幕間:妻から三行LINEが来たので、俺は異常事態を察知した。
珍しく上機嫌な俺くんの妻の回です。
妻からLINEが来た。
しかも、三行。
我が家において、それは警報級の異常事態である。
普段の妻は、基本的に用件人間だ。
必要なことだけ言う。
必要がなければ言わない。
読んだら終わり。
返す必要がなければ返さない。
昨日など、俺が残業で遅くなると送っても、特に反応はなかった。
人身事故でさらに遅れそうだと送っても、やはり反応はなかった。
もちろん、別に怒っているわけではない。
妻の中では、
「把握した」
で処理が完了しているだけである。
そういう人間なのだ。
ところが今日。
妻から突然、LINEが来た。
『ガーデンセンターにいる』
俺は画面を見た。
珍しい。
さらに続いた。
『レンガないなー』
俺は眉をひそめた。
さらに珍しい。
そして最後に、
『ホームセンターに行く』
三行である。
俺はスマホを握ったまま、静かに思った。
これは、ただごとではない。
妻が用件以外で三行送ってくるなど、我が家では台風、地震、大型アップデートと同じカテゴリに分類される。
しかも、内容がガーデンセンター。
最近、妻はガーデニングに目覚めたらしい。
三年前、俺たちは東都で小さいながらも庭付きの一戸建てを買った。
借家では、庭いじりにも限界がある。
穴を掘るにも気を使う。
植えるにも気を使う。
何かを置くにも気を使う。
最終的には原状回復という四文字が、すべての自由を縛ってくる。
だが、持ち家なら違う。
掘れる。
植えられる。
置ける。
失敗しても、基本的には自分の庭である。
どうやら妻は、前からこういうことをやりたかったのかもしれない。
娘と楽しそうに土をいじり、花を植え、気づけば庭は、普通に庭になっていた。
俺は思った。
庭付き一戸建てを買った俺、偉い。
だが同時に、俺はこのLINEの意味も理解していた。
『ガーデンセンターにいる』
これは報告ではない。
『レンガないなー』
これは感想ではない。
『ホームセンター行く』
これは予定共有ではない。
全部まとめて翻訳すると、こうである。
「荷物が増える可能性があります。車両および人力を派遣してください」
俺は悟った。
召喚魔法だ。
しかも、かなり機嫌のいい時にだけ発動するタイプの召喚魔法である。
普段の妻なら、こんなに行数を使わない。
必要なら一行で済ませる。
『来て』
以上。
場合によっては、それすらない。
だが今日は違う。
三行。
自発的な行動共有。
ガーデンセンター。
レンガ。
ホームセンター。
これはもう、内心かなりテンションが高い。
長い付き合いになると、そういう微細な変化が分かるようになる。
他人から見れば、ただの業務連絡かもしれない。
だが俺には分かる。
これは、妻なりの上機嫌である。
そして実際、車内でも珍しく隣に座った。
珍しく会話もしてきた。
俺は確信した。
こいつ、今日かなり楽しいな。
普段は雑である。
反応は薄い。
返事は短い。
会話も必要最低限。
かわいい感じで「これ見て!」などと言ってくるタイプではない。
そんな可愛さは持ち合わせていない。
だが、たまにこういう日がある。
いつもより少しだけ近い。
いつもより少しだけ話す。
いつもより少しだけ行数が多い。
そして、その少しが、普段を知っている側からすると、やたら分かりやすい。
俺は助手席の妻を見ながら思った。
まあ、可愛いところもある。
普段は雑だけど。
もちろん、そんなことを本人に言うつもりはない。
言ったところで、たぶん変な顔をされる。
あるいは、
「何言ってんの」
で終わる。
だから俺は黙って車を出した。
そして、鉢だの土だの、謎に重い袋だのを運ぶ覚悟を決めた。
庭付き一戸建てを買った男は、家長ではない。
園芸物流部門の部長である。
俺は今日も、家庭内インフラとして稼働する。
妻が珍しく楽しそうなので、まあ良しとする。
俺くんは若くして持ち家を買ってますが
実際東都での相場はそれなりにお高めです。
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