第70話:親族権限で動く不具合
俺は、焼肉を焼いていた。
肉は正義である。
少なくとも、今日この場においては正義だった。
今日はこどもの日。
姪っ子はニコニコしている。
甥っ子はタレをつけすぎている。
兄は網の上のカルビを見ながら、真剣な顔で火加減を見ている。
俺は思った。
平和だ。
この世には、焼肉だけを信じていればいい時間がある。
しかし、平和とはだいたい、余計な一言で壊れる。
「でもねぇ、あなたたちも、いつまでも人を頼りにしてばかりじゃダメよ」
叔母が言った。
俺の箸が止まった。
兄の眉が、わずかに動いた。
姪っ子の目が、肉から大人たちの顔へ移った。
俺は、その瞬間に理解した。
あ、これ地雷だ。
叔母は続けた。
「私の友達だって、いつまでも手伝えるわけじゃないんだから。自分たちでちゃんと
畑仕事も回せるようにしないと」
兄は、焼けかけた肉をひっくり返しながら答えた。
「来られなくなったら、畑とかは畳んで、店だけに集中すればいいよ」
現実的な判断だった。
人手が減る。
なら、作業を減らす。
守るべきものを絞る。
経営とは、夢を全部抱えることではない。
死なないために、捨てるものを決めることだ。
だが叔母は、首をかしげた。
「いや、それじゃダメでしょ?」
出た。
俺は心の中で、静かにログを保存した。
実行権限なし。
責任範囲なし。
作業負荷の理解なし。
しかし、要件だけは増やす。
俺は悟った。
あれは人ではない。
親族権限で動く不具合だ。
しかも厄介なことに、自分を善意のアプリケーションだと思い込んでいる。
兄のこめかみが動いた。
これはまずい。
焼肉が、戦場になる。
その時だった。
「なんか難しい話してるけど」
姪っ子が、小さく手を上げた。
「こどもの日なんだから、楽しくご飯食べたい」
空気が止まった。
俺は、即座に立ち上がった。
「よーし! 楽しく焼肉しよう!」
兄も、すぐに肉を皿へ移した。
「ほら、焼けたぞ」
姪っ子は笑った。
甥っ子は何も分かっていない顔で肉を食べた。
叔母は何か言いかけたが、俺は聞こえないことにした。
聞こえない。
処理しない。
意味として受信しない。
重要情報は、親か兄か施設に確認する。
親族権限で動く不具合のログは、運用に組み込まない。
俺は、カルビを口に入れた。
美味い。
圧倒的に美味い。
怒りより、焼肉の方が大事だった。
少なくとも今日だけは。
俺は思った。
責任を負わない人間ほど、最適解を語りたがる。
実行しない人間ほど、現場に夢を見る。
そして子どもは、時々、大人よりずっと正しい。
俺は網に肉を追加した。
脂が落ちて、火が少しだけ上がる。
兄がそれを見て、黙って位置をずらした。
それでいい。
燃えそうなものは、燃える前にずらせばいい。
人間関係も、焼肉も、だいたい同じだった。




