【第1章 入社初日に島流し編 カフェ・ド・川中島の戦い 】第1話:新幹線は一瞬、身延線(みのぶせん)は永遠。そして不穏な赤い影
遂に第1章 優奈葉ちゃんのタライ回し編が始まりました。歴史好きの方が思わずニヤッとするギミックを盛り込んだつもりです!お楽しみに!!
「新卒が、入社初日に山梨へ出向ってどういうことなの……。絶対おかしいよあの会社……」
東京駅から東海道新幹線『ひかり』に乗り込み、静岡駅で特急『ふじかわ』に乗り継ぐ。
車窓を流れる景色が、洗練された高層ビル群から、のどかな茶畑へ。
そして徐々に、険しい山々や深い川底の風景へと変わっていく。
普通列車――通称、身延線。
ガタゴトとゆっくり揺れるローカル線のテンポに合わせて、私の心はどこまでも深く沈んでいった。
スマホの時計を見る。
時刻は、18時03分。
「よし。18時を過ぎた。定時だ」
私は誰に言うでもなく、小さく呟いた。
「今日の私の業務は完全に終了! 残業代が出ないなら、1秒たりとも仕事のことは考えない! これが令和の新卒の鉄則!!」
電車のシートに深く寄りかかり、脳内をお仕事モードから強制的にシャットダウン……しようとしたものの。
(……いや、それにしても今日の出来事、いくらなんでもおかしくない?)
最終面接での、明智秘書の『謀反』に関する奇妙な質問。
そして、あの暴君・織田室長の異常なワンマン体制と、それに対する私のコンプラ的な『下克上』……。
(もしかして……歴史の教科書に載ってる『戦国時代の出来事』が、そのまま現代ビジネスの場で起きてる……?)
ふと、そんなとんでもない仮説が脳裏をよぎった。
歴女ならではの、飛躍しすぎた妄想だ。
「いやいやいや! そんなわけないって。いくらなんでも漫画の読みすぎだ私……」
首をブルブルと振って、その小さな仮説を無理やりかき消す。
そうだ、ただの偶然の一致だ。
あんなヤバい戦国武将たちが現代のサラリーマンをやってるわけがないし、ましてや大企業の役員に揃い踏みしているなんてあり得ない。
そう自分に言い聞かせているうちに、甲府駅に到着する頃には、すっかりあたりは暗くなっていた。
駅の改札を抜け、夜の涼しい風に吹かれていると、スマホがブルッと震えた。
明智秘書からのメッセージだ。
『長旅お疲れ様。今夜は手配しておいたホテルへ直行してください。甲斐の湯で英気を養うといいでしょう。明日から“戦場”ですので。 明智』
「……いや、“職場”でしょ!? なんで戦場って書いてあるの!?」
駅前で、思わずスマホ画面にツッコミを入れてしまった。
本当に、あのイケメン秘書は一言余計というか、言葉のチョイスが戦国時代で止まっている。
しかし。
明智秘書が手配してくれた宿は、新卒が泊まるにはもったいないほどの、老舗の高級和風旅館だった。
「うわぁ……すごい……」
通された部屋は、いぐさの匂いが心地いい、広々とした和室。
窓を開けると、ひんやりとした夜風と共に、山梨の険しい山々のシルエットが夜の闇に浮かび上がっていた。
「温泉最高……。お肌ツルツルになるし……」
貸切状態の露天風呂を満喫し。
「お夕飯のほうとうも、めちゃくちゃ美味しい……。出汁が染みてる……」
名物の郷土料理を、お腹いっぱい堪能した。
(※この時の私は、数日後にこの「ほうとう」の匂いが、地獄のプレゼン大会の引き金になることなど知る由もなかった)
すっかり上機嫌になった私は、湯上がりの浴衣姿で、部屋の窓辺にある椅子に腰掛けた。
冷たいお茶をすする。
東京の喧騒とは違う、信じられないほど静かな夜。
秋の虫の音だけが、心地よく響いている。
電車の中で考えた『戦国時代の出来事が起きてる説』も、温泉の湯気と共にすっかり消え去りかけていた。
(やっぱり、私の考えすぎだったんだ。思い過ごし思い過ごし)
大きく伸びをする。
(明智さんの「戦場」っていうのも、ただの比喩だよね。明日からの甲斐支社での研修だって、ちょっと体育会系の営業部でお茶汲みでもしていれば、すぐに終わって本社に戻れるはず――)
そう、完全に油断して、自分に言い聞かせた、その時だった。
――ブォォォォン……!
――ブォォォォォォン……!!
遠くの山道から。
静寂を切り裂くような、妙に甲高く、やかましいバイクのエンジン音が聞こえてきた。
「ん? 暴走族……? いや、この音って……」
大型バイクの重低音ではない。
もっと軽く、それでいて限界まで回しているような、無理をしているエンジン音。
そう、新聞配達や郵便局員さんが乗っているような、あの生活感あふれるビジネスバイク。
『スーパーカブ』特有の排気音だ。
だけど、明らかに普通の原付のスピードではない。
尋常ではないエグい音が、山々に反響して響き渡っている。
私は窓から身を乗り出し、音がする暗闇の山道を見つめた。
視界の先。
街灯もない真っ暗な峠道を、何十、何百という『光の弾丸』が、ものすごいスピードで駆け抜けていくのが見えた。
テールランプの残像が、夜の闇に真っ赤な一筋の帯を描いている。
「な、何あれ……!?」
目を凝らす。
深い闇の中。
限界までスープアップ(改造)されたエンジンを鳴らし、信じられないバンク角で、峠のヘアピンカーブを次々と攻め落としていく二輪車のシルエット。
それは、車体のすべてが『やけに真っ赤に塗装されたスーパーカブ』の大群だった。
そして、そのカブに跨っているライダーたちは全員、夜だというのに『真っ赤なジャージ』を着込んで、凄まじい風圧を浴びながら爆走していた。
あまりの恐怖とシュールすぎる光景に、私のお茶を持つ手がガタガタと震え出す。
そして、電車のシートで無理やりかき消したはずの『あの仮説』が、凄まじい説得力を持って脳内に蘇ってきた。
(真っ赤なカブ……赤ジャージの集団……!)
まさか。
歴史上で、あの暴君・織田信長を最も恐怖させたという、戦国最強の騎馬軍団……。
――武田の赤備え(あかぞなえ)。
(嘘でしょ……!? 私の仮説、マジだったの!? じゃあ明日から私が出向する甲斐支社って……あの赤いカブの暴走族が経営してるの……!?)
「エンジン音は鬨の声じゃあああ!」
遠くの山道から、野太い雄叫びが聞こえた気がした。
暗闇の山奥へと消えていく、真っ赤なテールランプの群れ。
それを見送りながら、私は布団に飛び込み、自分の立てた仮説の正しさにガタガタと震えながら山梨の恐ろしい夜を明かすことになるのだった。
(第3話・了)
読んでいただきありがとうございます!
武田の赤備えがチラッと出てきましたね!そうです、甲斐(山梨)といえば『武田家』です!予想していた方は当たったでしょうか?
優奈葉はどう巻き込まれ、どんな出来事が起きるのか…。
楽しみに思ってくれた方、こう来るか!と思った方は是非【★★★★★】とブックマークをよろしくお願いします!




