第62話: ChatGPTにヒヤリハットを聞いてきたポンコツ後輩に現場が冷えた話
ポンコツ後輩女子が最新技術を使っても
結局中身が薄いとポンコツはポンコツのままって話
昼休み明け。
ポンコツ後輩女子が、やけに明るい顔で俺の席に来た。
「先輩っ、ヒヤリハットの改善案、ChatGPTに聞いたらいい感じの案が出ました!」
ほう。
ついに来たか。
現場にもAI活用の波が――
などと一瞬でも思った俺が甘かった。
隣で話を聞いていた皮肉屋SEの顔が、即座に終わった。
あれはもう、
“聞いてはいけない話を聞いた顔”
である。
嫌な予感しかしない。
俺は慎重に聞いた。
「ちなみに、どう聞いたの?」
後輩は得意げに答える。
「えっと、実際に起きた内容と、どこの工程で危なかったかと、現場の流れと、原因っぽいところをまとめて入れました!」
皮肉屋SEが、すぐさま口を挟んだ。
「待って。今すぐ止まって」
「え?」
「それ以上しゃべると、こっちの寿命が縮む」
後輩はきょとんとしている。
本気で分かっていない顔だった。
ああ。
ダメなやつだこれ。
俺も嫌な汗が出てきた。
「いや、ちょっと待って。固有名詞とかは?」
すると後輩は胸を張った。
「会社名は入れてません!」
俺と皮肉屋SEは、ほぼ同時に天を仰いだ。
違う。
そこじゃない。
会社名を書かなければセーフだと思ってる時点で、
もう認識が一段甘い。
現場の工程。
作業の流れ。
障害の起き方。
時間帯。
担当の切り分け。
使ってるものの癖。
そういう断片を並べれば、
知ってる奴には普通に推測される。
俺が言う。
「いや、社名だけ消してもダメだろ。内容次第では普通にまずいぞ」
後輩は首をかしげた。
「でも、相談したかっただけですよ?」
皮肉屋SEが深いため息をついた。
「善意で地雷踏むタイプが一番怖いんすよ」
「えぇー……」
「“えぇー”じゃないの。
お前の中では、名札だけ外せば全部匿名化完了なんだろうけど、現場ってそういうもんじゃねぇから」
その言い方はどうかと思うが、趣旨は正しい。
後輩はまだ納得していない顔で言った。
「でも、ちゃんと改善案は出たんですよ? AIすごいなって思って」
その瞬間、皮肉屋SEが真顔で返した。
「で、その改善案は良かったの?」
「はい! たぶん!」
“たぶん”で持ってくるな。
現場に一番いらないやつだ。
俺が確認のために内容を見せてもらうと、そこには実に味わい深い文章が並んでいた。
抽象的すぎて何の対策にもなっていない。
かと思えば一部だけ妙に具体的で、逆に危ない。
さらに、現場の実情を分かっていないので、
「それが出来たら苦労しねぇよ」という案まで混ざっている。
俺が黙る。
皮肉屋SEが覗き込む。
数秒後。
「あー……」
その一声だけで、全部伝わった。
ちょうどその時、上司が通りかかった。
「何してるの」
俺が事情を説明する。
ポンコツ後輩がChatGPTにヒヤリハットを相談し、
改善案を持ってきたこと。
ただし入力内容がだいぶ怪しく、
しかも成果物の質も、まあ、その……ということを。
上司は改善案を一通り見て、静かに言った。
「AIを使うなとは言わない」
後輩が少しだけ安心した顔になる。
だが上司は、そのまま続けた。
「だが、“何を外に出していいか”を理解していない人間が使うと、便利な道具はただの事故増幅装置になる」
場がすっと冷えた。
後輩が小さくなる。
「……すみません」
上司は怒鳴らない。
怒鳴らないのに刺さる。
いつものことだ。
「あと」
上司は紙を戻しながら言った。
「これ、改善案としても弱い」
静かだが容赦がない。
後輩はさらに縮んだ。
俺もちょっとつらい。
いや俺は悪くないが、見ていてつらい。
上司はその場で数分考え、
情報を外に出さずに社内だけで回せる形に落とした、
簡潔な安全版テンプレをさっと作った。
分かりやすい。
余計な情報がない。
しかも現場で回る。
ついでに、何をAIに入れてはいけないかまで短く整理されていた。
強い。
相変わらず無駄がない。
後輩が、しょんぼりしながら言う。
「……AIの案、割と良かったと思ったんですけど……」
それを聞いた皮肉屋SEが、心底だるそうな顔で言った。
「割と良かった?
いや、嘘でしょ」
後輩が固まる。
皮肉屋SEは続けた。
「ドブ川の水でも、もう少しマシなレベルで酷かったっすよ」
ひどい。
ひどいが、否定できない。
「情報漏らすリスク背負って、そのゴミ拾ってきたの?
割に合わなすぎて泣けるんすけど」
後輩が半泣きになる。
俺は思った。
さすがに言い方は終わっている。
だが内容はだいたい合っている。
便利な道具を持たせても、
使う側が雑なら、出てくるのは雑な成果物である。
むしろ、おバカが文明の利器を握ると、
被害だけがスケールアップする。
救えない。
本当に救えない。
そして今日もまた、
うちの現場ではAI活用以前に
人間側のフィルタ実装が急務だという現実だけが、
静かに浮き彫りになったのだった。
道具は確かに便利ですが使い手次第ではただの
危険物でしかないですよね。。。
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