偉い人映像化して・るろうに剣心4 明治・大正編
明治三十九年、春。
日露戦争の戦役が終わって帰国した剣路は、奥義習得の際に師匠の肋骨を折った詫びとして、
ステッセル中将から贈られたウォッカを持って京都の奥山にやってきていた。
そして弥彦から受け継いだ逆刃刀を腰に差し、堂々と師匠の前で十五代目の名乗りを上げる。
過激な日露戦争と水師営の会談で本物の武士道を目の当たりにし、
かつての濁りが一切消え、透き通った光を放っている剣路の目を見て「フッそうか」と笑う師匠。
京都の山奥にある庵の濡れ縁で、十三代目比古清十郎は、異国の酒『ウォッカ』の最後の一滴を喉へと流し込み、酷く名残惜しそうに徳利を逆さに振った。
「おい、十五代目。この酒のキレ味、飛天の神速にも劣らぬ極上の一品であったぞ。
だが、もう空だ。これ以上の名酒を持ってくるのが、俺の骨を折った本当の詫びとは思わんか?」
気が向いたらまた会いに来いという意味で放った師匠の軽い一言であったが、剣路はその言葉をそのまま飲み込んでしまう。
「いいでしょう。師匠のへし折れた骨が完全にくっつくまでに、世界最高の一本をこの手で掴み取って見せますよ」
こうして、最強を証明するためでもなく、人を守るためでもなく、史に刻まれる大戦に向かうでもなく、
「師匠を唸らせる最高のウォッカを探す」という、剣路の些か風変わりな物語の幕が上がった。
彼は再び日露戦争の舞台、満洲へと渡り、かつて東征軍や日露の兵たちが往来した大連、そしてロシアの文化が色濃く残る極東の要衝・ハルビンへと、その足を進めていった。
ハルビンの街は、異国の石造りの建物が立ち並び、露西亜人たちの歌声と馬車の音が響き渡る、新世紀の雑踏そのものであった。
剣路は軍嚢を肩に、酒場や交易商を巡り、数々のウォッカを試飲して回った。
しかし、どれも旅順の山頂で飲んだあの「誇りと魂の味」には遠く及ばない。
「どれもこれも、ただ強いだけの泥水だ。これでは師匠のへそを曲げるだけだな……」剣路が雪の残る石畳の路地裏で溜息を吐いた。
ハルビンの郊外をとぼとぼ歩く剣路の耳に、突如として激しい馬蹄の音と、下品な罵声が響き渡った。
雪解け泥を撥ね上げて迫るのは、毛皮の帽子を深く被り、背に長銃を背負った男たち――大陸の混沌に巣食う無法者『馬賊』であった。
彼らが取り囲んでいるのは、一台の荷馬車。御者台で手綱を握るロシア人女性が、烈火のごとき双眸で男たちを睨み据えていた。
「どきなさい、クソヤローども!」ロシア語の怒声と共に、彼女は懐から小型の拳銃を抜こうとする。
だが、数で勝る馬賊のひとりがその手首を掴み、乱暴に引きずり下ろした。
「おいおい、綺麗なハラショ(お嬢さん)だ。荷物もあんたも、まとめて俺たちのモンだ!」下卑た笑い声が路地裏に響く。
――その刹那。ガツ、と硬質な音が響き、女の手を掴んでいた馬賊の巨体が、真横へと吹き飛んだ。
「満洲の馬賊がどれほど猛悪かと思えば、女ひとりに寄ってたかって、見苦しいな」剣路が吐き捨てる。
「なんだこのくそ東洋人は! 殺せ!」色めき立つ馬賊たちが一斉に青竜刀を抜く。だが、彼らが得物を振り下ろすより早く、剣路の身体が「消えた」。
飛天御剣流の神速。目にも留まらぬ踏み込みから放たれた逆刃刀の鞘が、先頭の男の顎を正確に跳ね上げる。
さらに身を翻し、抜刀の勢いのまま残る二人の正中線を峰打ちで叩き割った。凄まじい衝撃波。馬賊たちは悲鳴を上げる暇すらなく、泥水の中へと転がった。
「ふぅ……。大丈夫ですか、怪我は」剣路が刀を納め、女に手を差し伸べる。しかし、白金の髪を振り乱した彼女――エレナは、その手を激しく撥ねのけた。
「余計なこと、しないで!!」流暢だが、怒りに震える日本語だった。
「お前が派手に暴れるから、残りの仲間が荷馬車を奪って逃げたじゃないか! 私の大事な商品が!」
「え? いや、俺は助けようと……」
「うるさい! 追うよ!」エレナはスカートの泥を払うと、懐から引き抜いたピストルを握り締め、馬車が消えた路地の奥へと猛然と走り出した。
「おい、ちょっと待て!」呆気にとられながらも、剣路はその背中を放っておけず、逆刃刀を鞘に納めながら後を追った。
ハルビン郊外の荒野へと続く道中、二人は身を隠しながら馬賊の足跡を追っていた。
道すがら、剣路はエレナが日中露を股にかける命知らずの密貿易商であることを知る。
「……なるほど。街の酒場にろくなウォッカがないのは、帝国の専売化のせいか」歩きながら、剣路はエレナにロシアのウォッカ事情を聞いていた。
ロシアでは一九〇四年の法改正により、国家がウォッカの製造・流通を完全に管理するようになっていたのだ。
「今の街中にあるのは、政府が薄めたただのアルコール水。ステッセルみたいな一握りの上官か、宮廷の貴族しか、本物の極上品は持っていない」
「道理で、どれも泥水みたいに苦いわけだ……」溜息を吐く剣路に、エレナがふと不敵な笑みを向けた。
「でも、あの馬賊たちのアジト……元はロシア軍の補給基地だった場所に、戦争のドサクサで掠め取った『極上の本物』が眠っているかもしれないよ」
「ほう?それはありがたい」剣路は腰の逆刃刀の柄に手を当て、不敵に笑い返した。
ハルビン郊外にある元ロシア軍の補給基地。
そこは現在、ロシア軍の大佐から馬賊へと身を落とし、ハルビンを牛耳るマドリードフのアジトとなっていた。
そっと近づき窓越しから中を伺う。
「…さすがマドリードフの一団。数が多い。ここは夜まで待って……」そうエレナが作戦を告げようとした瞬間、すでに剣路の姿はそこになかった。
――ズガアアン!!倉庫の重い扉が、爆発したかのように吹き飛ぶ。
「おい、宴会の途中すまないが、少しばかり、その酒蔵を検分させてもらうぞ」
「敵襲だ!」総勢五十人を超える馬賊が一斉に立ち上がり、銃と刀を構える。
だが、彼らの前に立ちはだかるのは、最強の十五代目。
「飛天御剣流――『九頭龍閃』!」一瞬にして放たれる、神速の九撃。突進した馬賊の先陣が、文字通り消し飛ぶように壁へと叩きつけられた。
銃弾が空間を裂くが、剣路の残像を捉えることすらできない。縦横無尽に駆け抜ける一陣の風。逆刃刀が閃くたび、無法者たちが次々と意識を失い、床へ転がっていく。
エレナが裏口から潜入した時には、すでに勝負は決していた。
「……あのマドリードフを一瞬で……」唖然とするエレナをよそに、剣路は倉庫に並ぶ酒棚へと向かう。
そこにはマドリードフが軍のコネで手に入れていた、あらゆるウォッカが立ち並んでいた。
その中にひと際厳重に保管されている木箱があった。ハバキで錠前を叩き切り、蓋を開けると、厳重な梱包の中に美しく透き通ったボトルが鎮座していた。
ラベルには、ロマノフ王朝の象徴たる『双頭の鷲』の紋章、そしてキリル文字でその名が刻まれている。
『スミルノフ』
かつてロシア皇帝御用達としてその名を轟かせた、伝説の、そして本物のウォッカ。
国家専売化前のヴィンテージボトルであった。
剣路はボトルを開け、ひとくち味見をする。
「……これだ!! これなら、あの偏屈な師匠も、一本取られたと笑うに違いない」
満洲の凍てつく風の中、十五代目比古清十郎は、確かに「世界最高の一本」をその手に掴み取ったのだった。
馬賊のアジトから奪い返したエレナの貿易品。ついで馬賊達が集めていた残りの盗品を荷馬車に載せて、エレナの商談先である大連に向かう。
しかし、道中は困難を極めた。ハルビンまでは列車を使った剣路だったが、街道を通ると馬賊たちがエレナの荷馬車を狙って何度も何度も襲いかかってくる。
そのたびに剣路がことごとく撃退していくが、その頻度は異常だった。
「お前、今までよく無事だったな・・」度重なる襲撃を受け、剣路が驚嘆してエレナに言う。
「お前ら日本がロシアに勝つからだ。去年まではこれほど頻繁に襲撃されるような状態じゃなかった」皮肉交じりにエレナが返す。
「なるほど。日露戦争で日本が勝ったとしても、日本軍が統治できているのは大連周辺。
日本軍が満州全土の治安を統治するまで馬賊にとっても正念場ってわけか」
一言に馬賊と言っても、満州には中華系だけでなく、シベリアの少数民族やコサック兵、ロシア兵の残党で構成された馬賊が跋扈していた。
そんな荒れ狂う満州の地には日本人の馬賊もいた。
「お前が最近名を上げている武器密売人のエレナだな?」
颯爽と馬を駆け剣路とエレナの前に立ちふさがった男の背中には『悪』の字が躍っていた。
四平市の道中で突如剣路の前に現れたひげ面の大男。
しかしその特徴的な鳥頭と悪一文字に幼き日のかすかな記憶がよみがえる。
「まさか、左之助オジさん!?」
「……!? その逆刃刀……まさか剣路か!?」
満洲の晴天の下、思わぬ巡りあわせに驚く二人。
「悪を背負うだけあって、あんたも馬賊に成り下がったか!」
「馬鹿言うな! 俺は犯罪組織しか襲わない善良な馬賊だ!
お前こそ武器商人の用心棒とは、あの不良息子がとうとうここまできたか?」
「え!? エレナの商品って武器だったの??」左之助の一言で、慌ててエレナに顔を向ける剣路。
「私が扱う武器は馬賊のクソヤロー共のためじゃない!
この極東で民族の独立のために立ち上がる義勇兵のための物だ! 邪魔をするな!」
エレナの気迫に満ちた咆哮が、左之助の胸を打つ。
「なるほど! お互い正義の無法者ってわけか! 気に入ったぜ嬢ちゃん!」
左之助は快活に笑うと、真剣な顔つきで続けた。
「だが、この先の瀋陽には、お前の武器を欲しがってる張作霖や杜立三と言った大馬賊が網を張っている。
そいつらより先にお前の武器を分捕ろうと思ったが、お前の話を聞いて気が変わった。
満州全土の馬賊どもをぶち抜いて、取引先のところまで送ってやる!」
「いくぞ剣路!!!」
「え? ちょっとまだ頭の整理ついてないんですけどおお??」
左之助は愛馬の腹を蹴り、凄まじい砂塵を上げて一騎駆けで去っていった。
豆粒のようになっていく左之助を追い剣路たちは荷馬車を前に進める。
こうして、瀋陽における最大の馬賊合戦の火蓋が切って落とされる。
四平と瀋陽の間の荒れ地では、後に『東北王』として満洲にその名を轟かす張作霖と、
『馬上帝王』として君臨する現・満洲最強の大馬賊・杜立三が率いる、総勢二百人を超える馬賊の軍勢が激突していた。
「どけ! 張作霖! あの武器の山は俺たちの物だ!」
「お前こそ! 邪魔をするならお前の首を先にはねるぞ杜立三!」
二大馬賊集団による最新のロシア製ライフルと青竜刀が入り乱れ、
硝煙と砂塵が天を覆う。
「その祭り、乗ったああああ!!」
乱戦のど真ん中に飛び込んだ左之助が満州で手に入れた新斬馬刀を振り落とす。
ガコオオオオオオオオオンン!!!!
爆発のような地響きと共に大地が割れ、衝撃波だけで最前線の数十人が吹き飛んだ。
「な、なんだぁあ!?」「たった一人で殴り込みだと!?」突然の乱入者に、二百人の馬賊たちの銃口が一斉に左之助へと向けられる。
だが、世界の戦場を渡り歩いてきた拳客にとって、この程度の乱戦は日常茶飯事だった。
「まとめてかかってきやがれ、満洲最強の馬賊の力とやら見せてみろ!」
左之助は新斬馬刀の分厚い刀身を巨大な盾のように構え、降り注ぐ銃弾の雨を火花を散らしながら弾き返す。
そのまま疾風のごとく踏み込むと、巨大な刀を水平に一閃。刃を当てぬ峰打ちでありながら、巻き起こる烈風が十数人の馬賊をまとめてなぎ倒した。
そして伝家の宝拳『二重の極み』を大地に繰り出す!
左之助の拳を震源として、大地に巨大な亀裂がイナズマのように走り、凄まじい土煙が天を突く。
凄まじい縦揺れと衝撃波の直撃を受け、二百人の馬賊の軍勢は足元から完全に瓦解した。
「バ、バケモノだ……!」満州の二大巨頭張作霖と杜立三は、あまりの規格外の暴力に腰を抜かすしかなかった。
左之助の猛打によって、戦場が完全に沈黙した頃――。
「ハァ、ハァ……! やっと追いつい……って、えええ!?」
息を切らせた剣路とエレナの荷馬車が、ようやく戦場へとたどり着いた。
二人の目に飛び込んできたのは、壊滅した銃器の残骸と、まるで大隕石でも落ちたかのように巨大なクレーターが刻まれた荒れ野。
そして、静まり返ったクレーターの真ん中で、拳から煙を上げながら不敵に笑う左之助の姿だった。
唖然とするエレナと、活躍の場がなく憮然とする剣路。
「左之助オジさん。俺にも見せ場を残してくれよ」
「だから俺のことオジさんて呼ぶんじゃない!頭領と呼べ!」
「頭領?」
満洲で男一貫、相楽左之助。
幾多の民族と思惑が渦巻く混沌とする満州で、
眼前で神妙に正座している張作霖と杜立三という二大馬賊を傘下に置き、
後の満州国の礎となる馬賊狂和国の大頭領となるのである。
幾多の銃火と硝煙が入り乱れた満洲を突破し、剣路一行はようやく、きらめく大連の海を眼下に捉えた。
ハルビンや瀋陽の荒涼とした荒野とは打って変わり、そこには近代的な街並みと、どこか懐かしい潮の香りが広がっている。
「こっから先は日本軍の目が光ってる。俺の見送りはここまでだが、
日露戦争の英雄なら検閲を抜けられるだろうよ」
「ああ、ありがとう頭領!」「スパシーバ頭領!!」
剣路とエレナに別れを告げ、左之助は満州の砂塵の中に消えていった。
大連の港には、日の丸の旗を掲げた、巨大な日本の軍用船が停泊していた。
戦後処理を終え、内地へと帰還する兵たちや物資を乗せるための船だ。甲板では、日本の軍人たちが慌ただしく行き交っている。
港の埠頭に馬車を止め、エレナは約束の交易商たちと素早くロシア語で言葉を交わす。
その様子を、剣路は少し離れた場所から見守っていた。
「約束の品だ」エレナが開けた木箱には最新式の武器が敷き詰められていた。
「よし!この武器をもって今すぐ北海道にいるソフィアやキロランケ達と合流しよう!」
「極東に俺達の独立国家を作るんだ!」
取引を終えたエレナが、満足げな笑みを浮かべて剣路の方へと歩いてくる。
その手には、商品を売って手に入れた大金がしっかりと握られていた。
エレナはその大金を剣路に差し出し提案する。
「このまま私の用心棒として私を支えてくれないか?報酬は弾むぞ!」
剣路はその大金を前に、腕組みをしたままエレナに逆提案する。
「こんな落ち着かない満州で、いつ首が飛ぶかもわからない危ない密貿易をするくらいなら、
いっそ、日本へ行ってまっとうな商売するのもいいんじゃないか」
「日本へ?」
エレナは予想もしなかった剣路の返答に、美しい碧眼を丸くした。
エレナ・ザハロヴァ 21歳。
彼女は王宮御用達の武器商人ザハロフ家の令嬢だった。
幼少期より語学に精通し、7か国語を操る才女でもある。
そんな彼女の人生が狂わされらのは一九〇五年一月の血の日曜日事件である。
正教会の司祭ガポン神父に率いられた十数万のデモ隊に軍が発砲したことで、首都サンクトペテルブルクは一瞬で血の地獄となった。
大混乱に陥り武器を求める民衆がエレナの店に押し寄せる。
一人地下の武器庫に匿われたエレナは、その日、武器庫にある最新式の武器弾薬以外、全てを失った。
デモ隊を襲った軍隊も、店に押し入った民衆も、ロシアの全てがエレナの仇となった。
そして彼女は店の武器を全て持ち出しシベリアへ渡り、ロシアから独立を除くパルチザンに武器を売る密売人となったのである。
持ち前の語学力と最新の武器で、わずか1年でシベリアから満州にまでその名を轟かすエレナ。
しかし協力的なパルチザンだけでなく、野蛮な馬賊や、狡猾なコサック兵残党とも渡り合わなければならなかった。
それがどれほど恐ろしく孤独だったか。ピストルの引き金に指をかけていないと安心して眠られない生活を送っていた。
「舐められたら殺される。誰も信じない。私はロシアへの仕返しのための、動く武器庫よ」
そう自分に言い聞かせ、誰にも弱みを見せずに張り詰めて生きてきた。
そんなエレナの苦労を知ってか知らずか、日本国旗がはためく大連港で日本行きを勧める剣路。
「日本に行ってもうまくいくとう保証はないが、危ない目に遭った時はまた、俺が助けてやるから」
それは、ただの親切心で言った軽い一言だった。
「日本へ行って……お前が、私をずっと、助ける……!?」
血の日曜日事件以降、一人孤独に死線を生き抜いてきたエレナ。
そんな彼女の前に突如現れた最強の用心棒剣路。
大金を払ってでも剣路に一緒にいてほしいと思っていたエレナの脳内で、剣路の言葉は、
『金なぞ要らない!俺が守るから一緒に日本へ来てくれ!!』
人生で最高に情熱的な『求婚』として響いてしまった。
「そういえば、お前なんで日本語そんなに話せるんだ?」
剣路が組んでいた手を広げ、今更ながらの質問。
しかしエレナにとって、その動作は、『俺の胸に飛び込んで来い!』という合図でしかなかった。
「お前は私を一生守ってくれると言うのかっ!!」
「え?」剣路が間抜けな声を上げる暇すらなかった。
感極まったエレナが、握った大金を放り出し涙目で叫びながら剣路の胸へと飛び込んできた。
飛天御剣流十五代目の神速の体捌きをもってしても、『北国の恋の狂乱』を避けることはできなかった。
ギュウウウウッと、可憐な白い腕から折れんばかりの力で首に腕を回される剣路。
(な!俺が避けきれず体当たりされただと!?こいつ師匠以上の神速だとでもいうのか!
しかしなぜ体当たりを!?…‥そうか!裏取引の現場を見られた口封じということか!!
だがお前の腕では俺を絞め殺すことはできない!!!)
エレナの纏う異国の甘い香水の匂いが剣路の鼻と脳をくすぐる。
(そうか!毒か!!だから俺はさっきから一歩も身動きできないのか!!
だがここは、日本軍がひしめく大連!俺が倒れても日本の兵士がほっとかないぞ!)
大連の港のど真ん中、日の丸を掲げた軍用船の真ん前で、若い男女が激しく抱き合っている。
通りかかる日本の軍人たちが「ヒェッ」「な、なんだあれは……!」と色めき立ち、顔を真っ赤にして通り過ぎていく。
(なっ!なぜ助けん!俺が殺されかけてるんだぞ!!なぜ顔を赤くして目を背ける!!)
剣路の胸に可憐なロシア美女が顔を埋めている。
足早に去っていく日本兵の反応を見て剣路の脳回路が、やっと正解を導く。
(……もしかして……、こっ・・これは!日露戦争でロシア兵達が行っていた・・ほっ抱擁というやつなのか!!?)
明治三十九年の日本において、公衆の面前での「抱擁」など、言語道断、破廉恥の極みであった
(くっ…、こんな公衆の面前でこんな恥態を晒してはもうお嫁に行けない…じゃないお婿に行けない…、
とうことは‥‥‥、は!?もう結婚するしかない!!??)
白日の下に突きつけられた現実に、剣路は今生の覚悟が決めるしかなかった。
そして、やっと脳と神経がつながった体を動かし、エレナに向き直り告げる。
「エレナ。一侍として、一男子として、そして生涯の伴侶として、この命、お前に捧げる!!」
「ケンジ……!! スパシーバ(ありがとう)!!!」
さらに強く抱きしめられ、剣路の理性は完全に消し飛んだ。
こうして、十五代目比古清十郎――緋村剣路は、師匠への最高の土産であるウォッカ『スミルノフ』と、最愛の妻『エレナ』を手に入れた。
師匠の軽口から生まれた剣路の旅は、満州の地で更なる勘違いを生み、大輪の花を咲かせ大連の港から日本への帰路につくのだった。
明治39年、秋。
陽光がきらめく大連港の埠頭に、一隻の巨大な汽船が停泊していた。
当時の日本最大級の豪華客船・日本丸である。
その船の特別一等室に、山県有朋直筆サイン入りの特別旅券を掲げ、堂々と乗り込む二人。
一人は、陸軍の特製軍服をまとい、その上から白マントを不敵になびかせた青年、緋村剣路。
そしてもう一人は、白磁のような肌に燃えるような碧眼、そして白金の髪を春の海風に揺らすロシアの令嬢エレナ。
「……ケンジ、これが日本の船? すてき。まるで動く宮殿ね」
エレナは、アカンサス文様の美しい彫刻が施された木製のウッドパネルや、磨き上げられた真鍮の縁飾りを眺め、うっとりとため息を吐いた。
「ああ。まあ、ハルビンの泥水みたいな治安に比べれば、ここから先は天国みたいなものさ」
剣路は腕組みをしながら、どこか誇らしげに、しかし内心ではまだ、事の成り行きの早さに整理が付かないでいた。
数日前まで満洲の荒野で馬賊と大立ち回りを演じていたはずが、気がつけば隣には最愛の「妻」がいる。
山県直属の特別遊撃剣士として日露戦争で高給を得ていた剣路。1等室の内部は、高級ホテルそのものだった。
足が沈むほどのふかふかの絨毯の上には白磁のようなシーツをまとった二台のベッドが静かに並び、
アール・デコ調のランプとシャンデリアが、磨き上げられたマホガニーの壁を琥珀色に濡らしていた。
艶やかな漆塗りの小机や革張りの椅子、大理石の洗面台が贅沢に佇んでいる。
丸窓に切り取られた紺碧の海すらも、この豪奢な一室を飾る絵画のようだった。
「こんなふかふかなベッドで寝るのは久しぶりだ」
ベッドに横たわり、エレナは静かに、自分の胸に刻まれた「血の日曜日事件」の恐怖を語り始めた。
「あの時、目の前でたくさんの人が撃たれて死んだの。私の家も、思い出も、全部血で染まって……。
だから私、心を鬼にして武器を握った。誰も信じないって決めて、ずっと一人で凍えていたの」
その碧眼から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
武器密売人の勝気な少女ではなく、箱入り娘だった頃の、傷ついた少女の本当の姿だった。
「エレナ。俺と結婚した以上、お前がもう一人で凍えることは決してない!」
気付けは剣路はエレナを抱きしめていた。
満洲の極限の孤独の中で、ピストルを抱いて怯えながら眠っていた彼女が、いま、剣路の胸の中で驚くほど安らかな吐息を漏らしている。
「私……まだ夢を見ているみたい。誰も信じられなかった私が、お前の腕の中で、こんなに安心して海を見ているなんて」
「俺もまさか暗殺術(締め技)だと思っていたハグがこれほど自然にできたことに驚いている……」
「ふふ、なによそれ?じゃあキスって知ってる?」
「キス?」
夫の唇を容赦なく奪うエレナ。
「呼吸を止められた??息を止める暗殺術!!」
ようやく解放され、這う這うの体で酸素を吸い込んだ剣路は、大真面目に顔を青くして叫んだ。
「お前、大連の『締め技』と『毒(香水)』に飽き足らず、ついに口封じの窒息技まで繰り出してくるとは……!
なんという恐るべきロシアの暗殺格闘術だ……!!」
必死に息を整える剣路の姿を見て、エレナはシーツに突っ伏し、お腹を抱えて大爆笑した。
「あはははは! ひ、息を止める暗殺術って何よそれ! ケンジ、本当に面白すぎるわ!」
涙が出るほど笑い転げるエレナの頬は、ランプの琥珀色に照らされて真っ赤に染まっている。
武器密売人として張り詰めていたエレナの心はもうそこにはなかった。
「これは暗殺じゃなくて、大好きな人にやるのよ。私のこと愛してるわよね?」
「いや!息ができない!ヨーロッパでは愛はこんな命懸けなのか!?」
「息は鼻でしなさい!」
エレナはシーツに顔を半分埋めたまま、上目遣いに剣路を見た。ランプの琥珀色の光が、彼女の白金の髪をきらきらと縁取っている。
「エレナ。……お前を、愛している。一生、俺のすべてを懸けて守る」
その言葉は、大連の港で言ったあの狼狽えの中のプロポーズとは違った。
一人の男として、最愛の妻へ捧げる、嘘偽りのない誓いだった。
剣路はそっと手を伸ばし、エレナの愛らしい頬を包み込んだ。
そして、吸い込まれるような碧い瞳から目を逸らさず、ゆっくりと顔を近づけていく。
触れるだけの、けれど、ひどく熱くて優しい接吻。
ふわりと漂う異国の香水の甘い香りと、お互いの静かな吐息だけが、贅沢なほどに静まり返った一等室の中に溶けていく。
唇が離れたとき、エレナは夢心地のまま、潤んだ碧眼でじっと夫を見つめていた。
あまりの愛おしさに、剣路の胸の奥が締め付けられるように熱くなる。
14歳から24歳まで比古師匠の下で剣術修行に励み、その後は日露戦争に身を置いた剣路。
19歳で血の日曜日事件が起こり、その後は武器密売人として一人で生きてきたエレナ。
まともな恋愛経験も交際経験のない二人の若き男女は、
次にどんな顔をして、どんな会話を交わせばいいのかわからず、
ただ見つめ合ったまま、一等室を支配する甘く濃密な沈黙に身を委ねていた。
その、時が止まったかのような美しい静寂を破ったのは、小気味よいノックの音だった。
コン、コン、コン。
「失礼いたします、一等室のお客様。今宵のメインディッシュ、ローストビーフの準備が整いました。
どうぞ一等食堂へお越しくださいませ」
ドアの向こうから響いたボーイの澄んだ声に、二人はハッと我に返った。
「しょ、食堂だな! よし、腹が減っては戦はできぬ、いや、お嫁さんの面倒は見られぬ! 行こう、エレナ!」
「え、ええ! そうね、お腹ペコペコだったわ! すぐ行きましょ、ケンジ!」
二人はどこか照れくさそうに微笑み合い、仕立ての良い上着を整えて部屋のドアへと向かうのだった。
1等食堂はドレスやタキシードを纏った紳士淑女が談笑する、眩いばかりの社交場だった。
天井から吊り下がった巨大なシャンデリアが、磨き上げられた銀の食器をきらきらと輝かせている。
生演奏のバイオリンが優雅に流れる中、ウエイターによって運ばれてきたのは、
絵画のように美しく盛り付けられた一等室専用の本格的なフランス料理(洋食フルコース)だった。
手慣れた手つきでナイフとフォークを操り、お皿の上の肉を小さく切り分けて口に運ぶエレナ。
一方、箸を握りプレートの上の料理と格闘する剣路。
「こんな食事初めてだ。どうやって食べればいいんだ?」
「こっちに来るときはどうしてたの?同じ船で来たんじゃないの??」
「行きは軍艦に乗せてもらった。帰還兵の輸送船や巡洋艦で握り飯とか缶詰だったな」
「ぐ、軍艦……!?」目を丸くするエレナだったが、
「帰りはエレナがいるからな。愛する妻にそんな泥臭い真似をさせるわけにはいかん。
だから窓口で一番高くて、一番安全な船の、一番良い部屋をくれって頼んだのだ」
大真面目に、さも当然のことのように言ってのける夫。
「ありがとう剣路。惚れ直したわ!」
「俺と結婚したからには文字通り大船乗ったつもりでいてくれよな!」
決め顔をする剣路であったが、皿の上で肉を滑らせ一向に口に運べない剣路であった。
「ふふ、ナイフとフォークはこうやって使うのよ」
剣路の横に座り直し、肉を切り分けるエレナ。
「はい、あーんして」
「あのなあ、子ども扱いはよしてくれ・・・」
いたずらっぽくほほ笑む愛妻に負けて口を開ける剣路であった。
「……美味い」
仲睦まじくディナーを終えた二人は、夜の一等デッキへと出かけた。
一歩外へ出ると、夜の海風が二人の火照った頬を優しく撫でる。
見上げれば、都会の喧騒からは遠く離れた紺碧の夜空に、数え切れないほどの星々が瞬いていた。
船が波を割る音が、どこか心地よい子守唄のように響いている。
「綺麗ね。満洲の空はいつも硝煙で曇っていたけれど、海の上はこんなに透き通っているのね」
エレナは手すりに身を預け、白金の髪を風になびかせながら、うっとりと夜の海を見つめた。
夜風から守るように自分のマントを掛ける剣路の視線の先には、中秋の名月が浮かんでいた。
「ああ、きれいにウサギが餅ついてら」
剣路のマントを愛しそうに握っていたエレナは。剣路の言葉はキョトンとまばたきをした。
「ウサギの餅つき?あはは、なにそれ!ロシアではバケツを運ぶ少女よ」
「少女?いやいや、あれが顔でそのから2つ伸びてる影はどうみても耳だろ」
「う~ん…確かにそう見えなくも?でも餅つきってなに??」
「ロシアに餅ってないのか?じゃあ、ウサギがバケツ運んでるじゃないのか?」
「あはは、働き者のウサギさんね」
波の音と二人の笑い声が、夜の静寂に溶けていく。
満天の星と月に見守られながら、二人は穏やかで贅沢な時間を噛み締めていた。
星空の余韻を残したまま、琥珀色のランプが灯る豪華な一等客室へと戻ってきた。
部屋の奥には、大理石で囲まれた美しいシャワールームが備え付けられていた。
「夜風で冷えた体を温めよう」
そう言って浴槽にお湯を張る剣路。
お湯で満ちた浴槽を目に、エレナがいたずらっぽく微笑み声をかける
「一緒に入る?」
例のごとく狼狽する夫の姿を想像するエレナ。しかし
「ああ、入ろう」
ハグやキスには耐性の無い剣路であったが、
公衆浴場や混浴露天風呂など日本の風呂文化で育った剣路には男女で風呂に入ることには一切の抵抗がなかった。
エレナの予想に反し堂々と裸になる剣路。
これまで完全に主導権を握っていたエレナがここにきて攻守を逆転された。
目の前に素っ裸の引き締まった男の体を見てエレナの顔は火のように赤くなる。
「入らないのか?いい湯だぞ」
妻が脱衣場で赤面して硬直しているなど、つゆ知らず「極楽。極楽」と湯舟を満喫する剣路。
「く!こ、こうなったら後には引けない!!私のナイスバディを見せつけてやる!!!」
意を決して服を脱ぎ、浴室に入るエレナ。
湯舟に浸かる剣路の横で、シャワーを浴び体を洗う。
エレナが艶めかしく体の泡をシャワーで落とすも剣路は全く意に返さない。
「なんで私の裸に動揺しないの!!?」
風呂場は心身を洗う場。湯殿で異性の裸を気にするなど日本人にとっては野暮の極みなのである。
一方、裸になってしまった以上、異性に抱き付かないのはロシア人にとって野暮の極みなのである。
ハグされた瞬間、剣路の「お風呂リラックスモード」が強制終了。
「な!何をするエレナ!!?こんなところでハグは違う!!!」
「なんでハグには照れるくせにお風呂には恥じらいがないのよ!!」
「ハグは物理的な接触が!!!」
「お風呂は物理的に全部見えるじゃない!!」
裸で抱き合ってしまった新婚夫婦。
お風呂できれいに洗われた身と心は、初夜の営みよって一つとなるのであった。
翌朝、特別一等室の二台のベッド。その一台は、ビチョビチョに濡れ、シーツは乱れに乱れていた。
そしてもう一台の方は、幸せに抱き合って寝息を立てる男女の姿があった。
遅い朝食を済ませる夫婦と、その間のベッドメイキングで青筋を立てるハウスキーパーを乗せ、豪華客船・日本丸は日本領海に入るのであった。
その日の午後、1等クラスのホールでは生演奏による社交ダンスパーティーが行われていた。
各国の外交官やジャーナリストがパートナーと華やかにダンスを楽しんでいる。
エレナ「私たちも踊りましょうよ」
剣路「これは……、演武??」
ロシアの令嬢、エレナの華麗なステップを、飛天御剣流の神速の先読みでリードする剣路。
しかしダンス初心者の剣路の間合いにエレナの足がもつれてしまい倒れてしまう。
剣路が慌ててエレナの体をキャッチした姿は、演奏の最後のタイミングで最高のディップを決めることになった。
そのあまりの見事な姿に、船上の紳士淑女が割れんばかりの拍手が二人を包んだ。
「ブラボー!」
「実に見事なフィナーレだ!」
「此度のマティネのエトワールペアは、文句なしに君たちだ!」
一躍船上社交界の主役となる剣路とエレナであった。
その日のディナーでは各国の紳士淑女が剣路とエレナの下に集まる。
「ミスター&ミセス・ヒムラ」「ムッシュ&マダム・ヒムラ」「ヘア&フラウ・ヒムラ」
卓越した語学力で英語・仏語・独語で対応するエレナ。
日本語一本で堂々と対応する剣路。
以外にもエレナの通訳を通して語られる剣路の日露戦争や温泉文化のトークは、
ディナーパーティーでもルコントゥールとなるのであった。
剣路「凄いなエレナ。何か国語話せるんだ?」
エレナ「剣路こそ。あなたがそこまで日露戦争で活躍してたなんて・・・」
図らずもお互いのスペックの高さに惚れ直す二人であった。
宴もたけなわに部屋へ戻る剣路とエレナ。
そして1日の汗を流すため浴槽にお湯を張る。
剣路「エレナ・・・風呂場は心と体を洗う場。昨日のような無作法は・・・」
エレナ「風呂場からいきなり奥さんを抱き上げてベッドに押し倒す方が無作法じゃなくて?」
剣路「う・・・昨日はそうでもしなければ浴槽で・・・」
エレナ「お風呂は心と体を洗う場なんでしょ?慌てたらだめよ」
駄目だった。この日も二台の片方のシーツをバスタオル代わりにする二人であった。
翌朝。またかと深い溜息をつくハウスキーパーを乗せ、船は瀬戸内海に入る。
展望デッキから瀬戸内海の島々を眺める剣路とエレナ。
荒涼とした満洲やシベリアと違い、初めて見る青い海に浮かぶ緑の山々は、エレナの目には宝石のよう映った。
剣路「翌朝には大阪に着く。この船とももうすぐお別れだな」
エレナ「そうね…、その前に克服しなければ…」
それは箸の使い方だった。
侍の剣路は、刺す・斬るのフォークとナイフはすでに克服していた。
しかしエレナは今朝の朝食で初めて持った箸に苦戦していた。
その日の昼食。焼き魚に挑戦するエレナ。
剣路「筋に沿うように箸を寝かせて入れ、骨から滑らせるように身をめくるんだ」
エレナ「できたわ!」
その日の夕食。すき焼きの豆腐に挑戦するエレナ。
剣路「強すぎず弱すぎず挟んで、下から掬うように口に運ぶんだ」
エレナ「できたわ!」
剣路「免許皆伝だ!」
その夜、船上リクリエーション・欧米人限定・豆掴みゲームで見事優勝するエレナであった。
エレナ「今度は剣路がお風呂のハグを克服する番ね」
剣路「頼むから昨日みたいに変な所を触らないでくれ!!」
エレナ「だって触ったとたんに固くなっておもしろかったんだもん」
剣路「俺の体で遊ばないでくれ!!!」
最後の日。夫としての意地を見せ、這う這うの体で湯から上がる剣路。
そして3日目にして、ついにタオルで体を拭いて湯から上がることに成功したのである。
タオルを腰に巻き、冷やしておいた牛乳を飲み、日本の風呂文化を完遂する剣路。
しかし、タオルで髪を巻き、慣れない浴衣を着崩して登場したエレナの湯上り姿に撃沈する。
剣路「エレナ!その姿は反則だぞ!!」
エレナ「剣路こそ!なによそのセクシーなTバック!」
剣路「褌をTバックといっしょにするな!!」
翌朝。大阪湾に入港する日本丸。
盛大に乱れつつも乾いたままのシーツを前に、ハウスキーパーは巣立つ雛鳥を見送る親鳥の気持ちで佇んでいた。
その手にはしっかりとロシア式チップが握られていた。
紅葉美しい京都の山奥の庵に、一本の最高級のウォッカ『スミルノフ』を持った剣路と、
その傍らで少し照れくさそうに微笑む白金の髪を揺らす北国の美女・エレナの姿があった。
「お師匠様。約束の、世界最高の一本を持ってきました。……それと、僕の生涯を懸けて守る、最高のお嫁さんです」
十三代目比古清十郎は、差し出されたボトルと、美しいエレナの姿を交互に見つめ、一瞬だけ呆気に取られた後、
これまで一度も見せたことのないような、心からの大笑いを山々に響かせた。
「ハハハハハ! クソガキめ、酒だけでなく、これほど美しい『露西亜の華』まで分捕ってくるとはな!
お前は確かに、俺の想像を遥かに超える、歴代最高の十五代目だ!!」
比古師匠から盛大に祝福されたその日の夕刻、
二人は旅の疲れを癒やすため、山間ある天然の露天風呂へと向かう。
周囲を青々とした木々に囲まれ、目の前には美しい滝が見える。
湯船の中で剣路の隣にぴったりと寄り添い、幸せそうに息を吐くエレナ。
「うわあ……天然の温泉って本当に最高ね、体が芯からぽかぽかするわ」
「そうだろう。この温泉はリュウマチ肩こり神経痛に刀傷、効果抜群の最高の温泉なんだ」
そんな中、
「おいおい、新婚夫婦で湯を独占するんじゃねえよ」
ドサリと大きな音がして、湯煙の向こうから、酒の乗ったお盆を片手に、堂々と全裸の比古師匠が乱入してきた。
「キャッ!?」と声を上げてお湯に沈むエレナを他所に、日本の風呂文化で育った剣路は「お疲れ様です、師匠」と平然とお湯を譲る。
さらに、驚愕の事態は続く。
「おーい、比古の旦那! 今日も良い湯が湧いてるかい?」
現れたのは近所で木こりをやっている若い夫婦だった。
彼らもまた、一日中の山仕事を終えて汗を流しにやってきたのだ。
「おう、ちょうどいいところに。おい剣路、手土産のウォッカをこいつらにも回してやれ!」
「わかりました。吾作さん、およねさん、どうぞ!」
天然の混浴温泉。湯船の真ん中には、お盆に乗った『スミルノフ』がぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんでいる。
「いやぁ、比古の旦那、この異国の酒はキリッとして美味いねぇ!」
「おいおい吾作、ひとりでガブガブ飲むんじゃないよ。剣路さん、無事のお帰りでおめでとうございます!」
「ありがとうございます。およねさんも一杯どうぞ」
全裸の日本人たちが、湯船の中で車座になり、最高級のウォッカを一つの杯で回し飲みしながら、和気藹々と談笑している。
その光景の真ん中で、エレナは完全にフリーズしていた。
(な、なになにこれ……!? 師匠だけじゃなくて、知らない男の人も女の人も、みんな一斉に裸で入ってきた……!!
え、挨拶してる? お酒回し飲みしてる!? これが日本の『文化』なの!?)
武器密売人としてどんな修羅場でも冷静だった彼女の頭脳は、日本の混浴文化という未知の強襲を前に、完全にキャパシティをオーバーしていた。
エレナは両手で胸元をきつく隠したまま、一言も発することができず、剣路の後ろで固まっている
「お嬢ちゃん、日本の湯は最高だろう?」
「風呂は社交場だよ、こっちへおいでよ」
親しみやすく微笑みかける木こり夫婦。
そして、「エレナ、大丈夫か? 湯あたりしたか?」とズレた心配をしてくる天然な夫。
「ハハハ!朴念仁が!もっと奥さんの心情を察しやがれ!
エレナよ。人種も身分も、過去の修羅場も、風呂に入れば関係ない。
ここにあるのは、良い湯と、美味い酒と、お前を歓迎する仲間だけだ。
ようこそ日本へ、『十五代目』の最高の嫁さんよ。さあ、今宵は宴だ!!」
比古の言葉に、エレナの緊張がほんの少しだけ解けていく。
盃を受け取り一気に飲み干すエレナ。
「はあ、美味しいわ!」
こうして異国の文化に温かく迎えれられるエレナの日本での新婚生活が幕を開けるのだった。
『酒編』―――終幕
翌朝、比古師匠にお別れのハグをするエレナ。
師匠「なんだこの体術は!?」
剣路「やはり師匠でも避けられませんでしたか。それはハグという大陸の挨拶です」
師匠「刃具?いや破具か。殺気を完全に消し、あらゆる武具・防具を突破し相手に迫る体術。俺の間合いを破りここまで接近したのは、お前が初めてだエレナ」
エレナ「なんの話を??」
師匠「まさかお前にこれほどの武の才があったとは。
剣路がお前を守るのではなく、お前が剣路を守った方が良さそうだ!まさに最高の花嫁だな!ガハハハハ!!!」
エレナ「なんか師匠に凄い褒められたわ!」
比古師匠と別れた剣路は、その足で葵屋に立ち寄った。
剣路「親父の友達の蒼紫さんと操さんだ」
エレナ「友達か。では」
蒼紫(53)と操(43)にロシア式ハグで挨拶するエレナ。
蒼紫・操(な…、なんだ!?いまの体術は!? 一歩も動けなかった!!?)
剣路「明治生まれの俺でさえハグは衝撃なのに…江戸生まれの二人は石になってるぞ・・・」
エレナ「ヨーロッパでは一般的な挨拶なのだが・・・」
蒼紫「ヨーロッパではこのような武の極みを挨拶代わりに行っているのか!?」
剣路「はい。飛天御剣流の神速でも避けきれませんでした」
蒼紫「操…、これからヨーロッパに向かう。支度を急げ」
操「蒼紫様。その修行の旅、私もお供します」
エレナ「なんの話を??」
武を極めるため、ヨーロッパに向かった蒼紫と操は、
降り立ったフランスの公園のベンチでハグをしながらチュッチュするカップルに一刻ほど石になる。
蒼紫「なるほど、相手の羞恥心を刺激に動きを止めるという下劣な技であったか。
しかし忍びに羞恥心なぞ無用!いくぞ操!!」
操「いくぞ!!?それは・・・修行ですか!??ご褒美ですか!!!???」
こうしてフランスで一皮むけた蒼紫と操は、流水のステップでフランス社交界で一世風靡するのであった。
京都を発ったエレナと剣路は熱海で途中下車していた。
海岸を散策してした二人は、松の木の下で泣き崩れるお宮と遭遇する。
お宮は、かつての恋人・間貫一の留学資金を作るため、あえて大富豪の富山に嫁いだが、
貫一にその気持ちを理解されず足蹴にされた。
それから10年。心の整理がつかず、ずっと泣いていたのだ。
その悲劇に感極まったエレナが思わずお宮を全力で抱きしめる。
お宮「こっ……これは!? 熱いわ! 愛が熱いわ!!私の身が魂から焼ける!!!」
ハグの威力を誰よりも知る剣路が文学史を動かす提案をする。
剣路「これだ!!お宮さん!そのハグを貫一という男をお見舞いしてやれ!」
エレナ「そうよ!お宮さん!!親愛に言葉は要らないわ!!」
お宮「わかりましたわ!!!」
これまでどんな言葉を貫一にかけたらいいか分からないでいたお宮は、態度で示すという極意を得たのだった。
熱海の路地裏に佇む、物々しい雰囲気の高利貸し「鰐淵」の事務所。
黒いマントを翻し、冷徹な瞳で机の上の大金を数えていた間貫一の元に、お宮、エレナ、そして剣路の一行が正面から堂々と踏み込んできた。
剣路「お控えなすって」
飛び掛かってきた事務所のヤクザを逆刃刀で一瞬で床に沈める剣路。
貫一「お宮!!?なんなんだその男は!!???」
お宮は驚愕する貫一を意に関せず、無言のまま10年の思いを込めて抱き締める。
貫一「な!?なんだその・・体術!?熱い!!体が熱い!!!!!!」
金塊を溶かすほど情熱なお宮のハグが貫一の身を燃やす。
剣路「お宮さんは、あんたのために留学資金を貯めていたんだ。彼女の思いを受けフランスへ行け!!」
貫一「わかった!!(行かなければ焼き殺される!!)」
お宮「貫一さん、私も―――」
剣路が貫一に付いて行こうとするお宮の肩をガッと掴む。
剣路「一度嫁いだ以上、死ぬまで添い遂げるのが武士道だ。安易な離縁など新婚の十五代目比古清十郎が許さない!」
お宮「!!!!あなたの言うとおりですわ!私の結婚に対する覚悟が足りなかったばかりに、貫一さんを10年も苦しめてしまったんだわ!!」
剣路「貫一は救われた!次はそのハグで夫を救え!!」
お宮「わかりましたわ!!!」
熱海富山銀行。
剣路「お控えなすって」
飛び掛かってきた警備員を逆刃刀で一瞬で床に沈める剣路。
富山「お宮!!?なんなんだその男は!!???」
お宮「私は結婚した後ずっとお人形さんのように佇むだけだった。自分から行動を起こすことはしなかった。
でもそれじゃ何も始まらない。一歩。まず一歩踏み出すの!自ら行動しないと何も動かない!!」
驚愕する富山を意に関せず、お宮が10年の思いを込めて抱き締める。
富山「な!?なんだその・・体術!?熱い!!体が熱い!!!!!!」
お宮「唯継さん!!これからは富山家の妻として、真にあなたを支えて生きるわ!!」
剣路「富山!これからは夫婦力を合わせて傾いた富山財閥を立て直せ!!」
富山「わかった!!これからはお宮に経営を任せる!!(そうでもしなければ焼き殺される!!)」
こうして富山財閥の全権を掌握したお宮。
エレナ
「私は不当に苦しめらている少数民族が立ち上がれるように武器を売ったわ、
金融業も同じ!不当に苦しめられている人たちが立ち上がれるように融資するのよ!」
お宮
「10年前、貫一さんに銀行が融資できていたら……。
二度と貫一さんのような人を生まないために、困っている人のための融資活動を行うわ!!」
エレナの指導の下、活人の融資を極めたお宮は、富山銀行だけでなく熱海全体を活気付かせる救世主となるのであった。
一方、フランスでは、
蒼紫「そのようなステップではフランスでは生きて行けんぞ!
武を極め、真の金色夜叉となれ貫一!!」
貫一「はい!師匠!!」
操「蒼紫様、金色夜叉ってそうゆう意味だったかしら?」
一方、日本では、
熱海秘宝館(明治バージョン)に入ってしまった剣路とエレナがいた。
剣路「これがこの地に伝わる秘伝の体術!?」
エレナ「これがこの地に伝わる秘伝のハグ!?」
その夜、夫婦の極みに達する剣路とエレナだった。
一方、フランスでは、
「私は金融の世界に入り、巨万の富を得たと思っていたが、このフランス社交界に輝く黄金に比べたらなんと貧しい…。
師匠からは武を極めて真の金色夜叉になれ言われたが…。なぜ、黄金と武が結びつく?
そうか!武士道だ!!心を!心を黄金すんだ!!」
貫一が武士道に目覚めた日の夜、パリの夜空を舞う一人の男がいた。
シルクハットに片眼鏡――怪盗紳士アルセーヌ・ルパンである。
今回のターゲットは、東洋から来た新進気鋭の若き富豪・貫一の金庫。
ものの数分で、重厚な扉が音もなく開く。しかし、中にあったのは金塊でも宝石でもなく、色褪せた一通の手紙だった。
東洋の言語にも通じているルパンは、その読み終えると、やれやれと肩をすくめ、誰もいない部屋の闇に向かってつぶやいた。
「やれやれ、間貫一だか栗田貫一だか知らないが……、こんな悲しい手紙を金庫に隠して泣いているとはね」
片眼鏡の奥の瞳に、深い同情と「紳士」としての悪戯心がひらめく。
ルパンは手紙をそっと元の場所に戻すと、何も盗むことなく、闇の中へと消え去った。
数日後。パリの最高級ホテルで開かれる、社交界の華やかな夜会。孤独な表情で佇む貫一の元に、差出人不明の巨大な衣装箱が届く。
蓋を開けた貫一は息を呑んだ。そこに入っていたのは、パリの最高峰の仕立て屋が作った、眩いばかりに輝く金色のタキシードだった。
添えられたカードには、流麗な日本語でこう書かれていた。
『親愛なる貫一へ。君の金庫を開けたが、中身は私のポケットには重すぎた。
お宮という美しい女性が求めたのは、君自身が輝くことだ。
今夜、この月を君の笑顔で輝かせるがいい。A.L.』
その夜の会場に、金色のタキシードを着こなし心も衣装も黄金に輝かせる貫一の姿があった。
その顔には、お宮がずっと見たがっていた、あの優しい貫一の笑顔が戻っていた。
黄金時代と謳われる当時の社交界において、貫一が催す夜会を、人々は畏敬の念を持ってこう呼んだ『金色夜会』と。
バルコニーの影からその様子を見届けていたシルクハットの男は、満足げにつぶやいた。
「これだから、泥棒はやめられない」ルパンは軽やかに身を翻し、パリの星空の下へと、また鮮やかに消えていった。
一方、日本では、
剣路「ただいま。親父、お袋。ちょっと紹介したい人がいるんだが」
薫「剣路!!比古師匠にお酒届けるって出て行ったきり、なんで1年以上も帰ってこないのよ!!」
何の連絡もないまま1年ぶりにふらりと帰国した息子を、烈火のごとく怒鳴りつける薫。
しかし、その怒りは剣路の傍らに佇む異国の美女の姿を見た瞬間、完全に吹き飛んだ。
薫「え!!?お嫁さん!!!?って、え!!?外国人!!!?」
エレナ「この人が剣路のお母さん!?お姉さんじゃなくて??とても若いわ!!!」
薫「!!!!!!なんて良い義娘なの!!!!大歓迎よ!!!!!!!!」
エレナがハグをするより先に抱きしめる薫であった。
エレナ「スパシーバ!お母様!!」
その様子を後ろから見ていた剣心。
剣心「おろろ…まあ、剣路が選んだ娘でござる。拙者も薫殿同様大歓迎でござるよエレナ殿」
エレナ「スパシーバ!お義父様!!」
ハグ。
剣心「この体術は!!???」
剣路「親父。それ体術じゃなくてヨーロッパの挨拶だからな。蒼紫さん達みたいにヨーロッパに修行に行くんじゃねえぞ」
剣心「挨拶!?そうでござるか…相手を締め、動きを封じ、かつ敵意がないことを相手に示す…よく考えられてた挨拶でござる…さすが大陸の文化でござる!!」
突然できた義娘の突然のハグに戸惑う剣心であったが、義娘流の挨拶を理解する剣心。
剣心「ともあれ、これが挨拶なら、拙者も緋村家の家長として、薫殿のようにエレナ殿を締め付け、且つ敵意がないことを示さねば!」
エレナを締め付ける剣心。
エレナ「お義父さんの愛が強い!この愛に応えねば!!」
ロシア式キスで答えるエレナ。
石になる剣心。
剣路「親父。それもヨーロッパの一般的な挨拶だ。耐えろ!」
剣心「……これも相手に敵意を示さぬ行為のはず…。しかしなぜ拙者の顔に唇をつける??? どうな深い意図があるのでござるか!!!???」
薫「剣心!それはきっと、首を無防備にすることで、いつでも斬って構わないという究極の親愛行動よ!!」
剣心「刎頸の交わりというやつでござるな!!さすが大陸の文化でござる!!」
石化から解放された剣心。
剣心「そのような覚悟でよくぞ我が緋村家に参ったエレナ殿!!拙者、命を賭して其方を守ること、ここに誓うでござる!!」
薫「わたしもよエレナ!私たちが絶対にあなたを世界一幸せな娘にしてみせるわ!!!」
エレナ「ありがとう!お義父様!!!お義母様!!!」
深く抱き合う3人であった。
剣路「……。まあ、エレナが無事迎えれて良かったよ…」
その後、神谷道場にやってきた師範・弥彦とその妻・燕。
薫「弥彦!この子は剣路のお嫁さん。私の大切な義娘よ!!あなたも刎頸の交わりをしなさい!」
弥彦「剣路の嫁さん!??刎頸の交わり!!??」
エレナ「初めまして。剣路の妻エレナと申します。以後お見知りおきを」
ハグ
弥彦「な!!なんと破廉恥な!!?いや・・・これが廉頗が恥を捨て藺相如に首を差し出したという刎頸の交わり!!武の極みじゃねえか!!!?」
案の定、エレナのハグに戦慄を覚える弥彦。
一方、舞姫・椿姫・みだれ髪など、明治の文学を熟読している文明開化の申し子の燕は、
実に自然に、エレナとハグを交わし、更にエレガントにチークキスをもこなす。
弥彦「燕!お前にそんな武の才能があったとは!!!」
剣路「あの威容!正しく廉頗と藺相如!!!」
驚愕する夫達を横に、燕とエレナはまるで旧知の友であるかのように談笑していた。
こうしてエレナの神谷道場での生活が始まるのである。
そして台所に立ったエレナは、7か国の料理で緋村家の食卓に革命を起こすのだった。
一方、フランスでは、
フランス社交界の女王グレフュール伯爵夫人の下にアルセーヌ・ルパンから予告状が届く。
『親愛なる伯爵夫人。貴女の髪を飾る[麦の穂(Diadème d'Épis de Blé)]は見事な実りを迎えているようです。
フランスの美しい大地が生んだショーメの至宝、午前0時、月が最も高く昇る頃、私が収穫に伺います。
――怪盗紳士 アルセーヌ・ルパン』
グレフュール伯爵夫人「あらあら、今夜のゲストはイギリスの名探偵と、日本の忍者だというのに、楽しみだわ」
その夜。
ホームズ「君がフランスの社交界で話題になっている東洋の宝石かね?」
蒼紫「貴様こそイギリスで名高いという探偵か?ルパンの目星のは立っているのか?」
ホームズ「ふふ、泥棒というのはいつも獲物と逃走経路を気にするものだ。よく観察すると仕草でわかる」
蒼紫「なるほど・・・、あの男か」
ホームズ「これは恐れ入った。大した観察眼だ」
蒼紫「捕まえないのか?」
ホームズ「今捕まえても言い逃れる方法がいくらでもある。捕まえるなら現行犯だ」
蒼紫「あの状態から0時ちょうどに盗むのかあの男は?」
ホームズ「おそらく煙幕か停電で我々の目をくらました隙に盗むはずだ」
蒼紫「どの手も我々には無意味だな」
ホームズ「それは心強い」
そして午前0時
サロンの電気が一斉に消える。
暗闇の中、蒼紫の気配を探る。
蒼紫「動く気配がない?」
ルパン「残念でした。あの男は囮さ」
物陰に潜んでいたルパンが背後から夫人のティアラを狙う。
操「残念でした。夫人は私さ」
操がヨーロッパで身に着けたハグという名の締め技でルパンを拘束。
ルパン「この技は!?この私が抜け出せない!!!」
操「今よ!」
ガルマール「逮捕だルパン!」
ガルマール刑事によって手錠をかけられるルパン。
そしてサロンの電気が再び点いたとき、操の着けていた偽物の麦の穂のティアラのガラス玉が散りばめられたビールが各テーブルに添えられていた。
そして1枚のカードがひらひらと降りてくる。
『今宵は私の完敗だ。刈り取った麦で作ったビールで、今宵の勝者に乾杯と行こうではないか A・L』
ホームズ「あのガルマールはルパンの右腕のグロニャールの変装だったようだね」
蒼紫「そのようだな」
ルパン「痛て!!」
蒼紫の投げた手裏剣がルパンのケツに刺さる。
ルパン「手裏剣じゃん!!欲しかったんだ~」
こうして操から盗んでいた苦無と手裏剣を両手に喜々とするルパンであった。
蒼紫「ふん、ビール給仕のチップだ」
一方、日本では、
エレナ「日本では…、みんな一緒にお風呂に入るのよね?」
剣路「まあ、そうだな」
エレナ「当然家族も一緒に入るのよね?」
剣路「そういえば一緒に入ってたような(幼少期の記憶)」
その夜
エレナ「お義父様どちらへ?」
剣心「風呂でござる」
エレナ「お供します」
剣心「!!???」
剣心「ああ!火の番をしてくれるでござるか!かたじけないでござるエレナ殿」
剣心「薪はここでござる。風呂窯はここでござる」
剣心「では、よろしく頼むでござるエレナ殿」
エレナ「こちらこそ。よろしくお願いしますわお義父様!」
そして、何の疑いもなく湯舟に浸かる剣心。
剣心「まさか義娘が薪をくべた湯に浸かる日かこようとは。感無量でござる」
そして、案の定お風呂場に入ってくるエレナ。
エレナ「お湯加減がいかがですか?お父様」
剣心「最高でござ……る!!!? って、エレナ殿おおおおおお!!!? なんでここにいるでござるか!!!???」
エレナ「家族ですもの!いっしょに入りますわ、お父様!!」
剣心「いやいや!!銭湯や露天風呂ならいざ知らず、ここは狭い家風呂!!だめでござるううう!!!」
エレナ「ここより狭い船内のお風呂を経験済ですわ!心配ご無用」
剣心「いかんでござる!!脱いではいかんでござる!!!入ってはいかんでござる!!!」
薫「ちょっと!なに騒いでるのよ……って!!剣心!!エレナちゃん!!?」
エレナ「お母様も一緒に入りましょう」
薫「一緒に入りましょうって!!?? え???」
エレナ「お風呂はみんなで入るものでしょ?」
剣路「騒がしいな。何やってるんだよ?」
エレナ「おお!剣路も来たか!これでみんなで一緒にお風呂に入れるな!」
薫「剣路!!エレナちゃんに何言ったのよ!!」
剣路「状況は把握した……」
剣路の目が怪しく光る
剣路「エレナ。家の風呂は狭いから、入るのは一人ずつ。もしくは夫婦同士だ」
エレナ「そうなのか」
剣路「ってことで。お袋。たまには親父の背中でも流してやれ」
そう言ってエレナを連れて脱衣所の扉を閉めていく剣路。
薫「ちょっ!剣路!!!って えええええええええええ!!!」
翌日。いつもより距離を近くして朝ご飯を食べる剣心と薫の姿があった。
弥彦「おはようございます」
由太郎「おはようございます」
弥彦「今日は武徳祭だっていうのにまだ飯食ってるのかよ」
由太郎「その人が噂の剣路の嫁さんか。はじめまして神谷道場師範の由太郎です」
エレナ「はじめまして。エレナです。以後お見知りおきを」
ドイツ留学経験を活かし、エレガントなハグ&チークキスをする由太郎。
弥彦・剣路「な……ん……だ……と……!!!?いつの間にその技を!!??? 」
由太郎「紳士として当然のマナーだ」
エレナ「まさか日本で、こんなに洗練された西欧の挨拶ができる殿方に出会えるなんて思わなかったわ!」
薫「ってか由太郎!まだ師範じゃないでしょ!!師範を名乗るのは今日の武徳祭で範士の称号を得てからよ!」
由太郎「十五で師範代になって、早四半世紀。今日でやっと師範だ」
弥彦「甘いぜ由太郎。武徳祭で範士の称号が得られるのは一人か二人。俺だけ受かってお前は師範代のままかもよ」
由太郎「そのセリフは決勝まで残れたら言うんだな」
相変わらずバチバチと火花を散らす二人だった。
そして武徳祭会場。
剣路「ってかなんで師匠がいるんですか??」
十三代目「ここは京都だぞ。俺は生ける伝説だぞ。当然だろう」
剣心「おろろ。まさか比古師匠が特別選考委員会長とは…」
十三代目「それより十五代目。お前の名がリストにないぞ」
剣路「俺、この前神谷道場に帰ったばかりだからエントリーできてねえよ」
十三代目「知るかそんなこと。特別選考委員会長権限だ。お前も出ろ」
剣路「ええ~?? でもまあ、おもしろい。誰が最強か教えてやろうじゃないか」
明治四十年。五月。
比古師匠の見守る中、武徳祭開始。
弥彦・由太郎・剣路は並みいる強豪相手に順調に勝ち上がる。
一足先に準決勝進出を決めた弥彦と由太郎。
そして剣路の準決勝進出をかけて戦う相手は、
この日のために鶴見中尉から特別有給休暇を得てやってきた示現流の使い手・鯉登少尉だった。
十三代目「初太刀は外せと言われる示現流。十五代目、初太刀はどうする?」
剣路「そんなもん堂々と受けてやるに決まってるでしょ!」
鯉登「我が示現流を舐めると痛い眼ばあうど!!」
審判「始め!!」
鯉登「チェストォォォオオッ!!」
鼓膜を切り裂くような猿叫とともに、鯉登が木刀を頭上に高く掲げる「蜻蛉」の構えから地を蹴った。
前傾姿勢のまま、一撃に全存在を賭けて振り下ろされる示現流の初太刀。
剣路「龍昇閃!!」
示現流の初太刀に対抗するように峰を左手で支え上段に刀を斬り上げる。
ガシイイイ!!
鯉登「なに!?」
弥彦「あの示現流を正面から完全に受け止めやがった!」
自慢の剛剣がピクリとも動かない現実に、一瞬にして息を呑む鯉登。
示現流の初太刀の真っ向勝負で競り負けるなどあってはならない。
鯉登の脳裏に、「楽しんでおいで、音之進くん」と特別有給休暇の書類に判を捺してくれた鶴見中尉の神々しい笑顔がよぎった。
鯉登「キエェェェエエエエエーーーッ!!!鶴見中尉殿ォォォオオオッ!!!」
由太郎「鶴見中尉??」
剣心「おろ?どこかで聞いたことがあるような?」
鯉登の身体から立ち上る熱気が、目に見えるほどの激しい陽炎へと変わっていく。
狂信的な愛が生み出す限界突破。有給の恩を勝利で返すという妄執が、鯉登を真の怪物へと変貌させた。
鯉登「チェストォォォオオッ!!!!!」
蜻蛉の構えから、間髪入れずに放たれる二の太刀。それは先ほどの初太刀を遥かに凌駕する速度と重さだった。
剣路「く!さっきより格段に重い!!」
鯉登「「モスッ! モスッ! チェストォォォオオッ!!キエェェェエエエエエーーーッ!!!」
鶴見ブーストのかかった鯉登が、間髪入れずに二の太刀、三の太刀を叩きつける。
一撃一撃が大砲のように武徳殿に地響きを立て、一打ごとに段々とその重みを増す。
剣路「く!これ以上は・・」
防戦一方に追い込まれる剣路。木刀が軋み、肉体が悲鳴を上げる。
そして、鯉登が大きく跳躍し、今日一番の、すべてを破壊せんとする渾身の「初太刀」が剣路の頭上へと襲いかかった。
剣路「示現流は初太刀を外せば負け。俺に回避を選択させたお前の腕を誉めてやろう」
剣路は「堂々と受ける」というプライドを瞬時に捨て、
飛天御剣流の神速をもって、真下へ振り下ろされる鯉登の渾身の一撃を紙一重で躱した。
ズガガガガァァァン!!!
鯉登の木刀が空を切り、武徳殿の床板を何枚も粉砕して深く突き刺さる。
一撃に全てを込めすぎたが故に、鯉登の身体は完全に硬直。背後ががら空きとなった。
その刹那、背後に回り込んだ剣路の木刀が、電光石火の速さで振り下ろされる。
剣路「面ッ!!」小気味良い打撃音が響き渡り、鯉登の頭部へ完璧に一撃が決まった。
鯉登の手から木刀が離れ、そのまま床へと崩れ落ちる。
審判「勝負あり! 勝者、十五代目比古清十郎!」
勝ち名乗りが響き渡る中、完全に意識を失った鯉登少尉の元へ、観客席の陰から一人の軍人が駆け寄る。月島基軍曹である。
月島は表情一つ変えずに、床板にめり込んだ鯉登を慣れた手付きで引き起こし、その頭を膝に乗せて介抱を始めた。
月島「準々決勝まで上がれたのです。鶴見中尉もきっと褒めてくれるでしょう」
鯉登「鶴見……中尉……殿……」
月島が懐から取り出した鶴見中尉の写真をチラつかせると、鯉登は気絶したまま、うわ言のようにその名を紡ぐ。
月島「あなたが壊した道場の修理代は貴方の給料から差し引かせてもらいます」
鯉登「鶴見……中尉……殿……」給料天引きの現実を突きつけられてもなお、鯉登の脳内は中尉の笑顔で満たされていた。
月島「では、我々は忙しいのでこれにして失敬。ご迷惑をおかけしました」
鯉登「鶴見……中尉……殿……」月島に運ばれていく間も、壊れた蓄音機のように「鶴見中尉殿」と呟き続ける鯉登であった
剣路「なんだったんだあいつらは……」
そして、
薫「つ、ついにベスト4が出揃ったわね……! 弥彦に由太郎に剣路、そして……直心影流の阿部守衛先生!?」
剣心「おお、阿部守衛殿でござるか! かつて榊原鍵吉翁の門下として、明治の撃剣界を支え続けた真の重鎮……。
明治40年の今なお、その鋭い太刀筋は健在のようでござるな。これは一筋縄ではいかぬでござるよ」
由太郎「ふっ、直心影流の法定の型、実に合理的で美しい。だが、僕がドイツで培った『最新のフェンシング理論を融合した活心流』の突きが、どちらが上か……試すには絶好の相手さ。40歳、男の不惑の意地を見せてあげるよ!」
弥彦「へっ、寝言言ってんじゃねえぞ由太郎! 阿部先生の壁をブチ破って、決勝で剣路を破るのは、この俺だ! 40年分の神谷道場の一番弟子としての誇り、ここで見せなきゃ男がすたるぜ!」
エレナ「ヤヒコ、ユタロー、ケンジ、みんなとっても熱いわ! まさに日出づる国のサムライ!」
十三代目「ふん、直心影流の阿部か。あやつの十文字の足捌きは、少しは骨のある動きをする。
おい馬鹿弟子、お前の息子(剣路)の神速は、あの老練な技を真っ向から斬り伏せられるほどに仕上がっているんだろうな?」
剣心「ははは、師匠、剣路の飛天は、迷いがござらん。それはもう、あの満洲の修羅場を生き抜いた、鋭利な一振りの刃のようでござるよ」
剣路「阿部先生だろうが弥彦兄だろうが由太郎兄だろうが、ただ俺の最強を見せるだけだ」
薫「うう!準決勝の第一試合が『弥彦 VS 由太郎』で、第二試合が『剣路 VS 阿部先生』心臓がもたないわよぉ!!」
新緑の京都・武徳殿。
ついに「神谷道場の永遠のライバル対決」と「飛天御剣流十五代目VS明治の剣聖」という熱い準決勝の幕が上がる!
陣決勝第一試合。 弥彦VS由太郎
審判「始め!!!」
弥彦・由太郎「神谷活心流の太刀筋は互角!!」
由太郎「勝負の決め手はドイツ仕込みのしなるサーベルがごとき突き!!!」
弥彦「その突きに対抗できるのは神谷活心流看取り稽古牙突!!!!!!!」
十三代目「ほう……。あの狼の牙を我が物顔で神谷活心流の技として使うか」
剣心「弥彦!!その太刀筋、まさに斎藤の牙突でござる!!」
由太郎「くっ……! なんて理不尽で、なんて凶悪な技なんだ、弥彦!
だが、僕のドイツ仕込みの『シュベルツ(しなる太刀)』は、直線の突きをいなして回し突く、完全なる三次元の軌道!
いかに悪即斬の真似事をしようとも、僕の西洋剣術の先読みには届かない!」
弥彦「へっ、御託はそれまでだ、由太郎! 40年分の意地とプライド、そしててめぇのキザなサーベルを真っ向からブチ砕いてやるぜ!」
由太郎「甘いよ弥彦! クライネ・フィンタ(小さなフェイント)からの……エトカ(突刺)ッ!!!」
剣心「由太郎も負けてないでござる!!」
薫「もぉー! なんで神谷活心流の同門対決なのに、片やヨーロッパの決闘剣術で、片や元新撰組の暗殺剣(牙突)になってるのよぉ!!」
剣路「まあ、お袋の教えの基本がしっかり根底にあるからこそ、二人とも40になってもあんなデタラメな進化ができるんだろ。
そういう意味じゃ、お袋の勝ちだ」
剣心「そうでござる薫殿。神谷活心流の神髄は人を活かす剣。その芯がある限り、どの技も神谷活心流でござるよ」
神谷活心流の同門対決は、ドイツ仕込みのサーベル突きVS新撰組看取り牙突という、武の祭典を象徴する大激戦となった。
由太郎・弥彦「「突き技は互角!!!」 」
弥彦「ならば突きからの―――神谷活心流看取り稽古回天剣舞六連!!!!」
由太郎「な!なにぃいい!!!」
薫「あんた!牙突から蒼紫の回天剣舞六連を放っちゃうの弥彦!!?」
十三代目「ほう……。小太刀二刀流の最高峰の技を一本の木刀で、しかも逆手の超神速で再現しやがったか」
剣路「やるじゃねえか弥彦兄!飛天御剣流に見劣りしない神速だったぜ!」
審判「一本!!(実質六本だが・・!!) 準決勝第一試合・勝者 明神弥彦!!」
由太郎「紳士として、君の決勝進出を祝福するよ」
弥彦「ありがとよ!お前がいたから俺もここまで強くなれた」
ガシ!
廉頗と藺相如の如く抱擁を交わす。
エレナ「オー、ヤヒコ、ユタロー! なんて美しい男たちの抱擁!ダイヤモンドのように輝いているわ!!」
剣心「弥彦、真に見事な勝利でござった!由太郎も、素晴らしいでござる!!」
薫「もう・・・ハンカチが手放せないじゃない!!」
審判「続いて、準決勝・第二試合!! 十五代目比古清十郎・阿部守衛!! 両者、前へ!!」
剣路「さあ、日本の撃剣界のレジェンド。あんたの十文字の足捌きが、俺の飛天御剣流にどこまで通じるか試してみろよ」
阿部「まさか抜刀斎の息子と‥そして比古清十郎の名を継ぐものと相まみえることができようとは。剣客冥利に尽きる」
剣路「さすが第一回大会精錬証の達人。その剣気最高だ。できれば若い時のあんたと戦いたかったよ阿部先生。残念だが、この時代の世界最強はこの俺だ」
薫「ちょ、ちょっと剣路……!? 阿部守衛先生に向かって『この時代の世界最強はこの俺だ』なんて失礼よ!!」
十三代目「フッ、世界最強、か。満洲の修羅場を越えて十五代目を襲名しただけのことはある。
それでこそ飛天御剣流の継承者らしい傲岸不遜さだな。気に入ったぞ、剣路」
阿部「……フハハハ、心地よいのう! 明治40年、この老骨の最後の舞台にふさわしい、大層な若獅子(世界最強)が現れたものよ。
その眼光、まさに大陸の硝煙をくぐり抜けてきた一振りの魔剣……。いくぞ、十五代目比古清十郎ッ!」
審判「始めぃいっ!!」
審判の絶叫と同時に、剣路の姿が武徳殿の畳からかき消える。飛天御剣流・縮地。
弥彦「速っ……! おい由太郎、剣路のやつ、一歩目で完全に阿部先生の視界から消えやがったぞ!」
由太郎「なんという初速……! ドイツの物理学の限界を超えているよ。
だが、阿部先生の直心影流の十文字の足捌きは、全方位の死角を補う絶対防御の陣形だ……!」
阿部「……そこかっ!(剣路が背後から繰り出した神速の斬撃を、見もしないで木刀の裏刃で完璧に受け止める)」
剣路「さすが第一回大会の精錬証。なら、これはどうだ……!!」
エレナ「ケンジの力と、阿部先生の技が火花を散らしているわ!!」
薫「剣心、剣心! 剣路のやつ、本当に比古師匠そっくりの、相手を力でねじ伏せるような容赦ない飛天を打ってるわよ……!
阿部先生だって御年を考えたら、あんな神速の連撃を浴びせ続けられたら体がもたないわ!」
剣心「……いや、薫殿。阿部先生の剣気は、衰えるどころか剣路の神速を吸い込んでさらに鋭さを増しているでござる。
直心影流の法定の型、その本質は『呼吸の調和』。剣路の神速のテンポを、先生は自らの呼吸で支配しようとしている。
……これぞ老練の極み、一瞬でも先読みを誤れば、今度は剣路の骨が砕け散るでござるよ」
剣路「さすが明治の剣聖といったところか。だが新時代の剣術にはこれがある!!!」
構えを解き。泰然自若の体をなす剣路。
剣路からは殺気はもちろん、剣気すら感じさせず、明鏡止水が如く佇んでいた。
阿部「それは!?無刀の境地!!?」
薫「いやっあれは!!」
剣心「武の極み!!!」
十三代目「破具!!!」
ガシィイイイイイイイイ!!
一瞬にして阿部先生の懐に潜り込んだ剣路の「締め技」が、完璧に決まった。
明治時代の撃剣(剣術)大会において、組み討ちからの締め技は立派な一本である。
阿部「なっ!なんだったのだ・・今のは!!?一歩も動けなかった」
剣路「破具は信頼の鏡写し。己の命を差し出す覚悟で相手の胸に飛び込む技。
相手はその命を受け入れざるを得ない!
力ではなく、絶対的な親愛を持って相手の闘志を無に還す、究極の活人剣『破具!!』」
阿部「肉を斬られて骨を断つ・・・いや、それ以上の・・命を賭して相手の心を掴むのか!!
直心影流の法定の型、相手の『呼吸(殺気)』を読んで合わせる極意をも無効にする『愛の技』!!
そのような武の極致を体感できるとは・・・我が剣術生涯に一遍の悔いなし。感謝するぞ十五代目!」
審判「阿部先生の降伏宣言により、勝者十五代目比古清十郎!!!」
その美しすぎる武の決着に会場は感嘆するのであった。
エレナ「ウラー(万歳)! ケンジの愛が、日本のレジェンドの心をオッティペリ(雪解け)させたわ!」
薫「剣路!よくぞここまで・・・」
剣心「見事でござる剣路。そして阿部先生。
若き刃の無礼な挑戦を、その大きな器で受け止め、称えてくださったこと、緋村家の家長として心より感謝するでござる」
決勝戦 明神弥彦VS十五代目比古清十郎。
弥彦「あれ?もしかして俺が勝ったら俺が十六代目か?」
剣路「そんな心配は勝ってからするんだな先代逆刃刀」
十三代目「ハハハハハ!! 十六代目だと?面白いじゃねえか!」
薫「ちょっと弥彦ッ!! あなた何ちゃっかり飛天御剣流の十六代目を襲名しようとしてるのよ!
うちの神谷活心流の看板はどうしたのよぉおおお!?」
由太郎「神谷活心流は俺が継いでやる!両者思う存分戦うがいい!!
剣心「おろろ。神谷活心流と飛天御剣流の後継者が決まる戦いになってるでござる」
審判「決勝戦、始めぃいいいいいいっ!!!」
審判の号令と共に、武徳殿の空気が爆発した。
剣路の神速が弥彦を襲う。
剣路「受けよ破具!!」
弥彦「甘い!!お前の破具など燕との特訓で対策済だ!!」
ガシイイイイイイイイ!!
剣路の破具と弥彦の破具が真正面からぶつかり合う。その様。正にがっぷり四つ!
剣心「互角でござる!!!」
十五代目「ほう。武の頂上決戦を武の祖である相撲で決めるか」
エレナ「こんな至高のハグ、ヨーロッパでも見たことないわ!!」
剣路「やるじゃないか弥彦兄!」
弥彦「そっちこそな十五代目!」
両者相譲らず膠着する。
審判「待った!水入りだ!!」
この膠着状態に堪らず審判が止めに入る。
剣路「ふう。せっかくの剣術大会だ。やっま相撲じゃなく剣で勝負だ」
弥彦「望むところだ!」
十三代目「あの構えは天翔龍閃!」
剣心「弥彦もでござるか!?」
弥彦「誰よりも多く剣心の技を見て育ったんだ。神谷活心流看取り稽古の神髄を見せてやる!」
剣路「甘いぜ弥彦兄!本物の天翔龍閃は師匠の肋骨を折って詫びの酒を探しに行き、嫁を連れてきて初めて完成される技なんだよ!」
比古・剣心「余計な習得条件を足すんじゃない(でござる)!!」
弥彦・剣路「「行くぞおおおおおおおおお!!!!」」
天翔龍閃同士の衝突が真真空の衝撃を生み中央に空気の歪みから二体の竜巻が起こり、武道館を暴風が包み込む。
弥彦・剣路「く!この真真空の衝撃を相手に向けるんだ!!!」
弥彦「神谷活心流奥義・刃止め!!!刃渡り!!!!」
凄まじい竜巻のエネルギーを、弥彦は40年の神谷活心流の真髄で完全にコントロール。
相手の力を受け流し、さらにその「真真空の衝撃」のすべてを剣路へと受け渡す。
剣路「飛天御剣流裏奥義・破具安堵帰巣!!!」
剣路は弥彦から渡された道場全体をも滅ぼしかねない真真空の衝撃を、
神速の緩衝術でそのエネルギーを破り、巣に帰って安堵する龍の如く、
会場全体を揺るがした竜巻が嘘のように収まり、武徳殿には心地よい静寂に包まれた。
審判「り、両者……相打ち!!衝撃が完全に相殺されたため、判定不能……!!
(これ以上続けさせたら道場が消える)よって、明治40年度大日本武徳祭・撃剣の部は……
明神弥彦、十五代目比古清十郎(緋村剣路)、両者同時優勝ォォオオオ!!!」
わァァァァァァァァァァァアアアアッ!!!!
武徳殿を埋め尽くした観客、役人、そして長州閥の幹部たちまでが、一斉に立ち上がって割れんばかりの拍手を送る!
エレナ「ハラショー!!! ヤヒコ、ケンジ、最高の両者優勝よ! 」
薫「この武徳殿で、こんな歴史に名を刻むような戦いを、我が子と我が弟子が・・・涙が止まらないわ」
剣心「真に。素晴らしい戦いでござった。二人とも真の勝者ござる」
由太郎「フッ、相手を傷つけず世界を救う『活人剣』で終わるなんて……。これ以上の美しい結末はないよ」
十三代目「ふん、大騒ぎしやがって。だが、退屈しのぎには十分すぎる見世物だったぜ」
弥彦「へっ、やるじゃねえか剣路。あの天翔龍閃の衝撃を消し去るとはな。
さすが『十五代目』だぜ」
剣路「弥彦兄こそ、あの天翔龍閃を受け流す技には恐れ入った。
だけど、十六代目の座はまだ10年早いから、大人しく神谷道場の『最強の師範』でいてくれよ」
最強の侍を決める最高の武舞台は、最高の同時優勝という大団円を神谷道場にもたらせ、
そして評議員会の評議の末、めでたくベスト4に残った4人に範士号が授与されるのであった。
審判「大日本武徳会・評議員会より公式発表!!
厳正なる審査(再びこいつらに来られたら武徳殿が破壊される)の末!
見事ベスト4に輝いた、明神弥彦殿、由太郎殿、十五代目比古清十郎(緋村剣路)殿、そして阿部守衛先生の4名に対し、
武徳会最高位の称号『範士号』をここに授与するものであります!!」
わァァァァァァァァァァァアアアアッ!!!!
武徳殿が、本日何度目か分からぬ割れんばかりの拍手と万歳三唱に包まれる!
薫「……ほ、本当に……? 弥彦と由太郎が、これで名実ともに国に認められた『範士』になったのね……!
よかった、本当によかったわぁあああ!!
これで道場の確定申告も、月謝の改定も、大威張りで手続きできるわ!!(号泣)」
由太郎「フッ、ドイツの最新フェンシング理論と神谷活心流の融合が、こうして歴史の1ページに刻まれたんだ。
紳士として、これ以上の名誉はないよ」
弥彦「最高位の『範士』か。まあ、斎藤の牙突、蒼紫の六連、剣心の天翔龍閃を全部ぶち込んだんだ、
これくらい貰わなきゃ割に合わねえぜ!」
剣路「俺はついでに出ただけで範士だけどな」
ついでに鯉登少尉もめでたく『教士号』を得ていた。
武徳祭の狂乱から数日後。東京・下町の神谷道場には、
初夏の爽やかな風が、道場の生垣を揺らし、庭の葵の葉を青々と輝かせる。
ただ、門前には薫が制作した、
『大日本武徳会公認・明神弥彦範士・塚山由太郎範士・緋村剣路範士』
という看板が誇らしげに並んでいた。
その名声を聞きつけ、新しい門下生たちで、破竹の勢いで賑わう神谷道場。
しかし、門下生に破具を教えたところ、神谷道場からは多くの横綱を輩出することになるのであった。
『ハグの極み編』―――終幕
明治四十年、秋。
東京の神谷道場では、賑やかな結婚祝いの宴が開かれた。
そしてその席には、大連港での破廉恥を一部始終を見届けた軍艦長の電報を読み、宴席の和に加わる陸軍大将と、
榎本からその噂を聞き、駆けつけた函館決戦を終えたばかりの元二等兵の姿があった。
宴席では、薫と妙と燕が腕によりをかけて作った特製の牛鍋を囲い、日露戦争のお歴々が賑やかに酒杯を交わしている。
山県「まさか日露戦争の戦利品に嫁を連れてくるとはな」
乃木「剣路君。ご結婚まことにおめでとう!緋村!素晴らしい義娘ができたな!」
剣心「ハグなる武士道を究めし自慢の義娘でござる!」
剣路「あの人達にハグしたら第二次日露戦争が始まるから堪えてくれエレナ…」
エレナ「だからハグは一般的な挨拶なのだが…、まあ、剣路とハグできればそれでいい」
お歴々の前でエレナにハグされる剣路。しかし堂々とハグを返す成長した剣路の姿がそこにあった。
乃木「ハッハッハ!相思相愛ではないか!この晴れ舞台を児玉にも見せたかったぞ!」
(児玉源太郎は明治39年7月、脳溢血にて他界)
田中「ってことで代わりに俺が来てやったぞ!」
声の主は剣路と児玉とともに旅順に赴いた参謀。後の第二十六代内閣総理大臣――田中義一である。
田中「大連の艦隊から『セイキノハレンチ』という電報が届いたときは何事かと思ったがw、続く報で剣路がロシア美女を娶ったとあって大爆笑したぞ!」
山県「まったく…軍の電報をなんだとおもっておるのか…。おかげで児玉を失い意気消沈していた陸軍省が、日露戦争の勝報以上に沸き上がったではないか!」
陸軍の上層部総出でイジられ顔を真っ赤にする剣路であった。
その宴席の奥には、二人の男が並んで座っていた。
一人は、髪に白いものが混じり始め、相変わらず鋭い眼光を放つ元・新選組三番隊組長、藤田五郎――こと斎藤一。
そしてもう一人は、日露戦争で満洲の地獄を剣路と共に生き抜き、金塊争奪戦を終え東京を訪れていた「不死身の杉元」こと杉元佐一二等兵であった。
酒が進むなか、杉元が何気なく口にした北海道での「金塊を巡る戦い」の土産話に、斎藤は驚愕する。
「……なん・・だと・・、副長が生きていたというのか!?」
「ああ、いやね、北海道の網走監獄をぶっ壊してさ、刺青の暗号を追ってた時に出会ったじいさんがいたんだよ。
元新選組の副長で、土方歳三って凄まじい鬼のような執念を持った男でさ……。つい最近まで、北の大地をひっくり返そうと生きて戦ってたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、斎藤一の身体が震えた。しかしそれは怒りではない。
これは……十数年の時を超えて、腹の底から湧き上がる戦慄と、狂おしいほどの『歓喜』だった。
「…明治二年、函館の一本木関門。土方さんが凶弾に倒れたという報せを聞き、すべてが終わったと……
新選組の、あの幕末の戦いはすべて終わったのだと、俺は己に言い聞かせてこの明治の世を生きてきた。
藤田五郎として泥水を啜り、悪・即・斬の牙を研ぎ続けてきたのは、あの人が遺した新選組の誇りを、この胸の中でだけは絶対に死なせないためだ。
それが……箱館の地で死んだはずのあの「鬼の副長」が、生きて監獄に囚われ、再び北の大地で牙を剥いていたというのか?
あの人が、最後の瞬間までその執念を燃やし尽くして戦っていたというのか……!」斎藤の脳裏に『誠』の旗と共に京都の町を駆け抜ける副長の姿が蘇る。
「藤田さん、あんた……新選組の生き残りだったのかよ。そうか……。悪かったよ、取り乱させた。でもな、俺は嘘なんか言っちゃいねぇ。
あのじいさんは本物だ。五稜郭の戦いであんたたちの和泉守兼定を握り直してさ、第七師団の最新の兵器を相手に、最後の最後まで『新選組副長・土方歳三』として、
めちゃくちゃ格好よく死んでいったんだよ。あんたがそこまであの人を想ってるなら、俺が五稜郭で、あのじいさんの最期をこの目で見た全てを話してやる」
杉元の金塊を巡る壮大な争奪戦を聞き、斎藤は畳の上に拳を強く突き立て、白煙を吐き出すように激しい悔恨の言葉を絞り出した。
「俺が……俺が警視庁をやめていなければ、あの網の目のような情報網を以て、もっと早くその生存を掴み取れたものを……!
なぜ気づかなかった……! 気づいていれば、地獄の果てまで、北の大地まで、あの人の元へ助けに駆けつけたものを……っ!!」
かつて京の闇で、同じ「誠」の旗の下で命を懸け、五稜郭で戦死したと誰もが信じていた「鬼の副長」への、生涯で最も深く、最も激しい狼の慟哭。
これには、左之助や弥彦、そして剣心までも言葉を失い、ただ、彼の死を偲ぶばかりであった。
「パルチザンのソフィア・・何度か商談をしたことがある。そうか彼女も・・」あの豪快な女傑を思い出すエレナ。
乃木「第七師団が北海道でそのようなことを・・」
山県「乃木・・田中。このことは聞かなかった。いいな?」
杉元から土方の最後の姿を聞いた斎藤が呟く。
「……そうか‥…。副長の最後をあのガムシンが看取ったのか・・」
「永倉殿…」剣心の脳裏にかつて実戦集団『剣客兵器』を相手に敵味方を超えて共闘した、あの我儘で豪快に笑う二番隊組長の顔が浮かぶ。
「……それにしてもだ!永倉の野郎なぜ俺に一報入れなかった?」
再び力を入れ床を叩く斎藤、
「…こうなれば本人に直接聞いて確かめるしかない。不死身の杉元とやら。案内してもらおう」
「えっ!? いや、ちょっとまだ肉残ってるんですけどおおぉ!?」
「そんなもん道中でいくらでも奢ってやる!行くぞ!」
杉元の手を引き、連れ去る斎藤。
「まっ待て!貴様また余計なことを」慌てる山県を剣心が引き留める。
「新選組のことに長州が立ち入るのは野暮でござる」
「そうそう!酒はまだあるんでこっちはこっちで楽しみましょう」ウォッカを手に剣路も山県の行く手を遮る」
「…まったく、面倒事が起きたらお前たちがちゃんと後始末するんだぞ」
観念した山県をよそに斎藤と杉元は激しい雪煙を上げる蒸気機関車に乗り込み、
一路、まだ雪の残る白銀の北海道へと向かうこととなったのである。
小樽のチセ、繋がれた未来極寒の小樽。窓の外で荒れ狂う猛吹雪を遮るように、アイヌの伝統的な家「チセ」の中には、炉裏の温かい火と、大鍋から立ち上る豊潤な湯気が満ちていた。
ぐつぐつと煮え立っているのは、大自然の恵みをふんだんに煮込んだアイヌの伝統的な汁物「オハウ」。
その横では、若きアイヌの少女・アシリパが、真っ直ぐな瞳で木の器に料理を盛り付けていた。
「さあ、ヒンナ、ヒンナ! 杉元、狼のじいさんも、このオハウを食べればみんな元気になるぞ!」
「ヒ…ヒンナ? チタタプ??この料理の名か…。悪くない」
斎藤はエゾシカの肉の叩き(チタタプ)を口に運び、珍しくその鋭い眼光を和ませていた。
「旦那、旨いだろ!? アシリパさんの作る料理は世界一なんだからよ!」杉元が豪快に笑う。
そこへ、チセの入り口の薄暗がりから、一本の木刀を携え、白い髪を豪快に揺らした老人が大声を張り上げて入ってきた。
「がはははは! おい、斎藤! よく来たな!」かつて新選組二番隊組長として幕末の維新志士を震え上がらせた、永倉新八その人であった。
「……ガムシン。相変わらず死に損ないの、我儘な狼のままで安心したぞ」
永倉の顔を見るや否や再会の挨拶もそこそこに胸倉を掴み問う。
「ガムシン……なぜ俺を呼ばなかった!!」
「呼びに行ったさ、…何度もな!」
「な!?」永倉の予期せぬ返答に斎藤の口からタバコが落ちる」
「何度も使いの者を送った。
しかし!
お前が東京女子高等師範学校というハイカラな所なんかで働いてるせいで!
使い者がことごとく不審者に間違われ守衛の男に追い払われておったのじゃ!」
「なっ…!?」
東京女子高等師範学校の守衛って……「俺じゃねえか!!」
「がはははは! ほれ見たことか! お前がカタブツすぎて守衛の仕事に精を出しすぎるから、
俺からの大事な連絡が届かんかったんじゃ!自業自得じゃな、斎藤!
だが、こうして生きてお前の不遜な面拝めたんだ、水に流してやろうじゃねぇか。」盛大に笑う永倉。
「使いを寄こすならもっとマシなヤツを送ってこい!!」
永倉を突き放し、力なく座り込む斎藤。
「安心しろ斎藤。俺らがいてもいなくても、あの人は最後まで偉大なる俺らの副長だったよ。」
「フッ・・そうであろうな」
二人の脳裏には新選組の、斎藤の永倉の先陣を切る土方歳三の颯爽とした姿が蘇る。
そして目線を上げると、喧嘩したかと思えば豪快に笑うジジイ二人を不思議そうに見つめるアシリパを見があった。
「そうか・・あいつが副長が命をとして守ったアイヌの…」
金塊が土地の権利書に変わろうと、国という巨大な怪物の近代化の濁流は止まらない。
放っておけば、アイヌの誇りも文化も、古い歴史の遺物として押し潰されてしまう。
斎藤の鋭い眼光が、鍋の横で真っ直ぐな瞳をして座っている、年齢的にはちょうど十四、五歳のアシリパの姿をじっと見つめた。
斎藤は床に落としたタバコを咥え直し火を点けると、紫煙を細く吐き出しながら、ぶっきらぼうにアシリパへと言い放った。
「……おい、アシリパとやら」「ん? なんだ、藤田のじいさん」
「お前がどれだけ弓を扱い、山で熊を仕留めようと、これからの時代は『知恵』と『学問』を持たぬ者は、
国という巨大な怪物に都合よく飼い殺されるか、歴史の闇に消されるだけだ」
斎藤は煙草を指に挟み、冷徹に、しかし誰よりも深い「盾」を差し伸べるように言葉を続けた。
「お前たちがこれからもその誇りとやらを失わずに、この日ノ本で生きていきたいのなら、東京へ来い。
我が校――東京女子高等師範には、お前のように、自分の力で未来を抉じ開けようとする不遜な女子が集まっている。」
「え、えっ!?」これには永倉も、そして杉元までもが驚愕して目を丸くした。あの孤高の狼が、
アイヌの少女の未来のために、己が守る女子最高学府の門戸を叩けと、斎藤なりの最高に不器用で、最高に熱い活人剣の精神を示したのだ。
「お前を立派な学士に育て上げることが、副長になにもしてやれなかった俺ができるせめてもの償いだ」
「……藤田のじいさん。トウキョウの、ジョシコウトウシハン……。
そうか。私はただ山で生きるだけでなく、これからの時代にアイヌがどう生きるべきか、もっとたくさんの『学問』を知らねばならんのだな」
アシリパは青い瞳をさらに輝かせ、じっと斎藤を見つめ返した。
「アシリパさん!!東京女子高等師範学校って本当に凄いところなんだよ!!
色々な政財界のトップの子女が集まって・・ あのエビ!エビフライが食べるられるんだよおお!!」
杉元も全身全霊をもってアシリパの東京女子高等師範学校行きを勧める。
「分かった! 私の案内を頼むぞ藤田のじいさん!! ヒンナだ!」
斎藤の放つ狼の視線の奥にレタㇻを感じたアシリパに不安はいっさいなかった。
「がはははは! そいつは傑作だ! あの新選組三番隊組長が、東京で女学生の守衛をやり、今度はアイヌの救世主の先生か!
副長が生きてたら、腹を抱えて大笑いしてるぜ!」永倉の新選組仕込みの豪快な笑い声がチセの屋根を揺らし、杉元も「頼むぜ、先生!」と大笑いする。
小樽の猛吹雪をも一瞬で溶かしてしまうほどの、誠に温かく、どこまでも優しい北海道の希望の光が、ここに灯るのであった。
そして小樽の温かいチセ(家)での会合から数ヶ月。
アイヌの少女・アシリパは、花の都・東京の土を踏んでいた。
「ここが、トウキョウのジョシコウトウシハン……。建物がみんなレンガでできていて、大きいな!」
明治終盤の御茶ノ水。大正デモクラシーの足音が近づくキャンパスで、アシリパはアイヌの伝統衣装を脱ぎ捨て、
鮮やかな矢絣の着物に海老茶色の袴をはき、長い黒髪に大きなリボンを結んでいた。
その姿は、どこからどう見ても可憐な「ハイカラ女学生」そのものであった。
しかし、その青い瞳の奥に宿る「荒野の戦士」の魂までは、東京の街並みも染めることはできなかった。
「おい、アシリパ。学校の敷地内でウサギの罠を仕掛けるのはやめろ。
それから、学長の机の上に干し肉を献上するのも処分対象だぞ」
校門の脇で、長い前髪を揺らしながら竹箒を持った斎藤が、いつも通りの冷徹な声で釘を刺す。
「藤田のじいさん! 私はただ、これからお世話になる東京の人たちに贈り物がしたくてだな・・
ほら、藤田のおじさんにはエゾシカのチタタプだぞ! ヒンナだ!」
「……フン。学校の食堂で『チタタプ、チタタプ』と声を上げながらスプーンを叩きつけるのはお前くらいだ。周りの良家の子女たちが怯えているぞ」
斎藤は呆れ顔で煙草を咥えながらも、その鋭い眼光は、少しでもアシリパに偏見の目を向ける者がいれば、
瞬時に「悪・即・斬」の殺気で威圧し、影から完璧に彼女の学びを護っていた。
授業が始まれば、アシリパの天才的な直感と生存知略が炸裂した。
地理の授業で世界地図を見せられれば、「なるほど、この海の向こうにも、別のコタン(村)があるのだな。
アイヌの権利を守るためには、この『法律』という文字をすべて脳みそに詰め込まねばならん!」と大真面目に猛勉強。
家政科の調理実習でハイカラなカレーライスを作れば、
「これは……見た目はオソマ(糞)のようだが、スパイスが効いていて、誠にヒンナだ!!」と叫び、周囲の華麗な華族の娘たちを気絶せんばかりに驚かせた。
(夜、アシリパが下宿している藤田家の居間。ちゃぶ台の上には、時尾が作った温かい麦飯と味噌汁、そしてアシリパが持ち込んだ干し肉が並んでいる。
その横で、分厚い教科書を広げたアシリパが、知恵熱を出しそうな顔で頭を抱えていた)
「……藤田のじいさん、この『大日本帝国憲法』というやつは、文字が難しすぎて頭が痛くなってくるぞ……。山を一日中駆け回る方がよっぽど楽だ」
「甘ったれるな、アシリパ。山での甘えは死に直結するが、この新時代(明治)における学問の甘えも、やはり一族の死に直結する。
憲法とは、国という怪物を縛るための最も頑丈な檻だ。その檻の仕組みを知らぬ者が、どうやって怪物の暴走を止め、アイヌの未来を守るというんだ」
斎藤は煙草の煙をふっと吐き出し、厳しい視線で彼女の青い瞳を射抜く。
「文字が難しければ、俺が何度でも噛み砕いて教えてやる。お前がその真っ直ぐな頭をさらに尖らせ、どんな大物政治家や官僚が相手でも一歩も引かずに論破できるだけの『言葉の牙』を持つまで、
俺の家庭教師は終わらんぞ。さあ、次の頁を読め」
「……っ、分かったよ! 藤田のじいさんの言う通りだ。私はここで負けるわけにはいかない。
もう一度、最初から教えてくれ! ヒンナな飯を食って、脳みそにたっぷり知恵を詰め込んでやる!」
(赤くなったおでこを擦りながら、アシリパは再び教科書に齧り付く。
その不屈の背中を、斎藤は内心でフッ……とほくそ笑みながら、静かに見守っていた。
これより、明治の終わりに向けて、元新選組三番隊組長による「地獄の猛特訓」が始まるのである。
その日、東京女子高等師範学校には4人の特別講師がやってきた。
伊藤博文(大日本帝国憲法の生みの親、初代首相)
「諸君、国家の安定こそが何よりも優先されるべきだ。
私が起草した大日本帝国憲法は、天皇が統治権を総攬し、国家の秩序を保つ仕組みとなっている。
国民(臣民)の権利も認めてはいるが、それはあくまで『法律の範囲内』という留保をつけた。
自由や人権というものは、無制限に振りかざせば国家の根幹を揺るがしかねないのだよ」
板垣退助(自由民権運動の指導者、元・民部卿)
「何を言うか、伊藤君。国家ありきで国民が抑圧されるなどあってはならぬ。
自由と権利こそは天賦の人権であり、国民の義務を果たしている以上、等しく参政権が与えられるべきだ。
我々が民撰議会設立を求めて立ち上がったのは、国民の意思を国政に反映させ、開明的な国家を作るためだ!」
美濃部達吉(憲法学者、天皇機関説の提唱者)
「お二人とも落ち着いてください。
板垣君の理想とする人権は素晴らしいが、現実の帝国憲法下では『臣民の権利』としての制限があるのも事実だ。
しかし伊藤君、国家を絶対視する必要はない。
私は国家を法人とみなし、統治権は国家にあるが、天皇はその機関として憲法に基づき統治を行う『天皇機関説』を唱えた。
これにより、立憲主義の精神を守りつつ、国民の権利と議会の権限を最大限に拡大解釈できるのだよ」
梅謙次郎(民法典の起草者、ボアソナードの原案を修正した「日本民法」の父)
「憲法の話も結構ですが、実質的な国民の生活を支える『民法』の視点も忘れてはいけません。
私や穂積陳重、富井政章らで起草した民法は、『個人の権利の尊重』と『社会の経済的発展』の調和を目指しました。
とりわけ財産権の不可侵と契約の自由を保障することは、近代市民社会における人権の土台となります。
法律の留保や国家の枠組みがどうあれ、個人と個人の間の公正なルールが定まってこそ、真の自由が実感できるのです」
伊藤博文
「なるほど、梅君の言う民法は確かに近代国家のインフラとして不可欠だ。
そして達吉君の天皇機関説も、立憲君主制の運用としては理にかなっている。
しかし、統帥権の独立など、憲法の最高権力を握る天皇の神聖不可侵性を軽視するような議論は、国家の統合を危うくする恐れがあるのではないかね?」
美濃部達吉
「そこは法学者としての腕の見せ所です。立憲政治を機能させるためには、憲法の枠内でいかに人権と議会政治を守るかが重要です。
天皇を絶対的な神として扱うのではなく、憲法という法秩序に基づく機関と位置づけることで、専制政治を防ぎ、近代的な人権保障への道を開くことができるのです」
板垣退助
「憲法や法学の専門的な議論も結構だが、根本にあるのは『人民がどれだけ主体的に生きられるか』だ。
伊藤君の国家主義も、梅君の個人主義も、最終的には人民の幸福と権利の拡大のために奉仕しなければ意味がない。
我々は常に、政府権力を監視し、人権を拡張する気概を持たねばならん!」
梅謙次郎
「おっしゃる通りです。民法の『所有権絶対の原則』や『契約自由の原則』も、個人の自立があって初めて機能します。
時代が進めば、家族制度や社会のあり方も変わる。
その時々の社会正義に合わせて、常に法も進化していかなければならない。それが我々法学者の責務でしょう」
アシリパ
「ふん、さっきから聞いていれば『天皇』だの『国家』だの『法律』だの、和人の都合ばかりだな。
伊藤のじいさん!お前たちが作った明治の新しい政府は、私たちの暮らしをどう変えたか知っているか?
『北海道旧土人保護法』という不名誉な名前の法律を作り、私たちの土地を取り上げ、伝統的な狩猟や川でのサケ漁を『密猟だ』と言って禁止した。
先祖代々受け継いできた言葉を奪い、和人の学校へ行かせ、無理やり名前を変えさせた。それがお前たちの言う『国家の安定』なのか?」
伊藤博文
「……ふむ。君がアイヌの娘か。国を一つにまとめ、欧米列強の侵略から日本を守るためには、
近代的な国境を引き、国内の制度や国民を一元化することが不可欠だったのだ。
道境を曖昧にしていれば、北のロシアに付け込まれていた。国家の独立という大局のためには、痛みを伴う同化もやむを得なかったのだ」
アシリパ
「大局? ロシアから守る? そのために私たちの言葉や生き方を消していい理由になるものか。
私たちはこの大地で、すべての自然をカムイ(神)として敬い、必要な分だけをいただいて、分け合って生きてきた。
お前たちの作った法律は、私たちの生きる根拠そのものを奪ったんだ!」
板垣退助
「アシリパ君と言ったか。君の言うことは胸に刺さる。我々が自由民権を叫び、天賦の人権を唱えたとき、
その『人民』の中にアイヌの諸君の権利を十分に含めて考えていたかと言われれば、恥ずかしながら盲点であったと言わざるを得ん。
真の自由主義とは、多数派の都合で少数派の文化や生業を圧殺することであってはならないはずだ」
美濃部達吉
「法律家として、非常に耳が痛い指摘です。私の天皇機関説や立憲主義は、国法秩序の枠内での人権拡大を説くものでしたが、
その『国法』自体が、元からあった独自の社会秩序や慣習法(アイヌの掟)を暴力的に上書きしてしまったのですね。
近代の『一国一法主義』が、先住民族の固有の権利をいかに不当に制限してきたか、法学の限界を突きつけられる思いです」
梅謙次郎
「私が作った民法では『財産権の不可侵』や『所有権』を定めました。しかし、それは近代的な登記や売買の仕組みを前提とした、和人の『個人の所有』の概念です。
アイヌの皆さんのように、山や川を特定の個人のものとせず、コタン(集落)全体や自然との共有物として生きてきた人々にとっては、
我々の『民法』こそが、土地を合法的に奪い取るための武器になってしまったわけですね……。
社会の正義を目指した法が、結果として他者を苦しめていたとは」
アシリパ
「そうだ。私たちは文字の法律を持たない。だが、破ればコタンにいられなくなる厳しい『掟』がある。
それは『自然を壊さないこと』『他人のものを盗まないこと』『弱い者を助けること』だ。
お前たちの法律は、文字で細かく権利や義務を書いているくせに、なぜ身勝手な理由で他人の土地を奪い、生きる術を奪うことを許すんだ?
法律というものは、人間の心を貧しくするためにあるのか?」
伊藤博文
「……いや。本来、法は国を豊かにし、民を保護するためにある。しかし、近代化を急ぐあまり、君たちの固有の歴史や尊厳を蔑ろにしたことは、否定できない事実だ」
アシリパ
「私は、和人の文化すべてを否定するつもりはない。杉元や、他の和人の友人たちから、良いところもたくさん教わった。
美味いものは、和人の料理だって美味い。
だからこそ、お前たちの法律や国家という仕組みが本当に立派なものなら、自分たちと違う生き方をする人間の尊厳も、ちゃんと認められる優しさを持つべきだ。
私たちは滅びゆく民族なんかじゃない。この大地で、これからもアイヌとして生きていくんだからな」
伊藤博文
「アシリパ君。君の理想は極めて正しく、我々も深く反省せねばならん
だが、現実の明治40年の日本において、憲法を今すぐ書き換えるのは不可能に近い。
列強と渡り合うための大日本帝国憲法は、そう簡単に動かせんのだ。
ならば、今ある仕組みの中で、君たちの尊厳をどう守るか。その『戦い方』を教えよう。
『臣民の権利』を逆手に取り、義務を武器にせよ。
現在、君たちは法律上『日本国民(臣民)』として扱われ、和人と同じように税を納め、兵役の義務を負っている。
ならば、それを逆手に取るのだ。『同じ義務を果たしている以上、我々にも和人と完全に等しい参政権と、
不当な法律(旧土人保護法)を改正させる権利がある』と、帝国議会に堂々と申し立てよ。
義務を果たしている者に、国は文句を言えん。国と同じ土俵に立ち、中から仕組みを変えるのだ」
美濃部達吉
「憲法学者の私からは、第28条の『信教の自由』の拡大解釈を勧めます。
君たちが自然をカムイ(神)として敬う生き方は、和人の言う宗教や信仰そのものだ。
国が君たちの伝統的な儀式を禁じたり、言葉を奪って同化を強制することは、
『日本臣民の信教の自由を侵してはならない』という憲法に違反していると主張できる。
法律の文面を都合よく解釈し、自分たちの文化を守る盾にするのだよ」
梅謙次郎
「民法の生みの親として、今ある『旧土人保護法』の抜け穴を教えましょう。
あの法は、君たちに与えた農地を『個人のもの』とし、開墾できなければ没収すると定めている。
ならば、コタン(集落)の皆で民法上の『法人(組合や社団)』を立ち上げるのです。
個人ではなく『アイヌの組合』として土地を管理し、共同で開墾すれば、国に土地を没収されるのを防げる。
和人の作った『契約の仕組み』を利用して、実質的な共有地を守るのです」
「最後に私からだ。君たちは文字を持たないと言ったが、文字を持つ和人の社会を動かすには、文字を使うしかない!
君たちの主張を和人の『新聞』に寄稿して世論を味方につけるのだ。
さらに、君たちの息がかかった代表者を帝国議会へ送り込み、公の場で総理大臣に『この不平等な法律をいつ変えるのか』と問いただせ。
自由の権利は、黙っていては与えられん。自ら叫んで毟り取るものだ!」
アシリパ
「なるほど!色んな方法があるのだな!
わかったぞ4人のじいさん!私はここでもっと法と世の中の仕組みを勉強し、アイヌの未来を守って見せる!!」
4人の大物と白熱のディベートを堂々と交わすアイヌの未来の姿がそこにあった。
斎藤
「フッ、副長、あんたの残した子犬は立派な狼に育ちそうだ」
数か月後、
フランスから戻ってきた蒼紫と操が、社交界のマナー教師として東京女子高等師範学校にやってくる。
蒼紫「社交界とは、戦場だ!社交界でのミスは戦場での死を意味すると思え」
操「舞踏会とは武道会!武を極めてないと社交界では生きていけないわ!」
蒼紫「まずは挨拶だ!ハグをするときは常に相手を殺せるように、また敵の攻撃をすぐに躱せるように強すぎず弱すぎるに抱きしめる!」
操「しかし殺気を出して駄目よ!己の首を差し出す覚悟で頬にキスをし、敵の信頼を勝ち取るの!!」
蒼紫「社交ダンスは先手必勝だ!常に相手の目線と重心を意識して先読みしろ!!」
操「周囲の警戒も怠ったらだめよ、ダンスで他のペアとぶつかることは国家の恥となることを忘れないで!!」
こうして蒼紫と操による模範ダンスが行われた。
流水の動きのステップに会場から全女子学生の感嘆の声が響く。
アシリパ「凄い。ダンスのカムイだ」
斎藤「無駄のない動き。なにより隙が無い」
蒼紫の指導の下、アシリパのダンスレッスンが始まる。
蒼紫「まずは姿勢から! 顎を引いて、胸を張って、いつでも相手の喉元を突けるように指先まで神経を尖らせろ!」
アシリパ:「分かった、こうか!?(完璧に体幹を意識して、獲物を狙う鋭い目つきになる)」
蒼紫「いい眼だ!私の動きに遅れるな。右足から踏み込み、相手の死角へ回り込め」
アシリパ「熊を狩るが如く!熊を狩るが如く!!」
操「素晴らしいポテンシャルだわあの子!!!!」
そして迎えた東京女子高等師範学校・ダンス大会。
エントリーナンバー
①フランス帰りの隠密講師、蒼紫・操ペア。
②ロシアの令嬢とその夫、エレナ・剣路ペア。
③ウルフステップ、アシリパ・斎藤ペア。
④ダークホース、弥彦・燕ペア。
弥彦「く!武道会と聞いて来たのなんだこの大会は!?」
そう言いつつも神谷活心流・看取り稽古で、蒼紫のステップを完コピして舞う弥彦。
蒼紫「貴様!そのステップどこで覚えた?」
弥彦「今現在、お前のステップを見て覚えてるんだよ!」
燕「混雑時の接客の動き!注文を先読みして客を捌く動き!!」
操「斎藤のステップも凄いわ」
斎藤「ふん。家でアシリパの練習に付き合ってるうちに俺の方がうまくなったわ。先の先を読んで小娘を操るなど造作もない」
アシリパ「この狼の牙は一瞬でも隙を見せると噛み殺されてしまう!!」
蒼紫「それにしても、あのロシア人の動き・・あれはバレエだな?」
操「イタリアで生まれ、フランスで育ち、ロシアで開化したバレエ!」
エレナ「バレエジュニアチャンピオンの実力、特と見よ!!」
剣路「先読みだ!!十五代目比古清十郎!!神速の先読みでエレナの動きに合わせるんだ!!」
各自が持ち味を十二分に発揮し、かつてないレベルで技を競うダンス大会。
その会場の片隅で、一人の男が拳を握りしめていた。
杉元「くっ!!なんでアシリパさんは俺じゃなく藤田の爺さんと踊ってるんだ!!? だ!だれかペアになってくれ!!」
絶望する杉元の前に日本一のミーハー、赤べこの妙が立っていた。
妙「shall we dance?」
突如乱入したゴスロリの赤べこのユニフォームを着た妙と、杉元の不死身のステップが舞踏会を席捲する。
ベストコスチューム賞:妙・杉元ペア
蒼紫「心も衣装も、まさに黄金だった」
オーディエンス賞:エレナ・剣路ペア
蒼紫「その技術と神速、まさに魅せる演武だった」
審査員特別賞:アシリパ・斎藤ペア
蒼紫「隙の無い動き、獣を狩る動き、まさに武の極みだった」
最優秀賞(マナー講師賞):弥彦・燕ペア。
蒼紫「我々のテクニックだけでなく空間把握や表現力まで完コピするとは…文句無く優勝だ」
万来の拍手に包まれる表彰式。その激闘を目の当たりにし、感極まった薫が剣心に告げる。
薫「次は私もこのダンス大会に出るわ!!ヨーロッパに行って修行するわよ剣心!!!」
剣心「!!!!!??????」
余りの衝撃的な発言に「おろ?」という声すら出ない剣心を引っ張り、船に乗る薫。
しかし乗る船を間違えて二人はブラジルに降り立った。
そしてカーニバルのサンバ隊のトップに立つ薫。
その姿を見て石になる剣心。
明治四十三年。
その日東京女子高等師範学校を退職することになる斎藤一。
その彼の元に海老茶色の袴の裾をなびかせ、頭に大きなリボンを結んだ少女が駆け寄る。
卒業証書の筒を固く握ったアシリパだった。
「藤田のじいさん。私は……やり切ったぞ」その青い瞳には、四年前のあの知恵熱を出しそうだった幼さは微塵もない。
数年間にわたる斎藤の地獄の猛特訓に耐え抜き、この国の法律も、歴史も、世界を縛る知恵のすべてをその脳みそに詰め込んだ、一人の立派な「戦士」の目がそこにあった。
「フン……。当然だ。俺の『悪・即・斬』の教えを受けて、落第などされては新選組の名が廃る。
……よくぞここまで這い上がってきたな、アシリパ」咥えていた煙草の煙をふっと夜空へ逃がし、初めてあいつの頭を、大きな掌で優しく、力強く撫でた。
「お前はもう、ただ山を駆けるだけの小娘ではない。国という巨大な怪物とも、対等に言葉の刃を交えられる本物の『牙』を手に入れた。
これから北の大地へ帰り、お前のコタン(村)の、アイヌの未来のためにその牙を振るうんだ」
「ああ! 分かっている。トウキョウで学んだこの知恵は、私の、そして私たちの『盾』だ。北海道へ戻ったら、同じようにアイヌの誇りのために立ち上がろうとしている若い仲間たちがいる。
違星北斗……バチェラー八重子……。彼らと共に、私は新しいアイヌの、新しい日ノ本の未来を、この言葉の力で抉じ開けてみせる!」
アシリパは卒業証書を胸に抱きしめ、かつて五稜郭の風の中で逝った土方歳三のように、不敵で、どこまでも美しい笑みを浮かべた。
「藤田のじいさん。私が東京にいた数年間……私を、アイヌの未来を、その不器用な『盾』で守ってくれて、本当に、本当にヒンナだ」
「……フン、買い被るな。俺はただ、退屈しのぎをやってただけだ」ぶっきらぼうに背を向ける斎藤の背後で、
アシリパは「またな!」と元気な声を残し、新しい時代が待つ駅の方へと力強く走り去っていった。
舞い散る桜吹雪の向こう、その背中を見送りながら、斎藤は腰の警棒にそっと触れた。
新選組の戦いは、あの五稜郭で、土方の死を以て完全に終わったと思っていた。
だが、そうではない。
「俺たちが泥水を啜って明治を生き抜き、緋村が不殺の逆刃刀で若者たちを守り、そして俺がこの学校で少女に知恵を授けた。」
すべては、あの『誠』の旗が目指した、誰もが誇りを持って前を向いて生きられる新時代(未来)へと繋がっていた
「土方さん……。俺たちの牙は、まだ死んじゃいませんよ。あの小娘が……これからの新しい時代を、俺たちの代わりに戦い抜いてくれます」
去りゆくアシリパの背中に、そして遠い北の大地へと向かって、斎藤は人生で一番の晴れやかな紫煙を燻らせていた。
無事に卒業を迎え、数年ぶりに北海道のコタン(コタン:アイヌの集落)へと帰郷したアシリパの元に、一通の奇妙な手紙が届く。
差出人は、あの「脱獄王」白石由竹。
封筒の中には、南国の強い陽射しを思わせる歪な刻印が押された、見たこともない金色のコインが同封されていた。
『親愛なるアシリパちゃんへ。俺は今、列強の国境線すら届かない、南洋の楽園「白石王国」の王様やってます! 最高のビーチ、美味い酒、そして新しい黄金の匂い! ぜひ遊びに来てくれよな!』
「相変わらず、ろくでもないことをしているな、白石は……」
呆れつつも、アシリパの胸は高鳴った。
ちょうど東京女子師範学校の同級生たちと「卒業旅行」の計画を立てていたところだったのだ。
「南の国、いいですわね!どこの島ですの?」
「南沙諸島? 面白そうですわね」
「でもちょっと遠いんじゃなくて?」
「では我が家の客船を出しちゃいましょう!」
そう声を弾ませるアシリパの同級生たち。
日本屈指の令嬢・才女・女傑達を乗せた超豪華客船は、東京港を出発し、
黒潮を越えて南シナ海へと進路を取る。
船内には、師範学校を卒業したばかりの各分野の天才少女たちが揃っていた。
植物学の権威、土木工学の申し子、そして狩猟とサバイバルの達人であるアシリパ。
しかし、数日間の航海の末に彼女たちがたどり着いた「白石王国」は、想像を絶する場所だった。
「……白石。ここが、王国か?」船の甲板から望遠鏡を覗いたアシリパの顔が引きつる。
そこにあったのは、見渡す限りの青い海と、波に洗われるだけの貧相なサンゴ礁(環礁)。
ヤシの木すらまともに生えていない、ただの「荒涼とした岩場」だった。
「よお、アシリパちゃん! よく来てくれたな!」
日焼けで真っ黒になり、腰蓑に純金の王冠を被るという、
女学生たちが悲鳴を上げる出で立ちの白石が出迎える。
列強の隙を突いて、国境が未画定な南沙諸島の一角の領有権を主張したまでは良かったが、
ここには水も、土も、食料も、何もない場所で白石はギリギリの裸の王様生活を送っていた。
「何もないなら、作ればいいだけのことですわ」
東京女子師範学校の卒業生たちは、およそ良家のお嬢様とは思えない手際の良さで、客船の資材を島へと運び下ろし始めた。
まずは生命線となる「真水」の確保だ。彼女たちは客船のボイラーパイプと大きなドラム缶を解体。サンゴ礁の岩場に巨大な「多段式蒸留・ろ過装置」を数日で組み上げた。
海水を沸騰させた蒸気を冷やして淡水化し、さらに細かく砕いたサンゴの礫、砂、そして船から出た木炭を何層も敷き詰めた特大フィルターに通す。
「……美味い!」出来上がった水を口にしたアシリパが目を丸くする。
不純物が完全に除去され、サンゴのミネラルが適度に含まれた、極上の飲料水がサンゴの島に滾々と湧き出た。
さらに彼女たちの進撃は止まらない。島の一部に露出していた石灰岩を砕き、粘土質の泥と混ぜ合わせて即席のキルン(焼成窯)で超高温で焼き上げる。
作られたのは、近代建築の基礎たる「ポルトランドセメント」だ。そこにサンゴの砂利と海水を混ぜ、強固な「鉄筋コンクリート」を錬成。
アシリパの指示による南方特有の風通しの良い構造と、近代の建築学の粋が融合し、わずか数週間でエメラルドグリーンの海に映える、白亜の「海上近代ホテル」が姿を現した。
「おいおいおい……俺の王国が、なんかとんでもないリゾート地になってるんだが!?」
変わり果てた島の姿に、白石は口を開けたまま腰を抜かしていた。
しかし、この劇的な近代化は、周辺の不穏な影を呼び寄せることになる。
列強の狭間、国境未画定のこの海域は、武装した「現代の海賊」たちの巣窟でもあった。
ある朝、ホテルのテラスから海を監視していたアシリパが、地平線に近づく数隻の不審な武装高速艇を捉えた。
「白石、客だ。武器を持った連中がこっちに向かってきている」
「げえっ! 海賊じゃねえか! アシリパちゃん、逃げよう!」
慌てふためく白石を尻目に、同級生の一人が冷徹に眼鏡を押し上げた。
「逃げる? 冗談ではありません。私たちの王国に喧嘩を売るとは、良い度胸ですわ。
ちょうど『足りない物資』をどう調達するか悩んでいたところです」
彼女たちが目をつけたのは、島の一角にある、数万年分の渡り鳥の糞が堆積してできた化石群――「グアノ」だった。グアノは純度の高い天然の窒素・リン酸を含んでいる。
つまり、黒色火薬の主原料である「硝石(硝酸カリウム)」の塊そのものだった。
「アシㇼパさん、鳥の糞を掘り起こしてください! 硫黄と木炭は船の備蓄があります!」
「このオソマをチタタプの要領で細かく砕けばいいんだな!」
アシㇼパがもの凄い速度でグアノを粉砕し、化学専攻の同級生たちがそれを精製して、瞬く間に大量の「高威力黒色火薬」を製造。
さらに土木チームが、ホテルの建築資材として使ったコンクリートと鉄パイプを流用し、
即席の「大口径コンクリート製大砲(滑腔砲)」を海岸線に据え付けた。
高速艇で島に近づき、重機関銃を構えた海賊たちが「お嬢ちゃんたち、身ぐるみを――」と叫ぼうとした、その瞬間。
「進路を完全に予測。……てぇっ!!」轟音と共に、コンクリートの大砲から放たれた急造の砲弾が、海賊船の目の前の海面を爆破した。
凄まじい水柱が上がり、突風が高速艇を激しく揺らす。
「ひぃっ!? なんだあの威力は! 大日本帝国の軍艦でもいるのか!?」
パニックに陥る海賊たちに向けて、アシㇼパが弓を構え、火薬を括り付けた矢を放つ。
矢は高速艇の燃料タンクのすぐそばに着弾し、派手な炎を上げた。
「これ以上の抵抗は無意味ですわ! 命が惜しければ船を止めなさい!」
拡声器を通した少女たちの容赦ない声が響き渡る。完全に戦意を喪失した海賊たちは、両手を挙げて降伏するしかなかった。
夕暮れ時。完成したばかりのホテルのロビーには、海賊たちから捥ぎ取った大量の缶詰、
極上のワイン、ガソリン、そして最新の無線機や発電機がうず高く積まれていた。
海賊たちは頑丈なコンクリートの地下室(のちのワインセラー予定地)に監禁され、明日の島開拓の労働力として登録されている。
「いやぁ、アシㇼパちゃん……お前の友達、全員杉元より恐ろしいよ……」
そこにはガタガタと震える白石の姿があった。
アシㇼパは、ホテルのバルコニーから沈みゆく南国の美しい夕日を眺めながら、ふっと笑った。
「杉元たちと歩んだ黄金の旅も悪くなかったが、科学の力で無から世界を作るのも、悪くない。
白石、お前の王国は、これから世界一の楽園になるぞ」
常夏の海風が、新しい時代の始まりを告げるように、彼女の髪を揺らしていた。
ホテルのテラスで夜風に吹かれながら、アシリパは東京女子師範学校での日々を思い出していた。
「……覚えておけ。憲法とは、民を縛るためのものではない。
国という怪物を縛るための、最も頑丈な檻だ。その檻の仕組みを知らぬ者が、どうやって怪物の暴走を止め、アイヌの未来を守るというんだ』
眼光の鋭い老狼の言葉が、今、南洋の星空の下で鮮明に蘇る。
「そうだ。白石が王を名乗り、私たちが力を持ち始めた今、その権力を縛る『檻』が必要だ」
アシリパは同級生たちを招集した。大正の最高学府で法学や政治学の基礎を修めた彼女たちは、アシㇼパの提案に深く頷いた。
「面白いですわね。三権分立、基本的人権の尊重……列強のどこにも属さない、世界で最も進んだ『白石王国憲法』を起草しましょう!」
数日後。海賊たちも集められたホテルの大広間で、厳かに白石王国憲法の成立が宣言された。
玉座に座る白石由竹は、自分の名前がついた憲法に鼻高々だった。
「いやぁ、ついに俺も一国の歴史に名を残す王様か! 憲法万歳! アシリパちゃん万歳!」
拍手喝采の中、アシリパは冷徹な目で一歩前に出た。
その手には、完成したばかりの法典と、白石が最初に出したコイン付きの手紙が握られている。
「王様。憲法が成立したということは、この国はこれより『法治国家』となった。
王であっても法の下に平等であり、例外なく裁かれる。……異議はないな?」
「ん? ああ、もちろんさ! 法治国家、いい響きだねぇ!」
ニヤニヤ笑う白石に、アシリパは同級生(法科専攻)を促した。
彼女は冷酷なトーンで告発状を読み上げ始める。
「それでは、白石王国憲法および、同刑法に基づき、白石由竹を以下の罪名で逮捕・起訴します」
「……は?」
『第一の罪名:詐欺罪および虚偽罪』アシリパが手紙を突きつける。
「被告人は『最高のビーチ、美味い酒、新しい黄金の匂い』と虚偽の事実を記載し、私たちを騙して南沙諸島へ誘引した。
実際には水も土もない荒涼とした岩礁であり、本校卒業生に不当な初期開拓労働を強いた。
これは明白な詐欺である」
「いや、それはちょっと盛っただけでさぁ! 悪気は――」
『第二の罪名:公然猥褻罪』
同級生たちが一斉に冷たい視線を浴びせる。
「被告人は、入国審査時において腰蓑に王冠という変質者に近い状態で本校の乙女らの前に現れた。
また、日常的な挙動、顔の造形、および存在そのものが公序良俗に反し、看過できないレベルで卑猥である」
「顔の話!? 存在自体が卑猥って法的にどうなんだよ、アシリパちゃん!!」
白石は情けない声で立ち上がるが、すでに背後には、コンクリート大砲の威力に屈して
王国の警察組織へと再編成された元海賊たちが、冷たい手錠を持って控えていた。
「白石。藤田のおじさんは言っていた。『檻の仕組みを知れ』と。お前を縛る檻は、もう完成している」
アシリパが静かに手を下ろすと、元海賊たちが一斉に白石を取り押さえた。
「おい! 離せ! 俺は王様だぞ! 冤罪だーーーっ!!」
「安心しろ白石。白石王国憲法には基本的人権が明記してある!
檻の中でもおいしいチタタプが食べられるぞ!」
南沙諸島に吹く風が、どこか切なさを帯び始める。
東京女子師範学校の天才卒業生たちによる「魔改造バカンス」は終わりを迎えようとしていた。
最高級ホテルでのバカンスを満喫し、エメラルドグリーンの海を堪能した彼女たちは、
再び豪華客船へと荷物を積み込んでいく。
島の運営と警備は、完全に更生(という名の科学の力による調教)を終えた元海賊たちに引き継がれ、
島は「国際的な隠れ家リゾート」として自立する目処が立っていた。
「楽しかったですわね、アシリパさん」
「ああ。東京女子師範学校で学んだ近代科学の力、しっかりと見届けた」
(北海道にも白石王国のように『誰もが笑って暮らせる世の中』を作らねば!)
タラップを上がり、客船の甲板から遠ざかる白亜のホテルを見つめ、決意を新たにするアシリパ。
その時、同級生の一人がハッと手を打った。
「……あら? そういえば、王様に御挨拶して帰るの完全に失念していましたわ」
「あ」
アシリパが振り返る白石王国の地下では、
美味しいチタタプを食べながら、
ポルトランドセメントの檻をオハウの塩水で浸食させ、スプーンで必死に掘り進める脱獄王の姿があった。
『北国・南国浪漫譚編』―――終幕
大正四年、春。
幕末・明治の硝煙は遠い過去となり、東京の街には洋装の人々と、どこか浮き足立った大正デモクラシーの空気が流れていた。
還暦を過ぎ、すっかり髪も白くなった緋村剣心の膝の上には、まだあどけなさの残る孫の千路(5歳)が座り、のどかな陽だまりの中で小さな手を動かしている。
その時、神谷道場の古びた門を、トントンと静かに叩く音が響いた。
薫が門を開けると、そこには、夜の海のように深い黒髪の毛先を、霞のようなミントグリーンに染めた一人の少年が立ち尽くしていた。
どこか虚ろで、それでいて底知れない瞳。
「すみません。こちらに凄い剣士がいると聞きました。僕、天賦の剣術の才能があるんですけど、今までまともに修行したことがないので、剣術を教えてもらえませんか?」
年齢はまだ十代前半。飄々とした態度で自らを「天才」と称する少年に、薫は一瞬呆気にとられた。
しかし、長年道場を守り、数多の剣士を見てきた彼女の眼は、少年の佇まいから放たれる異様な「静けさ」が本物であると見抜く。
「剣路! ちょっと来なさい!」薫の声に呼ばれ、剣路が姿を現した。
「なんだ、この小僧は……?」
三十代半ばの円熟期を迎える、自他ともに認める十五代目比古清十郎が、少年と対峙し、柄を強く握りしめる。
「まずはあんたの剣筋を見せてもらうわ。――始め!」
審判として間に立った薫の号令が響いた、その刹那。少年の掲げた木刀が、陽光を乱反射させながら、一瞬で剣路の喉元へと肉薄した。
「速い……っ!」
剣路、そして縁側で千路を抱いていた剣心の瞳が、同時に見開かれる。
神速を誇る飛天御剣流の系譜にあっても、少年の初太刀は異常なまでの予備動作のなさを誇っていた。
ガガガガガァンッ!!
激しい木刀の衝突音が道場に木霊する。
少年は無表情のまま、流れるような連撃を繰り出していく。しかし、戦場を潜り抜け「比古清十郎」の名を継いだ剣路の防陣もまた、鉄壁であった。
全ての打突をことごとく最小限の動きで迎撃し、少年の剣をいなしてみせる。
「なるほど」少年は唐突に攻撃をやめ、ふっと息を抜いた。
何かを完全に納得した、透明な瞳。
「あなたの動きは、驚くほど滑らかだ。僕の剣には、まだ無駄な予備動作が多すぎるし、重心の移動もぎこちない」
少年は木刀を引くと、真っ直ぐに剣路を見つめた。
「僕はまず、何をすればいい?」
「お……おう……」
あまりにマイペースに、かつ凄まじい速度で自己分析を完了させた少年に、さしもの剣路もたじろぐしかなかった。
その日から、柱を目指す一人の少年――時透無一郎の修行が始まった。
剣路、そして剣心の指導を受けると、無一郎の剣術はみるみるうちに上達していった。
緩急を不規則に織り交ぜた身体の使い方は、やがて対峙する者の遠近感を狂わせ、まるで霞に包まれているかのような錯覚を起こさせる。
だが、剣心は無一郎の動きの中に、もう一つの「異常」を見出していた。
「……剣路。あやつ、剣技の鋭さもさることながら、一振りの一瞬に、独特な『呼吸』を織り交ぜておるな。
その呼吸によって、実年齢以上の爆発的な筋力を生み出しているでござる」
「呼吸、ですか?」
「左様。飛天御剣流の神速をこれ以上あやつが吸収すれば、肉体が耐えきれなくなるやもしれん。
……これからは剣技だけでなく、肺活量を極限まで鍛え、その呼吸を肉体に完全に馴染ませるための修行を課すでござるよ」
剣心と剣路。二世代の天才による容赦のない指導のもと、無一郎の独特な型――『霞の呼吸』は、芸術的なまでに洗練されていった。
そして、少年が道場の門をくぐって、わずか二ヶ月が経った頃。道場の中心で、剣路の木刀が宙を舞い、乾いた音を立てて床に転がった。
無一郎の木刀の切っ先が、寸分の狂いもなく剣路の胸元を捉えている。
「やれやれ……。俺ももう年か?」
「見事な一本でござった」剣心がほほ笑む「無一郎殿。『霞の呼吸』晴れて免許皆伝でござるな」
「ああ、その剣だったらどんな相手でも倒せちまうだろうよ」
剣路も苦笑しながら目の前の少年の偉業を、心からの敬意を込めて称えた。
無一郎は相変わらず感情の読めない顔のまま、しかし、その小さな手でしっかりと木刀を握り直し、一礼をして、御屋形様の下へ帰っていった。
そして大正五年のある夜、
無一郎達が無限城で最後の戦いを迎えている中、
鳴女の空間転送の手違いで神谷道場の真ん中に『新上弦の伍』出現する。
新上弦の伍:「ここは…、どこだ?」
神谷道場には十五代目比古清十郎・剣路(36)と、
出稽古から帰ってきたばかりの明神弥彦(47)がいた。
剣路「どちら様ですか?もう稽古の時間は終わりましたよ」
弥彦「もしかして道場破りか?」
剣路「道場破り!? めっちゃ面白いじゃないですか!お前強いのか?」
新上弦の伍「ふふふ、人間風情が、柱でもない貴様など相手にもならんわ」
弥彦「マジで道場破りか。おもしれえ。かかってこいよ」
新上弦の伍「思い知るがいい!鬼の呼吸!一の型・百鬼夜行!!」
弥彦「おお!!強いぞこの道場破り!!」
剣路「呼吸術!?無一郎みたいに呼吸法を剣術に生かしてるのか!じゃあ俺も飛天御剣流に呼吸術を乗せて……」
深呼吸をし、肺胞の隅々まで酸素が行き渡り、全身の血管が猛烈に脈打つ。
十五代目比古清十郎の肉体が、神速の領域をさらに超越する。
剣路「龍の呼吸!一の型・百頭龍閃!!」
目にも留まらぬ閃光の乱撃が、一瞬で「百回」の打突へと跳ね上がり、新上弦の伍を切り刻む。
新上弦の伍「ぐわあああああ!!」
剣路「しまった!やりすぎた!!ってあれ?再生してる??」
新上弦の伍「な!なぜ木刀でこれほどのダメージを!?」
弥彦「最近の剣術は呼吸術が流行ってるのか!そのトレンド!俺も乗った!!神谷活心流看取り稽古!狼の呼吸・牙突!!」
新選組最強の技が新上弦の伍に突き刺さる。
新上弦の伍「ぐわあああああ!!」
弥彦「しまった!やりすぎた!!ってあれ?再生してる??」
新上弦の伍「な!なぜ竹刀でこれほどのダメージを!!??」
剣路「狼の呼吸ってなんですか? 看取り稽古の牙突が進化してるじゃないですか!!」
弥彦「他の看取り稽古の技も進化してるぜ!!」
剣路「次はあの御庭番衆の技見たいです!!」
弥彦「いいだろう!神谷活心流看取り稽古!忍の呼吸・回天剣舞六連!!」
弥彦の放った竹刀が残像と化す。左右から同時に襲いかかる超高速の六連撃が新上弦の伍を打ちのめす。
新上弦の伍「ぐわああああああ!!」
剣路「うおぉぉーっ!!!武徳会で見たときよりも速い!!!」
弥彦「へへん、だろ?」
新上弦の伍「おのれ、おのれぇ……!」
剣路「ってかこの道場破りしぶといっすね」(鬼の存在を知らない)
弥彦「左之助の親戚か?」(鬼の存在を知らない)
剣路「あー、なるほど! あの馬賊の大頭領の親戚なら、これだけボコボコにされても死なない頑丈さに納得がいきますね!」
弥彦「だろ? 左之助の野郎も、昔っからいくら殴られても不死身みたいに立ち上がってきたからな」
新上弦の伍「そんな木刀や竹刀で鬼の首が取れると思うなよ!!」
剣路「弥彦兄!次は十本刀って人の技見たい!」
弥彦「任せとけ!神谷活心流看取り稽古!天剣の呼吸・縮地瞬天殺!!」
一歩。弥彦の姿が完全に消えた。上弦の鬼の動体視力すら置き去りにする超神速の一撃が炸裂する。
新上弦の伍「ぐわああああああ!!」
剣路「おお!速い!!」
弥彦「経験が違うんだよ!経験が!!」
剣路「次は十本刀のボスの技見せて!!」
弥彦「左之助の親戚ならこれ喰らっても死なないだろ!行くぞ!!神谷活心流看取り稽古!地獄の呼吸・焔霊!!」
竹刀で神速の振りで床を擦り、激しい摩擦熱によって生まれた紅蓮の炎が新上弦の伍を包む。
新上弦の伍「ぐわああああああああ!!」
弥彦「ってか本当に頑丈だなこいつ。焼かれてもまだ立てるのか」
剣路「やばい!道場焼けたらお袋にどやされる!!水!水!!」
新上弦の伍「くっ!なぜ日輪刀も持たぬこいつらが・・・柱でもないこいつわがなぜこんなにも強い!??」
弥彦「呼吸術……、ようするに血中酸素濃度と心拍数を上げて、身体能力を高める北海道の劍客兵器がやってた『赫力』みたいなもんか…」
弥彦の『赫力』により全身に痣が浮き出るように真っ赤になる。その熱は弥彦の持っている竹刀を『赫刀』へと変えた。
弥彦「左之助の親戚の道場破り!そろそろケリをつけさせてもらうぞ!」
赫力と赫刀を纏った弥彦が、神谷活心流看取り稽古・天翔龍閃を繰り出す。
赫刀による真真空の衝撃が新上弦の伍を灰と化した。
弥彦「あれ?消えた??逃げた???」
竹刀で人が消えるとは微塵も思っていない弥彦。
剣路「水持ってきました!ってあれ?あの道場破り逃げちゃったんですか?門下生に迎えたかったのに・・・」
翌朝。鬼殺隊が決死の思いで無惨を日光で焼き殺していたころ。
剣心「おはようでござる。剣路、久々に弥彦に会って夜通しの稽古でござるか?」
薫「稽古はいいけど……、なんで道場が焦げてるの?」
薫の拳骨に倒れる弥彦と剣路であった。
『鬼滅の逆刃刀編』―――終幕




