第1章 第3話:潜入!越後支社『敵に塩を送る』ツンデレイケオジ
望月の秘密と実はこうだったら…のイケオジの第5話です。
「いい? 草場ちゃん。ターゲットの心を開かせるには、まず目線からよ。私が女子校時代、演劇部で男役をやった時はね――」
特急『しらゆき』の車内。
隣に座る望月先輩は、大人の余裕たっぷりに足を組みながら、私に潜入工作の極意を語っていた。
「……ん? 女子校、ですか?」
「ええ。中高大と、ずっとお嬢様しかいないエスカレーター式の女子校育ちよ。あの頃は下級生の女の子たちから『お姉様』って騒がれて、バレンタインのチョコなんてトラック一台分は貰ったわね」
ドヤ顔でウインクを決める望月先輩を見て、私は心の中で深く頷いた。
(なるほど……! だから妙に同性へのスキンシップが激しくて、男性経験ゼロの純培養なんだ! 昨日の夜の『男が喜ぶ仕草』での動揺といい、すべての謎が解けた!!)
「草場ちゃん? なにニヤニヤしてるの?」
「い、いえ! 望月先輩って、本当に『女の子の扱い』に慣れてるなーって!」
「ふふっ。草場ちゃんのことも、これからもっと開発してあげるわね」
(言葉選びがアウトー!)
そんな可愛いポンコツ百合先輩との道中を経て、私たちは新潟――日ノ本商事『越後支社』へと潜入していた。
ネイビーの清掃員作業着に身を包み、堂々とオフィスビルの裏口から侵入する。
私の今日のミッションは2つ。
1つは、シュレッダーのゴミから競合他社の顧客リストを復元すること。
そしてもう1つは……。
『越後支社の給湯室から、備品の塩タブレットをかっぱらうこと』である。
実は現在、私の所属する甲斐支社(武田軍)は、連日の猛暑の中、気合と根性だけでスーパーカブでの突撃営業を敢行した結果、深刻な『塩分不足(熱中症の危機)』に陥っていた。
しかし、ブラック気質の武田支社長は「塩など甘えだ! 気合で汗を引っ込めろ!」と経費での塩タブレット購入を断固拒否。
(完全に労災案件だよ……! このままじゃ赤ジャージ軍団が全滅しちゃうから、なんとしてでも他社から塩を調達しないと!)
私はこっそりと給湯室に忍び込み、戸棚を物色していた。
「よし、あった! これでみんな助かる……!」
「……そこで何をしている?」
「ヒィッ!?」
背後から掛けられた、冷たくも凛とした声に、私は心臓が止まるかと思った。
恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、見事なまでに真っ白なオーダースーツを完璧に着こなした、シュッとした細身のイケオジだった。
プラチナシルバーの髪。冷たい切れ長の目。
胸元の名札には『越後支社長・上杉』とある。
(うわあああ! よりによってトップに見つかった!! 終わった、不法侵入と窃盗で警察(コンプラ委員会)に突き出される!)
私は顔面蒼白になり、猛暑と極度の緊張から、グラリと目眩を起こしてしまった。
上杉支社長の冷徹な瞳が、私の作業着の胸ポケットに刺さっている『赤いボールペン(武田の備品)』を捉える。
「その悪趣味な赤いペン……。貴様、甲斐支社の回し者だな?」
「あ、あわわ……」
「顔色が悪いな。この猛暑に、あの武田のタヌキオヤジの無茶苦茶な営業に付き合わされて、塩分が枯渇しているというところか」
すべてを見透かされ、私はギュッと目を瞑った。
――しかし。
ドンッ!
目の前のテーブルに乱暴に置かれたのは、手錠でもスマホ(警察への通報)でもなく。
『超高級・国産天然塩タブレット』の大箱と、キンキンに冷えた『スポーツドリンク』のペットボトル数本だった。
「え……?」
「勘違いするな!」
目を丸くする私に対し、上杉支社長はフイッと顔を背けた。
「べ、別に貴様らを助けたくて塩を渡すわけではないからなッ! 貴様らのようなブラック企業が熱中症で自滅などしたら、競合相手がいなくなって、我が越後支社の営業成績の『義』が立たんと言っているのだ!」
「義……?」
「正々堂々とビジネスで叩き潰してやる。だから、その塩を舐めて、今日はとっとと帰れ!」
(えええええ!?)
私の『脳内歴史データベース』が、凄まじい勢いでツッコミを入れた。
(これ、戦国屈指の美談である『敵に塩を送る』の現代ビジネス版だ! しかも見た目スタイリッシュなイケオジなのに、言動が完全にテンプレのツンデレヒロインなんだけど!!)
私はありがたく塩とポカリを受け取ると、何度も頭を下げて給湯室から逃げ出した。
走り去る私の背中に向かって、上杉支社長がボソッと呟くのが聞こえた。
「……武田のオヤジに、あまり無茶はするなと伝えておけ」
(上杉支社長、義理堅くてめっちゃ良い人……!)
私の脳内歴史DBが、静かに更新される。
(でも、こんな不器用なツンデレじゃ、絶対に社内の政治(派閥争い)とか上手く泳げないだろうな……。越後支社の未来がちょっと心配だよ)
こうして私は、予想外のツンデレ塩分補給に助けられ、無事に初めてのくノ一任務を終えるのだった。
(第5話・了)




