序章 第2話:最初の刺客、暴君・織田室長の「イノベーション」
なぜ優奈葉を採用したのか…。日ノ本商事の秘密とは?
「おはようございます。……本日より配属されました、新卒の草場です」
入社初日の朝。
真新しい社員証を首から下げた私は、緊張でガチガチになりながら、本社ビル最上階の『社長室』の重厚なドアをノックした。
普通の会社なら、新卒はまず人事部で全体研修を受けるはずだ。ビジネスマナーや名刺の渡し方、会社の理念を学ぶ、あの和やかな時間。
しかし、私の配属先は昨日新設されたばかりの
『社長直轄コンプライアンス室(仮)』
上司はあの冷徹なイケメン秘書・明智さんしかおらず、私のデスクはといえば、広大でふかふかの絨毯が敷かれた社長室の隅っこにポツンと置かれた、なぜかパイプ製の長机だった。
「おはようございます、草場さん。さっそくですが、そこの段ボール3箱分、シュレッダーがけをお願いします」
明智秘書は私を一瞥することもなく、涼しい顔で山のような書類を押し付けてきた。
スーツのシワひとつない完璧な立ち姿は、相変わらず冷たい彫刻のようだ。
一方、部屋の中央にある巨大なマホガニー製のデスクでは、この大企業のトップである足利社長が優雅にコーヒーを飲んでいた。
「あ、ハワイの別荘、この間取りいいなぁ……。プール付きかぁ……」
社長は仕事の書類には一切目を通さず、不動産情報誌をパラパラとめくっている。
(この会社、本当に大丈夫なのかな……)
私はウィーンというシュレッダーの単調な音を聞きながら、早くも転職サイトに登録すべきか真剣に悩み始めていた。
社長はリタイアすることしか考えていないし、唯一の実務担当者である秘書は冷徹すぎる。
まあでも、こうして隅っこで普通に事務作業をしているだけなら、波風立たずに平穏な社会人生活が送れるかもしれない。
私が新しい書類の束をシュレッダーに突っ込みかけた、その時だった。
バァァァァン!!!
突然、社長室の分厚い扉が、蹴り破られるような凄まじい勢いで開け放たれた。
「あ?」
「ひゃっ!?」
驚いて振り返る。
そこに立っていたのは、ダークスーツをワイルドに着崩し、耳に最新型のワイヤレスイヤホンをつけた、鋭い眼光の男だった。
獲物を狙う鷹のようにギラギラとした瞳。
そして、一歩足を踏み入れただけで部屋の空気を支配してしまうような、人を平伏させる圧倒的な覇気。
男の後ろには、最新のタブレット端末を抱えた若い男性秘書が、まるで主君を護衛する小姓のようにツンとすまして控えている。
男の胸元で揺れる名札には、『尾張支社・室長 織田』とあった。
「お、織田くん……! 挨拶くらいして入ってきてよぉ、びっくりするじゃん。コーヒー飲む?」
足利社長が、相変わらずの気の抜けた声で言う。
しかし、織田室長は鼻で笑い捨て、ズカズカと社長のデスクまで歩み寄った。
「うるせえ! これからはITとスピードの時代だ! 前例踏襲しかできない老害の本社に、これ以上、俺が汗水垂らして稼いだ利益を吸い上げられる義理はねえ!」
ドンッ!!
織田室長の合図で、背後にいた若い秘書――名札には『森』とある――が、社長のデスクに分厚いファイルの束を乱暴に叩きつけた。
「今期の尾張支社からの上納金は『ゼロ』だ。そしてこれは、尾張支社から本社に対する『M&A(買収)提案書』だ」
「なっ……!?」
今まで涼しい顔をしていた明智秘書の眉が、ピクリと動いた。
織田室長は、社長のデスクに両手をつき、見下ろすように不敵な笑みを浮かべる。
「俺はすでに、最新のAI自動商談ツール(鉄砲)を大量導入し、旧態依然とした流通網(座)を完全に破壊した。圧倒的なシェアと資金力は俺の手にある。文句があるなら、この俺が尾張の資金力で、この腐った本社ごと買い取ってリブランディングしてやろうか?」
(えええええ!? 地方の支社が本社を買収(下剋上)する気!?)
あまりの暴挙に、私がシュレッダーの前で完全に硬直していると。
足利社長は目を輝かせて、勢いよく立ち上がった。
「えっ! 本当に!? 本社買ってくれるの!?」
「あ?」
「退職金はずんでくれるなら全然いいよ! よーし、ハワイの別荘買おっかな〜!」
「……社長、黙ってください」
明智秘書が笑顔のまま、額に青筋を立てて凄んだ。
しかし、織田室長の放つ圧倒的なオーラと、本社のトップが完全に戦意喪失しているこの状況。本社の空気は、事実上、完全に制圧されていた。
それを見た私の『脳内歴史データベース』が、けたたましくアラームを鳴らし始めた。
(待って、これ……織田信長が足利義昭を京都から追放した『室町幕府の滅亡(1573年)』の現代ビジネス版じゃん!!)
入社初日だよ!?
会社が乗っ取られて、私の平穏なOL生活が終わるーーー!!
恐怖と混乱、そして歴女としての本能が限界を突破し、私は思わず口を滑らせてしまった。
「……ま、待ってください! 尾張支社だけで勝手にロイヤリティをゼロにしたら、独占禁止法上の『優越的地位の乱用』に抵触する恐れがあります!」
「……あ?」
社長室の空気が、ピキリと凍りついた。
織田室長が、ゆっくりと私の方へ振り返る。
その殺気立った視線に射抜かれ、膝がガクガクと震える。でも、一度口を開いてしまったオタク特有の早口は、もう止まらなかった。
「それに、急進的すぎるITツールの導入と既存流通の破壊(兵農分離と楽市楽座)は、周囲からのヘイトを買いすぎます! インサイダー取引の疑いなどで他支社から下請法違反で逆襲を喰らって、全社的な包囲網(信長包囲網)を組まれたら、いくら尾張支社でも炎上して詰みますよ!」
言い切った瞬間、私は自分の口を両手で覆った。
(やっちゃった……! 大企業の超コワモテ支社長に、新卒がガチの説教しちゃった!!)
隣の森秘書が「支社長に向かって生意気な!」と顔を真っ赤にして叫んだ。
しかし、織田室長はそれを手でスッと制した。
「……ほう。新卒の小娘の分際で、この俺にコンプラで意見するか。面白い」
織田室長は、私の目を見下ろし、フッと不敵に笑った。
「だが、口先だけの小娘に何ができる。時代のうねりは止まらねえ。……足利、話は以上だ。是非に及ばず」
嵐のような足音と共に、織田室長は社長室を去っていった。
残されたのは、圧倒的な静寂と、冷や汗でビショビショになった私だけだ。
「ふぅ、怖かった……。やっぱり本社売却は慎重にいこうかなぁ」
胸をなでおろす足利社長。
しかし、私の隣に立つ明智秘書は、凍りつくような黒い笑顔で私を見つめていた。
「さすがですね、草場さん。初日で織田の『急進的すぎる弱点』を見抜くとは。面接の時の言葉、嘘ではなかったようです」
「え、あ、いや今のは緊張のあまり口が勝手に……! 私、ただの事務職で……!」
「よし。あなたには我が社の危機を救うため、特別な『社内研修(出向)』に行ってもらいます」
明智秘書はスーツの内ポケットから、あらかじめ用意してあったかのように、一枚の辞令と新幹線のチケットをスッと差し出してきた。
そこに書かれていた行き先を見て、私の思考は本日二度目のフリーズを起こす。
【配属先:甲斐支社(山梨) 営業部】
「甲斐支社……山梨、ですか?」
「ええ。いま織田の暴走を牽制できるのは、あそこの超・熱血な古参支社長しかいません。草場さん、彼を味方につけて(アライアンスを組んで)きなさい。……本日中に現地へ向かうように」
「えええええ!? 入社初日の午後から、山梨へ出向(島流し)ですかーーーー!?」
私の悲痛な叫び声は、広すぎる社長室に虚しく響き渡るだけだった。
(第2話・了)
読んでいただきありがとうございます!
暴君・織田の弱点を見抜く優奈葉。その力を見込んだ明智の「アライアンス(同盟)を組んできなさい」その真意とは?
甲斐とは現在の山梨県辺りです。歴史好きの方には簡単かな?
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