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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第4章 俺くんの休日と家庭の事情

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第48話:創作時間はゼロになったが、たぶん俺は今日ちゃんと戦った

 ようやく静かになった。


 娘は寝た。

 完全に寝たかどうかは怪しいが、少なくとも布団には入った。

 学校ワールドの話も止まった。

 「明日ここを秘密基地にする」だの、「あそこをお店にする」だの、最後まで構想だけは膨らんでいたが、とりあえず今日の営業は終了である。


 俺は自分の部屋に戻った。


 ノートPCを開く。

 見慣れた画面。

 見慣れた作業途中のファイル。

 数時間前までは、この続きをやるつもりだった。


 創作。

 整理。

 分析。

 やりたいことはいくらでもあった。


 だが現実はどうだ。


 今日は、ほとんど何も進んでいない。


 一文字も書いていない。

 一つもまとめていない。

 構想も、作業も、数字の確認も、全部途中で止まったままだ。


 見事なくらい、創作時間ゼロである。


「……はぁ」


 ため息が漏れる。


 別に不機嫌なわけではない。

 ただ、気が抜けたのだと思う。


 今日の流れは完全に別方向へ持っていかれた。

 最初は「パソコン追加して」だった。

 それがマイクラの話だとわかり、

 家具が欲しい話になり、

 かわいさが重要だと判明し、

 気づけば学校ワールドの購入まで進んでいた。


 意味がわからないようでいて、全部ちゃんと筋は通っている。

 要件を聞けば、そうなる。

 だから文句はない。


 むしろ、途中の判断はかなり良かったと思う。


 PCだけを見ていたら外していた。

 家具だけを見ていてもズレていた。

 “何が欲しいか”ではなく、

 「どう遊びたいのか」 を聞いたから、最終的にちゃんと着地した。


 それは、俺の仕事でも同じだった。


 言われたものをそのまま作るだけでは、だいたい失敗する。

 本当に必要なのは、その言葉の奥にある目的だ。


 そういう意味では、今日は妙に仕事っぽい一日だった。


 家庭内なのに、

 要件定義して、

 スコープ調整して、

 予算感を見て、

 納品して、

 その後の利用者満足度まで確認した。


 やっていることが、ほぼ業務である。


 違うのは、相手が娘で、

 納品物が学校ワールドで、

 最後に寝かしつけフェーズがあることくらいだ。


 俺は少しだけ笑った。


「なんだよそれ……」


 自分で思って、自分でおかしくなった。


 創作は進んでいない。

 でも、今日が無駄だったとは思わない。


 目に見える成果物はない。

 投稿もない。

 数字も増えていない。

 進捗報告だけ見たら、たぶんゼロだ。


 けれど、娘はあれだけ喜んでいた。


 学校。

 パソコン。

 かわいい部屋。

 秘密基地。

 お店。

 そういうものを全部ひっくるめて、自分の中で世界を広げていた。


 あの顔を見てしまうと、

 「今日は何もできなかった」とは、少し言いにくい。


 正確には違うのだ。


 「創作はできなかった。

 でも、今日は別の仕事をちゃんとやった。」


 たぶんそれだけの話だった。


 俺はキーボードに手を置いた。


 何か書けるかもしれないと思った。

 だが、指は動かない。

 疲れている。

 頭もだいぶ回っていない。


 無理にやっても、たぶんろくなものにはならないだろう。


 なら今日は、ここまでか。


 そう判断して、ファイルを閉じる。

 作業としては敗北だ。

 少なくとも、朝の自分が想定していた勝ち方ではない。


 だが、人間の一日は、いつも予定通りに進むわけじゃない。

 むしろ、予定通りに進まない日の方が多い。


 その中で何を拾うか。

 何を諦めるか。

 どこで「今日はこれでよし」とするか。


 それもまた、たぶん大事な能力だ。


 部屋の外は静かだった。

 もう本当に寝たらしい。


 俺はPCの電源を落とした。

 画面が暗くなる。


 ほんの少しだけ名残惜しい。

 今日は本当なら、もっと自分のことを進めたかった。


 でも、まあいい。


 明日がある。

 今日喜んでいた娘もいる。

 仕込んだものも、一応ちゃんと残っている。


 全部失ったわけじゃない。

 ただ今日は、違う戦場にいただけだ。


 最後にスマホを見ると、学校ワールドのことを思い出したのか、娘が撮ったスクショが一枚だけ送られていた。


 教室の中に、ベッドと机が無理やり置かれている。

 その横には、なぜかパソコン。

 完全に用途不明の空間だ。


 だが、コメントはシンプルだった。


「ここ、わたしのへや」


 俺は思わず吹き出した。


「……そうかよ」


 それだけつぶやいて、スマホを置く。


 たぶん今日の正解は、これだったのだろう。


 創作時間はゼロ。

 進捗もゼロ。

 だが、それで終わる日ばかりでもない。


 何も生み出していないように見えて、

 ちゃんと誰かの中には残っている。

 そういう日もある。


 だから今日は、これでいい。


 創作は止まった。

 でも俺は、たぶんちゃんと戦った。

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