幕間:俺の実家のWIFIが弱すぎて自称最強端末持ちの俺の作業が進まない件
実家って割と自宅と違ってWIFI環境整備されてなかったりしません?
ケーブルTVのネット回線とか...
俺の端末は、強い。
軽い。
速い。
そこそこ画面も広い。
バッテリーも持つ。
リモート接続もできる。
AIも叩ける。
文章も書ける。
画像生成の指示も作れる。
動画の下準備もできる。
現代の創作環境としては、かなり戦える布陣だ。
つまり、俺はいつでもどこでも作業ができる。
……はずだった。
実家のWi-Fiが弱すぎる。
「……おかしい」
俺は画面の右上を見た。
Wi-Fiの扇形マークが、一本だけ立っている。
いや、立っているというより、これはもう倒れる寸前の老人だった。
頑張っている。
必死に頑張っている。
だが無理だ。
俺はブラウザを開いた。
白い画面。
待つ。
まだ白い。
もう少し待つ。
上の読み込みマークだけが、くるくる回っている。
俺は小さく呟いた。
「お前は何を読みに行ってるんだ。インターネットか? それとも先祖の記憶か?」
隣で娘がスマホを持ちながら言った。
「パパ、ロブロックスできない」
「それは重大だな」
俺は深刻な顔で頷いた。
「パパも作業ができない」
「じゃあ同じだね」
「同じではない。パパのは創作活動だ」
「でもできないんでしょ?」
「できない」
「じゃあ同じだね」
小学生の論理は、時々ナイフより鋭い。
俺は黙って端末を持ち上げた。
電波を探す。
右へ。
左へ。
上へ。
窓際へ。
廊下へ。
仏壇の前へ。
Wi-Fiは一本のままだった。
なんなら仏壇の前でだけ、なぜか一瞬切れた。
「ご先祖様、クラウドは管轄外ですか」
俺がそう呟いていると、母が台所から顔を出した。
「何してるの?」
「電波を探してる」
「外にあるんじゃない?」
「それは電波じゃなくて空気」
俺は窓際に移動した。
端末を少し高く掲げる。
Wi-Fiが二本になった。
「来た」
俺は勝利を確信した。
だが次の瞬間、一本に戻った。
「帰るな」
俺は端末に向かって低く言った。
当然、端末は何も答えない。
最強端末は悪くない。
これは明らかに回線が悪い。
俺は椅子に戻り、もう一度作業を始めようとした。
AIチャットを開く。
入力欄に文章を打つ。
『俺の実家のWi-Fiが弱すぎて――』
送信。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
俺は天を仰いだ。
「AIに話しかける前に、まずインターネットに祈る時代かよ」
その時、甥っ子が言った。
「スマホのテザリング使えば?」
俺は振り返った。
「……君、今なんて?」
「テザリング」
俺は一瞬、黙った。
子どもは残酷だ。
大人が必死に悩んでいる問題を、たまに一言で破壊してくる。
俺はスマホを取り出した。
テザリングをオンにする。
端末を接続する。
読み込みが走る。
画面が開く。
AIが返事をした。
速い。
あまりにも速い。
俺は静かに椅子にもたれた。
「……文明だ」
娘が言った。
「よかったね」
「よくない」
「なんで?」
「今、問題が解決してしまった」
「いいじゃん」
「違う。これは非常にまずい」
娘が首を傾げる。
「どうして?」
俺は真顔で言った。
「作業が進まない理由が消えた」
その場に、妙な沈黙が落ちた。
台所から母の声がした。
「じゃあ作業しなさいよ」
俺は画面を見た。
AIは待っている。
端末も動いている。
テザリングも繋がっている。
もう言い訳はない。
俺は深く息を吸った。
「……いや、でもテザリングは通信量がな」
娘が言った。
「じゃあやらないの?」
「やる」
「やるんだ」
「やる。だが、これはインフラ制約下における限定的創作活動であって、通常時の生産性とは比較できない」
「何言ってるかわかんない」
「パパも半分わからない」
俺はキーボードを叩き始めた。
最強端末。
弱すぎる実家Wi-Fi。
テザリング。
通信量。
帰省中の創作。
子どものゲーム。
親の生活音。
結局、作業が進まない原因はWi-Fiだけではない。
実家という空間そのものが、作業に向いていないのだ。
誰かが呼ぶ。
子どもが騒ぐ。
飯が出る。
テレビがつく。
親戚が来る。
謎の用事が発生する。
そしてWi-Fiが弱い。
その全部を合わせて、実家という。
俺は画面を見ながら、小さく笑った。
「まあ、書けるなら勝ちか」
その瞬間、娘が俺の袖を引いた。
「パパ」
「何?」
「ロブロックス、まだできない」
俺は端末を見た。
スマホを見た。
通信量を見た。
娘を見た。
そして悟った。
テザリングの奪い合いが、今始まろうとしている。
俺は静かに端末を閉じた。
「……本日の作業は、インフラ事情により終了します」
娘が言った。
「負けたの?」
俺は答えた。
「違う」
俺は窓の外を見た。
Wi-Fiの届かない空は、やたらと青かった。
「撤退だ」
なお、この後俺は普通にスマホで作業した。
人類は、言い訳を失ってもなお、
別の言い訳を探す生き物である。
因みに俺くんの趣味は作曲です。俺くんも昔バンドをやってました。




