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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
ガルムクラッシュ編

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第88話:生徒会副会長 堂条千沙都

「会長、ちょっといいですか?」


放課後。


堂条学園高等部、生徒会室。


書類へ目を通していた結城萱草は、顔を上げた。


「なんだい?」


声をかけてきたのは、生徒会副会長――堂条千沙都。


長い黒髪。


鋭い目。


姿勢の良さ。


そして、妙に圧がある。


萱草が“歩く校則”なら、こちらは“歩く風紀”だった。


「軽音部の件ですけど……」


その瞬間、萱草の手が止まった。


嫌な予感しかしない。


「……何かあったのか」


「最近、妙な一年生が出入りしているそうです」


「ああ……」


思い当たる節しかない。


「黒髪長身の男と」


逢沢だ。


「やたらテンションの高い男」


紫苑だ。


「あと、カメラを持った妙な男」


東雲だ。


終わった。


完全に終わった。


「軽音部員達が、最近“映え”という単語を使い始めたそうで」


萱草は天を仰いだ。


侵食が早い。


「しかも文化祭で、何か企んでいる可能性があります」


「……だろうな」


「心当たりが?」


「ありすぎる」


萱草は深いため息を吐いた。


すると千沙都が、少しだけ不思議そうな顔をする。


「会長、止めないんですか?」


止めたい。


本音を言えば、今すぐ止めたい。


だが。


萱草は静かに目を閉じた。


「……難しいんだ」


「何がです?」


「結城紫苑という人間は」


沈黙。


そして萱草は、疲れ切った声で続けた。


「あいつ、楽しそうな顔で全部突破してくるから」


千沙都は少しだけ黙った。


意味が分からない、という顔だった。


だが数秒後。


生徒会室の扉が勢いよく開いた。


バァン!!!


「聞いてくれ兄貴!!!」


来た。


萱草は頭を抱えた。


「俺達、ついに衣装案が完成した!!!」


「帰れ」


「酷くない!?」


後ろから、逢沢の疲れた声が聞こえる。


「だから俺は止めたんですよ……」


さらに東雲。


「いやでも純恋たんイメージ白衣装は外せなくて……」


千沙都は黙った。


そして静かに。


本当に静かに。


萱草へ視線を向ける。


「……会長」


「なんだ」


「思ったより重症ですね」


「言っただろう」


萱草は遠い目をした。


「もう遅いんだよ」


「あなた達」


千沙都が静かに口を開いた。


空気が少し張る。


「いきなり入って来て、無礼ですよ」


紫苑達が止まった。


「ここをどこだと思っているのです?」


東雲が小声で呟く。


「やべぇ……めっちゃ怒ってる……」


逢沢も若干引いている。


「副会長だっけ? 圧強ぇな……」


だが、紫苑だけは違った。


「ほう」


ニヤリ。


嫌な笑い方だった。


萱草が察する。


終わった。


「君が噂の副会長か」


「……噂?」


「兄貴から聞いている」


「何をです」


「怖いって」


「紫苑!」


萱草が即座に止めに入る。


だが遅い。


千沙都の眉が、ぴくりと動いた。


空気が冷える。


東雲が小声で呟く。


「死ぬぞアイツ……」


逢沢も頷く。


「死ぬな……」


だが紫苑は止まらない。


「しかし安心して欲しい!」


ビシッ!!!


「俺達は怪しい者ではない!」


「怪しいんだよ存在が」


萱草のツッコミが飛ぶ。


千沙都は冷たい目のまま聞いた。


「では何をしに?」


紫苑は満面の笑みを浮かべた。


「青春です!」


沈黙。


生徒会室が静まり返る。


東雲が肩を震わせている。


逢沢はもう諦めた顔だ。


千沙都は数秒間黙っていた。


そして。


「……会長」


「なんだ」


「この人、本当に会長の弟なんですか?」


「残念ながら」


「遺伝子の不具合では?」


「否定できないのが辛い」


紫苑が叫ぶ。


「失礼だな君達!?」


「それで兄貴、聞いてくれよ!」


紫苑がズカズカと生徒会室へ入り込む。


萱草は即答した。


「お前のような弟はいない」


「ひどっ」


東雲が吹き出す。


逢沢はもう慣れた顔だった。


「はぁ……」


萱草は額を押さえる。


「で? なんだ? 衣装がどうこう言っていたが」


嫌な予感しかしない。


「生徒会に何の関係があるんだ?」


紫苑は満面の笑みを浮かべた。


「うん」


一拍。


「予算くれ」


「却下だ」


即答だった。


千沙都も無言で頷く。


だが紫苑は止まらない。


「なんでぇぇぇーーーっ!?」


ドン!!!


机へ両手を叩きつける。


「却下を却下する!!!」


「無効です」


千沙都が即座に切り捨てた。


「えぇぇぇぇぇ!?」


「そもそも、何故生徒会が衣装代を出さなければならないんです?」


「青春支援?」


「帰れ」


萱草が真顔で返す。


東雲が小声で言った。


「いやでも、白衣装は必要だと思うんですよね……」


「何故です」


千沙都の視線が刺さる。


東雲が真顔になる。


「純恋たんリスペクトです」


「誰です?」


「あ」


空気が止まる。


萱草が嫌そうな顔をした。


紫苑が東雲の肩を掴む。


「馬鹿! 堂条家案件を軽率に出すな!」


「お前も堂条家案件に片足突っ込んでるだろうが!」


逢沢のツッコミが飛ぶ。


千沙都だけが、静かに眉をひそめた。


「……純恋?」


そして、すぐに思い出したように目を細める。


「ああ。あの堂条家の恥晒しの姉の事ですか」


空気が止まる。


東雲の顔が引きつった。


逢沢も察する。


だが、紫苑だけは止まらなかった。


千沙都は続ける。


「全く。十八にもなって家を出奔して、何をするのかと思えば――」


ため息。


「アイドルになるだなんて、馬鹿げた夢を……」


沈黙。


東雲が俯く。


空気が重くなる。


その瞬間だった。


ドン!!!


紫苑が机を叩いた。


「人の夢は終わらねぇ!!!」


生徒会室に響き渡る大声。


萱草が頭を抱えた。


「始まった……」


逢沢が呟く。


「なんで急に海賊王になるんだよ……」


だが紫苑は止まらない。


「いいか副会長!」


ビシィッ!!!


「夢を笑う奴に!」


ドン!!!


「青春を語る資格は無い!!!」


「語ってません」


「あとお前、青春って言葉を便利に使いすぎです」


千沙都の冷静なツッコミが返る。


だが紫苑は真顔だった。


「堂条純恋は本気だ」


空気が少し変わる。


「俺はまだ一回しかライブ見てない。でも分かる」


紫苑は真っ直ぐ千沙都を見る。


「本気でやってる奴を、笑っちゃダメだ」


沈黙。


東雲が小さく息を飲む。


逢沢も黙った。


千沙都は、しばらく紫苑を見ていた。


ほんの一瞬。


その目が揺れた。


だがすぐに、いつもの冷たい表情へ戻る。


「……知ったような口を」


「知ってるさ」


紫苑は言った。


「夢見てる奴の顔くらい」


千沙都は黙った。


萱草だけが、疲れた顔で天井を見ていた。


まずい。


こういう時の紫苑は、妙に真っ直ぐなのだ。


だから厄介なのだ。


やがて千沙都は、小さく口を開く。


「……会長」


「なんだ」


「この人、普段は馬鹿なのに、時々だけ妙に腹立ちますね」


「わかる」


萱草は即答した。


紫苑が叫ぶ。


「なんでぇ!?!?」


「ちょっと兄貴! どっちの味方なんだよ!」


紫苑が机へ身を乗り出す。


萱草は即答した。


「勿論、千沙都君だが?」


「そぉこぉわぁーーーー!?」


紫苑が崩れ落ちる。


「ベリベリキュートな! キュートなうらな――」


一拍。


「違った! 弟の味方なんじゃないのぉー!?」


「いや」


萱草は真顔だった。


「俺に弟なんて居ないし」


「ひどっ」


「妹ならいるけど」


「ひっどぉ!?」


東雲が腹を抱え始める。


逢沢はもう笑いを堪えていた。


「うわ、会長も結構ノリいいな……」


「血筋だろ」


萱草は疲れた顔で返す。


すると紫苑が、急に机へ突っ伏した。


「あー」


棒読み。


「しーくん傷ついたー」


バンバン。


「きーずついたー」


バンバン。


「きずついたー」


「うるさい」


千沙都が冷静に切る。


だが紫苑は止まらない。


「シクシクシクシク……」


チラッ。


「これは予算出して貰わないとですなぁー」


チラッチラッ。


生徒会室が静まり返る。


そして。


千沙都が、静かに言った。


「会長」


「なんだ」


「殴っていいですか?」


「ダメだ」


「えぇー!?」


紫苑が叫ぶ。


萱草は深いため息を吐いた。


「お前なぁ……生徒会を何だと思ってるんだ」


紫苑は即答した。


「財布?」


「帰れ」


「なんでぇぇぇぇぇ!?」


萱草は書類を閉じた。


そして、紫苑を見た。


静かに。


淡々と。


「お前のような弟はいない」


「兄貴ぃ!?」


「以上」


その一言で、この日の生徒会予算交渉は終了した。


なお。


堂条千沙都がこの後、誰にも見られないようにこっそり純恋のライブチラシを一枚だけ生徒会資料の間に挟んだ事を。


この時の俺達は、まだ知らない。

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