第42話:― ポンコツ三人衆と皮肉屋SEが同時に暴れた結果、会話という概念が消えた ―
職場には、時々「何で今この組み合わせ何だよ」という日がある。
その日が、まさにそうだった。
「……で、確認なんだけど」
俺はモニターから顔を上げずに言った。
「この件、誰が何をどこまでやった?」
静寂。
嫌な予感しかしない静寂だった。
先に口を開いたのは、新人Aだった。
「えっと、とりあえず僕は、依頼来てたやつ対応しました」
「何を?」
「依頼来てたやつです」
「ふわっとしすぎだろ」
続いて新人Bが手を挙げる。
「私は、たぶんそれと同じ件だと思うんですけど、一旦止めました」
「何を根拠に?」
「いや、なんか危なそうだったので」
「なんかで業務を止めるな」
さらに新人Cが、悪びれもなく言った。
「自分はまだ触ってないです」
「それは逆に安心した」
「褒められました?」
「されてない」
ここで、隣の席から低い声が飛んできた。
「地獄ですね」
皮肉屋SEだった。
いつも通り、声色だけは妙に落ち着いている。
落ち着いているだけで、言ってることは大体刺さる。
「会話が成立してる前提で進めてるの、やめた方がいいですよ」
「今まさにそれを実感してる」
「“対応しました”“止めました”“触ってません”で状況共有した気になれるの、才能です」
「言い方ァ!」
新人Aが軽くショックを受けた顔をする。
「いやでも、対応したのは本当ですし……」
「その“本当ですし”で詳細説明を省略できるなら、障害報告書いりませんよ」
「強い」
俺が思わず呟くと、皮肉屋SEはモニターを見たまま続けた。
「で、誰が本番環境の設定変えたんですか」
三人が同時に目を逸らした。
終わった。
「おい待て。今の間は何だ」
「いや、自分は直接は変えてないです」
新人Cが言う。
「“直接は”って何だよ」
「手順書見て、Aさんにこうじゃないですかって言いました」
「言っただけです!」
新人Aが慌てて反論する。
「実際に押したのは僕です!」
「押すなよ!」
「でもBさんが大丈夫そうって」
新人Bが目を見開く。
「え、私は“たぶん大丈夫そう”って言っただけで、押していいとは」
「“たぶん”を業務で使うなってさっき言っただろ!」
俺の頭が痛くなってきた頃、皮肉屋SEが静かに追撃した。
「見事ですね」
「何がだよ」
「誰一人、責任を取る覚悟はないのに、全員が事故への参加権だけは持ってる」
「やめろ。的確すぎて笑えない」
「しかもこれ、たぶん本人たちは連携したつもりなんですよ」
「うわぁ……」
三人衆が微妙に気まずそうな顔をする。
どうやら図星らしい。
その時だった。
「何騒いでんの」
背後から、やけに静かな声が降ってきた。
上司だった。
普段通り、ゆるい。
だが、この人はこのテンションのまま火力だけは高い。
「ちょっと設定変更まわりで認識齟齬が」
俺がそう言うと、上司は画面を一瞥しただけで言った。
「あー。誰かが全体像見ないまま、誰かが雰囲気で判断して、誰かが責任の境界線だけ先に引いた感じか」
全員黙った。
数秒で核心まで行くのやめてほしい。
助かるけど怖い。
「で、ロールバックは?」
上司が聞く。
また静寂が落ちる。
俺は嫌な予感を覚えた。
「……まさか」
新人Aが小さく言った。
「取ってないです」
「確認ログは?」
「まだです」
「影響範囲は?」
「これからです」
「判断理由は?」
「たぶんいけるかなって」
上司が、一瞬だけ無表情になった。
あ、これ知ってる。
この無表情、静かなだけで中身は噴火前だ。
「なるほど」
上司はにこりともせずに頷いた。
「じゃあまず、“たぶん”で本番触る文化は今日で終わりにしようか」
「はい……」
「あと、連携したつもりで誰も責任持ってないやつ、一番面倒だから」
「はい……」
「俺くん」
「はい」
「今から整理する。ホワイトボード使うよ」
「了解です」
上司はホワイトボードに、迷いなく線を引いた。
一、誰が
二、何を
三、いつ
四、何を根拠に
五、戻せる状態だったか
「はい。これ埋めて」
三人衆が固まる。
皮肉屋SEが横からぼそっと言った。
「急に人類に高等な課題を与えないでください」
「お前も煽るな」
「事実確認です」
上司はそんな皮肉屋SEを一瞥して、平然と言った。
「じゃあ君は横でツッコミだけじゃなくて補助して」
「えっ」
「見えてるんでしょ。だったら使う」
一瞬だけ、皮肉屋SEが詰まった。
珍しいものを見た。
「……はい」
素直だと逆に面白いな、こいつ。
その後、上司指揮のもとで状況整理は恐ろしい速さで進んだ。
新人Aは「押した人」
新人Bは「止めたつもりの人」
新人Cは「助言しただけの人」
皮肉屋SEは「全部見えてるのに性格で損してる人」
役割が明文化されると、事故は急に事故として見え始める。
「で、原因は」
上司がまとめる。
「確認不足です」
三人がしょんぼりしながら答える。
「半分正解」
上司はペン先でホワイトボードを叩いた。
「確認不足じゃない。確認の定義が各自で違ったのが原因」
全員が黙る。
俺も黙った。
そこなんだよな、結局。
確認したつもり。
伝えたつもり。
止めたつもり。
分かってるつもり。
“つもり”だけで現場が回るなら、SEはいらない。
「だから、次からは“やったこと”じゃなくて、“確認した事実”を言う」
上司が言う。
「“たぶん”は禁止。“聞いてない”も禁止。“一応やりました”は論外」
「はい……」
「あと」
上司は皮肉屋SEを見た。
「正しいこと言うなら、相手が理解できる言い方で」
「……善処します」
「しないやつの返事だなぁ、それ」
上司が少しだけ笑った。
職場の空気が、そこでようやく戻る。
俺は小さく息を吐いた。
「……何とか収まったな」
すると皮肉屋SEが、真顔で言った。
「収まってはないですよ」
「は?」
「事故の原因が消えたんじゃなくて、上司さんが制圧しただけです」
「言い方」
「でも正しいです」
新人Bが素直に頷いた。
お前はそこで素直になるのか。
俺は天井を見上げた。
結局今日の現場を一言で表すなら、こうだろう。
全員ダメじゃない。噛み合い方だけが終わっている。
そして、その噛み合わなさを、上司一人が力技で再接続した。
やっぱりこの人、強すぎる。
俺が静かにコーヒーを飲んでいると、上司が横で言った。
「俺くん」
「はい?」
「今の件、再発防止策まとめといて」
「了解です」
「あとタイトル付けるなら」
「タイトル?」
上司は少しだけ笑って言った。
「“会話という概念が消えた日”かな」
……やっぱり、この人には敵わない。




