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偉い人映像化して・るろうに剣心 満州事変編

昭和六年(1931年)九月。

祖父・緋村剣心と、ロシア人母親エレナから受け継いだ緋色の髪と青い目をした青年――緋村千路(ひむらせんじ)、二十一歳。

関東軍の歩兵上等兵である彼は、満洲の地でただひたすらに、混乱する現地の治安を維持するために戦っていた。

「父も、この満洲の地で時代を切り拓いてきた。僕は、ただの破壊の戦争をするために来たんじゃない。

この逆刃刀で、民衆を脅かす暴徒や混乱から、一人でも多くの人々を守るんだ」

満洲の闇に蠢いていたのは、関東軍だけではない。張作霖の死後、統制を失って匪賊(ひぞく)化した旧軍閥の残党、

ロシア革命から流れてきた白系ロシア人の武装組織、さらには飢えに苦しみ暴徒化した現地の馬賊。

それらの暴力から無辜(むこ)の民を守るため、千路は逆刃刀を振るっていた。


しかし、彼が必死に治安維持に奔走しているその裏で、関東軍の冷酷な謀略が動いていた。

彼らは、満洲の主である張学良が本拠地を離れている隙を突き、張学良の系列の軍閥や馬賊を急襲し、殲滅していた。



そのころ、満洲から遠く離れた北平(北京)。

日露戦争後、満洲の雄・張作霖を傘下にし、満洲で『馬賊狂和国の大頭領」として君臨していた相楽左之助(72)は、

張作霖の息子である張学良、臨時滞在中の中国国民党・蒋介石と共に、中華統一のため、中国共産党と戦っていた。

そこへ、関東軍が張学良の留守を狙って満洲の馬賊アジトを攻め落とした、という衝撃の報が飛び込む。


「はっはっは! 馬賊狂和国から空き巣とはいい度胸じゃないか関東軍!

おい! 張学良! 今すぐ軍をまとめて関東軍を蹴散らしにいくぞ!!」


「まっ、待ってください相楽殿!! 勝手な動きは困る」

慌てて蒋介石が左之助を止める。

「日本は『皮膚の病』だ。領土を一時的に切り取られても、我が国に体力が残っていれば、いずれ取り戻せる。

だが、共産党は『内臓の病』なのだ! 思想という病に一度侵されれば、

中国の数千年の歴史も、伝統も、すべて内側から腐って消えてしまう!」


「しかし満洲は私の家だ! 父・張作霖が命を懸けて築き、我が東北軍の兵士たちの家族もいる!

日本の軍靴に踏みにじられるのを見過ごせるはずないだろ!」


張学良の悲痛な叫びに、蒋介石は冷静にアジア全体を見据えた大局観を突きつける。

「まず国内を安定させねば残らん。江西の共産党、山西の閻錫山、南の広西派、そして北の徳王。

たとえ今満洲を取り返したとしても、中国がバラバラではすぐに関東軍に隙を突かれる!

さらに日本が本気で本国の軍隊を動かせば、中国全土を巻き込んだ大戦争に発展するんだぞ!!」


「……っ!!!」蒋介石のアジア全体を見据えた大局観に張学良は何も言い返せない。


その様子を見ていた左之助が、張学良の肩をポンと叩き、ニッと不敵に笑う。

「安心しろ張学良。満洲は俺一人で十分だ」

「大頭領……」

「お前たち中国人は中国の問題をとっとと片付けろ。

関東軍の馬鹿どもは、同じ日本人の俺様が平伏させてやる!」

大切なアジトと仲間を不意打ちで傷つけられた左之助の怒りは沸点に達していた。

彼は「悪」の一文字を背負い、たった一人で満洲へと向かって駆け出した。



北京から満洲へ向かう北寧鉄道。

左之助は一人機関車に乗り、機関室で不敵に警笛を鳴らしながら猛進していた。

その報は、すぐに関東軍の奉天司令室へと送られる。


「張学良と東北軍が戻ってきたか!? すぐに線路に爆薬を仕込め! 父親のように爆殺してしまえ!!」

奉天の作戦室で石原莞爾が冷酷に命令を下す。

満洲の人々のために戦っていた千路に、その言葉に即座に反応した。

「父親のように? 貴様! 張作霖の爆殺は貴様がやったことなのか!?」

千路は猛然と石原の胸倉を掴み、怒声を上げた。


(ここで正直に話す馬鹿がいるか!)石原は内心で毒づきながらも、冷徹に言い返す。

「離せ千路。私は上官だぞ」

「知るかそんなこと! 正直に話せ!」

「……わかった。全てを打ち明けよう」

千路が手を放すと、石原は襟を整えながら、その老獪な弁舌を振るい始めた。

「実は我々関東軍は、中国によって廃された清国の皇帝・愛新覚羅溥儀様とつながっている」

「!?」

「お前も知っての通り、愛新覚羅氏はここ満洲の出だ。

かつて満洲を牛耳っていた張作霖は中国人。張作霖を排除し、その残党を襲っているのはすべて満洲人の独立派だ。

我々は彼らに手を貸し、ここに愛新覚羅溥儀様を迎え、この満洲に国を作る。

いや、満洲人だけでなく日本人、中国人、モンゴル人、朝鮮人のための『五族協和・王道楽土』を作るのが目的だ!」


千路はここで初めて、関東軍が目指している壮大な新国家の理想を知る。



「嘘ではないな」千路が鋭く睨む。

「嘘ではない! 日本、ロシア、中国という大国に挟まれた満洲は、どこの領地になっても紛争の火種となる!

独立国として大国の緩衝国を創り出すことが、どれだけアジアの、世界の平和になるかお前でもわかるだろ?」


石原が語る「五族協和」の理想に、千路の心は激しく揺れ動く。

「……それは、そうだが……。だが、今ここに向かっている列車を爆殺するのは、俺の正義が許さん!」

「止めたきゃ好きにしろ。だが爆破に赴いた連中にもう無線は届かんぞ。止めるなら現場へ急げ」

「場所は?」


「柳条湖だ」



それを聞くや否や、千路は作戦室を飛び出した。


それを見届けた石原がほくそ笑む

「馬鹿め、爆破部隊と無線がつながらないわけがないだろう、今から行って間に合うものか」


そう言って、窓から下を覗くと、

当時の最新鋭乗用車「フォード・モデルA」が猛スピードで走り去って行くのが見えた。

「いや! それ!! 俺の愛車あああああああああああ!!!」


石原の悲鳴を背に車を走らせること数時間。

千路はついに、爆破予定場所である柳条湖へと到着した。

しかしそこには、すでに爆破準備を終え、列車から這い出てくるであろう敵を蜂の巣にするべく、五百人の日本兵が銃を構えて待ち構えていた。


地平線の向こうから、煙を濛々と上げた北寧鉄道の列車が近づいてくる。

「その爆破待ったああああああ!!」千路がフォードから身を乗り出して叫んだ、その瞬間。


ドカアアアアアアアアアアアアアアン!!!


予定通り仕掛けられた爆薬が炸裂し、凄まじい大爆音とともに線路が吹き飛び、左之助の乗った列車が夜空へと大きく宙を舞った。


「くっそお! 遅かったか!!」崩れ落ちる列車、立ち込める黒煙と炎。千路が絶望に打ちひしがれたのも束の間。

その凄まじい爆炎の渦を引き裂くようにして、ギラリと眩い金属光沢が煌めいた。巨大な鉄塊――「新斬馬刀」である。


「空き巣共が、何度も同じ手使ってんじゃねえぞおおおおおおおおおお!!」


ガッコオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


爆炎の中から咆哮とともに躍り出た相楽左之助が、その巨大な新斬馬刀に二重の極みを乗せて大地へと叩きつけた。

直後、斬撃の地点を震源とする凄まじい大地震が発生する。

凄まじい衝撃波が柳条湖の荒野を駆け抜け、待ち構えていた五百人の日本兵たちは足元をすくわれ、

文字通り誰一人として身動きが取れなくなってしまった


「なっ……なんだ、あいつは!?」千路は眼前で起こった光景に驚愕した。




その大地震のただ中で、平然と一人立っている千路の存在に左之助が気づく。

「お前がこいつらの親玉か? 性根の腐った関東軍の根性、俺が直々に正してやらああ!!」


新斬馬刀を荒々しく振りかざし、左之助が弾丸のごとき速度で千路に襲い掛かる!

ガキイイイン!!!

千路が腰の逆刃刀を抜き放ち、左之助の超重量の一撃を間一髪で受け止めた。

「……あぁん? なんか懐かしいモン持ってんじゃねえか!!

顔もあいつにそっくりだ。……へっ、不良息子がこんなところで戦争ごっこかゴラアアアアア!」


刹那、左之助の左拳から放たれた二重の極みが千路の鳩尾を狙う。

「くっ!!」

千路は超神速の重心移動――天翔龍閃の要領を用いた神業的な回避で、直撃の軌道から自らの身を滑り込ませた。


「はあ、はあ……!」千路は息を切らしながらも構え直した。

「なっ、なんなんですか、あなたは! 張学良の一派ですよね!?ってか日本人……? 」


「おう、よく聞いてくれた! 俺は馬賊狂和国の大頭領!! 相楽左之助様だあああ!!!」


「知らん!」



「なん…だと……!? 

てめえ爺さんや親父から俺のこと何も聞いてねえってのかあああああああ!!」

失望と怒りに燃え上がった左之助が堪らず新斬馬刀を振りかざす。


左之助との攻防を繰り返しながら千路は必死に思い出す…

「そういえば、お婆ちゃんやお母さんからそんな御伽噺聞いたことがあるようなないような…」


「御伽噺じゃねえぞおおこらあああああ!!!」


「え~と……どんな話だっけ? 

斬馬刀を持った悪い喧嘩屋ザンザが正義の侍に倒されて、鬼ヶ島に渡ってお姫様と用心棒を救って、鬼の親分になって・・・

その後……、桃太郎が出てくるんだっけ……?」

(事実は剣心に敗れ仲間になった左之助は、満洲に渡って、剣心の息子剣路と、武器密売人だったエレナに出会う。

エレナの武器を狙う張作霖一派をぶっ飛ばし、傘下にて、左之助は馬賊狂和国の大頭領となったのであった)


「桃太郎は出てこねえ!!

っが!なんかちょっと部分的に合ってるの癪に障る!!薫とエレナはどんな教育してんだごらあああ!!」


「お婆ちゃんとお母さんを知ってるってことは、ほんとに『ザンザ』なの!?」

千路には銀幕の役者と道端で実際に会ったかのような変な感動と感覚が沸き起こった。



「そんな昔話はどうでもいいんだよ!

そんなことより、俺を列車ごと爆殺させようとしたのは、緋村のガキとして恥ずかしくねえのか!」

左之助が新斬馬刀の切っ先を千路の鼻先に突きつける。


「違う! 俺はその爆破を止めるために、奉天の作戦本部から車を飛ばしてきたんだ!」


「な~んだ、そうゆことかよ。だったら早く言えよな」

左之助は一瞬で殺気を消すと、ニヤリと笑った。


「いや、あの状況なら誤解も致し方ありません。それよりザンザさんは、何が目的で満州へ?」


「おう、俺か?そりゃあもちろん俺らがいない間に満州掠め取った空き巣の関東軍をぶっ潰しに来たのよ」


「では、それも誤解です!」


「なんだと?」


「われわれ関東軍は、満洲を満洲人の国にすべく、愛新覚羅溥儀様を迎え、

満洲人だけでなく日本人、中国人、モンゴル人、朝鮮人のための五族協和・王道楽土を作るのが目的です!」

先ほど石原から聞いた話をそっくりそのまま、熱を込めて左之助に伝える千路。


「くっくっくっ……! そりゃあ、おもしれえ話じゃねえか!」

左之助は不敵に笑った。

「あの愛新覚羅溥儀を引っ張り出して、新しい国を作る、か。

張学良が聞いたらひっくり返るだろうな。

……まあ、俺や張作霖が長年この満洲に腰を据えて力でねじ伏せてきても、満洲が完全に落ち着くことはついぞなかった。

ここは一つ、その愛新覚羅って神輿を担ぎ出して、満洲を真の『国家』にしちまうのも、アリかもしんねえな。

おい千路。その話、嘘じゃねえな?」


「嘘じゃない! たとえ作戦部の奴らの言ったことが方便の嘘だとしても……僕が、その話を本当の理想郷に変えてみせる!!」


「よし! その話乗った!!!善は急げだ! 今から愛新覚羅溥儀に会いに行くぞ!!」


「え!?」





爆炎の柳条湖をあとにし、左之助を乗せ、千路がハンドルを握るフォード・モデルAが北平(北京)へ向かう。


ガタガタと揺れる車内で、左之助が腕を組みながら言う。

「愛新覚羅溥儀を満洲に連れて行く前に、まずは張学良や蒋介石と話をつけて、筋を通す。いいな?」

「もちろん! 関東軍が勝手に愛新覚羅溥儀様を満洲に連れて行ったとなっては大問題ですよ」

「ってかお前一人で話付けるのは問題ないのか?」

「僕はあくまで道筋をつけるだけです。愛新覚羅溥儀様を迎える者は、話がついた後、正式な使者を迎えに行かせます」

「なるほど。じゃあ頑張って説得するんだな。愛新覚羅溥儀も、張学良も、蒋介石も。どれも一筋縄ではいかないぜ」

「なんでですか? 五族協和・王道楽土なんて最高じゃないですか? だれか反対するんですか?」

「……そ、そうだよな・・・(まっすぐな瞳が眩しいこって)」


そうして二人の乗ったフォードは北平の順承王府に着く。

屋敷へ堂々と足を踏み入れた左之助は、出迎えた男に声をかける。

「よう張学良、戻ったぜ。蒋介石はいないのか」

「総司令(蒋介石)は前線で指揮を執るために南京です。

それにしても無事に帰られて安心しました大頭領」

「そのことなんだが、お前に紹介したい奴がいる」左之助は千路を張学良の前に出した。


千路は一歩前に出ると、背筋を伸ばし、軍人らしく敬礼した。

「お初にお目にかかります。私は関東軍司令官預かりの緋村千路。

単刀直入に申し上げます。

私ども関東軍は愛新覚羅溥儀様を満洲にお迎えし、五族協和・王道楽土を作る所存です。

どうか張学良閣下にもお力添えをお願いしたい」


「な…、これはどういうことですか大頭領!!?」

「まあ…、当然の反応だわな」

左之助はポリポリと頭を掻く。

しかし、千路はそんなピリついた場の空気を完全に無視し、もう一度深く頭を下げた。

「ご協力お願いします」


「そんなこと急に言われて、はいそうですかと言えるわけないでしょう!」

張学良が色をなして拒絶する。しかし、千路の瞳には一点の曇りもなかった。


「なぜですか? 満洲族が満洲に国を建てて、満洲人だけでなく、

日本人、中国人、モンゴル人、朝鮮人のための五族協和・王道楽土を作る。

反対する理由はないでしょう?」


「いや、満洲は・・」

――満洲は自分の国だと言いかけるも、張学良は言葉に詰まる。

満洲は誰の国か?という根本的な問題に、果たして本当に自分の国なのだろうかと自問自答した。



「満洲は誰の国でもねえよな?」左之助が張学良の様子を見て語りだす。

「俺が満洲に居ついて25年。馬賊狂和国なんて言ってるが、満洲が俺の国だと思ったことは一度もない。

ただ、満洲の治安を脅かすものはこの拳で黙らせてきた。

だが、俺の拳を法とするのも限界がある。

だから、俺やお前の父張作霖のような馬賊上がりじゃなくて、だれもが納得する王様を王座に据えて、

法整備や官僚機構の整ったちゃんとした国を創ってみる価値はあると思うんだ」


張学良は拳を強く握りしめ、目を瞑りかつての記憶を反芻した。

「…父、張作霖はライバルの杜立三を暗殺し、張作霖も関東軍に爆殺。

たしかに…力で満洲を支配しても、また別の力による支配の上塗りを繰り返すだけ・・・。

……わかりました。大頭領がそういう考えなら私も異存はありません」


「そうか! よく言った張学良!!」

「ありがとうございます!!」

左之助が嬉しそうに声を弾ませる。千路もすかさず、満面の笑みで礼を言った。


「じゃあ、蒋介石にも一応、承認貰っときたいんだが、電話か無線で取り次いでもらえるか?」

「…蒋介石の承認は、敢えて得る必要はないでしょう。

前にも言っていた通り、あの方の目指すところは中華統一。満洲は、中国ではありません!」


張学良の気迫ある意見に左之助は「…そうか」とだけ呟いた。


こうして北京での筋を通し終えた左之助は、千路を連れて順承王府をあとにした。

目指すは天津。日本、中国、満洲の思惑を乗せたフォード・モデルAは、次なる目的地へと力強く走り出す――。


北平(北京)を後にしたフォード・モデルAは、夜を徹して走り抜け、

一路、愛新覚羅溥儀が隠棲――という名の軟禁をされている天津へと向かった。




天津で二人を待ち構えていたのは、

愛新覚羅溥儀の邸宅「静園」を厳重に警戒していた蒋介石配下の軍であった。

「あ~れま、こんな警戒されているんなら、やっぱ蒋介石にも一言言っとくんだったな」

そんな左之助のぼやきを聞きもせず、静園を警備する国民党軍に向かい、

「御免ください! 愛新覚羅溥儀様に会いに来ました!」

正々堂々と名乗り出る千路であった。


国民党軍の銃口が一斉に千路を向く。

「あれ? 日本語が通じない? ザンザさん『御免ください』って中国語で――」

有無を言わず銃弾が激しい火花を散らして千路に飛び掛かる!

「え!? なんで??」


「馬賊野郎! 蒋介石が愛新覚羅溥儀をむざむざ引き渡すわけねえだろ!

順承王府での話嗅ぎつけて、俺たちを始末するように命令かけてるんだよ!」

「じゃあ、早く蒋介石さんに許可もらわないと!」

「だあ! もううるさい! ここまで来て引き返せるか!

張学良が言った通り、もう蒋介石は関係ねえ! 要は愛新覚羅溥儀に会えばいいだけだろうが!」


そういって、左之助は警備兵に飛び掛かる!

「愛新覚羅さあああああん! お邪魔しますよおおおおっっとおおおお」

豪快に警備兵を蹴散らし、堂々と正門から入る左之助であった。


「ザンザさん。すみません。できれば誰も殺さず溥儀様に会いたいのですが・・」

「心配すんな! 俺だって剣心とは長い付き合いだし、蒋介石とも知らない仲じゃない。

だれも殺してねえよ!」

「それは心強い!」

そう言って千路と左之助は逆刃刀と新斬馬刀を振り回し、

愛新覚羅溥儀のいる一室にたどり着く。

そこには一連の流れを遠巻きに見て呆然としていた愛新覚羅溥儀が立っていた。


「単刀直入に申し上げます。

私ども関東軍は愛新覚羅溥儀様を満洲にお迎えし、五族協和・王道楽土を作る所存です。

どうかご足労お願いいたします」

愛新覚羅溥儀の前でも、まっすぐな瞳で要請する千路であった。



部屋に沈黙が流れる。

そして、愛新覚羅溥儀は困惑したように丸眼鏡を指で押し上げ、重い口を開いた。

「わずか数日で満洲の南半分を手中に収めたと思ったら、

まさか私の前にも兵を差し向けるとは、関東軍には恐れ入るな…、

そして、何を言うかと思えば五族協和・王道楽土とは……

その言葉を私が素直に受け入れられると思うかね?」


「え……? どういうことですか、溥儀様」

千路が眉をひそめると、溥儀は手元にあったここ数日間の新聞を、千路と左之助の前に放り投げた。

「関東軍は『中国軍の暴挙に対する自衛行動』と称し、瞬く間に行動を開始した。

一昨日には朝鮮の日本軍も満洲に入り込み、奉天、長春、営口……。

現在、満洲の主要都市はすべて関東軍の手によって制圧されている。

張学良の東北軍は、蒋介石の『不抵抗命令』に従って撤退を余儀なくされたそうだ」


「な……んだと……!?」新聞の紙面を奪い合うようにして読んだ左之助の顔から、みるみる余裕が消えていく。

「俺たちがいない数日の間に、満洲全土を掠め取りやがった……!

馬賊狂和国も、張学良の東北軍も、留守の間に全部丸ごと関東軍の手に落ちたっていうのか!」


この間ニュースを全く聞いていなかった千路と左之助は、その事実を溥儀から知らされ驚愕する。

「そんな……! 石原参謀は、満洲人による独立を助け、五族協和の王道楽土を作ると言っていたのに…、

これじゃただの侵略戦争じゃないか!!」


激しい憤りと裏切られた絶望感が、千路の胸の奥で爆発する。

「僕は満洲に戻ります! 石原参謀に会って、直接ことの真相を問い質してくる!」


「待て、千路! 今のお前が一人で戻っても、軍法会議で消されるのがオチだ。

……だが、あの石原って狐のツラを拝みに行くってなら、俺も黙っちゃいねえ」

左之助が新斬馬刀を握り直そうとしたが、千路はそれを手で制した。

「いえ、ザンザさんはここに残って、溥儀様を護ってください。

蒋介石の軍は、僕たちの動きを完全に察知しています。

僕がいない間、もし溥儀様に何かあれば、五族協和の理想そのものが完全に潰えてしまう」

千路の悲痛なまでの真っ直ぐな瞳を見て、左之助はチッと舌を鳴らし、新斬馬刀を床に突いた。

「ちっ……。わかったよ、緋村のガキ。

その代わり、その狸参謀が舐めた問答したら、俺の分まで思いっきりブン殴ってこい!」

「はい! 行ってきます!」


千路は再びボロボロのフォード・モデルAに飛び乗り、

今度は天津から奉天の関東軍本部へ向けて、怒りを乗せてアクセルを踏み込んだ。



柳条湖事件からすでに2週間。奉天の街にはいたるところに日の丸が翻っていた。

その旗の下を通る現地の中国人の民衆は、怯えたようにうつむき、

日本の憲兵の銃口から逃げるように足早に去っていく。

その情景に怒りを滲ませ奉天の関東軍本部に殴り込んだ千路。


「石原参謀ーーーーッ!!!」

室内で書類を整理していた石原は、凄まじい声に振り返り、幽霊でも見たかのように目を見開いた。

「お前…生きていたのか! 柳条湖で姿を消したと聞いたが・・

私の愛車はどうした!?無事なのか??」


「車の話なんかどうでもいい!!」

猛然と石原莞爾の胸倉を掴み上げた。

「満洲全土の制圧とは一体どういうことです!?なぜ全面戦争に発展しているんですか!」

千路の圧倒的な殺気。下手な言い訳では殺されかねない。石原は冷徹に頭脳を回転させ静かに答える

「離せ、千路。誤解するな……これはすべて、溥儀様を新たな国(満洲)へ安全にお迎えするため、

そして民衆を脅かす不逞分子(既存の軍閥や暴徒)を一掃するための、やむを得ない処置なのだよ」


「方便は聞き飽きた! あなたたちが何を企んでいようが、

肝心の神輿である愛新覚羅溥儀様は、あなたたちのそんな汚いやり方を完全に軽蔑していましたよ!」


その言葉を聞いて流石の石原も驚愕する。

「……何だと? お前、溥儀に会ったというのか?

天津の静園は蒋介石の国民党軍が厳重に包囲していたはずだぞ!」


「ちゃんと玄関から入って、直接お会いして、五族協和の理想をお伝えしてきました!

だからこそ、あなたたちのこの独断専行の侵略行為が許せないんだ!」


千路の言葉を聞いて石原の脳内には更なる電撃が走った。

(……何という規格外の男だ。蒋介石の厳重な包囲網を…‥‥ちゃんと玄関から!!?)


関東軍にとって、満洲制圧の次の課題はいかにして溥儀を天津から連れ出し、新国家の執政に据えるかであった。

そのための調略工作に頭を悩ませていた矢先、目の前の歩兵上等兵が、

その文字通りの力業で最大の難関である「謁見」のパイプを勝手につなぎ、こじ開けてみせたのだ。

(これほどの好機、逃す手はない……!)



石原はフッと不敵な笑みを浮かべ、胸倉を掴む千路の手を優しく叩いた。

「……素晴らしい。千路、お前は本当に大した男だ」


「……何が素晴らしいんですか」


「誤解するな。満洲全土の制圧は、中国軍閥の反撃を封じ、安全な国を創るための『器』を用意したに過ぎん。

そして今、お前のおかげで、その器に注ぐべき真の王、溥儀様への道が開かれたのだ」

石原は作戦室の奥へ向かって声をかけた。

「土肥原大佐、よろしいですか」


一人の恰幅の良い、鋭い眼光を持った男が現れた。

関東軍の誇る最高峰の謀略家「奉天特務機関長」の土肥原賢二大佐である。


土肥原は千路に向かって恭しく一礼した。

「すべて聞いていたよ、石原君。緋村上等兵、君の圧倒的な行動力には敬服する。

私は関東軍の正式な全権使者として、溥儀様を満洲国へお迎えする交渉に赴く。

我々の言う『五族協和・王道楽土』をただの夢物語で終わらせないために、

私をもう一度、天津の溥儀様のもとへ案内してくれないか?」


「わかりました。『五族協和・王道楽土』の協定。

私の目の前で果たしてもらいます」

自らの理想を現実に変えるため、その提案を受け入れる千路であった。




天津・静園の一室には、張り詰めた緊張感が漂っていた。

部屋の中央には、依然として丸眼鏡の奥に猜疑心を滲ませる愛新覚羅溥儀。

その傍らには、新斬馬刀を床に突き立て、巨大な壁のように佇む相楽左之助。

そして、数日ぶりに天津へ戻った千路が連れてきたのは、

関東軍最高の知性であり、稀代の交渉人――土肥原賢二大佐であった。


「……また関東軍か。先日はそこの上等兵が暴力を以て押し入り、

今度は謀略の巨頭が直々に御足労か。私を無理矢理にでも神輿に担ぎ上げるつもりだな」

溥儀は冷徹な声を響かせ、土肥原を強く睨みつけた。

しかし、土肥原は取り合わず、恭しく帽子を脱いで深く一礼した。

その物腰はどこまでも紳士的であり、軍人というよりは洗練された外交官のそれであった。


「滅相もございません、溥儀陛下。私はただ、我々が用意した『真の国家の設計図』を、陛下にお見せしに参ったのです」

土肥原は懐から一通の厚い書類を取り出し、溥儀の前の机へと静かに置いた。

そこには、単なる軍事占領計画ではなく、緻密に組み上げられた「国家の骨組み」が記されていた。

「陛下、満洲は今、軍閥の私物化によって法も秩序も崩壊しております。

力を持つ者が民を搾取する泥濘の地に、ただ神輿として陛下をお迎えしても意味はございません。

我々が目指すのは、近代的な官僚機構を備えた、法治国家の樹立です」

溥儀が不審げに書類に目を落とす。土肥原の弁舌は、満洲国建国を見据えた冷徹かつ具体的な組織論へと踏み込んでいった。


「総理大臣に相当する『国務総理』を筆頭に、民政、外交、軍政、財政を司る各部、すなわち近代的な省庁を設置いたします。

さらに、その中枢を担う実務人材として、我が国から当代一の天才官僚たちを招聘する手筈となっております。

大蔵省から資金調達と税制のプロである星野直樹を、

商工省からは産業開発の若き異才・岸信介を呼び寄せ、国家の背骨を構築いたします」

その具体的な人名と構造に、溥儀の眉がピクリと跳ねた。


「さらに、陛下を支える満洲側の最高人材として、

かつて清朝の遺臣であり、陛下の恩師でもある鄭孝胥(ていこうしょ)先生や、

奉天地方維持委員会を立ち上げた袁金鎧(えんきんがい)氏、

吉林省政府総務庁長の謝介石(しゃかいせき)氏らを国務の要職へお迎えいたします。

日本、満洲、双方の最高頭脳が融合した『国務院』こそが、この国の原動力となるのです」


「……日本人が、満洲のためにそれほどの官僚組織を無償で提供すると言うのか?

結局は、我が故郷の土地と資源を掠め取るための機関ではないのか」

溥儀の鋭い指摘に、土肥原は一歩も引かなかった。


「いいえ。近代国家には『法』と『金』が必要です。

土地の所有権を明確にするための土地調査、悪質なインフレを撲滅するための『満洲中央銀行』の設立と通貨統一。

これらはすべて、軍閥の搾取に苦しんできた民の生活を安定させ、五族が対等に暮らすための不可避の基盤です。

この官僚機構という強固な仕組みがあって初めて、緋村上等兵の言う『五族協和・王道楽土』は、

ただの夢物語から『現実の国家』へと昇華するのです」

土肥原の圧倒的な説得力。それは、ただ感情に訴えかける千路の言葉とは異なり、

かつて大清帝国という国を失った溥儀の「統治者としての本能」を激しく揺さぶった。




腕を組んで黙って聞いていた左之助が、フッと鼻で笑った。

「へっ……大した青写真だ。おい、皇帝。

俺や張作霖がいくら拳を振り回しても、満洲のガキどもに腹一杯飯を食わせてやることは出来なかった。

こいつの言う『仕組み』ってやつが本物なら、乗ってみる価値はあるんじゃねえか?」

千路もまた、土肥原の隣でまっすぐな瞳を溥儀に向けた。


「溥儀様。関東軍の強引なやり方には僕も反対です。

ですが、この人が言う官僚たちの力が、本当に民を救うための仕組みになるのなら、

僕は全身全霊でその国と、溥儀様をお護りします。

どうか、僕たちにあなたの力を貸してください!」


元皇帝の丸眼鏡の奥で、決意の光が静かに灯ろうとしていた。


「あい、わかった。そなたらの言う新国家に賭けてみよう」


土肥原賢二の緻密な説得により、愛新覚羅溥儀が満洲行きを決断した刹那、

静園のガラス窓が一斉に砕け散った。

「溥儀を逃すな! 蒋総司令の命令だ、ここで仕留めろ!」

夜の闇から躍り出たのは、蒋介石直属の精鋭暗殺部隊『藍衣社(らんいしゃ)』の刺客たちであった。


手にした近代的な自動拳銃の銃口が、一斉に溥儀へと向けられる。

「溥儀様、僕の後ろへ!」

千路の身体が疾風と化した。飛天御剣流の超神速が、銃弾よりも早く部屋を駆け巡る。

ガガガガガアン!

抜刀術の風圧と逆刃刀の正確無比な一撃が、暗殺兵たちの手首を打ち、次々と銃器を叩き落としていく。


「こっちの露払いは俺に任せな!」

廊下から押し寄せる増援に対し、左之助が「新斬馬刀」を大上段に構えて躍り出た。

狭い回廊で、粉砕の二重の極みを乗せた鉄塊が水平に一閃する。

ズガガガガアアン!静園の頑丈な壁ごと刺客たちを吹き飛ばし、左之助は豪快に道を切り開いた。


「おい! 逃走経路はちゃんと準備してあるんだろうな!」

「もちろんだ。裏口に用意してある」


一行は土肥原が裏口に停めていた石原のフォード・モデルAに飛び乗った。





土肥原がエンジンを爆音で始動させ、溥儀を後部座席に伏せさせると、猛スピードで静園の門を飛び出した。

藍衣社の車が、銃撃を浴びせながらこの目立つ高級外車を猛追撃し、激しい弾雨がフォードの車体を削っていく。


「このままだと車で逃げるのか?」

「案ずるな、これこそが私の『囮(おとり)』の作戦だ。敵の目は完全にこの車に向いている!」

左之助の問いに土肥原が冷酷に笑いながら鋭くハンドルを切り、

フォードをガタガタと激しく弾ませながら、天津を流れる大河「白河(はくが)」の岸辺へと突っ込ませた。


キキィィィィッッ!!


車体が泥濘に深く突っ込み、激しい衝撃とともに停止する。


「千路、左之助、ここからは川伝いだ! 地元の中型ジャンク船を手配してある!」

土肥原の指示のもと、一行はフォードから飛び降りる。


千路は溥儀の体を支えて岸辺の中国式ジャンク船へと飛び乗り、

無残にも藍衣社の銃弾を浴び、泥濘に突っ込んだフォードを振り返った。


「……石原さんの愛車、あんなにしちゃって大丈夫ですか?」

「問題ない!これからは物量と航空機の時代だとあいつ自身が論文で言っていた。

車は使いつぶす消耗品だ。あいつも本望のはずさ!

さあ、追手を川で巻くぞ! 帆を上げろ!!」



船が白河の水流に乗って滑り出す。

しかし、諦めの悪い藍衣社は岸壁からサーチライトを浴びせ、河線に沿って猛追してくる。


「しつこい奴らだ! 千路、ちょっと揺れるぞ!」

左之助が船尾に立ち、新斬馬刀を白河の水面へと叩きつけた。

「二重の極み」の凄まじい衝撃波が水底を揺らし、白河の濁流がまるで巨大な壁のように一斉に跳ね上がる!


ドパアアアアアンッッ!!!


夜の白河に巻き起こった巨大な荒波は、岸壁の追手たちに迫り、濁流の底へと押し流していった。

「はっはっは! ざまあみやがれ、石原の車もろとも川の藻屑になりやがれ!」

左之助の豪快な一撃によって、藍衣社は白河の川底へ石原の車と共に消えていった。


そうして、ジャンク船で白河を静かに下ること数時間。

一行は夜霧に煙る天津の大沽(タークー)港の沖合へと辿り着いた。

そこには、白煙を上げながら今まさに極秘裏に待機している一隻の汽船が佇んでいた。

日本郵船の貨客船――「淡路丸(あわじまる)」である。


「陛下、あの船です。もう安全です」

千路の誘導で、溥儀はジャンク船から淡路丸のタラップへと無事に乗り移った。

夜の渤海(ぼっかい)へと静かに滑り出した淡路丸の甲板。激しい戦闘と脱出劇の余韻のなか、

元皇帝・愛新覚羅溥儀は、遠ざかっていく天津の夜景を見つめながら、丸眼鏡を指で押し上げた。

「……私は本当に、祖先の眠る満洲へ帰れるのだな」

「この船が、新しい王道楽土への第一歩です。皆が平等に笑って暮らせる世界を作ってください」

千路の希望と土肥原の欺瞞を乗せた淡路丸は、激動の運命が待つ満洲の営口港へ向けて、夜の海を力強く進んでいくのだった――。





溥儀を天津から満洲に連れてくることに成功した千路達だったが‥‥


溥儀「実は妻がまだ静園に残っているんだが・・」


千路「え!?奥さんがいたんですか!?なんでもっと早く言わないんですか!!迎えに行かないと!!」


土肥原「俺はもういかんぞ。お前一人で行ってこい」


千路「わかりました。じゃあ土肥原さんの車借りますね!」


土肥原「待て!!車は他のを用意する!!」


そして一台の車が千路達の前に現れる。


川島芳子「で、私がこの坊やと天津までドライブすればいいのね?」


千路「この方は?」


土肥原「我が特務機関のエースだ。川島君頼んだぞ(婉容を無事連れ出してくれ)」


川島芳子「(頼んだぞ? この見るからにチェリー坊やを落とせと言うことかい。造作もないことだ)」


東洋のマタ・ハリとしてその美貌で世界の男を魅了する男装の麗人・川島芳子(ピチピチの24歳)


千路(男装の麗人?きれいな『男の人』という意味だな)


こうして噛み合わない千路と芳子のドライブデートが始まる。

一方、左之助と溥儀と土肥原は、国宝級の麻雀牌「五彩螺鈿牌」で石原を丸裸にするのであった。





1日目。


満洲から天津へ向かい車を飛ばす千路と芳子。


芳子が隣で色仕掛けをするも、芳子を男だと思っている千路は何も感じない。


そして何事もなく、予定してた宿泊先に着いた。


その夜、泊まった宿にはベッドは一つしかない。


千路「僕は床で寝ますね」


芳子「あら?一緒に寝ましょうよ」


千路「え?いいんですか?ありがとうございます」


芳子「あら?もっと恥じらうかと思ったのに、やっぱり私の魅力には勝てなかったようね」


千路は芳子を親切な男の人だと思い、遠慮なくベッドに入ると秒で寝た。


芳子「なんでこの子は私の隣で平気で寝れるの!!?」




2日目の夜。


ベッドは2つ。


千路は普通に自分のベッドに横たわり、秒で寝た。


芳子「このガキ‥‥」





3日目。


芳子「ところであんた。日本や満洲に彼女いるの?」


千路「彼女ですか?」


そして千路の口から驚きの過去が明かされる。

とにかく千路は幼少期からモテまくっていた。

そして優しい性格から分け隔てなく言い寄ってくる女性全てを受け入れていた。

町一のブスだろうが、町一のデブだろうが美醜関係なく千路は受け入れていた。


そして千路の質の悪いのは、言い寄ってくる女性にはどんな相手だろうと誠心誠意全力で相手をするが、

千路自身からは決して女性に手を出さないという、究極の紳士であった。


ともかく千路は芳子の予想に反し、バリバリの経験者なのである。


芳子「こっ攻略のし甲斐がない‥‥」






そんなこんなで4日目。天津の静園。


「とりあえず私が葬儀屋に変装して婉容を棺桶に入れて……」

という芳子の作戦を無視し、例のごとく堂々と正門から「打扰一下(お邪魔します)」という千路。

川島芳子「ちょっと千路!あんたどこまで天然なの!!? 

いや、これは千路が囮となって私に裏から婉容を救い出せってことね!

…そうだよね??(じゃないとやってらんないよ!!)」


案の定、藍衣社から銃弾を浴びる千路。

「おかしいな…ちゃんと中国語で挨拶したのに… 発音か?発音が悪かったのか!?」

逆刃刀で銃弾を跳ね除けながら自問自答する千路。


藍衣社の目が千路に集中している中、川島芳子が婉容を無事外に連れ出すことに成功するのであった。




婉容を乗せ、天津から満洲へと突き進む千路と芳子。


その車内は、地獄のガールズトークの場となる。

婉容が溥儀への不満を延々とぶちまけている。

「聞いてよ芳子! 溥儀ったら側室から離婚訴訟されるわ、私を置いて勝手に満洲へ行くわ、どうなってるのよ!!」

芳子「ほんと最低よね!男ってなんであんなどうしようもない生き物なのかしら! 」


婉容と芳子が絆を深める。


芳子「っていうかさ、この運転席の男も同罪よ! 四日も私と一緒の空間にいるのに、

私の魅力に気付かず、いつも秒で寝るのよ!」


婉容「ちょっと千路ちゃん、それは酷すぎるわよ!! 女性を四日も放置するなんて男の風上にも置けないわ!」


千路「え?? だって川島殿は男では……」


芳子「はあ!? あんた私のこと男だと思ってたの!!?」


婉容「これだから男は! 察する能力が絶望的に欠如しているのよ!」


千路「そもそも川島殿は婉容様を救出する任務の‥‥」


千路が必死に弁明するも後の祭りだった。結託した二人に容赦なく駄目出しされる。


その歯に衣着せぬ鬼のガールズトークは検問所でもお構いなく続く。


婉容と芳子は検問官にまで絡みだし男の文句を延々と垂れていた。


検問官「ああもう!勘弁してくれ!!頼むからさっさと行ってくれ!!!」


こうして検問所を無事通過する千路一行であった。





その夜。


婉容「千路ちゃんって実は凄いんですって?? ねえねえ私にもやってよ~♡」


千路「婉容様。申し訳ありません。人妻に手を出すにはまいりません」


婉容「そんなまっすぐな瞳で断られたらもうなにも言えないじゃない!」


泥沼の展開に決して発展させない千路なのであった。


芳子「じゃあ独身の私とはがっつりよね?」


千路「婉容様がおられます。自重してください」


余計な火種(女の嫉妬)も完全にガードする百戦錬磨の千路であった。





翌日、全てを早く終わらせたい千路は秒で満洲に到着した。


11月28日、旅順のホテルで再会する婉容と溥儀。


婉容「せっかくだから私と溥儀、千路ちゃんと芳子ちゃんでダブルデートしようよ♡」


千路・溥儀「!!!!!!!!」


婉容「わたし満洲初めてだから、千路ちゃん、芳子ちゃんいいデートスポット教えてよ♡」


川島芳子「ぜひぜひ~♡」


土肥原「馬鹿な事を言うんじゃない!そんなことできるわけなかろう!!!」


((そうだそうだ!!))千路と溥儀が声には出さないが土肥原を応援する。


嘉代「では、あなたも付き添ってトリプルデートにすればよろしいのでは?」


その声の主は夫の様子を見に来ていた土肥原の妻嘉代だった。


最強の女子連合に男どもはもう何もできず従うしかなかった。




土肥原「ここなら安全で、近代国家の息吹が感じられる」


トリプルデート責任者土肥原が血迷って選んだのは『満洲中央銀行の建設予定地(ただ更地)』

更地を前に満洲における経済政策をここぞとばかりに熱弁する土肥原だったが、


婉容「……ここでなにをしろと?」

芳子「特務機関長のくせにデートのプロデュース能力はゼロ以下ね」

嘉代「あなた……後でじっくり話し合いましょうね(ニッコリ)」


土肥原「なっ…ならば、次の場所へご案内いたします!!次の場所は気に入っていただけるはずです!!」


次に土肥原が案内したのは『満州鉄道車両基地』


土肥原「あれこそが最新式パシナ形蒸気機関車!時速130キロ!!展望車に食堂車!全車冷暖房完備『アジア号』だ!!!」


溥儀「おお!なんと美しいフォルム!」

千路「警笛を鳴らしてもいいですか!?」


運転席でキャッキャする男3人の背中を、女性陣は冷たい目で見つめるのであった。


土肥原「川島君… 次の場所は君に任せた……」



芳子がトリプルデートの場所に選んだのは満洲一の高級キャバレーだった。

芳子が特務機関の経費で高級なボトルを次々と開けていく。

血の涙を流す土肥原を他所に溥儀・婉容・嘉代そして芳子は上機嫌で乾杯を繰り返す。


しかし、芳子が用意したホステスに鼻の下を伸ばす溥儀と土肥原に、

婉容と嘉代の青筋はキャバレーのネオンより青く光るのであった。


土肥原「川島君に任せた私が愚かだった… 千路君。頼む!頼むからこの空気を変える場所へ連れて行ってくれ!!」



千路がトリプルデートの場所に選んだのは、都会の喧騒を離れた荒野のど真ん中だった。

しかし、その広大な荒野を真っ赤に染める夕日が地平線に沈むさまは絵にも描けない美しさだった。

太陽が姿を消した刹那、空には妖艶な紫のヴェールが広がり、昼と夜が美しく交錯するマジックアワー。

その神秘的な紫の余韻も、瞬く間に夜の深淵へと吸い込まれ満洲の夜空を満天の星空が埋め尽くす。


大自然の営みに、6人はただただ息を呑み、その圧倒的な美しさは女性陣の心を温かな至福の煌めきで満たしていった


その後、千路が予約していた温泉宿「対翠閣(たいすいかく)」で心身ともに温め直す。、

湯上りのカニ鍋や温泉卓球でキャッキャとトリプルデートを満喫する6人であった。



そして床に就く時間。千路が予約していた部屋は3室だった。


芳子「てっきり私とあんたは別々の部屋だと思っていたよ」


千路「今までずっと同じ部屋だったじゃないですか」


この1週間の任務をずっと芳子と同室の宿をとっていた千路は、この日もいつものように芳子と同室をとっていた。

それが千路の最大の過ちだった。積年の芳子のうっぷんが千路を襲う。



翌朝、肌艶麗しく満足顔で宿を後にする女三人。その後ろで最高難易度の任務を全うした男三人は、石原の知らない所で強固な絆を結んでいたのであった。





昭和六年(1931年)12月。

天津・静園からの壮絶な脱出劇を全うした千路は、

土肥原と左之助、そして溥儀と共に石原の待つ旅順の関東軍司令部へ赴いた。

彼らを待ち受けていたのは、石原莞爾の冷酷な政治の裏切りであった。

作戦室の重厚な机の上に、石原莞爾は平然と一枚の書面を突きつける。


「溥儀陛下には、新たなる国家の『皇帝』ではなく、元首に準ずる『執政(しっせい)』の地位に就いていただきます」

「……な、何だと!?」

溥儀の顔から一瞬にして血の気が引き、丸眼鏡の奥の目が屈辱に染まった。

「大清帝国の復活」を信じて天津の泥濘を越えてきた元皇帝にとって、

大統領とも総理大臣ともつかぬ暫定的なポストなど、到底受け入れられるものではなかった。


「話が違うじゃないか、石原参謀!」千路が猛然と一歩踏み出し、怒声を上げた。

「溥儀様を満洲にお迎えして、五族協和の王道楽土を創るんじゃなかったんですか!

なぜ皇帝ではなく執政なんですか!まさか溥儀様を関東軍の傀儡にするつもりじゃないでしょうね!」

千路が溥儀の気持ちを代弁するかのように石原に詰め寄る。


石原は眉一つ動かさず、冷徹な眼鏡の奥から二人を見下ろした。

「千路、お前は本当に政治というものが分かっていないな。

……陛下、そして千路、よく窓の外を見なさい。新国家の『旗』を」


石原が指差した作戦室の巨大な窓の外。

そこには、数週間前に奉天の街を埋め尽くしていた日本軍の「日の丸」の姿はなかった。

代わりに旅順の青空を埋め尽くしていたのは、鮮やかな黄色を基調とし、左上に赤、青、白、黒を配置した、

見たこともない真新しい旗――満洲国の国旗「五色旗(ごしきき)」であった。


「あの黄色は満洲、赤は大和、青は漢、白は蒙古、黒は朝鮮……

お前が信じた、五つの民族が平等に手を携える『五族協和』の理想そのものを表した旗だ


最初から陛下が『皇帝』を宣言してしまえば、清国の復活を意味する。

しかし現在、満洲に住む圧倒的多数は中国人(漢民族)だ。

もし陛下が最初から『清国復活』をぶち上げれば、彼らは猛反発する。

そんな事態になれば、満洲の利権を狙う欧米列強も巻き込み、満洲全土は瞬く間に火の海と化すだろう。

『五族協和の王道楽土』をこの満洲に創るための『執政』なのだよ」


「五族協和の王道楽土…」

千路は食い入るように街にはためく五色旗を見つめていた。




「なるほど、関東軍の言う五族協和というのは完全な嘘ってわけではねえのか。

でもあの旗、俺たちを欺くための目くらましじゃないよな?」


左之助の鋭い視線を受けるも、石原は、壁に掛けられた巨大な世界地図を指差し雄弁に語る。

「世界に『五族協和の満洲国』を認めさせるためには、さらに一歩進んだ狡猾な言い訳が必要なのだ。

古い王朝の復活ではなく、『全く新しい近代的な民主国家が、現地の民衆の意思によって自発的に誕生した』

というストーリー(お芝居)を国際社会に見せねばならん。

だからこそ、大統領に近い響きを持つ『執政』という近代的な役職を名乗っていただく必要があるのだ」


石原の雄弁は尚も続く。

「さらに言えば、蒋介石の国民党軍だ。

彼らにとって清朝の復活はプライドにかけて絶対に許せん大事件だ。最初から皇帝即位をぶち上げれば、

蒋介石も不抵抗方針を破って全面戦争に突入せざるを得なくなる。


我々は国際連盟の調査団が来る前に、ひとまず『共和制に近い独立国が勝手にできただけ』という既成事実を作り、大衝突を先延ばしにせねばならん。

……陛下、これは新しい国を創るため、やむを得ない防壁……過渡期の『処置』なのです。

どうか、ここは一度『執政』として国を率い、時を待っていただきたい」


石原の理路整然とした、しかしどこまでも欺瞞に満ちた建国シナリオ。

更に石原は止めの一撃を溥儀に突きつける。


「執政を拒むのであれば、今すぐ天津へ戻られるがいい。

蒋介石の暗殺部隊『藍衣社』が、喜んで陛下の首を掲げるでしょうがね」


「くっ……!!」溥儀は唇を血が出るほど噛み締め、愕然として膝を落とした。

「もはや私に拒否権などないな。

……分かった。不本意ではあるが、まずは『執政』の座に就こう。

だが、関東軍よ。私は大清帝国の誇りを捨てたわけではないぞ」


「賢明なご判断です、陛下」石原は慇懃に一礼した。

その背後で、土肥原賢二が静かに書類を調え始める。

千路は石原の話を理解しつつも、胸の奥が締め付けられる思いで立ち尽くすしかなかった。



その冷徹な政治劇をブチ破ったのは、左之助の地響きのような声だった。

「国際社会が求める『自発性』とやらが、それほど大事だって言うんならよ……

だったら、満洲の民全員に直接聞いてみりゃあいいじゃねえか。

この愛新覚羅の坊主をこの国の本当の『王』にしたいかどうか、国民投票ってやつをよ!」


「……何だと?」石原が初めて困惑の表情を浮かべた。

左之助はニヤリと不敵に笑った。

「『近代国家』だろ? だったら形だけの大統領ごっこじゃなく、

民のガチの投票で溥儀を皇帝に選ばせる。それなら文句はねえはずだ。

選挙の手筈を整えるまでに一年。投票から即位の準備までにさらに一年。

その二年の間に、俺たちがこの国を本物の『王道楽土』に変えてやらあ!」


千路もまた、青い瞳を輝かせて拳を握りしめた。

「石原参謀、僕もザンザさんの案に賛成です!

関東軍の大嘘じゃなく、民衆が心から望む国にする。


そのための二年なら、僕は喜んで泥を這います!」


石原は、二人のあまりにも規格外な「逆提案」に呆然としながらも、天才的な頭脳で計算を弾いた。

民が自発的に皇帝を選んだという実績は、国際社会(国際連盟)に対するこれ以上ない最強の「自発性のアピール」になる。

「……フッ、面白い。そこまで言うならやってみせろ、緋村上等兵。ただし、軍は一切手を貸さんぞ」

こうして、満洲国の運命を決める「二カ年計画」が幕を開けた。


「溥儀様。貴方が創る国は、強い者が弱い者を虐げる国であってはなりません。誰もが笑える国であってください!」

千路の真っ直ぐな瞳に、溥儀は深く頷くのであった。



「……ところで千路。俺の愛車はどうした?」

ふと愛車を気にする石原に千路がいい放つ。


「あなたの言う、やむを得ない防壁。過渡期の『処置』を致しました。

本望ですね?土肥原大佐も言っておられましたよ」


「な!? それはどういう??」土肥原の顔を見る石原。


「早速こちらの陣営へ離間の計ですか、緋村上等兵。

心配しなくても選挙の邪魔は致しませんよ。むしろ楽しみにしているぐらいです」

愕然とした表情の石原を無視し、涼しい顔で答える土肥原であった。


トリプルデートの絆に感謝する千路と溥儀であった。




ジリリリリリン!

北平・順承王府の静まり返った執務室に、けたたましいベルの音が響き渡った。

張学良が怪訝そうに受話器を取る。満洲事変の勃発で奉天との回線は混乱しているはずだった。

電話の主は奉天の電話局に乗り込み、堂々と電話をかける左之助であった。


左之助の連絡を受けた張学良は驚愕する。

「満洲国で……元首を決める『国民投票』を行うんですか……!?

石原の屁理屈を逆手に取ったんですね…。

相楽の旦那、あの緋色の上等兵と……、

銃弾が飛び交う満洲の地を、今度は紙切れ(投票用紙)でひっくり返すつもりですか!」


電話越しの張学良の唇は、かつてないほど不敵に、熱く吊り上がった。

「面白い……! わかりました大頭領!

我が東北軍の退役兵、そしてその家族たちへ極秘の電令を飛ばし、

東北軍のネットワークを駆使して全面的に支援し、愛新覚羅溥儀に一票を投じさせます!」


こうして、張学良の隠密の全面協力を得た千路と左之助の「二カ年計画」が幕を開けた。



選挙の手筈を整える最初の一年、

二人の前に最大の障害となって立ちはだかったのは、

張作霖の死後、息子の張学良と袂を分かって独自の軍隊を組織していた満洲の「四大巨頭」たちであった。


昭和七年(1932年)2月17日、

馬賊狂和国・大統領相楽左之助の呼びかけで四大巨頭が奉天のヤマトホテルに終結した。

一人目は、吉林省の軍を掌握し、清朝の皇族の血を引くがゆえに独自の満洲国家再興を企む熙洽(ききょう)。

二人目は、関東軍の武力に日和って己の利権を守ろうとする世渡り上手、張景恵(ちょうけいえい)。

三人目は、旧奉天省長として現地の官僚組織と行政の実務を牛耳る、不屈の実務派、臧式毅(ぞうしきき)

そして四人目は、黒竜江省で日本軍と抗争しているに最強の武闘派、馬占山(ばせんざん)。


彼らは「大統領ごとき暫定の『執政』など認めん」「関東軍の犬になるつもりはない」

「若造の張学良に満洲を指図されるいわれはない」「ろくな法整備もなしに民が動くか」と、

それぞれ独自の野心を抱いてバラバラに暴走しかけていた。

この巨頭たちを一本にまとめ上げなければ、国民投票などという近代的な選挙は、投票箱が置かれる前に軍閥同士の血みどろの内戦で瓦解する。


「糞ガキどもが!!ガタガタ抜かしてんじゃねえぞ、コラァああああああ!!」

奉天の秘密会談場。新斬馬刀を床に激しく突き立て、伝説の馬賊狂和国大頭領・相楽左之助の怒号が響き渡った。

並みいる四大巨頭が左之助の放つ眼光と威圧される。

目の前の老人が張作霖や杜立三など錚々たる馬賊を傘下にしてた伝説の漢であることを思い出し、冷や汗を流した。


「相楽の大頭領……、満洲をこれからどうするつもりで…?」

四大巨頭が恐る恐る左之助にお伺いを立てる


「もちろん『満州国』建国だろうよ!」

左之助がニカっと笑う。

千路もまっすぐな青い瞳で、三大巨頭に弁を放つ。

「軍の銃剣による押し付けではなく、満洲に住むすべての民が、自らの意志で溥儀様を皇帝に選んだとなれば、

それは日本政府(本土)も国際連盟も、誰も手出しができない『真の独立国家』の誕生を意味します。

満洲国の民のために、国民投票へのご協力をお願いします!」

力による支配の上塗りを繰り返してきた満洲の歴史を終わらせるため、

銃ではなく「投票箱」という近代の武器を示す千路の熱い視線。


左之助はフッと笑い、

「お前たちの満洲への愛着が本物なら、俺たちの『国民投票』に乗りやがれ!」

千路の命懸けの誠意、そして左之助の圧倒的な器に漢を見た満洲の四巨頭は、ついに己の野心を捨てて腹を括った。

日本軍の謀略を逆手に取り、満洲の軍閥と馬賊のネットワークが、歴史上初めて「一つの民意」へと結集した瞬間であった。



時計の針が深夜零時を回る。日付は昭和七年(1932年)2月18日へと変わった。

四大巨頭は「東北最高行政委員会」の設立を宣言。満洲国の建国を全世界に向けて一斉に通電した。

張学良、そして四大巨頭という満洲の全勢力から選挙応援の確約を得た溥儀。

彼は関東軍の条件を飲み、暫定の「執政」を受け入れる決断を下す。

2月25日、溥儀の執政就任が公式に発表された。

そして3月9日。新京と名を改めた長春の地で、溥儀はついに執政の座に就いたのである。


溥儀は執政の座に就いてから一年が経った昭和八年(1933年)。

満洲全土で、歴史上例を見ない「国家元首を決定する国民投票」が厳粛に実施された。

熙洽、張景恵、臧式毅、馬占山の四大巨頭と、張学良が満洲の民衆を完全に掌握し、

土肥原の特務機関と川島の安国軍が投票所を厳重に警備・誘導したことで、

一糸乱れぬ完璧な近代選挙を成し遂げてみせたのだ。


開票の結果は、

「愛新覚羅溥儀の皇帝就任賛成:九割二分」という、

文字通りの圧倒的多数の絶対的民意であった。

この結果には、さしもの石原莞爾も驚愕し、愛新覚羅溥儀の皇帝即位を認めざるを得なくなった。


関東軍は、この完璧すぎる「自発的な絶対的民意」を大義名分として受け、帝政移行への手続きを開始した。

そこからさらに一年、土肥原が名を上げた日満の官僚が、着実に国家の骨組みを構築し、ついに溥儀の即位式を迎える。





昭和九年(1934年)三月一日。新京(長春)。


満洲国の澄み渡る青空のもと、

新京の郊外に設けられた特設の祭壇「順天広場」にて、

愛新覚羅溥儀の皇帝即位式(大典)が厳粛に執り行われようとしていた。

宮殿のポールの頂点には、赤・青・白・黒・黄色の五色旗が風にたなびいている。

――満洲帝国皇帝、愛新覚羅溥儀。

豪奢な礼服に身を包んだ溥儀は、玉座から群衆の歓声を見下ろしながら、丸眼鏡の奥の目を潤ませていた。

その眼下では新国家を祝う真新しい国歌が、民衆の大歓声と共に街中に鳴り響いていた。

歌を作ったのは、千路たちと共に腹を括った清朝の遺臣・鄭孝胥である。


「国内の人民は種族を異にしているが、これからは互いに推心置腹(腹を割って誠意を尽くし)、

利害を共にしていかなければならない」

演壇に登った溥儀が、全土に向けて宣言を発する。


宮殿の遥か後方、祝杯をあげる群衆の喧騒から離れた丘の上。

「やりきりましたね、ザンザさん。……ほら、みんな笑っています」

腰の逆刃刀に手を当て、緋色の髪を五色の風に揺らしながら、千路が優しく微笑んだ。

「おう、欺瞞を本物の国にひっくり返してやったぜ」

左之助は新斬馬刀を肩に担ぎ直し、背中の「悪」の一文字を誇らしげに揺らしながら、ガハハと豪快に笑った。

「反対票を投じたのは私と千路な仲を僻んだ関東軍の男どもだろうね」

芳子が苦笑いを浮かべる千路を後ろから怪しく抱きしめる。


新たに皇帝を迎えた満洲国が、五族協和の王道楽土を目指し、新たな夜明けを迎えるのであった。




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