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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
第3章 東都の日常②

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幕間:倉庫番だった古い端末が、なぜか現役復帰した件

「これ、もう捨てていいやつじゃないの?」


 嫁が、倉庫から出てきた古いタブレットを見て言った。


 まあ、気持ちは分かる。

 見た目からして時代を感じるし、動くかどうかすら怪しい。

 正直、俺も最初はほぼ同じ感想だった。


「いや……どうだろ」

「その間は何」

「まだ死んだって決まったわけじゃない」

「出た」


 出た、とは何だ。


 人を“機械が半死半生だとつい蘇生したくなる生き物”みたいに言うのはやめてほしい。

 まあ、その通りなんだが。


 俺は充電器を挿し、電源を入れた。

 画面はついた。


「お」

「つくんだ」

「つくな」

「その時点で顔がちょっと楽しそうなのやめてくれる?」


 やめられるなら、とっくにやめている。


 こういうのは、ついた瞬間から始まるのだ。

 普通の人は“まだ使えるかも”で終わる。

 俺はそこから“じゃあどこまで使える?”に進む。


 そして気づけば、Wi-Fiを掴ませていた。


「ねえ」

「ん?」

「何に使う気?」

「ChatGPT」

「急に現代最前線ぶち込むな」


 自分でもそう思う。

 だが、やると決めた以上はやる。


 ブラウザを開く。

 ログインする。

 ……重い。


「重っ」

「でしょ」

「いや、ここまでとは思わんかった」

「その顔、もう諦める?」

「いや?」


 嫁がため息をついた。


「その“いや?”は、全然諦めてない時のやつなんよ」

「ブラウザが死んでるだけかもしれん」

「もう始まってるな」

「アプリ版ならいけるかもしれん」

「始まってるわ」


 始まっていた。


 ChatGPTアプリを入れる。

 起動する。

 画面は出る。


「お、いけるか?」

「顔がもう気持ち悪いくらい前のめりなんだけど」

「でもログイン導線が変だな……」

「知らんがな」


 知らんがな、で済ませられないのが問題だった。


 Googleは出る。

 メールアドレスも出る。

 だが俺が使いたいのはApple IDだ。


「なんでApple出ないんだよ……」

「Appleで入ってるの?」

「そう」

「じゃあ面倒くさいね」

「めちゃくちゃ面倒くさい」


 気づけば俺は、買い物でも遊びでもなく、

 Android 9上でのChatGPT認証導線の再現試験

 みたいなことを始めていた。


 なんで?


 俺にもわからない。


 風呂入れと言われて一瞬我に返った時、思わず口に出た。


「……なんで俺、環境構築してんの?」

「知らないよ」

「いやほんとに」

「楽しくなってるからでしょ」

「否定できん……」


 だが、ここまで来てやめる方が気持ち悪い。

 ブラウザ版は重い。

 アプリ版はログインできない。

 でも、娘OSと甥っ子OSの方ではChatGPTアプリは動いている。


 つまり。


「端末全体が死んでるわけじゃないな」

「何その急に仕事みたいな言い方」

「再現条件が絞れた」

「はいはい」

「この個体で、俺のApple ID認証が面倒なだけの可能性が高い」

「全然“だけ”じゃないんだけど」


 その通りだ。


 でも、盤面としてはだいぶ見えてきた。

 問題は性能そのものか?

 いや、違う。

 認証導線がノイズになっている。


 その時だった。


 ブラウザ版でログアウトしようとした時、ふと登録情報の表示が目に入った。

 そこに、メールアドレスが出ていた。


「あれ?」


 俺の手が止まる。


「どうしたの」

「……ん?」

「その“ん?”やめて。嫌な予感しかしない」

「いや、待てよ」

「ほら始まった」


 頭の中で線がつながった。


 Appleログイン。

 QRコード。

 ボタンが出ない。

 メール。

 表示されたアドレス。


 全部が一気につながる。


「これ」

「うん」

「Apple IDのメールアドレス、手打ちでいけるんじゃね?」

「……え?」

「いや、これだ」

「顔が勝ち確の顔してる」

「勝ったかもしれん」

「まだ何もしてないのに?」

「もう解けた」


 嫁が呆れた顔でこちらを見る。

 だが、俺には分かった。


 こういう時がある。

 突破する前に、もう答えだけ見える瞬間が。


「見っけた」

「気持ち悪」

「褒め言葉として受け取っとく」


 認証画面へ進む。

 QRコードは固まる。


「はい、お前は違う」

「切るの早」

「本命はこっちだ」


 メールアドレスを手打ちする。

 続ける。

 進む。

 認証を通す。


 数秒後。


 ChatGPTのホーム画面が表示された。


 俺はしばらく無言でその画面を見た。


「……入った」

「え、マジで?」

「入った」

「え、すご」

「勝った」

「うわ、めっちゃいい顔してる」

「完★全★勝★利★」

「テンションが気持ち悪い」

「ぎんもぢぃいいいいいい」


 嫁が笑った。

 俺も笑った。


 いや、これは気持ちいい。

 ただ入れただけじゃない。


 倉庫から出てきた古い端末。

 誰も期待してなかった。

 一回はブラウザで死にかけた。

 アプリは導線が罠だった。

 なのに最後、ちゃんと突破できた。


「で、使い心地は?」

「……あれ?」

「どうした」

「これ、普通に使えるな」

「へえ」

「しかもFire HD 8より全然強い」

「え、あの子より?」

「強い」

「なんで倉庫にいたの、この子」

「ほんそれ」


 俺は改めて端末を見た。


 確かに古い。

 だが、画面は思ったより広い。

 表示も見やすい。

 そして何より、ちゃんと役に立つ。


「メモリたった1GB差でも、低い帯域だと世界変わるな……」

「急に理屈っぽい」

「いや、マジで変わる。上の機種だと誤差でも、この辺だと生死判定だわ」

「また始まった」

「こいつ、倉庫番だったのに」

「うん」

「復活したな」

「よかったねえ」

「うむ」


 俺は満足してソファに寄りかかった。


 誰も期待してなかった端末が、倉庫から復活する。

 しかも、ただの復活じゃない。

 ちゃんと“使える戦力”として戻ってくる。


 こういうのがあるから、やめられない。


 機械は黙っている。

 だが、観察して、切り分けて、筋道を追えば、ちゃんと答えを返してくる。


 膝の上の古い端末を軽く叩く。


「倉庫番、現役復帰だ」


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