偉い人映像化して・るろうに剣心 ハルビン編
1938年。1月
千路は新京の関東軍司令部から、北の要衝・ハルビン特務機関への転任となった。
それは戦争拡大派の東條や田中が「目障りな緋村大佐を中枢から遠ざける」ために仕組んだ、事実上の左遷であった。
しかし、ハルビン駅のホームに降り立ち、ロシア建築の教会が立ち並ぶ美しい街並みを見渡した瞬間、千路の心は不思議な温かさに包まれていた。
(ここで、父さんと母さんが出会ったんだな……)
新京からの左遷という逆境でありながら、
千路にとってはまるで両親の愛のルーツに触れるような、しみじみとした愛おしい時間に変わっていた。
特務機関の庁舎へ向かうと、温厚な笑みで千路を迎え入れたのは、ハルビン特務機関長・樋口季一郎少将であった。
河豚計画を共に実行した、不拡大派の戦友である。
「よく来てくれた、緋村大佐。さあ、君にどうしても会わせたい者たちが地下で待っている。来てくれ」
厳重なロックが施された地下室の重厚な扉が開いた瞬間、
千路は室内を埋め尽くす無数の通信機や暗号解読機、そしてヘッドホンを耳に当てた白人たちの姿に目を見張った。
彼らはあの河豚計画で千路と樋口が命を救った、ユダヤ人の天才通信技師たち。
そして、ソ連の赤軍に故郷を追われた白系ロシア人の凄腕暗号兵たちである。
ここハルビンに、「秘密情報部隊」が誕生していたのであった。
「――ミスター・ヒムラ! ついにあなたとハルビンで共に戦える!」
技師たちのリーダーである老科学者が涙を浮かべて千路の手を握り締めた。
「あの地獄から私たちをミスター・ヒグチと共に救ってくれたこと、
そして仲間を無事上海に送り届けてくれた恩義を一時たりとも忘れたことはありません。
儂たちが持つ技術を、すべてあなたに捧げます!」
千路の青い瞳が、温かい感動に揺れる。樋口少将が満足げに頷いた。
「彼らはロシア・ユダヤの草の根情報ネットワークを持っている。これなら世界中の暗号も丸裸だ。
……だが、堅苦しい話はここまでだ。今夜は緋村大佐の歓迎会を開くぞ!」
――その夜、ハルビンの下町の賑やかな酒場。
「――ウラー(万歳)! 緋村の大将、ハルビンへようこそ!」
昼間の緊迫感が嘘のように、赤鼻のロシア人暗号兵やユダヤ人技師たちが、千路を囲んで陽気にグラスを鳴らしていた。
千路は、母エレナから教わったロシア語を流暢に操り、彼らと冗談を交わしながら、本場のウォッカのグラスを小気味よく干していく。
「はは、皆さん元気ですね。……それにしても、ハルビンではみんなウラーと乾杯するんですね」
千路がウォッカの熱さに喉を震わせながら尋ねると、大柄なロシア人が笑った。
「おうよ! ここはロシアの面影が残っているし、満洲人もユダヤ人も嬉しい時はみんな『ウラー』よ!」
「なるほど……」千路は赤髪を揺らし、しみじみとグラスを見つめた。
少し前に帰綏の地で徳王の演説を聞いたモンゴルの民衆たちが、地鳴りのように三唱していたあの熱い歓声も、まったく同じ「ウラー!」だったのだ。
(モンゴルの荒野でも、このハルビンの酒場でも、みんな同じ言葉で笑っているんだな……。
ザンザさんたちも、今頃あの大草原で元気にやっているだろうか)
遠い友やモンゴルの式典の熱狂を懐かしく思い出し、千路の心がじんわりと温まっていると、
今度はユダヤ人の友たちが、再起のために立ち上げた私設の工場から、手作りの出来立てビールを差し出してきた。
「さあミスター・ヒムラ、ウチの自信作もどうぞ!」
千路がひと口飲むと、爽やかな苦味と麦の香りが、ウォッカで火照った喉を心地よく潤した。
「……美味しい。ウォッカの後にいただくこの冷えたビールは、格別ですね」
千路が微笑むと、ロシア人とユダヤ人の垣根を越えて、酒場全体に歓声が沸き上がった。
工場の樽に腰掛け、美味そうにジョッキを傾けている樋口少将がそれを見て笑う。
「ハルビンへ来れば、これほど美味い酒と、君を慕う最高の友たちが揃っている。
左遷先としては悪くないだろう?」
「ええ。むしろ、あの息の詰まる新京よりも、僕はここが気に入りました」
自分が命を懸けて繋いだ「命のバトン」が、いま新しい戦友となって自分の周りで笑っている。
この温かい仲間たちと共に、千路はこのハルビンの地で、
ただただ人々の笑顔を守るために平和な日常を過ごしていく。
千路の人生で最も愛おしい、のんびりとした時間が流れていくのだった。
いつものように酒場で平和なひと時と堪能している千路と樋口。
樋口少将はニヤリと髭を揺らし、千路の顔をじっと見つめた。
「ところで緋村大佐。君も今年で二十八だろう。幕末の英雄剣心殿が結婚し、
日露戦争の英雄剣路殿がここハルビンでエレナ殿と出会ったのも、ちょうどそれくらいの歳だった。
……そろそろ、身を固める(結婚する)ことでも考えたらどうだ?」
「えっ……!? け、結婚ですか?」
突然の話題に、千路は危うくビールを吹き出しそうになった。
「何を他人事のような顔をしている。気づいていないのは君だけだぞ」
樋口が呆れたようにため息をついた、その瞬間だった。醸造所の重い扉が、凄まじい勢いで開け放たれた。
「ヒムラー! 会いにきたわよ!」
「ちょっとアナタたち、抜け駆けは許さないわ!」
そう言ってなだれ込んできたのは、
目が眩むほどに色鮮やかな、多民族の美女たちの集団であった。
「緋村大佐、今日の夕食は我が家の伝統的なハルビンソーセージを使った、濃厚なロシア料理にしましょう!」
タイトなドレスをまとった金髪碧眼のロシア系の美女が千路の腕に抱きつけば、
「いいえミスター・ヒムラ、今日はウチの家系が代々伝える極上のユダヤ家庭料理よ」
知的な眼鏡をかけたユダヤ系の乙女が反対側の腕を奪い合う。
「千路! モンゴルの誇り高き女の愛は、荒野のように熱いんだぜ! 今夜は私のパオ(天幕)に招待する!」
乗馬服を着こなした野生味溢れるモンゴル系の娘が不敵に迫り、
「大佐どの。私の部屋へいらっしゃい。清朝宮廷から伝わる秘伝の満洲薬膳鍋をご用意するわ!」
満洲族の令嬢が千路の肩に手を回し、
「流行の上海風点心と極上の烏龍茶で飲茶しましょう!」
深いスリットの入った、最新流行のモダンなチャイナドレス(旗袍)に身を包んだ中国系が誘惑する。
「秘伝の薬膳キムチに勝るものはございません! 今夜は私が、手ずからお口に運んで差し上げます!」
情熱的な瞳で迫るのは鮮やかなチマチョゴリを着た朝鮮系の美女。
「千路さんのお口に合うのは日本食ですわよね。私の部屋でゆっくりと……」
日本から渡ってきた純和風の可憐な大和撫子までが、頬を赤らめて千路の手を取る。
「五族協和、どころの騒ぎじゃないねえ。全種族の美女から総攻撃を食らうとは、
さすがは我がハルビン特務機関の英雄だ」
樋口少将はジョッキを片手に、完全に他人事としてゲラゲラと爆笑している。
千路には戦場以上の修羅場がハルビンにはあった。
しかし、そんな愛おしい平穏は、ついに終わりを告げる。
昭和十四年(1939年)五月。満蒙国境ハルハ河での衝突――ノモンハン事件の勃発である。
新京の田中新一は不拡大命令を無視。
前線部隊へ「ハルハ河を渡河して総攻撃せよ」という暴走電令を打とうとしていた。
千路が現場へ急行しようとするのを、樋口少将が止める。
「ここで君が妨害に出たらハルビンの情報部隊が新京の本部の情報も傍受していることがばれてしまう!」
「しかし、このままでは日ソで戦争になってしまいます!何とかしないと」
「君はもう大佐だぞ!個人の武ではなく、この情報網を使って大戦略で戦え!
情報を操作して両軍の正面衝突を避けるんだ」
千路は樋口の言葉にハッと目を見開き、情報戦に徹することを決意した。
ハルビン機関の地下室で、ユダヤ・ロシア系のスパイ網が新京の電令を傍受・解読する。
卓上に広げられた戦術地図の上に、敵味方の正確な配置が赤黒のピンで落とされていく。
最新の盤面を見た瞬間、千路は息を呑んだ。
田中が仕掛けた、蒙古軍を「使い捨ての肉の盾」にする冷酷極まりない配置。
さらにソ連は、ハルハ河西側の丘陵に圧倒的な重砲陣地を敷いて待ち伏せていた。
このまま進めば、左之助たちモンゴルの将兵は鉄の雨に打たれ、一瞬で全滅する。
田中の狙いは、左之助たちの蒙古軍を「捨て駒(肉の盾)」にしてソ連の正面火網に突っ込ませることだった。
樋口が戦術地図上の盤面を見て表情を曇らせる。
「すぐに蒙古軍に連絡を。だが新京の回線は使えない、どうする……!?」
「僕が溥儀様の特務部隊にかけあってみます」
千路はすぐさま、極秘の暗号を用いて新京の宮廷の奥深くへと電波を飛ばした。
関東軍の憲兵隊すら監視を躊躇う、皇帝陛下の神聖なる私的通信網。
ノイズの向こうから、低く渋い佟済煦の声がハルビンの地下室へ滑り込んでくる。
「佟済煦さん。千路です。今すぐノモンハンに展開しているモンゴルの前線部隊に
新京本部にバレないように連絡を取りたい。何かいい方法はないでしょうか?」
受話器の向こうで、佟済煦が深く、重々しく頷く気配が伝わってきた。
『ノモンハンの前線部隊? なるほど、蒙古軍はそのような危険な位置に配備されているのか。
……安心しろ、緋村大佐。李守信の傍には、私の配下の者がいる。
今から伝える周波数をメモしてくれ。李守信からそっちに直接、連絡が行くはずだ』
「……! ありがとうございます、佟済煦殿。恩にきます!」
『陛下も君たちを深く信じておられるぞ。健闘を祈る、緋村大佐!』
「はい!満洲とモンゴルを必ず守ってみせます!」
通信を終えると千路はすぐさまユダヤ人技師たちへ振り返った。
「聞いたね、みんな! 同調ツマミを今教わった周波数に!
いつ前線から波形が飛び込んできてもいいように、同調を固定して待つんだ!」
ハルビンの地下室の空気が張り詰めてから待ち続けること数分……、
ノイズの壁を突き破るように、激しい電波の受信音がスピーカーから鳴り響いた。
「――繋がったぞ、ハルハ河の本陣、李守信だ!」
通信機からノイズ混じりの声が響いた瞬間、千路はマイクを握り締め、瞳を鋭く光らせた。
「李将軍、聞こえますか! 緋村です。新京の田中少将は、あなた方を囮にしてソ連軍の正面を突
かせる気です。
ハルハ河の西側丘陵には、ソ連のジューコフが圧倒的な重砲陣地を敷いて待ち伏せています。
そのまま進めば、モンゴルの将兵は鉄の雨で全滅します、今すぐ進撃を停止してください!」
「な、何だと……新京からは『西側は手薄、一気に渡河して突撃せよ』と電令が来ていたのだぞ!
泥狐ども、俺たちを肉の盾にする気だったか……!」
「軍を今すぐ北へ迂回させてください! ソ連軍の重砲の無線周波数は、
今からハルビンの我々がロシア系ネットワークを使って一時的に偽報告でジャックします。
その隙にハルハ河の北方の空白地帯に軍を避難させてください」
「なるほど。そちらでは両陣営の動きがつかめているのですね。それは心強い」
千路はすぐさまソ連側に偽の索敵情報を流し、
蒙古軍の前方に展開していたソ連軍の本隊を別の方向へと移動させた。
西部からジリジリと進撃していた李守信の蒙古軍は、ソ連軍が動いたのを見計らい、
前方に道が開けた一瞬の隙を突いて北方の空白地帯へと鮮やかに移動を完了した。
「どうやら危機を回避できたようだ」
受話器の向こうの李守信の言葉に、ハルビンの地下室で安堵の息を漏らす千路。
『それで、われわれはこれからどう動けばいいのかな? こちらの陣営としては……』
『おう千路! チョイバルサンの場所を教えろ!! 直接乗り込んでぶん殴ってやりてええ!!!』
無線機を握る李守信の横で、相楽左之助が吠えていた。
千路は苦笑しながらも、戦術地図に目を落とした。
「わかりました。先ほど前方にいた軍が、おそらくチョイバルサンの部隊です。
ハルビンから偽情報を流して、彼らをそのまま東に進ませて孤立させますから、
ザンザさんたちは背後から狙ってください」
『ハッ! さすが俺らの緋村大佐だぜ!』左之助が膝を叩く音が無線越しに響く。
千路の巧みな情報誘導作戦により、外蒙古軍は完全に孤立。
そこへ、左之助たちの蒙古軍がチョイバルサン軍の背後を急襲し、
ハルハ河の大草原を舞台に、未曾有の大火撃戦の幕が切って落とされた。
「デミド分隊、全砲門開け――ッ!! 大地ごとあの独裁者を叩き潰せ!!」
ソ連製BT戦車のハッチから身を乗り出したデミドが、ギラついた笑みを浮かべて右手を振り下ろした。
その号令とともに、大草原の静寂が跡形もなく吹き飛ぶ。
デミド自慢のソ連製の122ミリ榴弾砲、そして重迫撃砲が一斉に火を吹いた。
ズババババァァン!!! ドガァァァン!!!
ハルハ河の夕焼けを更に真っ赤に染め上げる凄まじい爆煙と火柱。
完全な包囲陣形の中にある外蒙古軍の部隊へ、超高火力の鉄の雨が容赦なく降り注ぐ。
対空砲座や待機していた装甲車が、一瞬で木端微塵に吹き飛んでいく。
「敵の砲兵陣地を潰せ! 反撃だ!」
チョイバルサンの怒号に、外蒙古軍の装甲車部隊もソ連製の45ミリ対戦車砲で応戦。
放たれた徹甲弾を左之助は新斬馬刀で切り裂き、大草原に無数の火花が弾け飛ぶ。
「へっ、派手にやってるじゃねえか! 野郎ども、小細工はいらねえ、正面からブチ破るぞ!」
左之助は新斬馬刀を片手に装甲車の助手席に飛び乗ると、爆炎の渦巻く戦場へと突撃を敢行した。
ソ連製兵器同士が激しい金属音を立てて弾き合い、爆鳴が地響きとなって鼓膜を震わせる。
地獄のような砲撃の応酬の末、戦闘車両を大破された外蒙古軍は完全に壊滅。
黒煙が立ち込める戦場の中央で、チョイバルサンの乗る本陣の指揮装甲車だけが、
完全に退路を断たれて孤立していた。
その装甲車の前に、巨躯を揺らした御年80歳の左之助が立ち塞がった。
「これで終わりだ、この野郎ッ!!」左之助は新斬馬刀を固く握りしめた。
「二重の――極みッ!!!」
凄まじい衝撃波がハルハ河の大地を揺るがした。
分厚い装甲車が真っ二つに裂けて宙を舞い、刹那に粉砕する
そして空中の砂塵からチョイバルサンが、
左之助の立つクレーターの中心に、ドサリと落ちてくるのであった。
チョイバルサンが目を覚ますと、蒙古聯盟自治政府の首脳陣に囲まれていた。
伝統的なデールをまとった徳王が、冷徹ながらもどこか慈悲深い瞳で独裁者を見下ろした。
「……わし等と手を組まんか、チョイバルサン」
チョイバルサンは驚愕に目を見開いた。
「な、何に……!? 貴様ら、何を言っている」
「我々は同じモンゴル人だ。他国の戦争で、身代わりの盾にされて殺し合うなど、馬鹿馬鹿しい
と思わんか?」
徳王の言葉に、チョイバルサンは苦渋に満ちた表情で視線を落とした。
「……そんなことは、私とて分かっている。だが、お前たちと手を組んでソ連に背けば、
それこそ全面戦争になるだけだぞ。スターリンの恐ろしさを知らないわけではあるまい」
「だから、今すぐソ連の味方を辞めてこちらにつけ、とは言わん」徳王は静かに首を振った。
「戦う『振り』だけしろと言っているのだ」
「この戦場で、ソ連や日本を……大国すべてを欺くというのか……?」
チョイバルサンが息を呑む。そんな彼の眼前に
「まさか断らねえよな?」「 俺らの方が、日ソの野郎どもよりよっぽど怖ええぞ?」
新斬馬刀を担いだ左之助と、小銃を弄ぶデミドが、暗黒の笑顔で左右から顔を覗き込んできた。
チョイバルサンは顔を真っ青にし、カタカタと震えながら絞り出すように答えた。
「わ……わかった、戦う振りをしよう……」
こうして、モンゴル人同士のぶつかり合いが主体となっていた「第1次ノモンハン事件」は幕を閉
じた。――数日後。ハルビン特務機関の地下室。千路の元へ、ノモンハンから戻った左之助からの無線
が入った。
『おう千路! 囮に使おうとした新京の拡大派の連中に、きっちり「折檻」してやったぜ。礼には
及ばねえぞ!』
受話器の向こうでガハハと笑う左之助の声を聞き、千路は顔を引き攣らせた。
チョイバルサンの後、どうしても暴れ足りなかった左之助とデミドは、
蒙古軍を捨て駒にしようとした関東軍(日本軍)の前線強硬派の部隊に激怒。
「お仕置き」と称して、ソ連製の武器を引っ提げて日本軍をボコボコに叩きのめしていたのだ。
日本の公的な記録には、「ソ連製の近代兵器を使用した、極めて獰猛なモンゴル兵の襲撃に遭
い、大損害を被った」と恐れをなして記録されることになる。
「……ザンザさん。それ、お仕置きじゃなくて、新たな国際問題の火種になるような気がするん
ですが……」千路が頭を抱えてため息をつくと、
隣で聞いていた樋口季一郎少将が、ウォッカを吹き出しながらゲラゲラと大爆笑するのだった。
昭和十四年(1939年)六月。
第1次ノモンハン事件が終わり、まだ一ヶ月も経っていないなか、千路の予感が当たる。
「……懲りないですね、あの人たちは」
ハルビン特務機関の地下室で、千路はヘッドホンを耳に当てたまま、心底冷え切った声で呟い
た。
新京の関東軍司令部が、さらに規模を拡大した「第2次ノモンハン計画」を秘密裏に進めている会
話が
ハルビンの情報網に筒抜けになっていたのだ。
隣にいた樋口少将が、苦り切った顔で煙草の煙を吐き出す。
「前回の拡大派の無残な敗北と独断専行は、儂がしっかりとした報告書にまとめて東京の参謀本
部へ送っておいた。
それを受けて、良識派の今村均中将がこれ以上の暴走を止めるため、
参謀本部作戦参謀の有末次中佐を、不拡大の使者として新京へ向かわせているそう
だ。だが……」
「……先手を打たれましたね」千路の青い瞳が、不穏な電信の波形を睨みつける。
新京の田中は、東京からの有末中佐が到着すれば作戦を中止させられると察知した瞬間、
信じがたい暴挙に出た。使者が新京の土を踏む直前、
独断でソ連軍の最重要拠点である「タムスク飛行場」への大規模な航空爆撃を強行したのだ。
戦火を決定的に拡大し、東京に作戦を容認させるための、狂気じみた既成事実作りであった。
新京の作戦本部に到着した有末中佐は、ニヤニヤと笑う田中少将から
「いやあ有末くん、一歩遅かったねえ。
もう爆撃しちゃったよ」と報告され、目の前が真っ暗になった。
中央の命令を踏みにじり、己の面子と権力闘争のために突き進む関東軍。
「なんと愚かな……」
ハルビンの地下室で有末中佐の絶望的な暗号電文を受け取った千路は、静かに拳を握りしめた。
しかし、新京の作戦本部に留まることを命じられた有末は、
その夜、極秘の周波数を使ってハルビンの千路へ直接、通信を繋いできたのだ。
『……緋村大佐、聞こえますか。有末であります。新京の連中は狂っています。
東京を完全に舐めきっている。私はこのまま作戦本部に残り、奴らの次の「暴走電令」の動きを
すべてあなたに流します。
……大国同士の全面戦争を、何としても裏から止めてください』
「……了解しました、有末殿。あなたの命がけの情報、決して無駄にはしません」
こうして、千路は新京の中枢に「協力者」を潜り込ませることに成功した。
大国たちのエゴと暴走による「第2次ノモンハン事件」の火蓋は切って落とされたが、
情報戦の盤面は完全に千路が支配しつつあった。
七月のハルハ河畔。日ソ両軍の偵察の目が届きにくい、なだらかな丘陵が続く「バインツァガン山」、
ノモンハン事件で最も過酷な激戦地だったと日本側の記録に残るその山では、
『南北モンゴル親善ブフ(モンゴル相撲)大会』が開催されていた。
「おいおい! 北蒙古の野郎ども、引き腰になってんじゃねえぞ! ほら、次はどいつが俺の相手をするんだ!」
新斬馬刀を地面に突き立て、上半身裸になった相楽左之助が、豪快に笑いながら仁王立ちしていた。
新京の田中が「これよりバインツァガン山周辺にてソ連軍を包滅す」
と大はしゃぎしている正にその場所で、有末中佐からの事前情報を受け取っていた南北のモンゴ
ル兵たちは、とっくに銃を置いていた。
彼らは広大な山頂で、伝統のブフで雌雄を決していたのだ。
「はっはあ! さすが相楽の頭領、恐るべき怪力だ。だが我が外蒙古の若者たちも負けてはおらんぞ!」
左之助に装甲車ごと粉砕され、すっかり毒気の抜けた独裁者チョイバルサンが、徳王と並んで楽しげに観戦している。
「ウラー!」「行けーっ!」と、一か月前まで敵味方として銃口を向け合っていた兵士たちが、
今は同じ蒼き狼の末裔として馬乳酒を酌み交わしながら大歓声をあげる。
熱狂するブフ大会の片隅では、もう一つの「静かなる激戦」が最高潮を迎えていた。
「ま、待ってください……! なぜそこに王が回り込んでくるんだ……!?」
頭を抱えて脂汗を流しているのは、ソ連仕込みの近代戦術を学んできたはずの北モンゴル軍の精
鋭作戦指揮官であった。
その対面に座り、穏やかな微笑みを浮かべているのは、大活仏ディルワ・ホトクトである。
大活仏の前には、モンゴル伝統のチェス「シャタル」の盤面が広がっていた。
「盤面に迷いが出ておりますな、指揮官。戦術とは力だけにあらず」
ディルワ・ホトクトが静かに数珠を爪繰りながら手彫りの木製駒をパチリと進めた瞬間、
ソ連製の近代戦術を叩き込まれた指揮官の防衛陣地が音を立てて崩壊した。
「チェックメイト(マタ)です」「う、うわああ! また負けた! 通算十連敗だ……!」
頭をむしり取る作戦指揮官の後ろで、デミドが馬乳酒のカップを片手にゲラゲラと大爆笑してい
る。
ブフの歓声と、シャタルで大活仏にボコボコにされた指揮官の悲鳴が交錯する。
何もない荒野に向けて時折、空砲や重砲を放って「激戦」を演出しながら、
彼らは肉体と頭脳という血の流れない戦いによって、真の民族の絆をガッチリと結び直してい
た。
千路の情報隠蔽と現場のこの命がけの大芝居により、戦線は七月から八月までの二ヶ月間、
完璧な膠着状態を維持することに成功したのである。――そんなハルハ河の熱気から遠く離れた、東京・首相官邸。
八月下旬、電撃的に結ばれた『独ソ不可侵条約』の報を受け、平沼騏一郎首相は頭を抱え、文字通り呆然自失としていた。
「……何なのだ、この事態は。複雑怪奇、まさに欧州の天地は複雑怪奇であるな……」
ドイツを頼りに防共の壁を築こうとしていた日本政府は、ドイツの動きに大パニックに陥り、内閣総辞職へと追い込まれていく。
ハルビンの地下室でそのニュースを傍受した千路は、心底あきれ果てたようにため息をついた。
「……やれやれ。東京の偉い人たちは、自分たちが勝手に振り回したチェス盤の行方に、
自分たちで混乱して自滅している。あきれて言葉も出ませんね、樋口少将」
しかし、笑ってばかりはいられなかった。西側の憂いを無くしたスターリンは、
ノモンハンへジューコフ軍の本隊――圧倒的な数の最新鋭戦車と、空を埋め尽くす重爆撃機の大軍勢を一気に送り込んできたのだ。
ジューコフの本隊が前線に到達すれば、これまでの偽戦争から本格的な殺戮戦となる。
だが、千路の青い瞳はまだ諦めていなかった。
ヨーロッパのドイツ国境へ情報ネットワークを集中させていた千路は、受信された一枚の暗号電文を掴み取り、ハッと目を見開いた。
「……見つけました。スターリンも、ジューコフも、まだ気づいていない『世界の裏側』の動きです!」
千路はすぐさま、新京の作戦本部にいる有末へ、命がけの「特命」を電波に乗せて託した。
千路が解析した「ドイツ軍のポーランド侵攻の正確な日付と規模」の極秘書類データである。
「有末殿。これを、ノモンハンの終止符として使います。この情報をジューコフへ直接突きつ
け、彼らを撤退させてください。
新京の田中少将にバレれば、あなたも軍法会議物です。……行けますか?」
受話器の向こうで、有末中佐が鉄の覚悟を込めて答えた。
『……有末、承知いたしました。緋村大佐がハルビンで繋いでくださった奇跡の盤面、この命に
代えても完成させてみせます。
これより単身、ソ連軍の本陣へ向かいます!』
有末は極秘に東京本営の今村から全権大使の任命を受け、左之助の操る馬に乗り、ソ連軍の総司令部がある天幕へ向かった。
数日後、左之助と有末はソ連の将軍ジューコフの前に立った。
「……日本の全権大使。やっと降伏の決意を固めたか?」
ジューコフが冷徹な眼光が光るが、左之助は不敵に笑い、有末の背中を押す。
有末は千路から託された、ヒトラーの電撃戦計画が記された書類を、静かに作戦机の上に滑らせた。
「……ヒトラーのドイツ軍が、今まさにポーランド国境へ全軍を集結させています。
あと数日のうちに、ドイツはポーランドへ侵攻を開始する。これが、何を意味するか分かりますか!?」
有末がもたらした情報に、ジューコフが息を呑む気配が天幕の中に張り詰めた。
「ドイツが動けば、スターリン閣下は必ずあなたに『欧州戦線へ即座に転戦せよ』と命じるはずです。
ここで我々満蒙の軍勢と無駄な血を流し、貴重な機甲部隊を消耗している時間など、今のソ連には一秒もないはずだ!」
ハルビンの千路が読み解き、新京から命がけで駆けつけた有末が突きつけた、世界の裏側を握る究極の情報。
天才戦略家であるジューコフは、その情報の正確さと、それがもたらす恐るべき未来を瞬時に理解した。
欧州の巨大な戦火こそが本命なのだ。
「……有末中佐と言ったな。貴様たちのインテリジェンスには恐れ入った」
ジューコフは低く呟くと、即座に全軍へ命令を下した。
「全軍、ハルハ河西側への進撃を一時停止。戦線を後退させ、欧州からの電令を待つ!」
ソ連軍の本隊は、牙を剥きながらも、ハルハ河の手前でピタリと足を止めて後退していった。
そして千路の予言通り、九月一日、ドイツ軍がポーランドへ侵攻。第二次世界大戦の戦火が爆発する。
スターリンは、ノモンハンのジューコフへ「即座に戦線を収束させ、欧州へ回れ」と電令を打たざるを得なくなった。
それから半月後の、1939年9月15日。モスクワにて、日ソ双方の停戦協定が正式に締結された。
ハルハ河の荒野で、新斬馬刀を抱えてソ連軍が引き揚げていく背中を見送っていた左之助は、ハルビンの空に向けてニカッと笑った。
「へっ……やりやがったな、千路。世界中の野郎どもを情報一つで手玉に取りやがった。大した大将だぜ、お前は!」
千路の情報戦、有末次の命がけの外交、そして南北モンゴルの絆が、大国たちの暴走のシナリオ
を完全に書き換えた。
東アジアを揺るがしたノモンハン事件は、
ここに、千路の描いた『真の満蒙防衛』の大勝利という形で、九月十五日の停戦を迎えるのだった――。
そしてノモンハン事件の裏で締結された南北モンゴル同盟は、
チョイバルサンが執念で成し遂げる「外モンゴル独立公民投票」という、民族真の独立への歴史的伏線となり、
7年後の1946年1月5日、モンゴルのモンゴルによるモンゴルのためのモンゴル国が誕生するのである。
ノモンハン事件が九月十五日の停戦によって終結してから一ヶ月後。
新京、関東軍司令部・作戦室に訪れる千路。
「緋村ァッ! 有末中佐と共に勝手な独断専行でソ連と停戦を結び、我が関東軍の作戦を丸潰れにしおって!
貴様ら二人、ただちに軍法会議にかけて極刑に処してやるッ!!」
千路の顔を見るなり、机を激しく叩き激昂する田中新一。
彼は計画を台無しにされ、さらに左之助たちに前線部隊をボコボコにされて、メンツが跡形もなく崩壊していたのだ。
千路は怒り狂う田中を冷ややかに見据えた。
「軍法会議、ですか? ……それは、こちらのセリフです、田中少将」
「何だと……!?」
千路は懐から、丁寧にまとめられた一通の、極めて厳かな菊花紋章の入った書類を机の上に滑ら
せた。
「これは、今村均中将、および溥儀皇帝の私的ルートを通じて東京の大本営から直接届いた、
天皇陛下からの公的なお褒めの言葉──『ご沙汰書(礼状)』です。
陛下は、無駄な流血を抑えて日ソの全面戦争を未然に防ぎ、満蒙の国境を完璧に守り抜いた我々の迅速な停戦実務を、深くお喜びとのこと。
……田中少将、あなたはこの陛下の御意志に、何か異議がおありですか?」
「なっ!!天皇陛下のご沙汰書……!? 馬鹿な、そんな特例があるかッ!」
田中はその礼状に目をやると、そこに記された御印を見て、全身の血の気が引いた。
そして、千路のド正論カウンターパンチは、これだけで終わらなかった。
千路はもう一通、大本営から届いたばかりの、出来立ての親任状を田中の目の前に叩きつけた。
「それから、田中少将。……これからは、言葉遣いに気をつけていただこう」
田中が、這いつくばるようにその書類に視線を落とした瞬間、息が完全に止まった。
そこには、大本営直属の特例人事として、緋村千路の【陸軍少将】への昇進が、厳然と記されていたのだ。
ノモンハンを終わらせた世界最高峰のインテリジェンスの功績により、千路は二十八歳にして、
陸軍史上最年少の「将軍(少将)」へと昇進したのである。
「しょ、少将……。貴様が少将になったというのか……!」
田中は、椅子の背もたれに崩れ落ちるようにして、ガタガタと震え出した。
「田中少将。天皇陛下のご沙汰に背き、統帥権を侵犯してまで独断専行で戦火を拡大しようとしたあなたのこれまでの暴走電令の証拠は、
ハルビン情報局と有末中佐の手によって、すべて東京の参謀本部に握られています。
……おとなしくハルハ河から兵を引き、これ以上の不穏な動きは慎まれることです。……よろしいですね?」
「く、くっ……う、うう……!」
田中は拳を血が出るほどに握りしめ、あまりの屈辱と恐怖に、目に涙を浮かべながら、絞り出す
ように答えた。
「は……拝命いたしました、緋村……少将、閣下……」
「結構です。それでは、僕はハルビンへ戻ります」
千路は踵を返し、有末中佐と共に作戦室を堂々と去っていった。
そして田中の絶望の絶叫が響き渡るのであった
新京の作戦本部で田中を完璧に平伏させ、
二十八歳にして陸軍史上最年少の「少将」へと上り詰めた千路。
しかし、意気揚々とハルビン駅のホームに降り立った若き将軍を待っていたのは、戦場以上の大パニックであった。
「千路少将閣下! ハルビンへおかえりなさい!」
「おめでとう、ハルビンの英雄!」
駅のホームから特務機関の庁舎前までを埋め尽くしていたのは、目が眩むほどに色鮮やかな、多民族の美女たちの集団であった。
その数、なんと百人。
厚手のウールコートに身を包み、豪華な毛皮をまとった妖艶なロシア系、
重厚なトレンチコートとスカーフの影から知的な瞳を輝かせるユダヤ系、
美しい刺繍が施されたベロア生地の冬用旗袍を気高く着こなす満洲系、
暖かな裏毛のデールに身を包み、きらびやかな頭飾りを光らせたモンゴル系、
ふんわりとしたショールをまとい、流麗な長袖の漢服を翻す中国系、
色彩豊かなチマチョゴリの上から小振りの防寒外套を羽織った可憐な朝鮮系、
シックな秋色の袷の着物に大島紬の羽織を重ねた小粋な大和撫子。
全種族の美女たちから熱烈な総攻撃とお祝いの嵐を食らい、千路は少将の威厳もどこへやら、
衣服をボロボロにされながらやっとの思いで特務機関長室へと逃げ込んだ。
重厚な扉を閉めてガタガタと震える千路を、机の上にウォッカのボトルを並べて待っていた樋口少将がニヤニヤして出迎える。
「緋村少将、田中の野郎を泣かせたそうだな」
「すみません…、今はこっちが泣かされます……」
ボロボロの衣服を整えながら答える千路。
「ガハハハハハ! お前も今年で二十九だろう?
少将という立派な将軍にもなったんだ、そろそろ本気で結婚したらどうだ?」
千路はウォッカを喉に流し込み、心底怯えた顔で激しく首を振った。
「無理です……。今、僕が誰か一人を選んで結婚したら、残りの九十九人に確実に殺されます……」
「ガハハハハ! 命がけのモテっぷりだな! 乾杯だ、若き将軍!」
二人の将軍は、ハルビン情報戦の勝利に、グラスを鳴らし合うのだった。
一九四〇年、八月一日。
ここ1年を平和に過ごしてきたハルビン特務機関の歴史に、大きな快報が飛び込んできた。
千路の頼れる戦友であり上官である樋口季一郎少将が、陸軍中将へと昇進したのである。
その夜、機関長室で千路は樋口閣下へ向けてウォッカのグラスを掲げた。
「おめでとうございます、樋口閣下。ついに『中将』ですね。僕が追いついたと思ったら、あっという間に先へ行かれてしまう」
中将の階級章を手にした樋口閣下は、ガハハと豪快に笑って千路の肩を叩いた。
「当たり前だ、緋村少将! 先輩の意地というやつを見せてやらんとな。
……だが、そんなことより君も今年で三十路の節目だろう、いい加減に結婚したらどうだ?」
千路は戦術地図を見るより深刻な顔で、ウォッカを喉に流し込みながら呟いた。
「……本当に無理です、閣下。あの後、僕の噂を聞きつけた女の子たちがさらに集まってきて、
今ハルビンで僕を狙っているのは五百人を超えています。いま結婚したら、五百人に確実に殺されます……」
「ワハハハハ! 一年で五倍か! 儂が中将に上がるスピードより遥かに早ぇな!」
一九四〇年、十二月。
ハルビン特務機関は、新機関長の柳田元三少将を迎えていた。
その夜、下町のいつもの賑やかな酒場で、「樋口中将の送別会」と「柳田少将の歓迎会」が同時に執り行われていた。
ビールジョッキを傾け、ハルビンでの激動の日々を懐かしむように髭を揺らしていた樋口中将が、
ふと隣に座る千路の顔をじっと見つめ、しみじみとした口調で呟いた。
「……それにしても緋村少将、東京へ行く前に、とうとうお前の嫁さんを見ることはかなわんかったな。それが唯一の心残りだ」
樋口中将のどこか父親のような温かい言葉に、千路は申し訳なさそうにつぶやく。
「すみません、樋口閣下。……今は、僕が誰か一人を選んで結婚すると、千人に確実に殺されてしまうんで……」
隣で聞いていた新任の柳田少将が、ビールをブフッと盛大に吹き出す。
「せ、千人!!?」
「ハハハ! 柳田少将!最初の引継ぎだ。千路が美女軍団に殺されないように注意してくれ」
樋口中将は腹を抱えてゲラゲラと本日一番の爆笑をあげた。
一九四一年(昭和十六年)十月。
東京では、対米交渉の是非をめぐって軍部と内閣が激しく対立し、第三次近衛文麿内閣が総辞職へと追い込まれていた。
昭和天皇から「陸海軍の協調」と「これまでの国策の再検討(白紙還元)」という極めて重い大命を受け、
後継の首相に就任したのが、陸軍大臣を兼任する東條英機であった。
東條が首相の座に就いたことで、日本政府の舵取りは決定的な局面を迎える。
それは、あのノモンハン事件を機に、日本の大戦略が180度転換した結果でもあった。
かつて陸軍の主流であった「北進論(ソ連への進攻)」は、ノモンハンでの千路たちの暗躍、
そしてソ連の圧倒的な近代兵器と世界戦略の前に事実上、完全に頓挫していた。
さらに、頼みにしていたドイツが独ソ不可侵条約を結んで日本を裏切ったことで、
陸軍はソ連への警戒を強めつつも、主眼を別の方向へと向けざるを得なくなった。
大本の戦略は「南進論(東南アジアへの進出)」へと急速に傾いていく。
アメリカやイギリスによる「ABCD包囲網」によって石油や鉱物資源を完全に断たれた日本が生き残るためには、
資源の宝庫である蘭領東インド(インドネシア)の油田地帯を武力で確保するほかなかったからだ。
東條は、陸軍の統制を完全に掌握するため、そして邪魔な千路を満洲の中枢から永久に遠ざけるため、
冷酷な「更迭人事」を断行した。それは、満洲の地から千路を引き剥がし、
次なる南進論の最前線──激しい局地戦が予想される蘭領東インドへの転任命令であった。
ハルビン特務機関長室の窓の外には、うっすらと雪が舞い始める北満の寒々しい空が広がっていた。
東京の大本営─ 18日に新首相に就任した東條英機から直々に下された電令書を睨みつけ、
緋村千路少将は深く、重いため息をついた。
「……東條め、あらゆる権限を使って僕を満洲から切り離すのか……」。
二十一歳の時、左之助や溥儀と共に必死で建国に携わった、この満洲国。
東條や田中ら強硬派の手から「王道楽土」を必死に守り抜いてきたという自負が千路にはあった。
それを、東京の泥狐どもの個人的な嫉妬と怨嗟人事によって、強引にこの地から引き剥がされる。
この満洲をこの開戦直前という最も危険な時期に見捨てて去らねばならない不条理に、千路の胸は張り裂けんばかりに軋んだ。
「……悔しいな。まだ、この国で僕がやらねばならないことは、山ほど残っているというのに……!」
千路が苦渋に満ちた声を絞り出した。
「──気にするな、緋村少将。お前の遺した満蒙の盤面、この儂がすべて守り抜いてみせる」
ハルビン特務機関長の柳田少将が千路の肩を叩く。
「柳田閣下……、僕の、すべてを託します」
そう言って千路は、衣服の裏地から取り出した一冊の小さな革手帳を柳田に握らせた。
その手帳には、新京の宮廷の奥深く、溥儀皇帝の側近たる佟済煦へ繋がる私設短波無線の周波数と、
日替わりの暗号換字表。さらには関東軍の厳重な監視下に潜伏する秘密連絡員たちの名簿と、接触のための合言葉。
そして徳王や李守信、チョイバルサンの統一モンゴル軍に繋がる極秘周波数回線と暗号換字表、
国境を飛び越える遊牧民の伝馬ネットワーク(ジャムチ)を起動する合言葉と満州拠点の場所が記されていた。
「この情報連絡網があれば、新京の拡大派がどれほど暴走しようと、事前にその首根っこを裏から押さえることができます」
ハルビン特務機関長・柳田少将は、そのコードブックを厳かに、そして熱い決意を込めて両手で受け取った。
「……なるほど。お前はハルビンに居ながらにして、満洲の皇帝、そしてモンゴルの牙とガッチリと手を結んでいたわけか。
緋村少将、お前が愛したこの満洲の平和と、お前の繋いだこの壮大な情報連絡網、この柳田が責任を持って引き継ぐ。
泥狐どもの好きにはさせんさ。……だからお前は、安心して前を向いて歩め」
「柳田閣下……僕の思い、満洲の運命。貴方に託します!」
二人はガッチリと手を結んだ。
千路が電令書の続きのページを捲り、移動先であるジャワ島攻略部隊「第16軍」の、最高総司令官の名前に目を見開く。
【第16軍司令官・陸軍中将 今村均】
「……今村中将閣下!!」
「──そうだ。お前の次の上官は、あの今村閣下だ」柳田少将が我がことのように嬉しそうに頷く。
「東條の野郎は、お前たち不拡大派の良識人をまとめて南海の泥沼へ葬り去るつもりで左遷したのだろうが……
奴は、最大の計算違いをしたな。緋村千路と今村均の二人がガッチリと手を組んで、南の海へ行くのだぞ?」
「……ええ。ええ、その通りです!」千路の顔から、先ほどまでの苦悩が嘘のように消え去り、
若き将軍らしい不屈の希望の笑みが満面に溢れ出していた。
世界がどんなに暗黒の戦争へと突き進もうと、あの今村閣下と共に再び戦えるのなら、絶望などしている暇はなかった。
東條英機が自分たちを最前線へ遠ざけたつもりなら、逆にその最前線の南海の地で、
大国たちのエゴのチェス盤を内側から力ずくで叩き割って、誰も搾取されない「本当の楽土」を今村閣下と共に築き上げてやればいい。
「はい、柳田閣下!」
千路は赤髪を熱い決意に震わせ、柳田少将に向けてビシッと最も美しい敬礼を捧げた。
「こっちは俺に任せて! ……さあ行くがいい、緋村少将! 南海の地で、今村閣下と共に、新しい時代を創り変えてこい!」
柳田少将の力強い激励を受け、千路の目に希望が再び灯った
そして電令書の続きのページを捲り、また目を丸くする。
ハルビン特務機関後任人事・川島芳子
電令書のその名前を見た千路が驚愕した、まさにその時、
特務機関長室の重厚な扉が、ノックもなしに勢いよく開け放たれた。
「――噂通りの大盛況じゃない、緋村少将閣下?」
部屋に立ち込める濃厚な薔薇の香りと、細い煙草の煙。そこに立っていたのは、
仕立ての良い軍服を完璧に着こなした男装の麗人――川島芳子、その人であった。
「か!川島司令長官!? なぜもうハルビンに……っ!」
千路が椅子から飛び退く中、芳子は手にした指揮杖を弄びながら、千路のデスクへと歩み寄る。
「なぜって、後任の引継ぎに決まってるじゃない」
不敵に笑う芳子の表情には、いくつもの青筋が光っていた。
「……それにしても、外で出待ちしているあの『千人の美女軍団』はなんなのかしらね?」
芳子はデスクにドカッと腰掛け、千路の鼻先に指揮杖をピシッと突きつけた。
「新京時代はね、我が安国軍が四六時中目を光らせて、お前に変な女を一切近づけさせなかったのに……。
ハルビンへ左遷されたと思ったら、わずか数年でこの様とはねえ?
渡しを何年も私を袖にしておいて、ハルビンで一千人の女をはべらせるなんて、いい度胸じゃないか。千路坊や」
「ご!誤解です!!彼女たちは僕が護身術普及のために開いた道場の門下生なんです!」
「門下生!?」
「彼女たちは……、間違いなく満洲最強の軍団です!!
あの軍団を託せるのは貴方しかいない!ぜひ安国軍の精鋭部隊としてまとめ上げてください」
「あはははははは!! ま~ったくこの子は、相変わらずぶっとんだ要求をしてくれじゃないか!
満洲最強の軍団が私の配下になるなんて面白すぎるじゃない!
わかったよ。私が責任を持って彼女たちの面倒を見よう」
「ありがとうござまいます!川島司令長官!!」
千路と芳子の引継ぎ(?)を見届けた柳田が豪快に笑う。
「ガハハハハハ!そういうわけだ緋村少将。東條のハゲどもはハルビンを傀儡にするつもりで川島を送り込んできたようだが、
お前の遺した最強の連絡網と軍団は、泥狐たちをハメ殺す最強の女帝に引き継がれたようだな!」
東條英機からの左遷電令書を受けて数日後、
千路は新京の宮廷へ極秘裏に潜入していた。謁見の間で満洲国皇帝溥儀が千路を迎える。
「……緋村少将。東京の東條が、君を南海へ更迭すると聞いた。我が満洲国は、また一つ、真の独立を願う最大の友を失うのだな」
溥儀の悲痛な言葉に、千路は静かに片膝をつき、一礼した。
「いいえ、陛下。たとえ僕の肉体が南の島へ行こうとも、
僕が石原閣下や今村閣下と共にこの満洲に懸けた『王道楽土』の理想は、1ミリたりとも死んではいません。
新任のハルビン特務機関長・柳田少将には、陛下と佟済煦殿へ繋がる極秘回線のすべてを預けてあります。
関東軍の拡大派がこれ以上暴走すれば、柳田閣下が裏から必ず抑えます」
千路は顔を上げ、溥儀を安心させるように優しく微笑んだ。
「それに、次のハルビンの後任にはあの川島芳子司令長官が着任します。
お兄様である陛下の御ためなら、あの人はどんな手を使ってでも関東軍をハメ殺してくれるはずです」
「ふむ、芳子がハルビンへか……。あのじゃじゃ馬が千路の後を継いでくれるのは心強いな」
「聞いたわよ千路ちゃん!ハルビンには千路ちゃんが育てた最強の美女軍団がいるんですってね!
わたしもその千人の美女軍団に入れてもらおうかしら!」
婉容皇后が、目をキラキラと輝かせながら身を乗り出す。
「ぜひ!婉容様ならきっと最強の剣士になれますよ!」
「おい待て婉容! 千路も恐ろしいことを言うんじゃない!!」
溥儀が丸眼鏡をガタガタ震わせながら全力でツッコミを入れる。
婉容のこのノリノリな乱入によって、謁見の間の重苦しい空気は一瞬で吹き飛んだ。
「緋村少将。君の拓いた満蒙の絆、この溥儀と婉容が命に代えても守り抜こう。
……南の海で、決して死ぬなよ、我が友よ」
「はい! お二人とも、どうかご無事で。……僕が戻るその日まで、この満洲をよろしくお願いします!」
かつて修羅場を共にした友として、三人は晴れやかに固く手を握り合うのであった。
帝宮を後にした千路は、新京空港へ向かう。
滑走路上でプロペラを轟かせて待っていたのは、前線の英雄・李守信将軍が手配した蒙古軍の特別輸送機であった。
「緋村少将、お待ちしておりました! すでにフライトプランは公的に受理されています。これより先は我が蒙古軍の聖域、泥狐どもには指一本触れさせません!」
二人の目線の先には数人の憲兵の姿があったが、彼らは複雑な表情で緋村少将と李守信将軍に敬礼していた。
離陸した特別機は、広大なモンゴル平原を眼下に蒙古政府の本拠地へと向かった。
王宮の重厚な応接間へと通された千路を待っていたのは、旅立つ友を揺るぎない絆で迎える、最高の戦友たちだった。
「おう千路! 待ってたぜ! 東條の野郎に南の島へ飛ばされるんだってな!」
豪華なソファに深く腰掛け、新斬馬刀を壁に立てかけた相楽左之助が、ガハハと豪快な爆笑で迎えた。
その横には、デミド、徳王、大活仏ディルワ・ホトクトの姿もあった。
千路は引き締まった表情で、彼らを見つめる。
「皆さん、別れの挨拶のために集まっていただきありがとうございます。
僕が去っても、ハルビンの新機関長・柳田少将には、皆さんへと繋がる極秘の通信周波数をすべて預けてあります。
田中たちがまた暴走したら、いつでも柳田閣下へ電波を飛ばしてください」
デミドがニヤリと笑う。
「なるほど、柳田が次の窓口か。泥狐どもが動けば、ソ連製の重砲でいつでも大芝居を打ってやるさ」
徳王も深く頷いた。
「我らの絆は、大国の人事ごときで揺らぎはせん。満洲とモンゴルの盤面は、我々が完璧に守り抜いてみせる」
静寂をまとった大活仏ディルワ・ホトクトが一歩進み出た。
その手には、神聖な輝きを放つモンゴル伝統のお守り「ハダ」と「シャーガ」である。
「緋村少将、これは旅人の安全と勝利を祈願するお守りです。常に蒼き天の加護がありますように」
「ありがとうございます。皆さんと同じ蒼き魂を胸に、南洋へ向かいます!」
左之助が再びガハハと笑い、豪快に拳を突き出した。
「満洲とモンゴルは、俺たちが完璧に守ってやる。だからお前は、その今村って親分とやらと、インドネシアを満洲の分まで最高の楽園にしてこい!
湿っぽいのはナシだ、南の海でも大暴れしてこいよ、千路!」
「ええ……! ザンザさんたちに負けないくらい、南の海で『本当の楽土』を創ってみせます!」
二人の英傑は、ガッチリと拳を合わせ「満蒙・南海同盟」の絆を熱く誓い合うのだった。
後日、大草原を蹴って大空へと舞い上がる機体に向けて、
南北数千人のモンゴル人たちが一斉に拳を突き上げ、地鳴りのような咆哮を轟かせ千路を見送る。
「――ウラー(万歳)!!!」
すべてのケジメをつけ、ついにハルビンを離れる出発の朝。
千路と、見送りのために同行した柳田少将がハルビン駅のホームに足を踏み入れた瞬間、
駅の全域が地鳴りのような大歓声と黄色い悲鳴に包まれた。
「千路さまーーーっ! 行かないでーーーっ!!」
「南の島へ行っても、私たちのことを忘れないでねーーー!」
「最後のキスをーーーーーー!!!!」
そこに広がっていたのは、ハルビン中の美女たちの大集団であった。
ロシア・ユダヤの乙女たちが大粒の涙を流し千路のために祈りを捧げ、
満洲・中国の令嬢たちが色とりどりの別れの花束を掲げ、
朝鮮・モンゴルの佳人たちがスカーフを振りながら切ない声をあげ、
大和撫子が総出で千路に千人針を届ける。
さらにはシベリアから渡ってきたエヴェンキやオロチョンの少数民族の乙女たちまでもが、
魔除けのバチを千路の首にかけようと目を真っ赤に潤ませて詰め寄ってくる。
「な、何事だこの多国籍軍の襲撃は!!?」
新任の柳田少将は、駅全体を完全に麻痺させている美女たちの圧倒的な熱気と黄色い悲鳴の前に、口をあんぐりと開けて立ち尽くした。
「や、柳田閣下……! 満洲の未来、本当に頼みましたよ……!」
千人の美女の奥から微かに千路の声が聞こえたよな聞こえなかったような。
「この子たちがインドネシアまで付いていかないように、しっかりとまとめ上げておいてあげたよ!
だから今日だけは死んどきな!」
芳子の号令で一千人の美女たちから一斉にもみくちゃにされ、口紅の跡をつけられ、衣服をボロボロに剥ぎ取られる千路。
5時間の遅延の末、列車がガタゴトと音を立ててゆっくりと動き出す。
柳田少将はハンカチで額の冷や汗を拭いながら、引きつった顔で旅立つ若き将軍にどうにか敬礼を捧げ、隣の芳子に呆然と呟くのだった。
「……樋口前機関長が『千路が美女軍団に殺されないように注意してくれ』とは言っていたが、
なんとか任務は達成できた……のか?」
「南の島へ行って命拾いしたね。あの坊や」芳子が満面の笑みで答えるのであった。
列車の車室では、美女軍団の口紅で全身が真っ赤になった千路が倒れていた。
ハルビンから大連、南方行きの列車と船を乗り継ぎ、千路が降り立ったのは、
ヤシの木が南国の風に揺れる熱帯の港──台湾の高雄であった。
ここは、ジャワ島攻略を担当する「第16軍」の大船団と司令部が集結する、熱い活気に満ちた最前線基地である。
千路が臨海司令部の一室へと足を踏み入れたとき、そこに佇んでいたのは、白髪の混じった厳格ながらも温和な顔立ちの将軍──陸軍中将・今村均であった。
「──よく来てくれた、緋村少将。東條の嫌がらせ人事で、ハルビンからずいぶんと過酷な旅を強いられたのでは……」
そこまで言って、今村中将は千路の姿を見て言葉を失い、目を丸くした。そこに立っていた若き将軍・緋村千路の真っ白な少将の軍服は、
あちこちのボタンがちぎれ飛び、肩章は引き剥がされかけ、あろうことか襟元や袖口には、色鮮やかなハルビンの美女たちの口紅の跡がこれでもかと点々と残っていたのだ。
千路はボロボロの軍服を恥ずかしそうに手で隠しながら、心底疲れ果てたような顔で深いため息をついた。
「ここまで来る途中に何度も洗濯したのですが……。すみません、新しい軍服の支給をお願いします…」
一拍の沈黙の後、今村中将は腹を抱えてゲラゲラと本日一番の爆笑をあげた。
「ワハハハハ! 緋村少将、一体どうしたその姿は! 東條の憲兵隊にでも襲撃されたかと思えば、戦場以上の修羅場を潜り抜けてきたようだな!」
「ディルワ様からハダとシャーガのお守りをいただいてなければ確実に命を落としていました‥‥」
「ハルビンの美女軍団に圧殺されたか! ハハハ、面白い!お前お南国に送った首相様に感謝しなければな!」
今村中将はなおも愉快そうに笑いながら、千路の肩をガシッと力強く叩いた。
しかし次の瞬間、その温和な瞳の奥に、日本軍の最高指導者としての鋭い「義」の光が宿った。
「──だが、緋村少将。東條や田中の野郎どもは、儂ら不拡大派の良識人をまとめてこの南海の泥沼へ葬り去るつもりで飛ばしたのだ。
……奴らは、この地で我々に過酷な『搾取』を行わせ、民を泣かせ、皇軍の肉の盾にしようと企んでいる」
今村中将の言葉に、千路の青い瞳が、冷徹に、そして熱く燃え上がった。
「……言わせておけばいいのです、今村閣下。泥狐どもが僕たちを最前線へ遠ざけたつもりなら、
逆にその最前線の南海の地で、大国たちのエゴを内側から力ずくで叩き割ってやりましょう」
千路は腰の逆刃刀の柄にそっと手を添え、まっすぐに今村を見つめた。
「満洲の溥儀皇帝も、モンゴルの左之助さんたちも、僕たちの繋いだ『満蒙の絆』を裏でしっかりと守ってくれています。
僕たちのやるべきことは、どこへ行こうと同じです。この南の海に、誰一人として理不尽に搾取されない『本当の楽土』を、
今村閣下、あなたと共に築き上げてみせます!」
今村中将は千路の不屈の覚悟に深く頷き、熱い笑みを浮かべた。
「ああ、その通りだ。儂らが満洲
で夢見た『王道楽土』の理想、この南海の地でこれ以上ない満開の花を咲かせてやろう。
……よし、緋村少将。これより第16軍は船団を組み、ジャワへと出航する。我らの戦いを始めよう!」
「はっ!」
千路は誇らしげに胸を張り、恩師に向けて最も美しい敬礼を捧げた。
熱帯の太陽が照りつける高雄の港から、黒煙を上げて動き出す大船団。
千路と今村中将を乗せた軍艦は、嵐の南シナ海、歴史の巨大なうねりへ向けて、希望を胸に堂々と出航していくのだった──。




