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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第5章 東都の日常③

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第56話:ご褒美は、時として新たな戦いを呼ぶ

ゲーム内アバターとゲーム内アイテム。どっちも重要だとは思いますが、これは大人でも決められない戦いですね。子供の限られた予算ではなかなか、大変な戦略になります。

 ロバックスを買った。


 購入制限という名の過去の俺を突破し、

 PC版ならもう少し得だったという事実に軽く傷つき、

 給料日前の財布事情に目を逸らしながらも、

 それでも子供達の笑顔を優先した。


 そこまではよかった。


 問題は、その後である。


「服がいい!」


 娘が言った。


 即答だった。

 迷いがない。

 ロバックスが入った瞬間から、頭の中ではもう使い道が決まっていたのだろう。


「えー、アイテムのほうがいいじゃん!」


 甥っ子が即座に反論した。


 こちらも一歩も引かない。

 というか、すでに戦闘態勢に入っている。

 さっきまで一緒に掃除していたとは思えないほどの温度差だった。


「だって服のほうがずっと残るし!」

「アイテムのほうが遊べるじゃん!」

「でもかわいくしたい!」

「見た目だけじゃ意味ないでしょ!」


 ケンケンゴーゴーである。


 平和のために与えたはずのご褒美が、わずか数分で新たな火種になっていた。


 おかしい。


 さっきまであんなに喜んでいた。

 ロバックスが入った瞬間、二人とも天にも昇る勢いだった。

 あの時点では確かに幸福が完成していたはずである。


 なのに何故、今こうなっているのか。


 答えは簡単だった。


 **資源は、使い道が発生した瞬間に争いの種になる。**


 会社でもそうだ。

 予算が降りた瞬間、全員が「どこに使うべきか」で揉め始める。

 家庭でも同じらしい。

 ただし今回は会議室ではなく、リビングで起きているだけである。


「服だよ!」

「アイテムだって!」


 二人とも譲らない。


 しかも厄介なことに、どちらの言い分にも一理ある。


 娘の言う“服”はわかる。

 アバターは見た目が命だ。

 かわいくしたい、かっこよくしたい、その欲求は極めて自然である。

 いわば自己表現だ。


 一方、甥っ子の言う“アイテム”もわかる。

 ゲーム内で実際に遊びやすくなるもの、便利になるもの、世界への干渉力が増すもの。

 こちらもまた合理的である。


 どっちも間違っていない。


 間違っていないが、両方を同時に最大化するほどの潤沢な予算ではない。

 だから揉める。


 すごく人間っぽい。


「パパ、どっちがいいと思う!?」


 娘が振り向いた。


 来た。


 最悪のパスである。


 ここで片方の肩を持てば、もう片方が確実に不満を持つ。

 だが答えないと、それはそれで「パパちゃんと見てよ」という流れになる。

 親とはこういう時、急に中立国から国連に昇格する。


「えーと……」


 時間を稼ぐ。


 思考する。

 会社ならここで資料を持ち帰ると言える。

 だが家庭にはそんな猶予はない。

 即答が求められる。


「どっちも大事だな」


 とりあえず一般論で逃げた。


「どっちか!」

「そうそう!」


 逃げ道は塞がれた。


 やめろ。

 そんな圧のある意思決定を、給料日前にロバックスを買った男に求めるな。


 俺は二人の顔を交互に見た。

 娘は“かわいさ”に全振りした目をしている。

 甥っ子は“実用性”を信じて疑わない顔をしている。


 なるほど。


 思想の違いだ。


 これはもう単なる買い物の話ではない。

 **美学と合理の戦い**である。


 大人の世界でもよくあるやつだ。

 デザインを優先するか。

 機能を優先するか。

 見た目に振るか。

 実利に振るか。


 ただし今その議論をしているのは、子供と子供である。


「じゃあ、こうしたらどうだ」


 俺はようやく口を開いた。


「まず少しだけ服を見る」

「うん」

「そのあとアイテムも見る」

「うん」

「で、両方見たうえで、本当に欲しい方を決める」


 二人は一瞬黙った。


 これは割と真っ当な提案のはずだ。

 いきなり買わず、一度候補を見比べる。

 衝動買いを避け、満足度の高い選択をする。

 言ってしまえば比較検討プロセスである。


 理屈としては悪くない。


「……それならいい」

「まあ、それなら」


 通った。


 よかった。

 どうにか家庭内ロバックス戦争は、一時停戦に持ち込めたらしい。


 二人はそれぞれ画面を覗き込みながら、今度は「これかわいい!」「いやこっち強そう!」と別方向の興奮を始めた。

 さっきまでの衝突が嘘みたいに、今は並んで候補を見ている。


 子供の感情の切り替わりは早い。


 そして俺は、その様子を少し離れたところから見ながら思った。


 ご褒美というのは、与えれば終わりではない。

 その後、どう使うかで第二ラウンドが始まる。


 掃除をしてくれた。

 だからロバックスを買った。

 そこまでは綺麗な話だった。


 だが現実には、そのロバックスが新たな議題を生み、

 親はその使い道にまで関与することになる。


 親業、思ったより範囲が広い。


 しばらくして、娘が振り向いた。


「パパー」

「ん?」

「これ、かわいくない?」


 次の瞬間、甥っ子も言う。


「おじちゃん、これ絶対強いって!」


 ……始まったな、と思った。


 たぶん今日はまだ終わらない。

 購入しただけでは終わらないし、候補を見始めたらもっと終わらない。

 最終的に何を買うか決まるまで、俺はたぶん何度も呼ばれる。


 だがまあ、それも悪くない。


 さっきまで掃除して、今はロバックスの使い道で真剣に悩んでいる。

 子供達なりに、今日を全力で楽しんでいるのがわかる。


 だからきっと、これでいいのだろう。


 ……財布へのダメージと、意思決定の責任が全部こっちに来ることを除けば。


 親とは、子供にご褒美を与えたあと、その使い道会議の議長までやらされる生き物である。

結局、双方納得いく形で購入したようです。

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