第41話:地方特急で帰るだけだったのに上司の一言で怪談になった件
出張帰りだった。
朝から地震と雨。嫌な予感しかしなかったので、俺は珍しく追加料金を払って地方特急の指定席を取った。
こういう日に変な節約をするとろくなことにならない。
座れるなら座って帰る。合理的判断である。
なので、そのまま上司に報告した。
「地震と雨で確実に遅れてると思ったので、追加料金払って座れるやつ取りました」
するとすぐ返事が来た。
「これで夢の無い国に直通できますね♪」
「雨がやまないなら元同僚さんのところへ行くのはどうです?」
…何を言っているんだこの人は。
「や。あいつん家行くと、駅前でお小遣い溶かすので。」
綺麗に返したつもりだった。
だが、上司はそこで別方向から刺してきた。
「その特急、名前が独特ですね?」
そこなのか。
「そうなんですよ。別の便はもう少し格好いい名前なんですけど」
ここまでは普通の雑談だった。
問題は次の一言だ。
「有名な断崖絶壁の名所から飛び降りた人が、窓辺にいそうな響きですね」
やめてほしい。
課金して乗った列車を一瞬で呪物にするな。
「やめてください。急に外見られなくなるじゃないですか」
「こっち見てそうです」
やめろ。
文字だけで怖くするな。
「月曜九時とか二時間ドラマじゃないんで。何も起きませんよ」
送ってから思った。
いや、特急に課金してる時点で、普段より何か起きてはいる。
だが上司は、その揺らぎを見逃さなかった。
「ちゃんちゃんちゃーん」
開始音を入れるな。
「開始しないでください」
「なんだ、イノシシか」
何でそうなるんだ。
会話の流れが分からない。
だが、この人との会話を整合性で追うのは無駄である。
理屈で追うほどこっちが負ける。
そして上司は、そのままさらに別方向へ飛んだ。
「そして、いまだ上がれず」
「申請書の対応状況シートが、続々と溜まっていきます」
急に現実に戻すな。
怪談から業務に戻る速度がおかしい。
「明日消しておきます。拳銃で」
少し雑だったかなと思ったが、上司は怯まない。
「そもそも、家に帰ったら撃たれるんじゃないんですかね」
俺は泣いた。
「泣いた」
「そこは泣いていいかも」
優しいのか雑なのか判定が難しい。
しかも、ここで終わらない。
「ほんとの敵は、家にいる」
少し考える。
家庭内を敵認定するのも危険だが、職場を敵認定するのも危険である。
「平穏って何でしょうね」
「職場かな」
さらっと言うな。
いや待て。
それはそれで俺には少し違う。
「最近、いやずっとですけど、個性の暴力でいつも土下座してるんですが」
送った瞬間、少し嫌な予感がした。
すると上司は言った。
「誰からです」
俺は固まった。
急に面談みたいな温度を出さないでほしい。
「えっ」
「もしかしたら、ご褒美ですか」
撤回する。
やはりこの人は真面目じゃない。
「さて、最寄り駅はと」
俺は会話を切った。
これ以上続けると危ない。
精神的にではなく、会話の着地点的に危ない。
だが上司は最後まで上司だった。
「良かったですね」
何がだ。
車窓は怪談になり、俺はイノシシ扱いされ、業務シートは溜まり、家に帰れば撃たれる想定までされた。
何一つ良くない。
するとさらに追撃が来た。
「ほんとの敵は、家にいる」
またそこを擦るのか。
「そっち擦るんですか」
俺がそう返すと、上司は最後にこう締めた。
「気を落とさず。頑張ってください」
だから何一つ解決していない。
していないのに、なぜか会話だけは綺麗に締まっていた。
この人は強い。
返しが強いとか、語彙が強いとか、そういう話ではない。
会話の途中で怪談を始めても、業務地獄を差し込んでも、最後に励ませば全部まとまった感じになると思っている。
そして実際、少しまとまって見えるのが厄介だった。
結局その日、俺は無事に帰宅した。
窓辺に何かが立つこともなかったし、駅前で金を溶かすこともなかった。
家で撃たれることも、…たぶんなかった。多分(*´°∀°`)




