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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第6章結城家帰省編

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幕間:俺の実家のWIFIが弱すぎて自称最強端末持ちの俺の作業が進まない件

実家って割と自宅と違ってWIFI環境整備されてなかったりしません?

ケーブルTVのネット回線とか...

 俺の端末は、強い。


 軽い。

 速い。

 そこそこ画面も広い。

 バッテリーも持つ。

 リモート接続もできる。

 AIも叩ける。

 文章も書ける。

 画像生成の指示も作れる。

 動画の下準備もできる。


 現代の創作環境としては、かなり戦える布陣だ。


 つまり、俺はいつでもどこでも作業ができる。


 ……はずだった。


 実家のWi-Fiが弱すぎる。


「……おかしい」


 俺は画面の右上を見た。


 Wi-Fiの扇形マークが、一本だけ立っている。


 いや、立っているというより、これはもう倒れる寸前の老人だった。


 頑張っている。

 必死に頑張っている。

 だが無理だ。


 俺はブラウザを開いた。


 白い画面。


 待つ。


 まだ白い。


 もう少し待つ。


 上の読み込みマークだけが、くるくる回っている。


 俺は小さく呟いた。


「お前は何を読みに行ってるんだ。インターネットか? それとも先祖の記憶か?」


 隣で娘がスマホを持ちながら言った。


「パパ、ロブロックスできない」


「それは重大だな」


 俺は深刻な顔で頷いた。


「パパも作業ができない」


「じゃあ同じだね」


「同じではない。パパのは創作活動だ」


「でもできないんでしょ?」


「できない」


「じゃあ同じだね」


 小学生の論理は、時々ナイフより鋭い。


 俺は黙って端末を持ち上げた。


 電波を探す。


 右へ。

 左へ。

 上へ。

 窓際へ。

 廊下へ。

 仏壇の前へ。


 Wi-Fiは一本のままだった。


 なんなら仏壇の前でだけ、なぜか一瞬切れた。


「ご先祖様、クラウドは管轄外ですか」


 俺がそう呟いていると、母が台所から顔を出した。


「何してるの?」


「電波を探してる」


「外にあるんじゃない?」


「それは電波じゃなくて空気」


 俺は窓際に移動した。


 端末を少し高く掲げる。


 Wi-Fiが二本になった。


「来た」


 俺は勝利を確信した。


 だが次の瞬間、一本に戻った。


「帰るな」


 俺は端末に向かって低く言った。


 当然、端末は何も答えない。


 最強端末は悪くない。

 これは明らかに回線が悪い。


 俺は椅子に戻り、もう一度作業を始めようとした。


 AIチャットを開く。


 入力欄に文章を打つ。


『俺の実家のWi-Fiが弱すぎて――』


 送信。


 ぐるぐる。


 ぐるぐる。


 ぐるぐる。


 俺は天を仰いだ。


「AIに話しかける前に、まずインターネットに祈る時代かよ」


 その時、甥っ子が言った。


「スマホのテザリング使えば?」


 俺は振り返った。


「……君、今なんて?」


「テザリング」


 俺は一瞬、黙った。


 子どもは残酷だ。


 大人が必死に悩んでいる問題を、たまに一言で破壊してくる。


 俺はスマホを取り出した。


 テザリングをオンにする。


 端末を接続する。


 読み込みが走る。


 画面が開く。


 AIが返事をした。


 速い。


 あまりにも速い。


 俺は静かに椅子にもたれた。


「……文明だ」


 娘が言った。


「よかったね」


「よくない」


「なんで?」


「今、問題が解決してしまった」


「いいじゃん」


「違う。これは非常にまずい」


 娘が首を傾げる。


「どうして?」


 俺は真顔で言った。


「作業が進まない理由が消えた」


 その場に、妙な沈黙が落ちた。


 台所から母の声がした。


「じゃあ作業しなさいよ」


 俺は画面を見た。


 AIは待っている。


 端末も動いている。


 テザリングも繋がっている。


 もう言い訳はない。


 俺は深く息を吸った。


「……いや、でもテザリングは通信量がな」


 娘が言った。


「じゃあやらないの?」


「やる」


「やるんだ」


「やる。だが、これはインフラ制約下における限定的創作活動であって、通常時の生産性とは比較できない」


「何言ってるかわかんない」


「パパも半分わからない」


 俺はキーボードを叩き始めた。


 最強端末。

 弱すぎる実家Wi-Fi。

 テザリング。

 通信量。

 帰省中の創作。

 子どものゲーム。

 親の生活音。


 結局、作業が進まない原因はWi-Fiだけではない。


 実家という空間そのものが、作業に向いていないのだ。


 誰かが呼ぶ。

 子どもが騒ぐ。

 飯が出る。

 テレビがつく。

 親戚が来る。

 謎の用事が発生する。

 そしてWi-Fiが弱い。


 その全部を合わせて、実家という。


 俺は画面を見ながら、小さく笑った。


「まあ、書けるなら勝ちか」


 その瞬間、娘が俺の袖を引いた。


「パパ」


「何?」


「ロブロックス、まだできない」


 俺は端末を見た。


 スマホを見た。


 通信量を見た。


 娘を見た。


 そして悟った。


 テザリングの奪い合いが、今始まろうとしている。


 俺は静かに端末を閉じた。


「……本日の作業は、インフラ事情により終了します」


 娘が言った。


「負けたの?」


 俺は答えた。


「違う」


 俺は窓の外を見た。


 Wi-Fiの届かない空は、やたらと青かった。


「撤退だ」


 なお、この後俺は普通にスマホで作業した。


 人類は、言い訳を失ってもなお、

 別の言い訳を探す生き物である。

因みに俺くんの趣味は作曲です。俺くんも昔バンドをやってました。

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