国絵巻~  作者:
第1部:コンプライアンス室爆誕~歴女の覚悟~

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第1章 第4話:昭和のレジェンド帰還!アナログ軍師と爆速LINEの川中島

哀愁漂うおじさん軍師初登場!

「――というわけで、越後支社の顧客リストは入手できなかったんですが……」


真っ赤に染まった甲斐支社のオフィス。


私は上杉支社長から恵んでもらった、大量の超高級・国産天然塩タブレットとキンキンに冷えたスポーツドリンクの山をデスクに並べ、恐る恐る報告を行っていた。


「その、潜入がバレてしまいまして……。でも、なぜか上杉支社長が『熱中症で倒れられては義が立たん』と、これを……」


報告しながら、私は冷や汗が止まらなかった。


競合他社へのスパイ活動(コンプラ違反)に失敗しただけでなく、あろうことか敵のトップから情けをかけられ、物資を恵んでもらって帰ってきたのだ。


激詰めされる。


そう覚悟して、ギュッと目を瞑った。


私のすぐ背後では、今回の潜入を主導した望月先輩が、なぜか甘い香水と大人のフェロモンを漂わせながら控えている。


普通なら部下の失敗を案じる場面だが、彼女の艶やかな顔に焦りは微塵もない。むしろ、その妖しい瞳は爛々と輝いていた。


(ふふっ……支社長に思いっきり激詰めされて、泣きべそをかいた草場ちゃんを、あとで私が裏の資料室でたーっぷり『慰めて』あげるんだから……。飴と鞭。絶望からの優しいハグ。

これでこの小動物みたいな後輩は、完全に私に依存するはず……たまらないわぁ)


大人の余裕、というよりは、完全に獲物を狙う少し下世話でねっとりとした視線。それが私の背中に突き刺さるのを感じて、私は怒られる恐怖とは別の意味でブルブルと震えていた。


しかし。


「がははははは!!!」


甲斐支社に地鳴りのような笑い声が響き渡った。


恐る恐る目を開けると、武田支社長が腹を抱えて大爆笑していたのだ。


「やりおるわ上杉の奴! 相変わらず、クソがつくほど生真面目で不器用な男よ! 敵に塩を送るとは、あやつらしい『義』の立て方よな!」


「えっ……怒らないんですか……?」


「怒るわけがなかろう! お前が持ち帰ったこの塩とポカリのおかげで、我が甲斐支社の赤ジャージ軍団は息を吹き返したのだ! むしろ大金星よ!」


武田支社長は私の肩をバンバンと力強く叩いた。

周囲を見ると、死にかけのゾンビのようになっていた営業部員たちが、上杉支社長の塩タブレットをかじり、スポーツドリンクを喉に流し込んでみるみるうちに復活していく。

「うおおおお! 塩分が五臓六腑に染み渡るぜええ!!」


「上杉の塩、最高ォォ!! 午後からもテレアポ百件いくぞオラァ!!」


「……ちぇっ。つまんないの。せっかく手取り足取り、慰め方のシミュレーションまで完璧だったのに」


背後で、望月先輩があからさまに残念そうな舌打ちをした。ボソッと呟いた内容が完全にコンプラ違反セクハラのそれである。


目論見が外れて唇を尖らせるくノ一お姉さんをよそに、私は武田支社長の度量の大きさに心底ホッと胸を撫で下ろした。


ブラック気質で無茶苦茶な人ではあるが、こういうカラッとしたカリスマ性が、社員たちを惹きつけているのだろう。


その時だった。


――ズルッ、……ズルッ。


オフィスの入り口から、何やら重たい足を引きずるような音が聞こえてきた。


「お疲れチャン! いやぁ、シャバの空気はバッチグーだねぇ!」


現れたのは、よれよれの古いスーツを着た初老の男性だった。


年齢は定年間近といったところか。


変形性膝関節症なのか、片足を引きずりながら、杖をついてゆっくりと歩いてくる。


さらに異様なのは、その顔だ。


片目に、真っ白な眼帯を大々的に当てているのである。


「おお! 退院したか、山本!」


「おうよ、支社長。レーシック手術は大成功だったんだがね、最近のLED照明とやらは眩しすぎていけねぇ。しばらくはこの保護用の眼帯が手放せねぇよ。トホホ……」


(えっ、レーシック!? てっきり名誉の負傷か何かかと……!)


私は心の中で激しくツッコミを入れた。


そして、彼を呼んだ『山本』という苗字。足を引きずり、片目に眼帯をした古参社員。


私の『脳内歴史データベース』が即座に合致する人物を弾き出した。


(甲斐の虎・武田信玄を支えた伝説の天才軍師……山本勘助!!)


山本勘助。戦国時代好きなら知らない者はいないであろう、甲州流軍学の祖。


隻眼にして足が不自由という異形の姿ながら、築城術から陣形まであらゆる戦略に通じ、武田信玄の右腕として数々の勝利をプロデュースしたとされる伝説の男。武田家の戦術書『甲陽軍鑑』にもその大活躍が記されている、戦国屈指のダークヒーロー的存在だ。


(そんなレジェンドが、まさか令和の世で同じ特徴を持って現れるなんて……! きっと、底知れぬ知略を隠し持った切れ者なんだ……!)


私はゴクリと唾を飲み込み、その伝説の軍師の第一声に耳を傾けた。


「いやぁ〜、しかし草場チャン? 君のことは聞いてるよ。若いのにガッツがあるねぇ! これからもヨロシクチョンマゲ!」


(チョ、チョンマゲ!? いつから時間が止まってるのこの人!?)


圧倒的なコレジャナイ感。


伝説のダークヒーローの面影はそこにはなく、ただの「昭和の死語を連発する陽気なポンコツおじさん」が杖をついて笑っていた。


「山本、お前が不在の間、我が甲斐支社はマンパワーと気合だけで乗り切ってきたが……そろそろお前の『知恵』が必要だ。例の件、どうなっている?」


武田支社長が、急に真剣なビジネスマンの顔になって尋ねた。


「合点承知の助。抜かりはないよ」


山本さんは、フッと不敵な笑みを浮かべた。


その瞬間だけは、かつて甲斐支社を知能で盛り立てたレジェンドの風格が漂った。


「『カフェ・ド・川中島』の件だね。あそこは長野県全域に絶大な影響力を持つ、地域密着型の大手カフェチェーンだ。あそこと独占契約を結べば、長野の飲食ルートは我が社が完全に掌握できる」


「うむ」


「今、あそこのオーナーは『新メニューとマンネリ解消の起爆剤』を求めてコンペを開いている。越後支社の上杉も、当然これを狙っているはずだ」


山本さんは、スーツの懐からガサゴソと何かを取り出した。


「だから先手を打った。明日から2日間、長野にある本陣……『カフェ・ド・川中島 茶臼本店(ちゃうすほんてん)』を、我が甲斐支社で完全貸切にしたのさ。そこで大規模なプレゼンイベントをぶち上げる」


「おお! さすが山本! 動きが早い!」


「さらにだ。病院のベッドの上で、手持ち無沙汰だったからね。上杉を牽制するために、ちょっとした『果たし状』を送りつけてやったのさ」


そう言って山本さんが見せたのは、一枚の紙切れだった。


『上杉へ。茶臼本店は我が甲斐支社がもらった。お前らはすっこんでろ。 山本』


マジックペンで手書きされた、小学生の喧嘩のようなチラシ。


「これを、84円切手を貼って、病院のポストから郵送しておいてやった。今頃、越後支社に届いて、上杉の奴は地団駄を踏んでる頃だろうて! がははは!」


(84円切手……!? 普通郵便!?)


私は絶句した。


(令和のビジネスシーンで、競合他社への宣戦布告を84円の普通郵便でやる人なんている!? メールでいいじゃん! しかも郵便料金、地味に古いし!)


未だにガラケー時代、いや、昭和でITリテラシーが止まっている哀愁漂うおじさん。


それが、令和における山本勘助の姿だった。


「上杉め、あの手書きのアナログなチラシを見たら、血圧が上がって冷静な判断ができなくなるはずだ。これが私の盤外戦術よ……!」


山本さんがドヤ顔で言い切った、まさにその瞬間だった。


ピロンッ!ピロンッ! ピロンッ! ピロンッ!!


オフィスにいる全員のスマートフォン、そして会社支給のPCから、一斉に通知音が鳴り響いた。

『日ノ本商事・全社共通LINEグループ』からの通知だ。


私も慌ててスマホの画面を開く。


そこには、越後支社のアカウント――上杉支社長からの、全社員に向けた一斉送信メッセージが表示されていた。


【越後支社・上杉】

『全社員へ通達。当支社は明日より2日間、長野の「カフェ・ド・川中島 妻女山支店(さいじょさんしてん)」を完全貸切とし、特別コンペを実施する。』


【越後支社・上杉】

『武田のタヌキオヤジ、ならびに山本へ。貴様らの時代錯誤な手書きの郵便物、たった今拝見した。そのようなアナログな挑発で、我が越後の義を揺るがせると思ったか。ITを駆使した圧倒的スピードで、貴様らを粉砕してくれる。首を洗って待っていろ』


――しーん、と。

甲斐支社のオフィスが静まり返った。


「……爆速じゃねーか」


営業部員の誰かが、ポツリと呟いた。


「今日届いた手紙を見て、ムキになって即座に別の支店を2日間も押さえたってことかよ……!?」


「しかも全社グループLINEで堂々と宣戦布告……! あのツンデレ支社長、仕事が早すぎるだろ!!」


真っ白なスーツを着こなす上杉支社長が、凄まじいフリック入力のスピードでスマホを叩いている姿が目に浮かぶ。


甲斐支社の面々が、敵将の鮮やかなITカウンターにどよめいている中。


「……ほうほう」


パカッ。

山本さんは、ズボンのポケットから取り出した分厚い『ガラケー』を開いていた。


「なるへそ〜。最近の携帯電話ってのは、文字が一度にたくさんの人に送れるのかい? この『らいん』っていうのは。いやはや、文明の利器ってのはスゴイなぁ。インターネットはまるで魔法の土管だねぇ」


パカパカとガラケーを開け閉めしながら、心底感心したように頷く天才軍師。


(いや、そこ!? 驚くのそこ!?)


私は頭を抱えそうになった。


(上杉支社長の爆速レスポンスより、LINEのシステム自体に驚いてるじゃん! この人、本当に伝説の軍師なの!? 明日からの川中島コンペ、本当に大丈夫なのーー!?)


こうして、アナログすぎる軍師と、ITを使いこなすツンデレ将軍による、長野のカフェチェーンを巡る熾烈な戦い。


現代版『川中島の戦い』の幕が、静かに、しかし最高にドタバタと切って落とされたのだった。


(第6話 ・了)

お読みいただきありがとうございます!


豪快な支社長と哀愁漂う陽気なおじさん…いかがでしたか?


川中島の戦いの前哨戦、チラシ対爆速LINEのギャップは個人的にお気に入りのシーンです。


次回は遂に『令和版 川中島の戦い』が始まります。

どんな展開になるのか、歴史を知っている方はどうアレンジするのかを予想してみてくださいね!


【戦国豆知識】山本部長のモデル『山本勘助(やまもとかんすけ)』は優奈葉の説明にもあるように、天才軍師と呼ばれた人物。しかし、実在したかどうかは不確定。そして戦術などが時代遅れだったとの指摘があるため、今回は時代が止まった哀愁漂う男という設定にしてみました。


勉強になったなと思う方は是非ブックマークと【★★★★★】の応援よろしくお願いします!


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