第56話:ご褒美は、時として新たな戦いを呼ぶ
ゲーム内アバターとゲーム内アイテム。どっちも重要だとは思いますが、これは大人でも決められない戦いですね。子供の限られた予算ではなかなか、大変な戦略になります。
ロバックスを買った。
購入制限という名の過去の俺を突破し、
PC版ならもう少し得だったという事実に軽く傷つき、
給料日前の財布事情に目を逸らしながらも、
それでも子供達の笑顔を優先した。
そこまではよかった。
問題は、その後である。
「服がいい!」
娘が言った。
即答だった。
迷いがない。
ロバックスが入った瞬間から、頭の中ではもう使い道が決まっていたのだろう。
「えー、アイテムのほうがいいじゃん!」
甥っ子が即座に反論した。
こちらも一歩も引かない。
というか、すでに戦闘態勢に入っている。
さっきまで一緒に掃除していたとは思えないほどの温度差だった。
「だって服のほうがずっと残るし!」
「アイテムのほうが遊べるじゃん!」
「でもかわいくしたい!」
「見た目だけじゃ意味ないでしょ!」
ケンケンゴーゴーである。
平和のために与えたはずのご褒美が、わずか数分で新たな火種になっていた。
おかしい。
さっきまであんなに喜んでいた。
ロバックスが入った瞬間、二人とも天にも昇る勢いだった。
あの時点では確かに幸福が完成していたはずである。
なのに何故、今こうなっているのか。
答えは簡単だった。
**資源は、使い道が発生した瞬間に争いの種になる。**
会社でもそうだ。
予算が降りた瞬間、全員が「どこに使うべきか」で揉め始める。
家庭でも同じらしい。
ただし今回は会議室ではなく、リビングで起きているだけである。
「服だよ!」
「アイテムだって!」
二人とも譲らない。
しかも厄介なことに、どちらの言い分にも一理ある。
娘の言う“服”はわかる。
アバターは見た目が命だ。
かわいくしたい、かっこよくしたい、その欲求は極めて自然である。
いわば自己表現だ。
一方、甥っ子の言う“アイテム”もわかる。
ゲーム内で実際に遊びやすくなるもの、便利になるもの、世界への干渉力が増すもの。
こちらもまた合理的である。
どっちも間違っていない。
間違っていないが、両方を同時に最大化するほどの潤沢な予算ではない。
だから揉める。
すごく人間っぽい。
「パパ、どっちがいいと思う!?」
娘が振り向いた。
来た。
最悪のパスである。
ここで片方の肩を持てば、もう片方が確実に不満を持つ。
だが答えないと、それはそれで「パパちゃんと見てよ」という流れになる。
親とはこういう時、急に中立国から国連に昇格する。
「えーと……」
時間を稼ぐ。
思考する。
会社ならここで資料を持ち帰ると言える。
だが家庭にはそんな猶予はない。
即答が求められる。
「どっちも大事だな」
とりあえず一般論で逃げた。
「どっちか!」
「そうそう!」
逃げ道は塞がれた。
やめろ。
そんな圧のある意思決定を、給料日前にロバックスを買った男に求めるな。
俺は二人の顔を交互に見た。
娘は“かわいさ”に全振りした目をしている。
甥っ子は“実用性”を信じて疑わない顔をしている。
なるほど。
思想の違いだ。
これはもう単なる買い物の話ではない。
**美学と合理の戦い**である。
大人の世界でもよくあるやつだ。
デザインを優先するか。
機能を優先するか。
見た目に振るか。
実利に振るか。
ただし今その議論をしているのは、子供と子供である。
「じゃあ、こうしたらどうだ」
俺はようやく口を開いた。
「まず少しだけ服を見る」
「うん」
「そのあとアイテムも見る」
「うん」
「で、両方見たうえで、本当に欲しい方を決める」
二人は一瞬黙った。
これは割と真っ当な提案のはずだ。
いきなり買わず、一度候補を見比べる。
衝動買いを避け、満足度の高い選択をする。
言ってしまえば比較検討プロセスである。
理屈としては悪くない。
「……それならいい」
「まあ、それなら」
通った。
よかった。
どうにか家庭内ロバックス戦争は、一時停戦に持ち込めたらしい。
二人はそれぞれ画面を覗き込みながら、今度は「これかわいい!」「いやこっち強そう!」と別方向の興奮を始めた。
さっきまでの衝突が嘘みたいに、今は並んで候補を見ている。
子供の感情の切り替わりは早い。
そして俺は、その様子を少し離れたところから見ながら思った。
ご褒美というのは、与えれば終わりではない。
その後、どう使うかで第二ラウンドが始まる。
掃除をしてくれた。
だからロバックスを買った。
そこまでは綺麗な話だった。
だが現実には、そのロバックスが新たな議題を生み、
親はその使い道にまで関与することになる。
親業、思ったより範囲が広い。
しばらくして、娘が振り向いた。
「パパー」
「ん?」
「これ、かわいくない?」
次の瞬間、甥っ子も言う。
「おじちゃん、これ絶対強いって!」
……始まったな、と思った。
たぶん今日はまだ終わらない。
購入しただけでは終わらないし、候補を見始めたらもっと終わらない。
最終的に何を買うか決まるまで、俺はたぶん何度も呼ばれる。
だがまあ、それも悪くない。
さっきまで掃除して、今はロバックスの使い道で真剣に悩んでいる。
子供達なりに、今日を全力で楽しんでいるのがわかる。
だからきっと、これでいいのだろう。
……財布へのダメージと、意思決定の責任が全部こっちに来ることを除けば。
親とは、子供にご褒美を与えたあと、その使い道会議の議長までやらされる生き物である。
結局、双方納得いく形で購入したようです。




