表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第3章 東都の日常②

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/65

第39話:年度が変わったので会議に入れなかった件

 四月一日。

 新年度一発目の朝は、だいたいロクなことが起きない。


 メールは多い。

 チャットはうるさい。

 人は妙に前向きな顔をしている。

 そして、システムは何も前向きではない。


「おはようございます」


 俺はコーヒー片手に席へ着き、PCを立ち上げた。

 今日の最初の予定は、九時からの年度変更会議だった。


 年度変更会議。

 名前からして重い。

 だが実態は、前年度の名前を今年度に置き換えて、みんなで「今年度もよろしくお願いします」と言うだけの儀式である。


 こういう会議は、内容ではなく出席したという事実が重要だ。

 つまり、入室さえできれば勝ちだ。


「俺くん」


 背後から、落ち着いた声が飛んできた。

 うちの上司だった。


 赤いジャケット。短い髪。

 普段はわりと緩いのに、仕事になると急に圧が出るタイプ。

 それを俺は知っている。

 知っているが、毎回ちゃんと警戒できるほど人間は賢くない。


「今日の年度変更会議、URL確認しといて」


「え?」


「念のため」


 俺はカレンダーを開いて、予定に貼られている会議URLを一瞥した。


「入ってますよ」


「今年度版?」


「会議URLなんて普通、そんな頻繁に変わらないでしょう」


 上司は無表情のまま俺のモニターを見た。


「“普通”で運用が回る会社なら、そもそも年度変更会議なんてやってないと思うけど」


「まあでも、定例会議ですよ? 毎月やってるやつですし」


「年度をまたいでる」


「それでURL変える方が面倒じゃないですか」


「面倒でもやる人はいる」


「でも、そんなの当たり前すぎて、誰かが確認してるでしょう」


 上司は一瞬だけ目を細めた。

 嫌な予感がするときの顔だ。


「その“誰か”が誰なのか、私は毎回気になるんだよね」


「大丈夫です。仮に変わるなら案内来てますって」


「来てないから嫌な予感がするんだけど」


「来てないなら変わってないです」


「その理屈、運用事故の前日にだけ元気だよね」


 言われたが、俺は気にしなかった。

 年度変更会議ごときで世界は滅びない。

 少なくとも、俺の認識では。


 九時二分前。

 俺は余裕を持って会議URLをクリックした。


 画面に表示されたのは、見慣れた待機画面ではなかった。


『この会議は利用できません』


「……ん?」


 再読み込み。

 同じ表示。


 もう一回クリック。

 同じ表示。


「どうしたの」


 上司が来た。


「いや、ちょっと入れないですね」


「入れない?」


「一時的なやつかもしれません」


 上司も自分のPCでURLを開いた。

 数秒後、無言になった。


「入れないね」


「ですね」


「新年度一発目から?」


「ですね」


 その瞬間、部内チャットが騒がしくなった。


『会議ってこれで合ってます?』

『入れないんですが』

『待機室とかあります?』

『URL無効っぽいです』

『私だけでしょうか』


 俺は画面を見ながら、静かにコーヒーを置いた。


「……みんな入れてないですね」


「見ればわかる」


「逆に言うと、俺だけの問題ではないです」


「安心材料の向きが違う」


 さらにチャットが流れる。


『主催の方いらっしゃいますか?』

『旧年度のURLでは?』

『今年度版の案内あります?』

『すみません私も把握できてません』


 俺は思った。

 ああ、これは障害ではない。

 運用だ。

 そして運用のミスは、障害よりも顔が赤くなる。


「俺くん」


「はい」


「さっき何て言ったっけ」


「会議URLは普通変わらない、と」


「その前」


「誰かが確認してる、と」


「で、その誰かは?」


 俺はチャット欄を見た。

 誰も知らなかった。


「……存在しなかったみたいです」


「正解」


 九時ちょうど。

 会議の開始時刻になった。

 だが誰も会議に入れていない。


 会議が始まらない会議。

 年度変更会議としては、ある意味もっとも年度変更らしい。


 別部署の人から個別チャットが飛んできた。


『お世話になっております。こちらも入れません』


 知らんがな。

 こっちも入れてない。


 主催側らしき人からようやくメッセージが来た。


『申し訳ありません、確認します』


 確認します。

 その言葉は便利だ。

 何も進んでいないことを丁寧に表現できる。


 上司が小さくため息をついた。


「はい、じゃあ“誰かが確認してる”の結果がこれです」


「でもまあ、全員同条件なら、俺だけ悪いわけでは」


「個人の責任回避を組織事故の中でやるんじゃないよ」


「すみません」


「しかも朝言ったよね。確認しといてって」


「はい」


「で?」


「不要です、って言いました」


「元気よく言ってたね」


「今思うと不要じゃなかったですね」


「今思うと、じゃなくて今起きてる」


 そのとき、全体チャットに新しい通知が落ちた。


『失礼しました。今年度の会議URLが別で発行されておりました。こちらからご参加ください』


 新URL。


 俺は数秒それを見つめた。

 年度が変わったから、会議URLも変わっていた。

 理屈としては、わからなくもない。

 だが、だったら最初から言え。


「来ましたね」


「来たね」


「新URL」


「新URLだね」


「普通に考えたら事前に出しておくべきでは?」


「そうだね」


「誰も当日まで気づいてなかったんですかね」


「たぶん、みんな“誰かが確認してる”と思ってたんじゃない?」


 俺は黙った。

 そのブーメランは、よく刺さる。


 新URLをクリックすると、今度はちゃんと会議室につながった。

 参加者一覧に、次々と人が流れ込んでくる。


 誰もが少しだけ気まずそうで、でも何事もなかった顔をしている。

 これが社会人の強さだ。

 問題を解決するのではなく、解決後に無かったことにする能力が高い。


『おはようございます、少々開始が遅れて申し訳ありません』


 会議主催者が、穏やかな声でそう言った。


 少々。

 便利な言葉だ。

 内容次第では、かなりのことを薄められる。


 上司はマイクをミュートにしたまま、俺にだけ聞こえる声で言った。


「ほら」


「はい」


「新年度になっても、人類は確認しない」


「名言っぽく言わないでください」


「俺くん」


「はい」


「来年も同じこと起きると思う?」


 俺は少し考えた。

 そして、正直に答えた。


「かなりの確率で起きます」


「だろうね」


「むしろ再発防止策が“気をつけます”で終わる可能性が高いです」


「そこまで読めるのに、なんで朝確認しなかったの」


「自分は巻き込まれない側だと思っていたからです」


「運用事故に一番向いてない思想だね」


 会議は、その後何事もなく進んだ。

 来年度方針。

 体制変更。

 運用見直し。

 連携強化。


 人は、会議で言うことだけは立派である。


 終了後、上司が椅子を回してこちらを見た。


「で、今日の学びは?」


「“当たり前”ほど誰も確認しない、です」


「もう一個」


「年度が変わると、人類は会議URLすら信用できない」


「うん、まあそれでもいい」


「あと、誰かがやってるだろうは、だいたい誰もやってない」


「それが一番大事」


 上司はそこで少しだけ笑った。


「朝、念のため確認しといてって言ったよね」


「はい」


「次からは?」


「確認します」


「ちゃんと?」


「ちゃんと」


「“不要です”って言わない?」


「たぶん言いません」


「たぶん?」


「……言いません」


「よろしい」


 俺は静かにカレンダーを開き、来月の定例会議を見た。

 そこに貼られたURLを見て、少しだけ身構える。


 人類は学ばない。

 だが、俺は今日ほんの少しだけ学んだ。


 会議の本質は、議題ではない。

 まず入室できることだ。


 そして上司の嫌な予感は、だいたい当たる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ