第48話:創作時間はゼロになったが、たぶん俺は今日ちゃんと戦った
ようやく静かになった。
娘は寝た。
完全に寝たかどうかは怪しいが、少なくとも布団には入った。
学校ワールドの話も止まった。
「明日ここを秘密基地にする」だの、「あそこをお店にする」だの、最後まで構想だけは膨らんでいたが、とりあえず今日の営業は終了である。
俺は自分の部屋に戻った。
ノートPCを開く。
見慣れた画面。
見慣れた作業途中のファイル。
数時間前までは、この続きをやるつもりだった。
創作。
整理。
分析。
やりたいことはいくらでもあった。
だが現実はどうだ。
今日は、ほとんど何も進んでいない。
一文字も書いていない。
一つもまとめていない。
構想も、作業も、数字の確認も、全部途中で止まったままだ。
見事なくらい、創作時間ゼロである。
「……はぁ」
ため息が漏れる。
別に不機嫌なわけではない。
ただ、気が抜けたのだと思う。
今日の流れは完全に別方向へ持っていかれた。
最初は「パソコン追加して」だった。
それがマイクラの話だとわかり、
家具が欲しい話になり、
かわいさが重要だと判明し、
気づけば学校ワールドの購入まで進んでいた。
意味がわからないようでいて、全部ちゃんと筋は通っている。
要件を聞けば、そうなる。
だから文句はない。
むしろ、途中の判断はかなり良かったと思う。
PCだけを見ていたら外していた。
家具だけを見ていてもズレていた。
“何が欲しいか”ではなく、
「どう遊びたいのか」 を聞いたから、最終的にちゃんと着地した。
それは、俺の仕事でも同じだった。
言われたものをそのまま作るだけでは、だいたい失敗する。
本当に必要なのは、その言葉の奥にある目的だ。
そういう意味では、今日は妙に仕事っぽい一日だった。
家庭内なのに、
要件定義して、
スコープ調整して、
予算感を見て、
納品して、
その後の利用者満足度まで確認した。
やっていることが、ほぼ業務である。
違うのは、相手が娘で、
納品物が学校ワールドで、
最後に寝かしつけフェーズがあることくらいだ。
俺は少しだけ笑った。
「なんだよそれ……」
自分で思って、自分でおかしくなった。
創作は進んでいない。
でも、今日が無駄だったとは思わない。
目に見える成果物はない。
投稿もない。
数字も増えていない。
進捗報告だけ見たら、たぶんゼロだ。
けれど、娘はあれだけ喜んでいた。
学校。
パソコン。
かわいい部屋。
秘密基地。
お店。
そういうものを全部ひっくるめて、自分の中で世界を広げていた。
あの顔を見てしまうと、
「今日は何もできなかった」とは、少し言いにくい。
正確には違うのだ。
「創作はできなかった。
でも、今日は別の仕事をちゃんとやった。」
たぶんそれだけの話だった。
俺はキーボードに手を置いた。
何か書けるかもしれないと思った。
だが、指は動かない。
疲れている。
頭もだいぶ回っていない。
無理にやっても、たぶんろくなものにはならないだろう。
なら今日は、ここまでか。
そう判断して、ファイルを閉じる。
作業としては敗北だ。
少なくとも、朝の自分が想定していた勝ち方ではない。
だが、人間の一日は、いつも予定通りに進むわけじゃない。
むしろ、予定通りに進まない日の方が多い。
その中で何を拾うか。
何を諦めるか。
どこで「今日はこれでよし」とするか。
それもまた、たぶん大事な能力だ。
部屋の外は静かだった。
もう本当に寝たらしい。
俺はPCの電源を落とした。
画面が暗くなる。
ほんの少しだけ名残惜しい。
今日は本当なら、もっと自分のことを進めたかった。
でも、まあいい。
明日がある。
今日喜んでいた娘もいる。
仕込んだものも、一応ちゃんと残っている。
全部失ったわけじゃない。
ただ今日は、違う戦場にいただけだ。
最後にスマホを見ると、学校ワールドのことを思い出したのか、娘が撮ったスクショが一枚だけ送られていた。
教室の中に、ベッドと机が無理やり置かれている。
その横には、なぜかパソコン。
完全に用途不明の空間だ。
だが、コメントはシンプルだった。
「ここ、わたしのへや」
俺は思わず吹き出した。
「……そうかよ」
それだけつぶやいて、スマホを置く。
たぶん今日の正解は、これだったのだろう。
創作時間はゼロ。
進捗もゼロ。
だが、それで終わる日ばかりでもない。
何も生み出していないように見えて、
ちゃんと誰かの中には残っている。
そういう日もある。
だから今日は、これでいい。
創作は止まった。
でも俺は、たぶんちゃんと戦った。




