第58話:だいたいそうなると思ってた
何もかもばれてる時は、下手な言い訳をしない方が良い事ってありますよね。
娘と甥っ子が俺の部屋を掃除した。
いや、正確に言うなら、
俺を部屋から追い出したうえで勝手に掃除した。
しかも汚した原因のかなりの部分は、たぶんあいつら自身である。
だが、そこはまあいい。
結果として部屋は少し片付いたし、本人達も満足そうだった。
偉いことは偉い。
だから俺はロバックスを買った。
購入制限をかけていた過去の自分に一度邪魔され、
PC版ならもう少し得だったと後から知って軽くへこみ、
給料日前の財布事情に不穏な影を落としながらも、
それでもご褒美として購入した。
さらに、普段は四時間制限にしているRoblox時間も、今日だけ七時間に延長した。
理由は簡単だ。
せっかく課金したのに、すぐ終わりではかわいそうだったから。
春休みでもあるし、今日だけは特別。
そう判断したのである。
その結果、俺は一時的に
「神様仏様叔父様!」
と崇められることになった。
なお、その実態は、子供達を長めに遊ばせておくことで、その隙に俺が創作作業を進めるための布石でもあった。
つまり優しさは本物だが、打算もある。
大人とは、善意と都合を器用に両立させる生き物である。
リビングからは、子供達のはしゃぐ声が聞こえていた。
「これ買う!」
「いやそっちじゃなくてこっち!」
「えー服のほうがいいって!」
「アイテムのほうが強いって!」
ロバックスを得たことで新たな戦いが始まり、
時間延長によってその戦いは長期戦に突入している。
だが、その分だけ俺の作業時間も確保できる。
これはいわば相互利益である。
子供達は遊べる。
俺は書ける。
素晴らしい。
非常に美しい構図だ。
そう思いながら、俺は自室で静かにキーボードを叩いていた。
久しぶりに、まとまった時間が取れている。
話も進む。
流れもいい。
このままいけば、今日のノルマも十分達成できる。
勝ったな、と思った。
家庭内イベントを乗り越え、
掃除のご褒美を処理し、
ロバックス問題も解決し、
時間延長までうまく機能している。
いろんな意味で、今日は勝ちだ。
その時だった。
嫁が部屋の入口から、ひょこっと顔を出した。
「……何か、今日はやけに静かだね」
「うまく回ってるからな」
俺が答えると、嫁は少しだけ目を細めた。
こういう時の顔はだいたい危ない。
何かを察している顔である。
「子供達、ずいぶん長くRobloxやってるけど」
「今日は特別で七時間にした」
「へえ」
短い返事だった。
だが、この“へえ”には色々入っている。
長年一緒にいるとわかる。
これは続きを促す“へえ”だ。
「……まあ、せっかくロバックス買ったし」
「うん」
「春休みだし」
「うん」
「掃除もしたし」
「うん」
「ご褒美としては、まあアリかなって」
嫁は黙って聞いていた。
頷いている。
表情も穏やかだ。
一見すると、普通に納得してくれているように見える。
だが俺は知っている。
この人は、こういう時ほど最後に刺してくる。
「で?」
「……で?」
「本音は?」
来た。
余計な言い訳を全部剥がして、核心だけを抜くやつだ。
火力が高い。
無駄がない。
仕事モードの上司とは別方向で怖い。
俺は一瞬だけ黙った。
ここで誤魔化しても、多分無駄だ。
この流れではもう見抜かれている。
「……静かに遊んでてもらえれば、その間に俺が創作活動出来るかなって」
正直に言った。
嫁は数秒黙ってから、ふっと笑った。
「だと思った」
やっぱりか。
わかっていたらしい。
全部お見通しだったらしい。
「いや、でもちゃんとご褒美の意味もあるぞ?」
「うん、そこは本当でしょ」
「本当だぞ?」
「でも半分くらいは、自分の作業時間ほしさでしょ」
「……否定はしない」
「でしょうね」
完全に見切られていた。
ただ、責めている感じではなかった。
呆れ半分、納得半分。
いつものやつである。
嫁はリビングの方をちらっと見て、それから俺に言った。
「まあ、子供達も楽しそうだし、あなたもその間に進むなら別にいいんじゃない?」
「だろ?」
「ただし」
来た。
“ただし”が来た。
「明日からはちゃんと戻しなよ」
「…はい」
「あと、今週カップ麺とか言ってたけど、自分で決めたなら文句言わない」
「…はぃ( ^ω^)…」
「よろしい」
そう言って、嫁は部屋から出ていった。
強い。
やはり家庭内において、最後に全体最適を見ているのはこの人かもしれない。
俺が局所最適で動き、子供達が感情で走り、
その全部を見たうえで、最後に現実へ戻してくる。
ありがたい。
ありがたいが、ちょっとぐうの音も出ない。
それでもまあ、今日はうまくいった方だ。
子供達は楽しんでいる。
嫁の許可も出た。
俺の作業も進んでいる。
ノルマも見えてきた。
完璧ではない。
ロバックス代は地味に痛いし、
食生活は若干の犠牲を払う。
だが、それを含めても、今日はたぶん勝ちである。
リビングからまた声が聞こえる。
「叔父様ー!」
「これ見てー!」
さっきまで神格化されていたはずなのに、呼び出しは普通に雑になっていた。
うん。知ってた。
俺は小さく息を吐いて立ち上がった。
創作のための布石は打った。
ミッションも進んだ。
家庭内イベントも一応着地した。
なら、今日はもう十分だろう。
大人とは、
善意と打算を両立させ、
嫁に見抜かれ、
それでも一日の勝利条件を静かに満たしていく生き物である。
結局。嫁には勝てない。男何てそんなもんです。




