偉い人映像化して・るろうに剣心 インドネシア編
一九四一年、十一月二十三日。熱帯の強い日差しが照りつける台湾・高雄の港を、
今村均中将と緋村千路少将を乗せた第16軍の主力輸送船団は静かに出航した。
大船団の動きを敵の偵察機に悟られぬよう、船団はジグザグに進路を取りながら、
まずは日本の同盟圏であるベトナム南部の「サイゴン(南部仏印)」、そしてカムラン湾へと向かった。
高雄から南下すること十日余り。船団がベトナム・サイゴン沖の大海原に差し掛かった、
運命の十二月八日。熱帯の猛烈なスコールが船体を激しく叩き、視界が完全に遮られる中、千路は竜城丸の艦底にある最高出力の無線通信室に籠もっていた。
通常の通信はすべて封鎖されているが、大本営(東京)からの緊急超短波暗号を受信するため、
千路は自らヘッドホンを耳に当て、ノイズの奥に潜む打鍵音へ神経を集中させていた。
ザーーー……ッ、という激しい大気ノイズの壁を突き破り、突如として、冷徹なモールス符号が千路の鼓膜を叩いた。
「・ーー・(ト) ・ーー・(ツ) ・ー・ー・(レ) ・ーー・(ツ)……」
(ト・ツ・レ・ツ……。我、真珠湾を奇襲せり)そして、それに続く、陸海軍全軍へ向けた運命の開戦電令が、
千路の指先を走るペンによって紙へと書き殴られた。
【ニイタカヤマノボレ一二〇八】
そして陸軍からの信号も届く【ヒノデハヤマガタ一二〇八】
「東條の馬鹿政府が!」
千路は怒りを抑え静かにヘッドホンを外すと、ただちに甲板へ駆け上がり、今村中将に戦果を報告した。
激しい稲光が南シナ海の夜空を真っ赤に切り裂き、巨浪が船体を激しく打ちのめす中、今村中将は雨に打たれながら静かにため息をついた。
「緋村少将。東京の泥狐どもは、これで勝ったつもりで踊っている。
……だが、我々現場の戦いはここからだ。火の海になるこの南の民の命、そして我が将兵の命を、一人でも多く護るぞ」
「はい、今村閣下。正面衝突を避け、最小限の流血でジャワの全防衛線を無力化する。そのための作戦を、これより船内で完成させます」
戦争の勃発により、南シナ海の全域が「敵の警戒海域」へと一変した。
船団はサイゴンやマレー半島の臨時の作戦基地へと一度滑り込み、ジャワ島への最終突撃へ向けて、さらなる「大兵力輸送工作」の準備に入った。
一九四二年、一月下旬。第16軍の主力、約五十六隻に及ぶ大輸送船団は、ベトナムを出発し、
ついに目的地であるジャワ島へ向けて南シナ海を南下し始めた。
ジャワ島上陸までは、さらに約一ヶ月近くの洋上生活が続く。潜水艦や敵航空機の脅威と隣り合わせの極限状態の中、
千路は竜城丸の第1作戦室で、各歩兵連隊長、野戦砲兵連隊長たちと、連日のように激しい軍議を重ねていた。
「緋村少将! オランダ軍はバタヴィア(首都)近郊の海岸線に、数マイルにわたる複郭陣地を敷き、
最新の15センチ沿岸重砲や7.5センチ野砲、さらにはボーフォース社製の最新鋭対戦車砲を並べて待ち構えています!
我々がこのまま強行上陸を仕掛ければ、上陸舟艇(大発)は砂浜に届く前にすべて鉄のクズに変えられますぞ!」
歩兵連隊長の大佐が、机を叩いて強硬に作戦の危険性を主張する。それに対し、
千路は不敵に目を細め、精緻に描かれたジャワ島の兵要地誌の地図の上に、一本の赤い進軍線を引いた。
「だからこそ、我々は敵の『目と耳』を戦術的に完全に狂わせます。
第16軍の全通信兵を導入した、組織的な『大規模電子・通信欺瞞作戦』をします」
千路の言葉に、歴戦の連隊長たちが息を呑む。
「我々がジャワ島へ接近する上陸前夜、ハルビン情報局の技術を応用し、
オランダ軍の司令部が使用する通信周波数を、第16軍の全艦船の無線機を使って一斉に大出力でジャック(妨害・偽装)します。
敵の無線網に、オランダ軍の防衛暗号を使って『日本軍の主力、東方のスラバヤ方面より大軍にて強行上陸中!
沿岸守備隊は直ちに東方へ反転せよ!』という、精緻な偽の軍令を全域に流し込むのです。
「敵の総司令部は、この大規模な戦闘報告を信じ、
西側の海岸陣地を空っぽにして、東方へと部隊を全力で移動させます。
敵の沿岸重砲兵が移動を開始したその瞬間、道が開く。
我々主力は、その隙を突いて西側の『バンタム湾』から、無警戒の砂浜へと一気呵成に上陸を敢行します。
……目標は、敵と銃を撃ち合うことではない。
敵が欺瞞に気づいた時には、すでに我が歩兵連隊がバタヴィアの要衝を完全に包囲している
──その『無血占領』の盤面を、我々全員の規律で創り上げるのです!」
千路の徹底した合理的かつ、一発の無駄な弾も撃たずに勝つという大戦略に、
頑固な連隊長たちも「この若き将軍の言う通りに動けば、誰も死なさずに勝てる!」と感服。船内の士気と団結力は、極限状態で最高潮へと達した。
二月中旬。ジャワ島への最終突撃を控えたベトナム・カムラン湾の洋上。
主力輸送船「竜城丸」の甲板の上で、今村均中将は並び立つ五十六隻の大船団を見つめながら、千路の肩を叩いた。
「緋村少将。儂はこれから、陸軍が誇る特殊司令部揚陸艦『神州丸』へ移る。
君が立案した全艦同期の大規模通信欺瞞作戦を確実に成功させるためにも、あの船の強力な無線室が必要だ。
……儂は一足先に行く。インドネシアで会おう」
「はっ! ご武運を、今村閣下!」
千路は竜城丸に残り、船団の通信兵たちを統括する実務に就いた。
これが、ジャワ海を縦破する決戦前、二人が交わした最後の言葉となった。
一九四二年、運命の三月一日。
深夜。漆黒の闇に包まれたジャワ島西部・バンタム湾。千路の描いた通信欺瞞工作は完璧に火を吹いた。
全艦船の無線機から放たれた大出力の偽装暗号に騙されたオランダ陸軍の主力は、
西側の海岸線を空っぽにして東方のスラバヤへと全力で移動を開始。
「前方に敵影なし! 大発動艇、全艇発進ッ!」
日本兵たちが、次々と無警戒の砂浜へと強行上陸を開始した。
作戦は完全な「無血占領」へ向けて王手をかけた。
しかし、オランダ陸軍を完全に釣ったまさにその瞬間、バンタム湾の沖合に、突如として米豪海軍の残党巡洋艦が突入してきたのだ。
激しい砲撃戦(バタビア沖海戦)が幕を開ける。千路が竜城丸の甲板から夜の海を睨みつけた、その時だった。
味方である日本海軍の駆逐艦が放った「九三式酸素魚雷」の数発が、暗闇のなかで敵艦を外れ、
運悪く今村中将の乗る最強の旗艦「神州丸」の右舷へと容赦なく突き刺さったのだ。
ドォォォォンッ!!!夜空を真昼のように照らし出す凄まじい爆炎。
火薬庫を誘爆された神州丸は、激しく傾斜しながら爆発炎上し、漆黒の海へと沈み始めていく。
「なっ……神州丸が被弾……!? 嘘だろ、今村閣下が乗っておられるんだぞ!」
周囲の日本兵たちが悲鳴をあげる中、千路の頭は一瞬で凍りついた。
「……大発を、大発を出せ!! 救助に向かう! 我が特別班、全員続けッ!!」
千路は腰の逆刃刀を叩き、兵たちと共に波の荒い海へと救助艇を叩き込んだ。
爆発した神州丸から流れ出た莫大な重油が、バンタム湾の海面をどす黒く、ドロドロに染め上げていた。
炎上する船体の明かりだけを頼りに、千路は自ら大発の機銃座に立ち、重油の海を必死に捜索した。
銃弾が飛び交う中、海面に浮かぶ無数の生存者のなかに、泥臭く、しかし毅然と部下を励ましている一人の男の姿を捉えた。
「今村閣下――ッ!!」
千路は海へ身を乗り出し、重油で真っ黒になった手を伸ばして、その身体を強引に大発の上へと引き揚げた。
「げほっ、ごほっ……! ……おお、緋村少将か……」
引き揚げられた今村中将は、軍服から顔の先まで全身重油まみれになり、咳き込みながらも、千路の顔を見て泥臭く微笑んだ。
千路は今村の無事な姿を確認して胸を撫で下ろした。
「……よかった。神州丸沈没の報を聞いたときは、本当に、心臓が止まりましたよ……!」
「まさか、こんな重油まみれで再会するとは思わんかったな! がはははは!」
「元気そうで良かったです。今村閣下! すぐにバタヴィアの街を占領し、温かい風呂を用意させます!」
千路が応じると、周囲の日本兵たちからも、安堵と決意の入り混じった野太い歓声が沸き上がった。
重油まみれの再会を経て、第16軍の絆は完全に一つになった。
オランダ陸軍を欺き、海軍の誤射すら跳ね除けた二人の将軍と日本兵たちは、
ここからわずか九日間で大国オランダを完全降伏させる、
世界の戦史に刻まれる奇跡の「ジャワ無血占領」へと、怒涛の進撃を開始するのだった──。
「敵が欺瞞に気づき、反転してくる前に首都を孤立させる! 第十六軍、前へッ!」
今村中将の鋭い突撃命令のもと、日本兵たちの圧倒的な進軍が始まった。
上陸第一波を担った「東海林支隊」は、オランダ軍の裏をかき、
上陸からわずか数時間で、首都バタヴィアと東部を結ぶ最重要の交通要衝である「チカンペック」を完全制圧。
敵の東西の連絡網を瞬時に遮断した。
三月二日〜四日
「緋村少将! 敵オランダ軍、カリヂャティの航空基地を死守せんとして、機甲部隊を反転させてきました!」
前線からの電信に、千路は即座に戦術地図の上にピンを落とした。
「歩兵第二師団(勇兵団)をそのままバタヴィア攻略へ直行させてください。
敵の反撃は、我が野戦重砲兵連隊の火力で海岸線から一歩も出させずに叩き潰します」
千路の迅速な戦術指揮により、日本軍はオランダ軍の反撃部隊を各地で各個撃破。
三月三日には、敵の防衛の要であった「カリヂャティ飛行場」を完全占領し、南海の制空権を瞬時に掌握した。
これにより、オランダ軍は空からの退路も、外部からの増援の望みも完全に絶たれることとなった。
さらに、日本軍の主力である「歩兵第二師団」は、熱帯の凄まじい泥濘とジャングルを物ともせず、
一日に数十キロという驚異的なスピードでバタヴィアの包囲網を縮めていった。
日本兵たちの鉄の規律と泥臭い奮戦は、オランダ軍の予測を遥かに超えていた。
三月五日。
完全に孤立し、一発の有効な砲弾すら放てぬまま四方から包囲された首都バタヴィア(現ジャジャカルタ)は、
日本軍の圧倒的な電撃戦の前に、ついに白旗を掲げた。
焦土戦術を仕掛ける暇すら与えられなかったため、
豊かなバタヴィアの街並みは一切の戦火に巻き込まれることなく、無傷のまま日本軍の手へと引き渡された。
千路と今村が誓った「一発の無駄な弾も撃たず、現地人を一人も巻き込まない」という大戦略が、ここに結実したのである。
日の丸を掲げて整然と進軍する日本兵たちの背中を見送りながら、
千路は今村中将と共に、早くも次の標的──オランダ軍の最後の牙城である山岳要塞「バンドン」を見据えていた。
三月六日〜八日
バタヴィアを失ったオランダ軍の総司令官プールテン中将は、
残存部隊十万を率いて、険しい山々に囲まれた要塞都市「バンドン」へと立て籠もった。
「ここで日本軍を泥沼の消耗戦に引き摺り込み、連合国の反撃を待つ!」
しかし、千路の頭脳はそれすらも織り込み済みであった。
「消耗戦に応じる必要はありません。彼らの『心』を折るのです」
千路は、ハルビン特務機関時代から培った情報戦の全電波を使い、
バンドンの要塞へ向けて、ありとあらゆる偽装戦闘報告と大本営の勝利電報を大出力で流し込み続けた。
『シンガポール陥落に続き、マレーの英軍も完全降伏。ジャワを包囲する日本軍の第二陣、大船団がまもなく上陸する』
実際には第二陣など存在しなかった。しかし、千路の仕掛けた完璧な「情報の檻」の前に、
プールテン中将は「もはや世界中に、自分たちを助けてくれる連合国はどこにもいない」という絶望的な錯覚に囚われていった。
同時に、前線の日本兵たちはバンドンの周囲の険しい峠(カリヂャティ峠)を力ずくで突破し、重砲の砲口をバンドンの街へと一斉に向けた。
一九四二年、運命の三月九日。
上陸からわずか「九日間」。完璧に詰んだオランダ軍総司令官プールテン中将は、
ついに刀を収め、今村均中将の前ですべての戦闘を停止する「全面無条件降伏」を申し出た。
三百年間、この豊かな島を過酷に支配し、搾取し続けてきた大国オランダの十万の軍隊が、
千路の大戦略と日本兵たちの圧倒的な奮戦の前に、わずか九日間で完全に沈黙したのである。
日の丸と、現地の人々が涙を流して掲げた赤白の旗(インドネシアの旗)が街中に翻る中、
千路は腰の逆刃刀を静かに確かめ、今村中将と共に勝利のパレードを見つめていた。
「見事な九日間でしたね、今村閣下。焦土にすることなく、この国を無傷で解放できた」
「ああ。だが緋村少将、我々の本当の戦いはここからだ。
この無傷のジャワの地に、誰一人として理不尽に搾取されない『真の王道楽土』を創り上げるぞ」
二人の不屈の将軍の眼光の先には、新時代の幕開けを告げる南海の青空が、どこまでも高く広がっていた。
今村と千路が行ったのは、大本営の冷徹なマニュアルを根底から覆す、徹底的な「人道軍政」であった。
民衆の生活を安定させるため、オランダが退却時に破壊した石油精製所、発電所、鉄道、通信網を
日本軍の技術者と現地住民の手でまたたく間に復旧させると、物価を安定させて経済の混乱を未然に防いだ。
文盲率が9割を超えていた現状を打破すべく、閉鎖されていた学校を次々と再開・新設。
教科書からオランダ語を排除して現地語(インドネシア語)による教育を推奨した。
軍医を動員して各地に近代的な病院や診療所を整備した。
さらに、かつて「白人専用」として住民を締め出していた映画館や劇場、プールをすべて民衆に全面解放し、
街頭には公共のラジオを設置して世界の情報を現地語で届けた。
人道軍政は敗者である敵軍にすら向けられた。
降伏したオランダ軍総司令官プールテン中将ら将校たちには、軍人のプライドであるサーベルの帯行を許可した。
捕虜を過酷に酷使する大本営の圧力をはねのけ、十万人に及ぶ連合国軍捕虜に対して「収容所内での自治」を容認し、
国際法を遵守した食料と医療を配給したのである。
今村は流刑にあっていた民族運動の指導者、スカルノとハッタを司令部に招き入れた。
緊張の面持ちで現れたスカルノたちに対し、今村は椅子を勧め、穏やかな口調で語りかけた。
「スカルノ君、ハッタ君。私はあなたたちをこの国の指導者としてお迎えしたい。
日本軍はオランダの圧政からジャワを解放しに来た。共にこの国を良くしていきましょう」
今村の誠実な態度に、スカルノもハッタも、目を見開いた。
「今村将軍、あなたのお言葉を信じます。我々インドネシア民族は、日本軍と共に新国家の土台を築きましょう」
これらすべての善政により、十万人という巨大な「敵の残党」も、数千万人の現地住民も、
一発の暴動を起こすことなく完璧に平穏なまま日本軍の管理下に収まった。
街中には日の丸と、現地の人々が涙を流して手作りした赤白のインドネシア国旗が並んで翻り、
スカルノたちは今村中将を「真の解放者」、千路を「南海の若き知将」と呼び、熱烈に支持し始めた。
五月中旬。
今村中将は首都バタヴィアで軌道に乗り始めた福祉やインフラ政策を郊外へも広げようと、部下を各地の調査へと派遣していた。
しかし、その最中に「ある調査部隊が謎の弓使いに襲撃され、負傷者が出た」という報せが臨時軍政監部に届く。
部隊を誘導したインドネシア人ガイドの証言によれば、相手はオランダ語を話していたため、オランダ人の抗日ゲリラだろうという。
だが、銃ではなく「弓矢」という武器に、今村中将と千路は強い違和感を抱いた。
「今村閣下、僕が確かめてきます。オランダ語ならハルビン特務機関の盗聴業務で嫌というほど叩き込まれていますから」
千路は不穏な流血の連鎖を止めるため、単独でバタヴィア郊外に広がる鬱蒼とした熱帯雨林の捜索へと当たった。
千路が調査部隊が襲われた付近を地図で確認しながら密林を歩いていると、
突如、首筋を完璧に捉えた鋭い矢が一本、猛烈な速さで飛来した。
なんなくその矢をキャッチする千路。
「毒は…、塗られていないようだな」
「私の矢を素手で止めるとは、やるではないか」
ジャングルの奥から鈴の鳴るような澄んだ声が響く。
「この声……女!?」
千路が驚いた瞬間、人影はシダの巨木からマングローブの気根へと、信じられない跳躍力でジャングルを飛び回り始めた。
「日本軍は今すぐインドネシアから撤退せよ!」
それと同時に、四方八方の死角から恐るべき精度を持った矢の嵐が千路を襲う。
千路は紙一重の体捌きでそれをかわしながら、森の奥へ向かって大声をぶつけた。
「俺はオランダ人に搾取されてきたインドネシアを解放し、ここに王道楽土を作るために来た。引き下がるわけにはいかない!」
「だからって、今度はオランダ人を収容所に入れて自由を奪うのか!?」
「違う! オランダ人は三百年の恨みを持ったインドネシア人の復讐の危機から守るために隔離しているだけだ。
状況が落ち着いたら随時開放する!」
「その話、本当か……?」四方から降り注いでいた矢の嵐が、ピタッと止んだ。
「私は日本陸軍少将、緋村千路だ。私の権限を持って必ず実行する!」
「そうか」
静まり返った密林の奥から、ガサリとシダの葉を分けて千路の前に姿を現したのは、
驚くほど小柄な、まだ十二歳ほどの少女であった。
オランダ人とインドネシア人のハーフらしく、白い肌に艶やかブラウンの瞳とブラウンの髪をなびかせていた。
「子供!? 君一人か? 家族は?」
驚きを隠せない千路の問いに、少女は弓を抱えたまま、寂しげながらも毅然とした口調で答えた。
「両親はずいぶん前に病気で死んだ」
「じゃあ、君は一人でこのジャングルで暮らしているのか?」
「私は父のような植物学者になるのが夢だ。研究にはいい場所だぞ」
千路は彼女の気高く知性的な眼光と丁寧な物腰に納得し、ふっと微笑んだ。
「なるほど。だからそれほど大人びているのだな」
その言葉に眉を顰める「わたしは自立している立派な大人だ!」
「それは失礼。今我々はインドネシアで学校建設をしている。もし本格的な研究がしたいのならバタヴィアに来るといい」
「学校!? 学校があるのか?」少女の瞳が、初めて年齢相応の純粋な輝きを帯びた。
「ああ」
「父の残した本だけではわからないところがあったのだ。私をその学校に案内していただけまいか」
「もちろん!」千路が優しく手を差し伸べると、
「アンナ。私の名前は、アンナだ」少女は巨大な弓を背負い、その小さな手を千路の手へとそっと重ねた。
千路がアンナを連れて臨時軍政監部へ戻ると、待ち受けていた今村均中将は、
小さな野生児の姿を見るなりニヤニヤと髭を揺らして千路の肩を小突いた。
「ハルビンじゃ千人の美女に囲まれて結婚できないと聞いていたが、
インドネシアに来て早々そんな若い娘をひっかけるとはな」
「なにいってるんですか! そんなわけないじゃないですか!!」
千路が顔を真っ赤にして全力で抗弁する横で、
アンナは静かに一礼し、凛とした気品ある佇まいで控えているのだった。
数日後、バタヴィアの最高学府。
アンナは選考テストを受けていた。結果は、全科目において「100点満点中、100点」。
父親の遺した高度な植物図鑑や専門書を深く読み込んできたアンナは、
高等数学や自然科学の難問を大人の学者顔負けの鮮やかさで完璧に解き進め、文句なしの過去最高成績でトップ合格を果たした。
しかし、学校の本格的な授業には「日本語」の壁が立ち塞がっていた。
「アンナ、日本語は覚えるのは大変だけど、少しずつ覚えていこう」
千路が教科書を手渡したその日から、彼女の驚異的な脳が猛威を振るう。
「……フン、この程度の文字、ジャングルの葉脈のパターンを見分けるより簡単だぞ」
ひらがなとカタカナをわずか1日で完全暗記。そこから始まった三ヶ月に及ぶ猛勉強の日々。
千路は軍政の合間を縫い、彼女へ付きっ切りで日本語を教え続けた。
アンナは、持ち前の圧倒的な観察眼をフル稼働させ、大人が音を上げる複雑な漢字を即座に脳内へ叩き込んでいった。
そして、出会いから三ヶ月が経った八月下旬。
アンナの部屋の床には猛烈な勢いで日本語を書き殴ったノートが山積みになり、
彼女はすでに、日本の古典文学である『徒然草』の高度な解釈について、
千路と対等に議論ができるほどの恐るべき語学力を身に着けていた。
バタヴィアの臨時軍政監部の共有食堂。千路はコーヒーをすすりながら、
机の上に広げられた一冊の和書──兼好法師の『徒然草』の第七段を指さした。
「……いいかい、アンナ。兼好法師はね、この世のすべては露や煙のようにいつか消え去る『無常』だと言っているんだ。
だけど、彼はそれを悲しんでいるわけじゃない。終わりがあるからこそ、人は今ある命を大切にできる。
……権力や、領土、強欲な物資の徴発なんてものは、すべて消えていく無駄な執着に過ぎないのさ」
千路は穏やかな、しかし熱い眼差しを彼女へと向けた。
「僕たちがこの島で創ろうとしている『王道楽土』は、力で搾取するのではなく、今を生きる民の命を守ること。
それこそが、一番価値のあることだと僕は思う」
ハルビンで培ったロジカルな教育能力を宿した千路の言葉を、
アンナは吸い込まれそうな深いブラウンの瞳でじっと見つめ、その天才的な脳細胞へ刻み込んでいく。
「形あるものへの執着は無駄……。なるほど、東京の泥狐たちのことだな」
アンナは静かに背筋を伸ばし、深く納得したように頷いた。
「千路の教えは、いつも物事の本質を突いている。……よし、この章も完全に理解したぞ」
「はは、さすがは僕の自慢の特待生だ」千路が誇らしげに微笑んだ。
共有食堂にて、いつもの真摯にアンナに勉強を教える千路。
「がはははは! 愛しい奥さんに今日も付きっ切りで日本語教育か。結構結構」
「もうほんとうに悪い冗談はやめてくださいよ……!」
今村中将の冷やかし千路が顔を真っ赤にして抗議する。
すると隣にいたアンナが、
「イトシイ・オクサン・・・愛しい奥さん……Mijn geliefde vrouw(私の愛する妻)……」
「あ、いや、アンナ、これは今村閣下のただの悪い冗談で――」
慌てて手を振って遮ろうとする千路。しかし、アンナは静かに背筋を伸ばし、納得したように頷いた。
「そうだったのか! 私はいつの間に千路と結婚していたのか。
まあわたしは大人。結婚の一つや二つどうってことない」
「アンナ、頼むから言葉の意味を額面通りに受け取らないでくれーっ!!」
「愛しい奥さん?」「Mijn geliefde vrouw(私の愛する妻)?」
共有食堂に居合わせた日本人とインドネシア人はその言葉を聞き逃さなかった。
そして軍政監部の中で光の速さで拡散していった。
アンナの上品で大人びた振る舞いを見た周囲の人間は、面白がって全面協力し始めたのである。
翌朝、日本兵たちが一斉にビシッと直立不動の敬礼を捧げてきた。
「緋村少将閣下! ご新婚おめでとうございますッ! 奥様の安全も含め、我ら歩兵連隊が命に代えても守り抜きますッ!」
「おい、待て! 誰が新婚だ、誰が!」
さらに執務室に入ると、インドネシア人の事務スタッフたちがデスクに巨大なウェディングリースを飾っている。
軍政監部を訪れていたスカルノも「ヒムラ将軍、おめでとうございます!」と満面の笑顔で祝福する。
「ちょっと待ってくれ! 君たち、一体何の話をしているんだ。あんな子供と結婚できるわけがないだろう!」
日本の常識を盾に必死で抗弁する千路。しかし、その必死な訴えを聞いたスカルノが、
いつになく真面目な顔で首を傾げ、千路の常識を打ち砕いた。
「何を言っているんですか、ヒムラ将軍。十二歳はもう立派な大人の女性じゃないですか。
それに、この臨時軍政監部の近くに住んでいる同年代の女の子たちなんて、みんなもうすでに結婚してますよ。
独身で残っているのなんて、バタヴィア郊外のジャングルで一人で暮らしていたアンナちゃんくらいなものです」
「みんな、すでに結婚している……!?」
千路は雷に打たれたような衝撃を受け顔を引き攣らせた。
そう、ここジャワ島では12歳は立派な大人。10歳前後で結婚するのが一般的で、20代の独身女性などいないのである。
ハルビンでは20歳前後の独身の美女千人が怒涛の勢いで押し寄せたが、
千路がジャワで静穏に暮らせているのは、大人の美女たちはとっくに全員既婚者だったからである。
千路が天を仰ぐ横で、学校の制服に身を包んだアンナは、静かに背筋を伸ばして凛とした笑みを浮かべた。
「そういうことだ、千路。
私はジャワの地において、名実ともに唯一無二の、自立したあなたの『奥さん』というわけだな。
これからは遠慮なく私を頼るといい」
「文化の壁が厚すぎて、もう何も言い返せない……」
そこからさらに二ヶ月が経った、一九四二年、十一月。
バタヴィアの臨時軍政監部の司令官室に、重い沈黙が流れていた。
机の上に置かれたのは、東京の大本営からの電令。
第16軍司令官・今村均中将を、最激戦地であるソロモン諸島・ラバウル方面の「第8方面軍司令官」へ親補するという命令だった。
当時のラバウルは、いつ生きて帰れぬ地獄と化してもおかしくない過酷な前線である。
東條英機ら大本営の泥狐どもが、現地で絶大な支持を集める良識派の今村を、煙たがって死地へ葬り去ろうとする冷酷な意図は明白だった。
千路は拳を固く握りしめ、絞り出すような声で言った。
「……東條め。ここまでして、今村閣下を満洲だけでなく、このジャワからも引き剥がし、死地へ追いやるつもりですか……!」
千路の胸は張り裂けんばかりに軋んでいた。
だが、赴任を命じられた今村中将は、薄暗い部屋の中で静かにタバコに火をつけ、
その厳格な瞳の奥に不屈の光を宿したまま、千路の肩をガシッと力強く叩いた。
「気にするな、緋村少将。東條の野郎が儂を地獄へ送るつもりなら、儂はその地獄をも『王道楽土』に変えてみせるまでだ。
……だが、儂がジャワを発つ前に、一つだけやり残した大仕事がある。
これが司令官としての、お前への『最後の絶対命令』だ」
その言葉を聞き、千路の顔が引き締まる。
今村中将は、机の上に一冊の分厚いファイルをドスンと叩きつけた。
千路が真剣な表情で視線を落とすと、そこには東南アジアの戦略書ではなく、
『緋村千路・結婚式計画書』の文字があった。
顔から目が飛び出ている千路を前に、今村が鋭い眼光で続ける。
「儂はお前の嫁さんを見ることはかなわんかったという樋口(ハルビン特務機関長)の無念を、この耳で嫌というほど聞いてきた!
その樋口の無念を晴らすため、お前とアンナちゃんの結婚式を挙げる。儂の目の前でな!」
「こんな開戦前夜の深刻な状況で、絶対命令って、そんな公権力の乱用がありますかーーーっ!!」
千路が叫んだ瞬間、部屋の扉が勢いよく開き、スカルノとハッタが滑り込んできた。
二人の目には、今村のラバウル赴任に対する激しい怒りと、それを乗り越えようとする強い決意が宿っていた。
スカルノが千路の肩をガシッと掴み、演説さながらの熱い眼光で言った。
「素晴らしい決断です、今村閣下! 我々を解放してくれたあなたの旅立ちを、涙だけで見送るわけにはいかない。
ヒムラ将軍! 我々独立政府の総力を挙げ、この国賓級の最高格式で、お二人の電撃結婚式をプロデュースさせていただきます!」
ハッタもまた、深く頷いた。
「今村閣下が旅立つ前に、私たちが勝ち取った平和の証をお見せするのは当然の義務です。
これは大本営の闇を跳ね除ける、私たちの『結婚作戦』です!」
二人の民族指導者が大真面目に指揮を執り、日本軍の歩兵連隊や現地スタッフを巻き込んだ、
史上最強の「外堀120%埋め立て結婚式」が即日に電撃的に準備された。
挙式当日。バタヴィアの格式高い教会。周囲の日本兵たちが涙を流しながら万歳三唱し、
最前列ではスカルノとハッタが、今村中将の門出を祝うように力強く万歳三唱をリードしていた。
千路は少将の軍服に身を包み、緊張の面持ちでバージンロードに立っていた。
そこへ、現地の美しい白のレースをあしらった、特製のスモールサイズの花嫁衣装をまとったアンナが、静かに歩を進めてきた。
第二次成長期真っただ中のアンナ。オランダ人の血もあり、この数か月で当時の日本人成人女性と同じぐらいの身長になっていた。
千路の隣に並んだアンナは、静かに背筋を伸ばし、そのブラウンの瞳で千路を見上げて、大人びた優しい声で囁いた。
「晴れの舞台なのに浮かない顔をしてるな。私と結婚するのは嫌だったか?」
「嫌とかそういう問題じゃない!だた、12歳の少女を嫁に迎えるのはいかがなものかと・・」
「ふふ、徒然草に『妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ』と書いてあったな。そんなに独身がいいのか?」
「徒然草……『花は盛りに、月はくまなきをのみ、見るものかは』…‥‥そうだったな。
年齢なんて関係ない。10歳でも100歳でもアンナはアンナだ。いついかなるときも君を愛すと、ここに誓おう!」
「……ありがとう…千路」
こうして深く抱きしめ合う二人であった。
その姿を見てバタヴィアで史上最高の歓声が上がる!
「がはははは! 樋口!!満開の花が咲いたぞ! これで儂も、何の憂いもなくラバウルへ行けるわい!!」
日中満蒙ソの巨頭達をチェス盤の上で手玉に取ってきた天才情報官・緋村千路少将31歳。
モテすぎたがゆえに婚期を逃していた彼は、
今村中将の凄まじい執念と、現地の早婚文化、最高に熱い盟友スカルノたちの「作戦」の前に完璧にチェックメイトされ、
数年後、絶世の南国美女として世界にその名を轟かせる最高の伴侶アンナと結婚するのであった。
一九四二年、十一月。
東京の大本営から強硬派の原田熊吉中将がバタヴィアに着任した。
東條英機首相の厳命を携え、司令官室の扉を開けた原田。
しかし、そこで彼を待ち受けていたのは、今村、千路と、妻のアンナ、そして民族指導者スカルノの四人だった。
「──よく来られました、原田閣下。第16軍最高顧問、緋村千路少将です。そしてこちらが、私の妻のアンナです」
「妻!?」
12歳の妻を紹介し、初手で原田を絶句させる中、千路は一通の軍政報告書を差し出した。
「原田閣下。強圧統治で現地の農村を崩壊させれば物資の生産はストップします。人道と信頼によって治安を維持し、
過去最高の生産効率を記録している今、どちらが国益に叶うか、一人の将軍としてご判断ください」
さらにアンナが、静かに原田の盲点を突いた。
「原田閣下。父の遺した植物学の記録にもあります。根を枯らすほどの強欲な収穫は、次の実りをもたらしません。
私たちはオランダの三百年におよぶ搾取の歴史を終わらせ、ここに本当の楽土を創るために戦っています。
どうか、東條首相の操り人形としてではなく、この島の真の守護者として、私たちと共に歩んでいただけまいか」
最後に背後に控えていたスカルノが一歩前に踏み出し、原田の目を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「ハラダ将軍。我々は今村将軍と緋村将軍がもたらしてくれた信義に、命をかけて応えてきました。
あなたが強奪と流血の道を選ぶなら、我が民は三千万の盾となって立ち塞がるでしょう。
しかし、武人として我々の義を受け入れるなら、ジャワの地はあなたを全力で支える不落の要塞となる。
選ぶべきチェス盤の目は、すでに決まっているはずです」
力による支配を覚悟してきた原田中将は、三人の矢継ぎ早の正論先制攻撃に一撃でへし折られた。
原田は深くため息をつくと、東條からの命令書を裏返し、豪快に笑った。
「がははは! 見ろ東條、見事なチェックメイトだ! 大本営の狂った命令など糞食らえだ。
今村中将、あなたが遺したこの楽土、儂と緋村少将でしっかり守り抜いてみせるわい!」
「その言葉を聞いて安心した。では引継ぎを始めよう」
こうして原田中将は、今村の寛容軍政を裏で千路たちと共に完璧に継承。
東條英機には千路のハルビン仕込みの真っ赤な嘘の報告書を送り続け、
中央の泥狐どもを完全に煙に巻き続けた。
数日後、今村中将は何の憂いもなく晴れやかにラバウルへと出航していった。
一九四二年、一二月八日。
大東亜戦争開戦からちょうど一年を迎えたこの日、
バタヴィア市は軍政令第16号「治政令」の発令により、
正式に「ジャカルタ特別市」へと改名された。
オランダによる323年間の植民地支配の象徴である「バタヴィア」の名を葬り去るこの布告は、
ブミプトラ(現地人)たちにとって、涙が出るほど待ち望んだ瞬間であった。
式典会場となった旧バタヴィア広場には、
日の丸と赤白のインドネシア独立旗が並び、
インドネシアの伝統歌『インドネシア・ラヤ』が響き渡っていた。
数万人の群衆が見守る中、壇上に立った民族指導者スカルノが、マイクの前に立つ。
「我が同胞よ! 今日、我々はオランダの鎖を完全に断ち切った!
この地の古き名であり、『偉大なる勝利』を意味する名が、今ここに蘇る!」
スカルノが拳を突き上げ、大音量で叫んだ。
「ジャカルタ(Jakarta)!!」
地鳴りのような大歓声が広場を揺るがした。
涙を流して抱き合う現地の人々の姿を見て、司令部用の天幕から見守っていた原田中将は笑う。
「がはは! 見ろ、緋村。力で抑えつけるより、よほど凄まじいエネルギーだ。
この3000万の民が味方なら、連合軍が来ようが東條が怒鳴り込んでこようが、一歩も引く必要はねえな」
千路は隣に立つ妻アンナの手をそっと握り締めながら、深く頷きました。
「ええ、原田閣下。これこそが我々の『楽土』の第一歩です。
東京には、開戦一周年を記念した『現地融和のポーズとしての改名』とでも報告しておきます」
アンナもまた、嬉しそうに微笑みました。
「バタヴィアの根は枯れ、今日、ジャカルタという新しい大樹が芽吹きましたね」
こうして首都は「ジャカルタ」へとその名を変え、
原田・千路・スカルノの共謀による「不落の要塞」は、大本営の目から隠されたままその絆をさらに深めていくのであった。
一九四三年十月三日。
「郷土防衛義勇軍――通称『ペタ(PETA)』。本日、正式に発足いたしました」
報告に現れた現地指導者スカルノの瞳には、演説さながらの熱い炎が宿っていた。
「志願者はすでに数万を超えています。ヒムラ将軍、ハラダ閣下! 彼らは単なる防衛隊ではない。
未来の我が国を自らの手で勝ち取るための、誇り高き『独立解放軍』の種火なのです!」
隣に立つハッタもまた、冷静に眼鏡を押し上げながらも、胸の内に烈火を秘めていた。
「日本軍の近代的戦術、そして緋村少将から叩き込まれた情報戦のノウハウ。これさえあれば、
いつか再び我が国を強奪しにやってくる大国に対し、私たちは対等に戦う牙を持つことができます」
千路と原田の軍政が仕掛けた、大本営の目を欺く大戦略が、ついに結実した瞬間だった。
この組織の設立にいたる経緯には、千路の精緻な知略が凝縮されていた。
大本営の強硬派を刺激せぬよう、日本側のトップダウンでの結成は絶対に避ける必要があった。
そこで千路はスカルノやハッタと極秘に連携。インドネシア側の独立志士ガト・マングプラジャに、
「米英軍の再上陸から祖国を守るため、自衛のための義勇軍を創設させてほしい」
という嘆願書を、原田司令官宛てに公式に提出させたのだ。
『民意が自発的に皇軍への協力を求めている』という完璧な大義名分。
さらに千路はハルビン仕込みの情報工作を駆使し、
『ジャワの民衆、米英の魔の手から皇軍を護るため、熱烈に武装奉仕を志願中』という報告書を東京へ叩き込んだ。
東條大本営は「現地人を肉の盾にできる」と完全に勘違いし、二つ返事で創設を許可したのである。
牙を剥く準備は整った。集まった青年たちを実戦レベルの精鋭へと鍛え上げるため、
千路の近代戦術と、アンナの持つジャングルでのサバイバル知識が惜しみなく注ぎ込まれていく。
まだ13歳でありながら、身長155cmになり、千路の「奥さん」として若者たちから深く慕われるアンナは、
学業の傍ら、義勇軍の訓練に携わり、目覚ましい成果を上げていた。
その訓練場の熱気のなかに、一際強い光を放つ若者たちがいた。
後に国軍最高司令官として独立戦争を率いることになる、若き日のスディルマン。
そして、鋭い眼光で戦術を吸収し、未来の国家元首へと昇り詰めることになるスハルト。
彼ら未来の英雄たちもまた、千路の知略とアンナの教えを、飢えた狼のようにその身に刻み込んでいた。
彼らこそが、この国を背負う本物の兵へと化けようとしていた。
ジャワ島は、単なる占領地ではない。東條大本営の目を完全に眩ませながら、
一九四三年十月三日という一日に仕掛けられた、自立した「独立解放軍の巨大な要塞」へと変貌を遂げつつあった。
一九四四年七月。ジャワの千路たちのもとに、東京からの大激震が走った。
「東條内閣、総辞職――」サイパン島陥落の責任を取り、
千路たちがこれまで「肉の盾」の報告書を叩き込み続けてきた東條英機首相が、ついに失脚したのである。
「千路、東條が消えた今、次にどんな奴がここに派遣されるかわからんからな。
大本営の強硬派を黙らせ、インドネシアの独立を最後まで守り抜くには、
お前の発言力を極限まで高めておく必要がある。階級は高い方がいい」
「原田閣下。その言葉、有難くお受けいたします。
小磯国昭新首相は満洲時代に関東軍総司令として、国民選挙と溥儀様の即位を共に見届けた間柄です。
満洲のネットワークを使えば拡大派に邪魔されず、僕の昇進を認めてくれるかもしれません」
原田の提案を受け、千路が満洲時代に培った文字通りの「怪物たち」のネットワークをフル稼働させた。
満洲とジャワで共に王道楽土を目指した最大の協力者、現第8方面軍司令官・今村均大将。
共に溥儀を天津から満州に連れ出し、密かに千路に一目置く、現第7方面軍司令官・土肥原賢二大将。
ハルビン時代に千路と共にノモンハンの情報戦を戦い抜いた理解者、現第5方面軍司令官・樋口季一郎中将。
ハルビン時代に千路から機密コードを託された現旅順要塞司令官・柳田元三中将。
柳田から千路の思いを引き継いだ現ハルビン特務機関長・秋草俊少将。
ノモンハン事件で千路と共に停戦協定を結ぶも昨年戦死した有末次の弟、参謀本部第二部長・有末精三少将。
そして、すでに退役するも未だ軍部に影響を持つ心入れ替えた天才・石原莞爾元中将。
この七人の怪物による千路昇進大作戦が始まる。
その日、千路の私的コードを知る3人が、千路と極秘のオンライン会議をしていた。
千路:
「皆さんお集まりいただきありがとうございます。
東條が失脚した今、大本営の拡大派が次にどんな手を打ってくるか分かりません。
インドネシアの安定のためにも、原田閣下から昇進するよう提言を受けました。
なので皆さんご協力をお願いしたく、この場を設けました」
今村
「ふむ。少将昇進のときは儂が中央におり、溥儀陛下や徳王陛下の協力もあったが…、
今となっては、東京の硬頭どもに進級を勧めるには儂らだけではパンチが足らん。
進級の推薦状に、隣国マレーの司令官の土肥原を巻き込むというのはどうだ?」
樋口
「土肥原閣下か。あの謀略の天才が乗ってくれば、南方全体の総意として大本営に圧力をかけられますね。
土肥原は千路の実力を痛いほど知っている。今村閣下から突っつかれれば、嫌とは言えんはずですよ。
それより問題は、拡大派の妨害だな。我々が推薦状を動かしていることを察知されれば、小磯新首相に届く前に握り潰されるぞ」
柳田
「それなら、ハルビンの情報部隊をフル稼働させましょう。
現機関長の秋草少将には、千路から預かった極秘コードを引き継がせてあります。
奴らの連絡網をジャミング(電波妨害)し、
偽の暗号電文を流して東京へ電信が届くのを遮断します。拡大派の目を完全に晦ませてみせましょう」
樋口
「よし、ハルビン側はそれでいこう。だが、東京の陸軍本部に直接手を回す『盾』もいる。
日本本部の情報局トップ、有末精三少将の協力を求めることを提言する。
奴の弟、有末次は、ノモンハンで千路と共に停戦協定を結んだ男だ。
有末精三なら、弟の遺志を継いで必ず千路の力になってくれるはずだ」
千路
「有末少将ですか……。
お会いしたことはありませんが、次殿には満洲の窮地を救っていただきました。
その兄君であれば、信頼に値します」
今村
「決まりだな。ハルビンで拡大派の通信を遮断し、東京の有末を動かす。
その間に私はマレーの土肥原をこの回線に引きずり込む。
……よし、千路。後日、もう一度オンライン会議を開く。
それまでに『中将昇進』のお膳立てをすべて整えてみせよう」
千路
「ご協力感謝いたします閣下!」
数日後。千路の張り巡らせた超空間の通信網に、前回を遥かに凌ぐ「怪物たち」の気配が次々と同期していった。
ジャワの千路、ラバウル今村、今村から要請を受けたマレーの土肥原。
旅順の柳田、柳田の呼びかけに応じたハルビン特務機関長の秋草俊と情報局トップの有末精三。
そして北海道の樋口と、樋口から連絡を受けた石原莞爾が山形から回線を開いていた。
千路
「皆さま、お忙しい中、通信に応じていただき感謝いたします」
土肥原
「やれやれ、シンガポールでの政務を放り出して、この怪しげな会議に座らされる身にもなってくれ。
勘違いしないでほしいのだが、私は君のためにここにいるわけじゃない。
インドネシアの火の粉が、同じマレー系の住むマレー半島にまで飛んできては、
私の管区がひどく迷惑するんでね。私の安眠のために、少し知恵を貸させていただこう」
秋草
「ハルビン特務機関長、秋草少将であります! 千路少将、お初にお目にかかります。
柳田少将から引き継いだ極秘コード、我が機関が責任を持って死守しております!
現在、拡大派の通信網は…‥、
千路少将の結婚を知った芳子により壊滅的な状況。正直怖いです」
有末
「参謀本部第二部長、有末精三です。
まさかハルビンに本部以上の情報特務機関があったとは、柳田閣下から聞き驚きました。
千路殿、直接言葉を交わすのは初めてですね。
……去年戦死した弟は、生前何度も君の先見の明を語っていた。
『千路殿がいれば、日本の情報戦はあと十年戦える』と。
大本営の無能どものせいで逝った弟の代わりに貴殿の力になります。
陸軍省内の人事手続きは、私が力技で揉み消してみます!」
今村
「では、これより千路の『中将』昇進に向け、具体的な――」
石原
「ぬるい!!! 生ぬるいわ、お前たち!!!!」
樋口
「おお、石原。相変わらず元気なことで」
石原
「東條のバカがサイパンを落としてケツを割った今、陸軍は大混乱の泥船だ!
そんな平時の人事序列に付き合ってどうするんです。
中将なんかで満足しないで、いっそ『大将』にしろ! 少将からの二階級特進、飛び級だ!!
土肥原
「なっ……石原、正気か!? 日本陸軍の歴史上、少将から中将を飛び越えて大将へ特進など前例がないぞ!
いくらなんでも、小磯新首相がそんな無茶な人事、首を縦に振るわけがないだろう」
石原
「前例がないからやるんですよ、土肥原先輩。
小磯閣下の動かし方は、満洲時代から一緒にいる俺が一番よく知っています。
あの人は担ぎ方次第でどうにでもなる神輿だ。
おい有末、大将の推薦状に書き直せ!」
有末精三
「……フッ、面白い。前代未聞のウルトラCですね。
陸軍内の拡大派の通信をハルビンが完全に封じ込めている今なら、省内を飛び越えて首相の直接裁可まで持っていけます。
弟も、このくらいの規格外の作戦なら、あの世で大笑いして喜ぶでしょう。
乗りました。これより『千路大将』の推薦書を作成します」
今村均
「ハハハ! いいね、最高だ。土肥原先輩、南方の大将二人が名前を連ねて、
東京の石原と有末が直接小磯閣下に叩きつけるんです。
断れるはずがない。土肥原先輩、腹を括ってください」
土肥原賢二
「……はぁ。どいつもこいつも狂っているな。
だが、これだけの怪物が揃って大真面目に大将を作ろうというのだ。
断れば私が嘉代に何と言われるかわからん。
わかった、私の名も大将特進の筆頭に並べなさい。
千路、腹を括れ。前代未聞の『千路大将』誕生の瞬間を見届けさせてもらうぞ!」
樋口
「ハハハ!石原を呼んで正解だったわい。
柳田君。秋草君。拡大派の妨害よろしく頼むぞ」
柳田・秋草
「「はい!全力を尽くします」」
石原
「ということだ千路!俺らが満洲で夢見た王道楽土をインドネシアでしっかりと築き上げろ!」
千路
「はい!その大任、有難く受けたまわります!!」
オンライン会議の翌々日。
東京・永田町。戦時ダイヤの乱れと大混雑に揉まれながら、急行列車で山形から約九時間。
煤煙に汚れながらも、ひそかに上京した石原莞爾は、意気揚々と東京の土を踏んだ。
東條失脚による大激震の余韻が残る首相官邸の一室へ、その足で参謀本部から直行した有末精三を引き連れて現れたのである。
日本の命運を握る小磯国昭新首相の前に、軍部を裏から操る怪物たちがアポなしで現れた。
「石原……それに有末まで。新内閣が発足したばかりで、猫の手も借りたいほど忙しいというのに、一体何の用だ」
小磯が険しい顔で葉巻を灰皿に押し付けると、石原が不敵な笑みを浮かべて一歩前に出た。
「小磯先輩。お疲れのところを突然押しかけて恐縮ですがね、これをご覧になりなさい」
石原は、懐から取り出した一枚の「推薦状」を、小磯の執務机に容赦なく叩きつけた。
そこにはラバウルの今村、マレーの土肥原、札幌の樋口、旅順の柳田、
そしてインドネシアの原田という並々ならぬ大将・中将の署名が並んでいた。
電文の最後の一行に目を落とした瞬間、小磯の顔が驚愕に変わる。
「な、何だと……!? 千路を大将に……!?
馬鹿なことを言うな石原! 少将から中将を飛び越えて大将へ特進など、我が日本陸軍の歴史上、前例がない!
人事の序列が崩壊するわ! 陸軍内の強硬派、拡大派の残党どもが黙っていないぞ!」
小磯が机を叩いて激昂するが、その横から有末精三が極めて冷徹な声を響かせた。
「小磯閣下、ご安心を。大本営の拡大派が閣下に圧力をかけようとする連絡網は、
我が情報部とハルビン特務機関が完全に封鎖しております。
奴らがこの異例の人事に気づいた時には、すべてが終わっています。
新首相である閣下に、政治的リスクは一切ございません」
畳み掛けるように、石原がさらに小磯の懐へ一歩踏み込んだ。
「小磯先輩。あなたも満洲時代、関東軍総司令としてその目でご覧になったはずです。
千路が国民投票を成功させ、溥儀様を即位させた、あの『王道楽土』の光景を。
満洲、モンゴル、そしてハルビンのユダヤネットワーク……。
彼らが今も熱望している真のリーダーは、大本営の無能どもではなく、千路なのです」
石原はニヤリと笑い、総仕上げの言葉を突きつける。
「東條のバカが残していった拡大派の泥船を完全に沈め、あなたの新内閣が軍部を掌握する。
そのためには、満洲の生んだ真の英雄である千路を南方の大将に据え
、現地軍の権限を絶対的なものにするのが一番確実で、手っ取り早い。
悪い話じゃないでしょう、小磯先輩?」
小磯は冷や汗を流しながら、机の上の推薦状を見つめた。
満洲のすべてを知る怪物たちの署名と、完璧に敷かれた情報遮断の罠。新首相は深く椅子に背を預けると、
ついに観念したように不敵な笑みを浮かべた。
「……ふっ。俺たちが満洲でできなかった夢を千路がインドネシアで果たすか…
東條め、さんざん俺たちの邪魔をして満洲の理想をコケにしおいて、最後はサイパンを落としてあのざまだ。
東條の亡霊共の好きにはもうさせん!千路の『大将昇進』、俺が今ここで直裁する!」
小磯が万年筆を握り、前代未聞の特進辞令に力強く署名した。
東京の首相官邸で下されたこの決定は、ただちに暗号化され、
赤道直下のジャカルタへと電信で叩き込まれることになる。
そして、東京から届いた特賞の人事電報を破り開いた原田は、
その文面を目にした瞬間、椅子からひっくり返りそうになった。
「って、中将飛ばして大将なんかい!!俺より階級が上ではないか!!」
司令官室に原田の絶叫がこだまする。中将を飛び越え、一気に陸軍最高位の「大将」へ。
日本陸軍の歴史を文字通り破壊する、前代未聞の超特進であった。
「……やりすぎましたか?」涼しい顔で紅茶をすする千路の傍らで、
14歳。身長160㎝のアンナが、いたずらっぽくクスリと笑った。
「これなら、次にくる新司令官が誰であろうとも、千路の命令には絶対服従ね」
「ああ。これで大本営の横槍を封じ、ジャワの主導権は完全にこちらが握る」
千路の瞳に宿る不敵な光。日本の陸軍大将でありながら、その実、インドネシア独立の最高黒幕。
東條の失脚という大混乱の隙を突き、千路たちは大本営すら容易に手出しできない、絶対的な権力を手に入れたのである。
一九四五年、早春。戦況の悪化とともに、ジャワ軍政を揺るがす電撃的な人事が下された。
「原田司令官、日本本土へ召還。後任には長野祐一郎中将が就く」
東條失脚後の大本営が断行した、事実上の原田解任劇である。
「ヒムラ大将、ハラダ閣下が去れば、大本営の強硬派が我々を直接潰しにかかってくる。
ペタは解散させられるのではないですか!?」
焦燥を露わにするスカルノに対し、千路は冷徹なまでに落ち着いた声で言い放った。
「案ずるな。原田閣下はただで転ぶ男ではない。
三月一日、
原田は離任の直前、大本営の頭越しにひとつの歴史的声明を公布した。
それこそが、インドネシアの独立に向けた具体的な青写真を描く「独立準備調査会(BPUPKI)」の設置である。
「組織を作った次は、国家の枠組み(制度)を作る。
これで大本営が後任の長野中将を使ってどれほど圧力をかけようと、
独立への歯車は二度と逆回転しない」千路の瞳に宿る不敵な光。
バタヴィアの港。更迭され四国へ赴く原田中将を見送るため、
千路、アンナ、そしてスカルノやハッタら独立解放軍の将兵が集結していた。
原田は晴れやかに笑い、千路の肩を叩いた。
「四国へ行っても、儂は本土の民を命がけで護る。インドネシアは頼みましたぞ。緋村大将!」
千路は原田をまっすぐ見つめ最も美しい敬礼を捧げた。
「お気をつけて、原田閣下!ご健勝をお祈り申し上げます!!」
隣のアンナも背筋を伸ばし、青い空を見つめて言葉を紡ぐ。
「あなたが築いてくれたインドネシアへの熱い思い、決して忘れません!」
「がはは! 世界一の知将と奥方、そして未来の国家に見送られるのだ、負けてたまるか! ──さらばだ、同志たちよ!」
軍艦が汽笛を鳴らし、静かに動き出す。千路、アンナ、そして数万人の将兵が一斉に拳を天へと突き上げ、
去りゆく将軍の背中へ地鳴りのような咆哮を轟かせた。
一九四五年、四月七日。新司令官としてジャワに降り立った長野祐一郎中将は、着任早々、激しい目眩に襲われていた。
東京の大本営からは「ジャワの独立運動を即座に凍結し、軍政を力で引き締め直せ」との密命を帯びてきた。
だが、いざ着任してみれば、前任の原田が遺した「独立準備調査会」という名の、すでに誰も止められない巨大な民意のうねりが島を覆っている。
そして何より、長野を文字通り戦慄させたのは、目の前に立つ軍政の頭脳――その肩章。緋村千路大将。
「長野閣下、ようこそジャワへ。閣下の着任を、我々一同、心より歓迎しております」
(な、なぜ一介の軍政担当官が、大将にのぼりつめているのだ……!)
長野は直立不動の姿勢のまま、背中に冷や汗が流れるのを止められなかった。
さらに千路の背後には、鋭い眼光の現地兵たち――スディルマンやスハルトが控えていた。
彼らの統率された身のこなしは、大本営が「肉の盾」と侮っていた現地人のそれではない。
完全に牙を研ぎ澄ました「軍隊」そのものだった。
もはや長野にこの『インドネシアの力』を抑えることは不可能であった。
長野中将を封じ込めた千路が用意した舞台――「独立準備調査会」。
そこでスカルノとハッタたちが開始したのは、
迫る日本敗戦の瞬間を見据えた「新しい国家の設計図」を創り上げる命がけの戦いだった。
壇上に立ったスカルノの口から、歴史的な建国理念「パンチャシラ(建国五原則)」がぶち上げられた。
「我々が創るのは一人のため、あるいは特定の宗教のための国ではない!
『すべての人のための、すべての国家』である!」
割れんばかりの拍手の中、
さらにスカルノは、完璧な準備が整うまで独立を躊躇する委員たちを、烈火の如き言葉で鼓舞した。
「独立とは、その精神を燃え立たせる国家だけが勝ち取れるものだ。我々の決意はただ一つ、
──『独立か、死か!』だ!」
聴衆の魂を震わせたこの言葉によって新国家の憲法草案はまたたく間に完成し、
インドネシアの胎動はもはや誰にも止められないものとなった。
国をまとめる神への信仰、人道主義、インドネシアの統一、民主主義、そして社会正義。
彼の圧倒的な演説は、会場を埋め尽くす現地志士たちの魂を激しく揺さぶり、
バラバラだった民族の心を一つに束ねていく。
一九四五年、八月十五日。
じりじりと照りつけるジャワの太陽の下、ラジオの雑音の向こうから、昭和天皇の震える声が響いていた。
日本の敗戦――いわゆる「玉音放送」である。
司令官室でそれを聞き終えた長野中将は、ガタガタと震えながらその場にへたり込んだ。
大本営の権威は崩壊し、日本軍はただの「敗残兵」へと転落したのだ。
しかし、陸軍大将の軍服を毅然と纏う千路の瞳には、絶望など微塵もなかった。
「……ここからがスタートだ。この日のために我々は準備してきた」
アンナもまた、ジャングルの戦士のような鋭い眼光で頷いた。
「ええ。泣いている暇なんてないわ。世界が私たちの仕掛けに気づく前に、一気にケリをつけるのよ」
外の街頭では、スカルノとハッタを、若きスディルマンやスハルトら「ペタ(義勇軍)」の青年たちが包囲していた。
「スカルノ閣下! 日本は敗けた! 連合軍が再びこの国を強奪しにやってくる前に、今すぐ独立を宣言するのです!」
青年たちの熱い視線の先に、インドネシアの未来を託されたスカルノが決意を固める。
二日後の八月十七日。ジャワのペガンサアン・ティムール通り五十六番地。
群衆が埋め尽くす中、スカルノが紙片を手に壇上に立った。
その背後には、千路から授かった近代戦術と情報戦のノウハウをその身に刻んだスディルマンとスハルトが、
誇り高き「独立解放軍」の将兵として、すでに周囲を完璧に警備していた。
スカルノは息を吸い込み、ジャワの空を震わせる声で叫んだ。
「プロクラマシ(独立宣言)。我々インドネシア民族は、ここにインドネシアの独立を宣言する――」
割れんばかりの歓声。沸き返る民衆。
大本営の目を眩ませ、長野中将を黙らせ、二年間かけて仕込み続けた「巨大な要塞」が、ついに独立国家として産声を上げた瞬間だった。
遠くからその熱狂を見つめる千路とアンナ。「やったわね、千路。私たちの勝ちよ」
「いや、これから再びやってくる大国との本当の戦争が始まる。だが……」
千路は不敵に微笑み、いまや一国の軍隊となったスディルマンたちの雄姿を見つめた。
「俺たちが育てた牙だ。そう簡単には折れんさ」
日本の敗戦という歴史の奈落の底で、千路たちが仕掛けた大戦略は、
一九四五年八月十七日、新たな国の誕生を迎えたのである。
一九四五年、九月。
日本の敗戦から一ヶ月、ジャワ島には平和ではなく、さらなる絶望の影が迫っていた。
旧宗主国オランダが、イギリス軍を先遣隊として、この豊かな島を再び強奪せぬと上陸を開始したのだ。
「緋村大将、日本軍は武器を連合軍に引き渡し、おとなしく復員(帰国)せよとの命令です。これ以上、この国に関わってはならない!」
司令官室で長野中将が青ざめて叫ぶ。
「長野中将、あなたは帰ればいい、だが、僕が育てた若者たちが国を奪われるのを、黙って見過ごすわけにはいかない。
長野中将、最後の命令です。武器を連合軍ではなく独立義勇軍に明け渡せ!」
千路は長野にそう言って、陸軍大将の軍服を脱ぎ捨てた。
そして、逆刃刀を握りしめ、
「僕は今より日本陸軍を辞し、一介の流浪人となって、インドネシアの人々と共に戦う!!」
千路が立つイカダ広場には、
千路と志を同じくする千名の残留日本兵。
そしてインドネシア独立義勇軍20万人が集まっていた。
千路はまず、民衆が戦火に巻き込まれないよう、首都を海沿いのジャカルタから山間のジョグジャカルタへ移転するよう提言する。
そして、独立戦争の事実上の初戦となる「スラバヤの戦い」が勃発する。
近代兵器と圧倒的な航空戦力を持つイギリス・オランダ連合軍に対し、千路が引き連れた残留日本兵たちは、
スディルマン率いる現地軍の「教官」となり、最前線で盾となった。
「怯むな! 敵の戦車は引きつけてから側面を叩け! 緋村大将から教わった戦術を思い出すんだ!」
若きスハルトが前線で吠える。日本軍仕込みの苛烈なゲリラ戦と、
アンナが授けたジャングルでのサバイバル戦術。
オランダ軍は「すぐに鎮圧できる」と踏んでいたジャワ島が、
一歩足を踏み入れれば命を落とす、文字通りの「人喰い要塞」と化していることに恐怖した。
都市部を圧倒的な火力で占領されても、スカルノやハッタは、首都をジョグジャカルタへ移転し、
ゲリラ政府として徹底抗戦を続けた。
「スカルノ閣下、ハッタ閣下。オランダの狙いは我々の分断です。
どれだけ都市を奪われようと、我々が『一つのインドネシア』として戦い続ける限り、我々は負けない。
逆にこっちからイギリスとオランダが分断するように仕掛けましょう」
作戦室の地図を指して千路が冷静に告げる。
「確かに。イギリスにはそもそもこの戦いに参加する大義がない。
オランダに付き合わされるだけで、インドネシアで自国兵を大量に失うことは不本位のはず。そこを突きましょう」
そこでハッタとスカルノが外交の最前線に立たせたのが、若きインテリのシャフリルだった。
シャフリルは戦時中、日本軍への協力を拒否して地下抗日運動を率いていた男だ。
彼を首相に据えることで、「我々は日本の傀儡ではない。民主主義を重んじる正当な独立政府だ」
とイギリスへアピールしたのだ。
1946年、10月。
イギリスの「もう帰りたい」という不満。
オランダの「まだ軍隊が足りない」という恐怖。
インドネシアの「国際社会に認めさせたい」という執念。
三者の思惑が激しく火花を散らす中、キラーン特使の強引な呼びかけによって、
ジャカルタの英国公使館に、イギリス、オランダ、そしてインドネシアの全権代表が集まった。
ジャカルタの英国公使館。テーブルの上に広げられたジャワ島の地図を囲み、3つの思惑が激突していた。
「そもそも、この交渉自体が茶番だ。バタヴィアも、この宮殿も、すべては我がオランダ王国の領土である。
暴徒の代表と対等に席を並べるなど、本国への冒涜にほかならない」
オランダのファン・ムーク総督は、植民地支配のプライドを剥き出しにして吠えた。
対角線上に座るシャフリル首相は、冷徹な笑みを浮かべて言い返す。
「ファン・ムーク閣下。あなたが何と呼ぼうとも、この街の民は自らを『ジャカルタ』の市民と呼んでいます。
歴史の時計の針を巻き戻すことはできませんよ」
「黙れ、日本の傀儡め!」ファン・ムークの怒号が響く。
「紳士諸君、そこまでにしていただこう」中央で葉巻の煙を吐き出したのは、イギリスのキラーン特使だった。
その目は冷酷そのものだった。
「ムーク閣下、大言壮語は結構だが、現実を見たまえ。我がイギリス軍の撤退期限まであと1ヶ月半。
もしそれまでに協定が結ばれなければ、私は予定通り全軍を引き揚げる」
キラーンは身を乗り出し、オランダの急所を突いた。
「その瞬間、この公使館を包囲している、竹槍と日本軍の武器を持った10万の青年どもが、
あなたの首を狙って押し寄せることになる。本国からの増援は間に合うのかな?」
ファン・ムークの顔から血の気が引いた。今イギリスに抜けられれば、オランダ軍は一飲みにされる。「……条件を聞こう」シャフリルは、ジョグジャカルタでハッタと練り上げた弾丸を突きつけた。
「ジャワ、マドゥラ、そしてスマトラ。この三島におけるインドネシア共和国の『事実上の統治権』を、
オランダとイギリス双方が公式に認めること。これが我々の譲れない一線です」
キラーン特使がファン・ムークを鋭く睨みつける。
「選ぶのはあなただ、閣下。ここで署名して我が軍の盾の陰で増援を待つか、
それとも明日、孤立無援で青年どもの餌食になるか」
ファン・ムークは拳を震わせ、目の前の協定書を睨みつけた。
そして、呪いの言葉を吐き捨てるようにペンを走らせた。
「……認めよう。ただし、この代償は高くつくぞ」
1946年11月15日、
リンガジャティ協定が締結し、オランダはインドネシアの実効支配を認め、イギリスは完全撤退したのである。
「勝ったぞ! ついにあの傲慢なオランダの鼻をへし折ってやった!」
スカルノは興奮のあまり、傍らにいたハッタの肩を激しく揺さぶった。
しかし条文を読む千路に喜びはなかった。
「お二人とも、喜ぶのはまだ早い。これはただの『事実上の統治権』の承認だ。
オランダは我々を完全な独立国としては認めていない。依然として彼らの連邦の下に置くという、妥協の産物です」
「わかっている。だがイギリスを引かせたのは大きい」
スカルノがニヤっと笑う。
しかし隣のハッタの表情は崩れない。
「ええ。ですが、青年たちは納得しないでしょう。
彼らは『オランダへの屈服だ』と、シャフリルを裏切り者扱いする。
これからは、国内の不満分子を抑え込む内なる戦いが始まります」
ハッタの懸念は的中した。協定の正式調印までの数ヶ月間、
「完全独立以外は認めない」とする過激派の若者たちが、各地で不穏な動きを見せていた。
「シャフリルを殺せ! スカルノは目を覚ませ!」と民衆の怒号が轟いていた。
1947年3月25日、ジャカルタの宮殿で、ついに「リンガジャティ協定」の正式調印式が執り行われた。
その数日後、ジョグジャカルタの演壇に立ったスカルノは、詰めかけた何万もの青年たちを前に、そのカリスマ的な声を轟かせた。
「我が同胞よ! この協定はゴールではない。我々が国際社会という大海原へ漕ぎ出すための、最初の頑丈な筏なのだ!
筏を壊して、どうして向こう岸へ渡れるというのか!」
スカルノの熱い大演説と、ハッタによる緻密な政治工作により、国内の反発は何とか抑え込まれた。
しかし、本当の危機は海を渡った向こう側で静かに膨れ上がっていた。
協定を無視して再軍備を整えたオランダ軍が迫っていたのである。
一九四七年、7月。
独立戦争はもっとも過酷な局面を迎えていた。
オランダ軍の急襲により、首都ジョグジャカルタが陥落したある。
この最悪の状況下に舞うインドネシアの華があった。
夫の千路すら胸がときめく『絶世の南国美女』に完全な覚醒を遂げていた17歳、身長170㎝アンナである。
「……撃つな! 撃ってはならん!」最前線のジャングル。
待ち伏せに遭ったオランダ軍の若き兵士たちは、銃を構えたまま引き金にかけた指を震わせていた。
木々の隙間から姿を現したのは、しなやかな体躯を現地衣裳に包むアンナだった。
長い黒髪をなびかせ、幾多の死線がもたらした気高さと、息を呑むような美貌。
その圧倒的なオーラを前にしたオランダ兵たちは、彼女が「敵の指揮官」だと分かっていても、
あまりの美しさに銃弾を浴びせることがどうしてもできなかった。
彼女の存在そのものが、敵の戦意を奪う最強の防壁となっていたのだ。
そして、千路はハルビン仕込みの情報戦術の集大成として、
世界中の特派員を呼び寄せ、アンナの姿を密かに写真に収めさせた。
数日後、欧米の主要な一流新聞の第一面を、一枚の写真が飾った。
ジャングルの緑のなかで、銃を手に凛と佇む、息を呑むほど美しい東洋のジャンヌ・ダルク――アンナの勇姿と美貌である。
『自由のために戦う南洋の妖精』
『オランダは、この美しき少女の故郷を蹂躙するのか』
この記事と写真は、またたく間に世界中を駆け巡り、国際世論を激しく動かした。
世界の世論は一斉に大炎上。
「アンナを攻撃するな!」
「あんな美しい女性が命を懸けて守ろうとする国を、これ以上傷つけるな!」
そして8月、世界中の声を背に国連は、オランダに対し即時停戦を求める決議を下した。
一九四八年。アンナ18歳(175cm B93 W65 H94)
米国の『LIFE』や『TIME』をはじめ、欧米の名だたる総合写真報道誌がこぞって「東洋の奇跡」として巻頭グラビアで大特集を組んだ。
一九四九年。アンナ19歳(180㎝ B96 W66 H95)
世界中の映画館で上映される週刊ニュース映画は、
連日のように彼女のドキュメンタリー映像を流し、観客はスクリーンに映るその美貌に息を呑み、歓声をあげた。
世界中ラジオ放送やの新聞が彼女の足跡を追うドキュメンタリー連載を企画し、
世界中の人々がアンナの安否を心配していた。
そしてアメリカがオランダに最後通牒を突きつける。
「これ以上アンナちゃんに銃口を向けるなら戦後復興の経済援助を打ち切る」
その通告に、ついにオランダは完全に折れた。
「……これ以上、あの島に関われば、我が国が世界の敵になる」
一九四九年十二月、オランダは再植民地化を正式に断念。
インドネシアの完全独立を認める協定に署名した。
独立に沸くジョグジャカルタの宮殿。世界を動かした美しい『奥さん』を隣に引き寄せ、千路は不敵に微笑んだ。
「世界を味方につける情報戦の勝利だ。お前が美しく育ってくれて助かったよ、アンナ」
「なによ、私の美貌を最初から計算に入れてたの?」
十九歳のアンナは、悪戯っぽく笑って千路の腕に身を寄せた。
千路の大戦略と、南洋の絶世の美女アンナの輝きが、四年にわたる泥沼の戦争に完全な勝利の終止符を打った瞬間であった。
一九四九年、12月23日。
ジャカルタ。オランダ軍による戦犯裁判の法廷に、一人の男が立っていた。
かつて初代ジャワ占領軍司令官として、現地人に寛大な「善政」を敷いた今村均大将である。
オランダ側は、インドネシアの独立運動を「日本軍が仕掛けた不法な暴動」と断定し、
その元凶として今村を処刑しようと躍起になっていた。
だが、弁護側の証人台に立った男の姿を見た瞬間、法廷内は騒然となった。
元日本陸軍大将でありながら、残留日本兵を率いて独立戦争を戦い抜いた伝説の流浪人――緋村千路である。
「緋村大将、あなたも今村被告の『謀略』に加担していたのではないか!」
オランダ人検察官の鋭い追及に、千路は不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「勘違いするな。今村閣下が敷いたのは謀略などという卑小なものではない。
現地人の尊厳を認め、彼らの心に『自立』の種を撒いた、真の人道主義だ。
我々がペタ(義勇軍)を創設し、この国が独立できたのは、すべて今村閣下が築いた信頼の土台があったからだ。
閣下を裁くことは、インドネシア共和国の全霊を侮辱することに等しい」
そして世界中のメディアから「南洋の女神」と称えられるアンナが証人台に立つ。
「閣下は学校を建て、文化を尊重し、我々に未来の希望をくれた。
今村閣下こそ、インドネシア独立の恩人であり、我々の誇り高き父である!
父を有罪にすることは全インドネシアが許さない!!」
その美貌と存在感で法廷の空気を完全に支配する。
さらに、インドネシア共和国の初代大統領スカルノの姿があった。
一国の元首が自ら証人台に立つという、前代未聞の事態に裁判官たちは色を失った。
「我々がオランダの350年にわたる過酷な支配から立ち上がれたのは、
今村閣下が我々を『対等な人間』として扱ってくれたからだ!
閣下に罪があるというなら、独立を勝ち取った我が国民八千万人が、その罪を共に背負おう!
むしろ、この人道主義の英雄を不当に裁くなら、我が国は国際社会に対し、オランダの過去の暴挙をすべて告発する用意がある」
千路の情報戦による包囲網、アンナの放つ世界的な世論の圧力、そしてスカルノの命がけの証言。
さらに敵将であったプールテンですら今村の行った捕虜の人道的扱いを証人台で評価した。
今村を「極悪人」に仕立て上げようとしていたオランダの目論見は、完璧に粉砕された。
今村均に下された判決は、事実上の勝利である「無罪」。のちにオランダ本国での裁判でも無罪が確定する。
裁判が終わり、法廷で再開する3人。
「おや……おや、おや! あんた、本当にあの時のアンナちゃんかい!?」
最後に目にした12歳の幼き姿から、世界にその美貌を轟かす絶世の南国美女として変貌を遂げた19歳のアンナに目を丸くする今村。
「いやはや、あの時は現地の連中と一緒になって、私もすっかり悪乗りしてしまった。
千路に手を引かれた十二歳の小さな女の子が、まさか世界を動かす南国の女神になるとはなぁ!」
「ふふ、あの時は今村閣下が一番ノリノリで私にベールを被せてくださって…本当にお父さんのようでした」
アンナはくすくすと悪戯っぽく笑い、隣に立つ千路の腕にそっと身を寄せた。
「今村閣下。インドネシアが完全独立を果たせたのも貴方の絶対命令のおかげです。
……ありがとうございます。お義父さん」
千路がアンナを抱き寄せまっすぐな瞳で今村を義父と呼ぶ。
「泣かせるではないか大将!
君のような偉大なる息子と娘を持てたことが、私の軍人生活の、これが一番の成功例かもしれんな」
南国のまばゆい木漏れ日の下、
かつて「結婚式」を仕掛けた男と、仕掛けられた男の再会。その妻の物語は、
一国を救う奇跡の物語としてここに完全なハッピーエンドを迎えたのだった。
1949年、12月28日
ジャカルタの大統領宮殿に赤と白の独立旗が高く舞い上がった。
広場を埋め尽くした何十万もの民衆が、万歳(ムルデカ!)の歓声を地鳴りのように響き渡らせる式典会場。
バルコニーに立ったスカルノが、溢れる涙とともに、
「自由だ! 我々はついに独立したのだ!」と全土へ向けて叫び、拳を突き上げた。
その傍らで、長年の相棒ハッタ、
独立軍を指揮したディルマン、
外交に奮闘したシャフリル、
インドネシアの未来の担うスハルトが、
新国旗へ向かって万感の思いで敬礼を捧げていた。
そして、千路は腰の逆刃刀に手を当て、
(おじいちゃん、お父さん。……僕、この遠い南国の地で、やっと『誰もが笑って暮らせる新しき世の中』を作ることができたよ)
アンナを抱き寄せる千路の瞳には、どこまでも澄み切った蒼い光が宿っていた。
彼らと共に血を流した一千名の日本人の志は、インドネシアの独立の礎「国の英雄」として、
インドネシアの歴史に、永遠にその美しき光を刻み込むこととなったのである。
1950年、春。
久々に神谷道場の門をくぐる千路と、
初めてその門をくぐる絶世の南国美女アンナの姿があった。
久々に会う我が孫とそのお嫁さんを抱いて涙を流す薫。
しかしふとあることが頭をよぎる。
「ちょっと待って!今昭和二十五年よね!?千路!あんたいったいいくつになったの!?そんな若くてきれいなお嫁さん貰って四十すぎてるの!!?」
「お・・おろ!? はて俺は今いったいいくつなんだっけ・・!?アンナ・・お前は未成年じゃないよな??」
いつぞやの場面のように動揺する妻と孫の後ろで100歳でギリ生きてて微笑む剣心。
剣心の目は88歳で今なお元気な妻。
70歳の息子剣路とロシア人の妻エレナ65歳。
そしてギリ30代(39歳)の孫の千路とインドネシア人の妻20歳のアンナを優しく包んでいた。
親族の前で改めて結婚式を上げてから50年後の2001年、
金婚式でハワイを訪れていた千路は、余生をハワイで過ごしていた100歳の張学良と遠い満洲に思いをはせていた。
張学良「最近ニュースで話題になったヒマラヤの雪男。背中に悪の字があったな…」
千路「ああ、あの人なら今も大陸の奥地で大頭領やってるんだろうな…」
『るろうに千路。真の夜明け編』―――終幕




