第86話:逢沢航②
逢沢に続いて東雲との出合いです
「なぁ逢沢」
「なんだよ」
「お前、今彼女いる?」
「いないけど」
「よし」
「何が」
あいつは、
ゲーセンの筐体に肘をつきながら、
満足そうに頷いた。
「伸びしろがある」
「人を株みたいに言うな」
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのかは分からない。
だがあいつは、
妙に自信満々だった。
「俺に任せろ」
「嫌な予感しかしない」
「お前はな」
あいつは俺を指差した。
「絶対モテる」
「はぁ」
「だが今のお前はダメだ」
「初対面で失礼すぎるだろ」
「素材を殺してる」
「言い方」
あいつは真顔だった。
「いいか。
人類は雰囲気に弱い」
「始まった」
「つまり必要なのは演出だ」
「帰っていい?」
「待て」
あいつは俺の肩を掴んだ。
目が怖い。
「お前は絶対、
ステージ側の人間なんだよ」
「何言ってんだお前」
「俺には分かる」
「嫌だなぁその特殊能力」
だが。
正直に言うと。
少しだけ。
ほんの少しだけ、
面白そうだとは思った。
それが良くなかった。
「あ、今ちょっと揺れたな?」
「揺れてない」
「揺れた」
「うるさい」
あいつはニヤッと笑う。
「安心しろ」
「何が」
「お前をモテさせてやる」
「だから何なんだよその上から目線」
「プロデューサーだからな」
「いつから」
「今から」
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
だが数ヶ月後。
俺は何故か、
コスプレ衣装を着せられ、
ステージの上に立つ事になる。
人生とは、
どこで道を踏み外すか分からない。
「なぁ紫苑」
「なんだい?」
「入学して早々――」
俺は深いため息を吐いた。
「ビッ○サイトに拉致するのは、
どうかと思うんだが?」
紫苑はきょとんとした顔をした。
「何言ってんだ」
「何って」
「文化交流だぞ?」
「絶対違う」
人混み。
熱気。
コスプレ。
謎の長蛇の列。
そして。
目を輝かせながら歩く、
結城紫苑。
「見ろ逢沢!」
「何を」
「世界だ!!!」
「オタクのな」
紫苑は振り返る。
「甘い」
「何が」
「ここには夢がある」
「偏った夢だなぁ……」
だが紫苑は止まらない。
「いいか逢沢」
ビシッ。
「ここには“好き”を全力でやってる奴しかいない」
「急に良いこと言い始めた」
「つまり!」
ドン!!!
「モテる可能性がある!!!」
「台無しだよ!!!」
周囲の視線が刺さる。
恥ずかしい。
帰りたい。
だが紫苑は、
そんな事お構いなしだった。
「見ろ逢沢!
あそこ!」
「ん?」
「ヴィジュアル系レイヤー!」
嫌な予感がした。
非常に。
嫌な予感がした。
紫苑は俺の肩を掴む。
目が輝いている。
「お前、
絶対ああいうの似合う」
「嫌な方向へ話が進んでるな?」
「長身黒髪!
切れ長!
クール系!」
「分析すんな」
「逃がさん」
「怖ぇよ」
紫苑は真顔だった。
「安心しろ」
「何が」
「俺もやる」
「やるんかい」
「俺は女装側だ」
「なんで」
「市場が違う」
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
だが。
この時点で既に。
俺の青春は、
結城紫苑という災害に、
飲み込まれ始めていたのだと思う。
「お?」
紫苑が急に立ち止まった。
「なんだよ」
「あいつ」
視線の先。
一眼レフを構えた、
黒髪の少年がいた。
人混みの中でも、
妙に集中している。
「いい素体してんじゃん」
「人を素体として見んな」
紫苑は腕を組んだ。
真剣な顔で分析を始める。
「俺と同じ女顔系だし」
「嫌な分析始まったな」
「これは……映えるな」
「映え?」
俺は眉をひそめた。
「なんだって?」
「ああいや」
紫苑は一瞬だけ変な顔をした。
「未来の話だよ」
「急にメタってくんな」
意味が分からない。
だが紫苑は、
そんな事を気にしない。
「そんなことより――」
スッと手を振る。
「おーい!」
カメラ少年が顔を上げた。
「そこのカメコくーん!」
「……はい?」
「君!」
ビシッ。
「カメラなんかやめて!」
一拍。
紫苑は満面の笑みを浮かべた。
「一緒にコスプレ――」
ドン!!!
「や ら な い か」
沈黙。
俺は天を仰いだ。
終わった。
色々終わった。
カメラ少年は、
ぽかんとしている。
周囲のレイヤー達まで、
何故かこっちを見ていた。
だが紫苑は止まらない。
「君、絶対映える!」
「また始まった……」
「その顔!
その空気!
あとなんか目が死んでる感じ!」
「褒めてないですよね?」
初めて口を開いた。
少し低めの声。
だが。
紫苑は何故か、
嬉しそうだった。
「いいねぇ!」
「何がですか」
「陰の気配!」
「最低だコイツ」
俺は頭を抱えた。
だが次の瞬間。
紫苑は、
ニヤリと笑った。
「君、名前は?」
カメラ少年は少し迷ってから答える。
「……東雲希望」
「よし!」
紫苑は即答した。
「今日から仲間な!」
「怖ぇよこの人」
これが。
後にガルム・クラッシュの
“演出担当兼限界ヲタク”として、
軽音部を最悪の方向へ導く男二人目――
東雲希望との、
最初の出会いだった。




