第55話:幸せには、時々コストが発生する
ロバックスって1ポイント1円じゃないんですね。地味に堪えますよねぇ…
子供アカウントの購入制限を突破し、俺はついにロバックスの購入を完了させた。
長かった。
いや、時間にすればそこまででもない。
だが体感としては長かった。
親アカウントと子供アカウント。
設定と制限。
そして過去の俺との戦い。
それら全てを乗り越えた先に、ようやくご褒美は届いたのである。
「入った!」
「やったー!!」
娘と甥っ子のテンションは、一気に天井を突き抜けた。
目が輝いている。
声のトーンが一段上がっている。
さっきまで掃除の達成感で満足していたはずなのに、そこへさらにゲーム内通貨という現代的報酬が加わったことで、幸福度が完全に爆発していた。
……うん。
ここまで喜ばれると、まあ悪い気はしない。
掃除した。
頑張った。
ご褒美をもらった。
子供達が嬉しそうにしている。
流れとしては、非常に美しい。
少なくとも親としての行動は、そこまで間違っていない気がする。
そう思いながら購入内容を見直して、俺はある事実に気づいた。
「……あ」
小さく声が漏れた。
「どうしたの、パパ?」
「何かあった?」
子供達がこちらを見る。
いや、何かあったというほどではない。
致命的なトラブルでもない。
ただ、知ってしまっただけだ。
PC版で買えば、もう少し多くロバックスが入った。
つまり今回、スマホ経由でそのまま購入した結果、
もし購入方法を変えていれば得られたはずの“上乗せ分”を、俺は取り逃していたのである。
しかも、けっこうわかりやすく。
「……PC版で買えば、200多かったのか」
言ってから、じわじわ来た。
やってしまった感がある。
いや、今回の購入自体が失敗だったわけではない。
ロバックスはちゃんと入った。
子供達は大喜びしている。
目的は達成している。
ただ、“もっと効率のいい買い方があった”と後から気づくのは、地味に心に刺さる。
システム屋として、こういうのは弱い。
最適化できたはずの経路を見逃した時の、あの独特の敗北感。
人はそれを、たぶん小さな後悔と呼ぶ。
「でも入ったからいいじゃん!」
娘は明るく言った。
正論だった。
横で甥っ子も、すでに何に使うかの相談に入っている。
子供達にとって重要なのは、“何円で買ったか”でも“どの経路が最適だったか”でもない。
今、目の前にロバックスがあって、楽しい未来が確定していることだ。
その感覚は、たぶん正しい。
だが大人という生き物は、その正しさを理解しつつも、別のことを考えてしまう。
今回の購入額は、だいたい三千円台だった。
数字だけ見れば、まあ、出せなくはない。
子供のご褒美としても、絶対にありえない額ではない。
むしろイベントとして見れば、十分許容範囲だ。
ただし。
今は給料日前である。
そこが問題だった。
大問題だった。
財布の中身が完全に終わったわけではない。
生活が即死するわけでもない。
だが、“今このタイミングでそこそこの額を使った”という事実は、今週の俺の食生活に静かな影響を与えるには十分だった。
「……まあ」
俺は小さく呟いた。
「今週、ちょっと質素になるだけか」
カップ麺の映像が頭に浮かぶ。
いや、別にカップ麺が悪いわけではない。
むしろ強い。
安い、早い、うまい。
給料日前の味方として、長年にわたり最前線で戦ってきた実績がある。
ただ、
“子供達の笑顔の代償として今週カップ麺率が上がる”
と表現すると、急に親の人生っぽくなる。
「パパ?」
娘が顔を覗き込む。
「ん?」
「ありがとう!」
まっすぐ言われた。
その横で甥っ子も、満面の笑みで頷いている。
……うん。
まあ、そうなると弱い。
PC版なら200多かった。
もっと最適な買い方もあった。
給料日前に三千円台はちょっと響く。
今週の俺は、たぶんカップ麺と仲良くすることになる。
それでも。
目の前でこんなに嬉しそうにされると、全部まとめて「まあいっか」になるから困る。
合理性だけで言えば、もっといい選択肢はあった。
だが、あの場でスマホを出して、そのまま買って、すぐに喜ぶ顔が見られた。
あれはあれで、十分に正しい。
最適解ではない。
でも、正解ではあった。
子供達は楽しそうにRobloxの画面を見ている。
さっきまで掃除していた二人が、今は報酬を手にして笑っている。
その光景を見ながら、俺は自分の財布事情にそっと目を逸らした。
いいのだ。
今日は、ご褒美の日だった。
掃除してくれた。
頑張った。
そして喜んだ。
なら、今週の昼飯が多少カップ麺に寄るくらい、大したことではない。
……たぶん。
親とは、子供の笑顔で満足しながら、あとで静かに家計と向き合う生き物である。
尚、作者のカップ麺生活は2週間目に突入した模様。




