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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第4章 俺くんの休日と家庭の事情

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第50話:俺は悪くないのに家庭内説明会が開催された

 娘の様子がおかしい時は、だいたい二種類ある。


 一つは、明らかに眠いのを気合いで押し切っている時。

 もう一つは、ゲームの進捗に何かが起きた時だ。


 この日の後者は、かなり深刻だった。


「パパ、ロブロックス入れない」


 夕方、ソファの上で端末を握った娘が、普段より半音低い声でそう言った。

 これはまずい。

 このトーンは“ちょっと見て”ではない。“早く何とかして”だ。


「どれ」


 端末を受け取る。

 画面には無慈悲な文言が出ていた。


 **権限がありません。**


 嫌な予感しかしなかった。


 俺は一瞬で、面倒な単語の一覧を脳内に並べた。

 アカウント制限、年齢設定、親権限、端末側制御、アプリ不具合、運営側エラー。


 そして、そのどれであっても、最終的に俺の作業になる未来だけは確定していた。


「まぁまぁ。まずは落ち着け。こういうのは大体、切り分ければ何とかなる」


「進んでたのに」


「うん」


「いっぱい進んでたのに」


「……うん」


 重い。

 小学生の“いっぱい進んでたのに”は、下手な障害報告より重い。


 俺はスマホだけでは判断できないと見て、PCを立ち上げた。

 ブラウザからログインし、設定画面に潜る。

 アカウント情報を確認しようとした、その時だった。


 妙なエラーが出た。


 不明なエラーが発生しました。

 ホームも安定して読み込めない。

 おまけに設定の一部表示も怪しい。


 ……嫌な感じが強まってきたな。


 さらに調べる。

 ブラウザを変え、表示を追い、ログのようなものまで覗き込んで、ようやくそれらしい一文に辿り着いた。


 **User is moderated**


 見つけた瞬間、思わず天を仰いだ。


「何それ」


 隣から娘が聞いてくる。


「要するに……向こう都合で止められてる可能性が高い」


「パパがやったの?」


「やってない」


「ほんとに?」


「ほんとに」


 即答した。

 ここは一秒でも迷ってはいけない場面だ。

 父親の信用は、こういう時のコンマ数秒で削れる。


 俺は説明した。

 端末が悪いだけではなさそうなこと。

 こっちで勝手に年齢を変えたり、変な設定をしたわけではないこと。

 今、問い合わせをしていること。

 最悪の場合に備えて、別アカウントで避難先も用意すること。


 我ながら、かなり誠実な初動だったと思う。


 しかし、世の中というのは、こちらが誠実であることと、平和に済むことがまるで一致しない。


「えー……でも、それじゃいや」


 娘が頬を膨らませる。

 当然だ。進捗があるのだ。

 俺だって自分のデータが消えたら普通に嫌だ。


 だが、その“当然”は時として、父親を説明責任の祭壇に立たせる。


「だから今、戻せるように動いてるだろ。まだ確定じゃないから」


「でも前も急に変わった」


 痛いところを突かれた。


 そう。

 以前、子供用アカウント周りの流れの中で、こっちも完全に無傷ではなかった。

 あれはあれで事情があった。事情はあったんだが、子供側から見た事実だけを並べれば“急に変わった”である。


 そこで、横から静かな声が刺さった。


「自分がやってるゲームで、進捗変わったら嫌でしょ?」


 嫁だった。


 その一言は、理屈として完璧だった。

 しかも、家庭内において最も強いタイプの正論だった。


 ぐうの音も出ない、という表現がある。

 あれはたぶん、こういう時のために生まれた。


「……はい」


 俺は素直に認めた。


 認めたうえで思う。

 俺は悪くない。

 悪くないのだが、なぜかこの家では、障害が起きるとまず俺が一次受けになる。


 外部システム起因。

 原因不明。

 ユーザー影響大。

 しかも問い合わせ対応中。


 完全に仕事じゃないか。


「だから、戻るようにちゃんとお願いしてるよ」


 俺は娘に向き直った。


「もし戻れば、そのまま進捗は残る。戻らなかったら、避難先で遊べるようにする。どっちにしても、何もしないでは終わらせない」


 娘は少しだけ考えて、それから小さくうなずいた。


「……パパのせいじゃないの?」


「今回は違う」


「ほんと?」


「ほんと」


「じゃあ、しょうがないか」


 許された。


 いや、正確には完全な無罪放免ではない。

 “今回は保留付きで理解された”くらいが正しい。

 だがそれでも十分だった。


 俺はすぐに問い合わせ文を整えた。

 必要事項を確認し、送信する。

 ついでに、今遊べる避難先アカウントも整える。


 ここまでやって、ようやく一息ついた。


 ソファに背を預けた俺に、嫁が言う。


「まぁでも、復旧しないならしないで、そのまま子供アカウントに移しやすいでしょ」


「それはそう」


「じゃ、どっちに転んでも詰みではないね」


「仕事できる人みたいなまとめ方するなぁ……」


「あなたが毎回、仕事みたいな顔してるからでしょ」


 否定できなかった。


 娘は新しい方の端末で遊び始めていた。

 完全に切り替わったわけではないが、とりあえず今日の平和は守られたらしい。


 それを見届けながら、俺は天井を見上げる。


 俺は何もしていない。

 いや、正確には何も悪いことはしていない。

 ただ、外部要因で燃えた案件に対し、最速で切り分け、原因を特定し、代替案を提示し、顧客説明までやっただけだ。


 なのに疲れている。


 理不尽だ。


 とはいえ、最後に娘が言った

 **「今回はパパのせいじゃないね」**

 の一言で、だいぶ報われた気もする。


 父親業というのは、たぶんこういうものなんだろう。

 無実でも出動し、善意でも疑われ、最後に少しだけ名誉が回復する。


 それでも、泣かれるよりは百倍いい。


 俺は立ち上がり、飲みかけのコーヒーを口にした。

 もう完全に冷めていた。


「で、結局どうするの?」


 嫁が聞く。


「復旧できるなら復旧はする」


「うん」


「でも無理なら、無理で運用を切り替える」


「うん」


「要するに」


 俺はカップを置いて、静かに言った。


「俺は悪くないのに、今日も最終責任者みたいな顔してるってことだ」


 嫁は笑った。

 娘はもう次のゲーム画面を見ていた。


 たぶん、それでいいのだと思う。


 少なくとも今日は、家が燃えなかった。

 それだけで十分、勝ちだった。

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