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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第4章 俺くんの休日と家庭の事情

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第46話:無料で何とかしようとした俺だが、最終的に470円で家庭内平和を買うことにした

 世の中には、無料で済ませようとすると高くつくものがある。


 たとえば業務改善。

 たとえば自作ツール。

 たとえば「ちょっと調べれば何とかなるでしょ」で始まる案件全般。


 そして今、俺の目の前にはその典型例があった。


「パパ、これもっとかわいくできる?」


 娘が学校ワールドの中からこちらを見ている。


 学校。

 パソコン。

 ちょっとした生活感。

 ここまではいい。


 問題は、人間という生き物が満足すると次の欲求を生やすことだった。


「家具増やしたい」

「かわいいのがいい」

「部屋っぽくしたい」

「お店もほしい」


 順調にスコープが膨張している。

 この案件、放置したらたぶん最終的に「遊園地もほしい」くらいまでは行く。


 俺は腕を組んだ。


「無料で何かないかな……」


 そうつぶやいた瞬間、脳内に過去の自分が現れた。


 ――やめろ。

 ――その道は地獄だ。

 ――お前は何度それで休日を失った?


 知っている。

 俺は知っているのだ。


 無料の何かを探し始めた時点で、人は金を節約しているのではない。

 「未来の自分の時間を燃料に変えている」だけだ。


 検索する。

 見る。

 よさそうに見える。

 対応機種を確認する。

 Switchはダメ。

 スマホはいける。

 Xboxは怪しい。

 レビューが荒れている。

 見た目はかわいいがパソコンがない。

 パソコンはあるが全然かわいくない。

 無料だと思ったら別アプリ経由。

 結局使えない。


 そして一時間後、横からこう言われる。


「まだー?」


 未来が鮮明すぎた。


 俺は慎重にMarketplaceを見始めた。

 有料。

 この時点で若干の敗北感がある。


 いや、違う。

 これは敗北ではない。

 戦略的投資だ。


 仕事でもそうだ。

 自分で三時間かけて作るより、五百円のツールで十分なら、その方が安い。

 にもかかわらず、人は「無料でいけるかも」に弱い。


 俺も弱い。

 だからこそ、今ここで理性が必要だった。


「諦めたらそこで試合終了ですよ…?」


 どこかで聞いたことのあるような口調で、脳内の誰かが言う。


「安〇先生…バ〇ケがしたいです…」


 俺は小さくつぶやいた。


「こういう時は、早く終わらせた方が勝ちだ」


 娘が隣に来る。


「どう? あった?」


「ある」


「やった!」


「ただし有料だ」


 娘は一瞬だけ真顔になった。


「高い?」


 非常に重要な問いだった。


 高いか。

 安いか。

 それは額面だけでは決まらない。


 五百円でも、高く感じる時はある。

 逆に千円でも、数時間の平和が買えるなら安い時もある。


「……内容次第だな」


 俺はそう答えた。


 候補を見せる。

 娘は食い入るように画面を見た。


「これかわいい!」

「こっちは?」

「こっちもいい!」

「学校あるやつは?」

「それもいい!」


 話を聞けば聞くほど、当初の“パソコン追加案件”から遠ざかっていく。

 いや、正確には違う。

 遠ざかっているのではない。


 「本当の要求に近づいている」のだ。


 パソコンが欲しかったわけじゃない。

 家具だけが欲しかったわけでもない。

 かわいい世界の中で、自分が遊びたかったのだ。


 そこが見えた瞬間、俺の中で判断が変わった。


 無料で条件ぴったりのものを探す。

 そのために何時間も使う。

 途中で環境差に苦しむ。

 最終的に微妙な結果になる。


 ……いや、それ、コスパ最悪だろ。


「よし」


 俺は決めた。


「買うか」


「えっ、いいの!?」


「ただし、これで今日は終わりだ」


「うん!」


 即答だった。

 子どもの“うん”ほど信用ならないものは少ないが、この瞬間に限っては勢いが勝っていた。


 価格を確認する。

 六百円台を覚悟していた。


 だが、実際に表示された額は違った。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「思ったより安い」


「いくら?」


「四百七十円」


 娘の顔が輝いた。


「やすい!」


 いや、まあ、絶対額だけ見れば安くはない。

 だが、想定よりは明らかに軽い。


 俺の中で電卓が動く。


 四百七十円。

 この先一時間、いや二時間の探索地獄を回避できる。

 加えて、娘の満足度が上がる。

 しかもすぐ遊べる。


 ……安いな?


 怖い。

 自分でそう思ってしまったことが少し怖い。

 だが、現実としてはそうだった。


「買うぞ」


「やったああああ!」


 数分後、導入完了。


 娘は学校ワールドの中へ飛び込んだ。

 走る。

 見る。

 叫ぶ。


「パパ見て! 学校!」

「はいはい」

「パソコンある!」

「よかったな」

「しかも部屋かわいい!」

「それもよかったな」

「すごい! すごい!」


 俺は椅子にもたれた。


 静かに、敗北感と達成感が同時に押し寄せてくる。


 今日の創作時間は、また消えた。

 何も進んでいない。


 だが、その代わりに目の前には、テンションが爆上がりした娘がいる。


 ……まあ、悪くない。


 俺は改めて理解した。


 無料で粘ることが正義ではない。

 金を使わないことが賢さでもない。


 「必要な時に小さく払って、大きく時間を守る。」

 それもまた、立派な合理性だ。


 娘がまた振り返る。


「パパ!」


「なんだ!」


「これ、明日もやる!」


 俺は一瞬だけ遠い目をした。


 つまり今日の四百七十円は、単発では終わらない。

 明日のテンションも買ったということだ。


 それなら、なおさら悪くないかもしれない。


「……じゃあ今日はもう寝ろ」


「やだ!」


 知ってた。


 結局その夜、娘は興奮したままなかなか寝なかった。

 俺の創作もゼロのままだった。


 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 「俺は四百七十円で、ワールドだけじゃなく家庭内の平和まで買った。」


 そう考えれば、たぶん安い。

マイクラの課金って地味に高いけど、無料のワールドを探す手間とか考えると安い。そんな話です。だってめんどくせーんだもん。ケチって時間を失うより建設的だと思いません?

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