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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第5章 東都の日常③

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幕間:甥っ子と娘の子どもの日ロバックスゲット大作戦!

 五月。

 世間が柏餅だの鯉のぼりだの、健やかな成長だの言い出す季節である。


 もっとも、我が家における「健やかな成長」は、最近だとだいたいゲームの操作精度か、交渉能力の上昇を意味する。


 その日、俺はリビングで静かにスマホを見ていた。

 静かに、というのは重要だ。

 子どもが二人いる空間で大人が静かにしている時、それは休息ではない。

 気配を消しているだけである。


 すると、娘がやってきた。


「ねぇパパ」


 来た。

 この「ねぇパパ」は、甘えではない。

 だいたい何かある時の入りである。


「ん?」


「もうすぐ子どもの日だよね?」


 その時点で、嫌な予感はしていた。

 こういう確認口調は危険だ。

 事実確認ではない。

 前提条件の固定である。


「そうだな」


「子どもの日って、子どもがいいことある日だよね?」


 雑だな、定義が。


「まぁ……そういう日ではあるけど」


 俺が慎重に言うと、娘は頷いた。

 そして、間髪入れず本題に入った。


「じゃあロバックスほしい」


 早い。

 話が早い。

 いや、早すぎる。


 こっちはまだ「鯉のぼり」とか「成長を祝う」とか、そういう情緒のゾーンにいたのに、向こうはもう課金通貨で殴ってきている。


 俺が無言でいると、横から甥っ子まで寄ってきた。


「僕も」


 増えた。

 交渉相手が一人から二人になった。


「いや待て」


 俺はスマホを置いた。

 これはもう観測対象である。

 片手間に処理していい案件ではない。


「お前ら、子どもの日を何だと思ってるんだ」


 すると娘が即答した。


「子どもがプレゼントもらえる日」


 甥っ子も真顔で頷く。


「うん。子どもの日だから」


 揺るがない。

 あまりにも揺るがない。


 俺は言った。


「いや、そういう雑なイベント解釈で課金通貨を要求するな」


「でも子どもだよ?」


 娘が言う。


「そこは否定してない」


「しかも二人いるよ?」


 甥っ子が言う。


「人数で圧かけるな」


 すると娘が、ちらっと甥っ子を見る。

 その視線だけで分かった。

 こいつら、もう打ち合わせ済みだ。


 単独犯ではない。

 共犯である。


「ねぇパパ」


「何だ」


「子どもの日なのに、子どもに何もないのはかわいそうじゃない?」


「言い方」


 絶妙に罪悪感を刺激してくる。

 誰だ教えたの、そういうの。


 すると甥っ子が続けた。


「しかもロバックスなら、物が増えないよ?」


 俺は思わず甥っ子を見た。


「お前、それ誰の入れ知恵だ」


「自分で考えた」


 顔が良すぎる。

 たぶん本当に考えたんだろう。

 余計に困る。


 娘もすかさず畳みかける。


「おもちゃだと片付けないでしょって言うじゃん。でもロバックスなら散らからないよ?」


「理屈は分かる。分かるけど、分かった上で嫌だなその攻め方」


「しかも、ちょっとでいいの」


「その“ちょっと”が一番危ないんだよ」


 課金の入口はだいたいそこから始まる。


 俺が腕を組んでいると、二人は小声で何か相談し始めた。

 やめろ。

 作戦会議を目の前でやるな。

 しかも隠す気が薄い。


 数秒後、娘が再び前に出た。


「じゃあさ」


「うん」


「お手伝いする」


 お、と思った。

 交換条件の提示。

 交渉としては正しい。


「ほう」


「宿題もちゃんとやる」


 娘が言う。


「僕もやる」


 甥っ子も言う。


「ゲームの時間も守る」


 そこまで言ったところで、俺は即座に返した。


「そこは前提で守れ」


 二人とも黙った。


 今の一瞬、空気が止まった。

 そう。

 そこは“交換条件”にしてはいけない。

 元から守るべき項目である。


 娘が少し考え、軌道修正した。


「じゃあ……いつもよりいっぱいお手伝いする」


「具体的には?」


「えっと……食べたお皿さげる」


「毎日やれ」


「じゃあ、おふろ入る時すぐ行く」


「それも毎回やれ」


「ぐぬぬ……」


 娘が詰まる。

 甥っ子も苦しい顔をしている。

 たぶん二人とも、普段サボっている項目ほど交渉材料にしやすいと思っていたのだろう。

 発想が完全に営業である。


 そこで甥っ子が口を開いた。


「じゃあ、今から頑張る」


 ふわっとしている。

 あまりにもふわっとしている。


「評価期間が短すぎる」


「えー」


「えーじゃない。子どもの日まで数日しかないだろ」


「じゃあ短期決戦で」


「その言い方やめろ」


 娘がまた俺を見上げる。


「パパ、でもさ」


「何だ」


「こういうのって、夢がある方がよくない?」


 急に概念で殴ってきた。


「夢」


「うん。子どもの日だし」


「いや、子どもの夢を守るために親の財布が傷つくの、だいぶ現実なんだよ」


 すると甥っ子がぽつりと言った。


「ばぁばとかにも相談してみる?」


「やめなさい」


 外堀を埋めに行くな。

 そのルートは危険だ。

 親世代は時々、イベント補正で甘くなる。


 娘もすぐ乗る。


「ママにも聞いてみる?」


「もっとやめなさい」


 最悪である。

 連携対象を増やすな。

 案件が家庭内決裁フローに乗る。


 俺が頭を抱えかけた、その時だった。


 娘が言った。


「じゃあさ、パパはいくらならいいの?」


 ……うまいな。


 それはゼロか百かの話を、条件調整フェーズへ移す質問だ。

 この時点で「買う・買わない」ではなく「いくらなら通るか」に論点がずれている。


 怖い。

 小学生のくせに怖い。


「いや、まだ買う前提にするな」


「でもちょっとは可能性あるんでしょ?」


「なくはないけど」


「あるんだ」


 しまった。

 言質を取られた。


 甥っ子も食い気味に乗る。


「じゃあゼロじゃないんだ」


「お前らほんとそういうとこだぞ」


 娘と甥っ子が顔を見合わせ、にやっとした。

 完全に手応えを得た顔である。

 やばい。

 このままだと押し切られる。


 俺は一度、深呼吸した。

 そして冷静に、SEとしての結論を出すことにした。


「分かった。条件を出す」


 二人の目が輝く。


「やった!」


「まだ終わってない」


 二人がぴたりと止まる。


「まず、宿題を先にやること」


「うっ」


「うっ、じゃない。次」


「はい……」


「ゲームの時間を守ること」


 甥っ子が露骨に目をそらした。

 分かりやすすぎる。


「あと、言われる前に風呂」


「ええー」


「食べたものの片付け」


「それも?」


「それも」


「厳しい……」


「さらに、子どもの日まで大きな揉め事なし」


 そこで二人が同時に黙った。

 たぶん一番難しい条件だからだろう。


「喧嘩もなし?」


 娘が聞く。


「なし」


「口げんかも?」


 甥っ子が聞く。


「軽度なら注意一回。でかいやつはアウト」


「厳しすぎるよ!」


「いや、課金通貨を手に入れるためのミッションとしては妥当だろ」


 二人は顔を見合わせた。

 明らかに計算している。


 そして娘が言った。


「……いくら?」


 最後までそこは外さないの、強いな。


「成果次第」


「幅がある!」


「当たり前だ」


「最低保証は?」


「ない」


「ええー!」


 すると甥っ子が、小さく拳を握って言った。


「でも、ゼロじゃないなら頑張る価値はある」


 その瞬間、娘の目の色が変わった。


「やる」


 おい。

 急に士気が上がるな。


「絶対もらう」


「待て、目的がすり替わってる」


「これは作戦だから」


 娘が真顔で言う。

 甥っ子も頷く。


「子どもの日ロバックスゲット大作戦」


 命名まで済んでいた。

 準備が良すぎる。


「いつの間にそんな作戦名つけたんだよ……」


「さっき」


「早いな」


 娘はもうその気である。

 甥っ子もなぜか燃えている。


「よし、まず宿題やろう」


「おお」


「その後、お皿も下げる」


「おお」


「おふろもすぐ入る」


「ほんとに?」


「今日は!」


「今日だけかよ!」


 俺が突っ込むと、二人は笑った。


 ……まあ、いい。

 笑っているうちはまだ平和である。


 その後、本当に二人は妙に素直だった。

 宿題はやる。

 皿も下げる。

 風呂も、普段よりは早い。


 あまりにも露骨で、逆に面白くなってくるレベルである。


 とはいえ、俺は知っている。

 こういう短期バフは長続きしない。

 イベント前だけ急に勤勉になるのは、だいたい期間限定ガチャの時だけログイン率が上がるやつと同じである。


 でもまあ、努力は努力だ。


 俺はその様子を見ながら思った。


 子どもの日とは、本来、子どもの健やかな成長を願う日である。

 だが現代においては違う。


 子どもがイベントを利用して親との交渉に挑み、

 親が条件付き承認で迎撃し、

 最終的に家庭内で小規模な取引が成立する日。


 それが、現実である。


 そして何より恐ろしいのは、娘も甥っ子も、この交渉を通じて確実に成長していることだった。


 主に、

 要求の通し方と、条件闘争の筋が。


 ……健やかではある。

 たぶん。

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