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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第4章 俺くんの休日と家庭の事情

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第47話:娘のテンションが限界突破したので寝かせようとした俺だが、導入した本人が一番不利だった

学校ワールド導入後、娘のテンションは完全に壊れていた。


「パパ見て!」

「見てる」

「ここ学校!」

「知ってる」

「しかもパソコンある!」

「さっきから五回聞いた」


 だが、問題はそこではない。


 時刻である。


 時計を見れば、もう普通に寝る時間を過ぎていた。

 いや、正確に言えば、“そろそろ寝る準備を始めるべき時間”すら越えている。


 にもかかわらず、娘はワールド内を全力疾走していた。


「ここ私の部屋!」

「学校だろ」

「今日から部屋!」

「権限が強いな」


 ベッド。

 机。

 学校。

 パソコン。

 かわいい空間。


 子どものテンションを上げる要素が一気に揃ってしまった。

 つまり俺は、寝る直前に最悪のバフをかけたことになる。


 完全にやらかしである。


「よし、もう満足しただろ」


 俺はできるだけ自然に言った。


「うん!」


 即答だった。


 よし、通った。

 俺は内心でガッツポーズをした。


「じゃあ寝よう」


「やだ!」


 だろうな。


 知っていた。

 俺は知っていたのだ。

 子どもの言う「うん」は、合意ではない。

 その場の感情に対する反射でしかない。


 娘はまた校内を走り始めた。


「ねえ見て見て、ここお店っぽい!」

「うん」

「ここで買い物できることにする!」

「概念で経済を回すな」

「でね、ここが教室でしょ?」

「うん」

「こっちがおうち!」

「学校の定義が壊れてるな」


 だが、本人が楽しそうなので否定しにくい。

 そしてそれが一番厄介だった。


 俺は思った。


 こういう時、仕事なら楽だ。

 会議終了。

 本日クローズ。

 続きは明日。

 それで済む。


 だが家庭内案件は違う。

 相手は子どもである。

 しかも今まさに、自分が楽しい世界を見つけた直後だ。


 そんな相手に向かって「終了です」は、そりゃ通らない。


 通るわけがない。


「娘よ」


 俺は静かに呼びかけた。


「なに?」


「明日もできる」


「うん」


「なら今日は寝た方がいい」


「やだ」


 会話が一行で破綻した。


 俺は頭を抱えた。

 ここで感情的に押しても良くない。

 相手のテンションは高い。

 高い時に正論をぶつけても、たいてい逆効果だ。


 必要なのは、納得感のある着地点。

 つまり、家庭内におけるソフトランディングである。


「じゃああと五分」


 娘の目が光った。


「ほんと!?」


「ほんとだ。ただし五分で終わり」


「わかった!」


 出た。

 信用してはいけない“わかった”第二形態である。


 しかし、ここで一旦の延長を認めなければ、逆に泥沼化する。

 俺はスマホの時計を見た。


 五分。

 この五分でテンションが自然減衰する可能性に賭ける。

 SEというより、もはや運用監視だ。


 娘は再びワールド内を駆け回った。


「ここ図書館っぽい!」

「いいな」

「ここ体育館!」

「いいな」

「ここ秘密基地にしていい!?」

「学校とは」

「ここにパソコンも置いてある!」

「いいな」


 もう途中から、俺は合いの手マシーンになっていた。

 論理で止められないなら、感情を吐き切らせるしかない。


 それにしても、と思う。


 さっきまで俺は、自分の創作時間を確保することを考えていた。

 かなり熱くなっていたし、流れも良かった。


 だが今の俺はどうだ。


 学校ワールドを駆け回る娘に向かって、

 「いいな」

 「すごいな」

 「よかったな」

 しか言っていない。


 落差がすごい。


 だが、不思議と悪くなかった。


 娘は本気でうれしそうだった。

 たった数百円。

 しかも、俺が要件定義して選んだ結果に、こんなに素直に喜んでいる。


 それはそれで、たぶん今日やるべきことだったのだろう。


 やがて五分が経った。


「はい、時間」


「えー!」


「約束しただろ」


「あとちょっと!」


「それを認めると永遠に終わらん」


「ちょっとだけ!」


「人類は皆そう言って滅ぶんだよ」


 娘は不満そうにしながらも、少しずつ操作をやめた。


 よし。

 勝てる。

 今ならいける。


「明日またやろう」


「……ほんと?」


「ほんと」


「絶対?」


「絶対とは言わんが、やれるならやる」


「それ、会社の人みたい」


「気のせいだ」


 娘は少しだけ笑った。

 空気がやわらぐ。


 その隙を逃さず、俺は畳みかけた。


「今日は楽しかったか?」


「楽しかった!」


「じゃあ続きは明日だ」


「……うん」


 今度の“うん”は、さっきまでより少しだけ本物だった。


 ようやく、終戦である。


 歯を磨く。

 水を飲む。

 寝る準備をする。

 その一連の流れを見届けて、俺は深く息を吐いた。


 創作時間はゼロ。

 完全敗北である。


 だが、同時にこうも思う。


 今日は何も書けなかった。

 何も進まなかった。

 でも、娘の中にはちゃんと“楽しい一日”が残ったはずだ。


 それなら、まあいい。


 寝る直前、娘が布団の中から言った。


「パパ」


「なんだ」


「今日はありがと」


 俺は少しだけ黙ってから答えた。


「……どういたしまして」


「明日もやる」


「だから寝ろ」


「はーい」


 その返事が信用できるかどうかはさておき、

 とりあえず目は閉じた。

 今日はもう十分だろう。


 俺はようやく自分のPCの前に戻った。

 画面は開いた。

 だが、何かをする気力は残っていない。


 カーソルだけが、静かに点滅している。


 俺はその光を見ながら、ひとつだけ確信した。


 「導入した本人が、最後の寝かしつけ工程で一番不利になる。」

 これはもう、家庭内システムの仕様だ。

エンジニアにとって一番厄介なのは顧客案件でも何でも無く

全て無料奉仕が確定しているのに厄介な家庭案件だったりします。

俺くん。創作時間は失ったけど、娘の笑顔守れて良かったね。

そう思って頂ければ…チックショー!

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