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俺の上司が凄すぎて自称天才エンジニアの俺がポンコツに見える件  作者: 慧梓
ガルムクラッシュ編

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幕間:兄より優れた弟を持つと兄の胃に穴が開く

結城萱草は悩んでいた。


愚弟が、

また何かおかしな事を企んでいる。


その情報が、

中学生の妹――結城和叶より

もたらされたからだ。


「兄さん」


放課後。


堂条学園高等部、生徒会室。


資料の山に囲まれながら、

萱草は顔を上げた。


「紫苑兄さんが、

また変なこと始めるみたい」


「……またか」


萱草は静かに目を閉じた。


普通、

弟の噂を妹から聞くというのは、

微笑ましい家庭内連絡のはずだ。


だが結城家において、

それは災害速報に近い。


「今度は何だ」


「三人組アイドルになるって」


「……」


萱草は手元のペンを置いた。


ゆっくりと。


丁寧に。


折らないように。


「……何になるって?」


「三人組アイドル」


「誰が」


「紫苑兄さんと、

逢沢先輩と、

東雲先輩」


萱草は天井を見た。


春の生徒会室は静かだった。


窓の外からは、

運動部の掛け声が聞こえる。


平和だ。


この学校は平和であるべきだ。


少なくとも、

弟が文化祭に災害を持ち込むまでは。


「和叶」


「うん」


「それは本当に、

アイドルと言っていたのか」


「うん。モテたいからって」


萱草は額を押さえた。


胃が痛い。


明確に痛い。


「あいつは」


言葉を探す。


兄として。

生徒会長として。

一人の常識人として。


どの角度から見ても、

出てくる結論は同じだった。


「あいつは馬鹿なのか」


和叶は少し考えた。


そして、

にこっと笑った。


「うん。でも楽しそうだったよ」


萱草は黙った。


その一言が、

一番厄介だった。


紫苑はいつもそうだ。


馬鹿なことを考える。


周囲を巻き込む。


騒ぎを起こす。


だが。


楽しそうなのだ。


本当に。


心の底から。


だから止めにくい。


だから腹が立つ。


だから――胃に悪い。


萱草は深いため息を吐いた。


「兄より優れた弟など存在しない」


「紫苑兄さん、

逆のこと言ってたよ」


「……あいつ」


萱草は静かに立ち上がった。


「和叶」


「なに?」


「その件、

もう少し詳しく聞かせてくれ」


結城和叶は、

少し困ったように笑った。


「えっとね。

軽音部に入るって言ってた」


萱草の眉が動く。


「軽音部?」


「うん」


生徒会長・結城萱草。


成績優秀。

品行方正。

教師受け最強。


歩く校則。


その男は、

静かに資料棚へ向かった。


取り出したのは、

文化祭規約ファイル。


そして呟く。


「……先に塞ぐか」


「ところで和叶」


萱草は書類をめくりながら言った。


「なに?」


「ここ、

堂条学園高等部の生徒会室なんだが」


「うん」


「どうやって入ってきた?」


沈黙。


和叶はきょとんとした顔をした。


そして。


「えへ」


ぺろっと舌を出す。


「乙女の秘密だよ」


「誤魔化すな」


萱草は即座に返した。


堂条学園。


超エリート進学校。


高等部生徒会室は、

当然ながら一般生徒立入禁止。


ましてや。


和叶はまだ中学生である。


「守衛は何をしていた」


「こんにちはーって言ったら通してくれた」


「何故」


「笑顔?」


「そのシステムやめてほしいんだが」


和叶は楽しそうに笑った。


萱草は頭を抱える。


結城家は、

どうも顔面と愛嬌で突破しようとする傾向がある。


主に弟が酷い。


だが妹も大概だった。


「あとね」


「まだ何かあるのか」


「軽音部の先輩達、

もう紫苑兄さんに毒され始めてる」


萱草の動きが止まった。


嫌な予感しかしない。


「……何をした」


「兄貴って呼んでた」


萱草は静かに目を閉じた。


胃が痛い。


とても痛い。


「あいつは何故、

出会って数分でコミュニティを侵食するんだ……」


和叶は少し考えてから答えた。


「楽しそうだからじゃない?」


「最悪だな」


「うん♪」


和叶は満面の笑みだった。


萱草は確信する。


もう遅い。


結城紫苑は既に、

軽音部へ侵食を開始している。


そして恐らく。


止まらない。


「ところで兄さん」


和叶が椅子の上で足を揺らしながら言った。


萱草は嫌そうな顔をした。


「……何だ?その顔は」


書類を閉じる。


「嫌な予感しかしないんだが」


和叶はにこっと笑った。


そして。


「和叶も高校生になったら――」


一拍。


「アイドルになりたい」


沈黙。


生徒会室の空気が止まる。


窓の外では、

運動部の掛け声が響いていた。


平和だった。


数秒前までは。


萱草は静かに確認する。


「……誰の影響だ?」


「紫苑兄さん♪」


「だろうな!!!」


ドン!!!


机を叩いた。


和叶がきゃっと笑う。


「だって楽しそうなんだもん」


「楽しそうで済ませるな!

お前まで侵食されるな!」


「えへへ」


萱草は額を押さえた。


まずい。


非常にまずい。


弟だけでも厄介なのに、

妹まで巻き込まれ始めている。


しかも和叶は、

紫苑と違って天然だ。


悪意ゼロ。


だがその分、

止まらない。


「兄さん」


「なんだ」


「和叶ね」


和叶は窓の外を見た。


春風が髪を揺らす。


「みんなが笑ってるの、

好き」


萱草は黙った。


「紫苑兄さん達、

今すごく楽しそうなんだよ?」


その言葉に、

少しだけ返答が詰まる。


分かっている。


分かっているのだ。


紫苑が馬鹿な事を始める時。


大抵、

周囲も笑っている。


だから厄介なのだ。


「……和叶」


「なに?」


「アイドルはやめておけ」


「やだ♪」


即答だった。


萱草は天を仰いだ。


結城家。


長男は胃痛持ちになる運命らしい。


「はぁ……もう分かったから」


萱草は深いため息を吐いた。


「中等部に戻りなさい」


「はぁい」


和叶はひらひらと手を振る。


そして扉の前で、

くるっと振り返った。


「兄さん」


「なんだ」


「文化祭、楽しみにしてるね♪」


嫌な予感しかしない笑顔だった。


バタン。


扉が閉まる。


生徒会室に静寂が戻った。


萱草は椅子へ深く腰掛ける。


そして、

ゆっくり天井を見上げた。


「アイドル……アイドルねぇ……」


静かな呟き。


窓の外では、

春風が木々を揺らしている。


紫苑。


和叶。


昔からそうだ。


あの兄妹は、

人を巻き込む。


騒ぎを起こす。


空気を変える。


そして。


本人達は、

ただ楽しそうに笑っている。


萱草は小さく苦笑した。


「……血は争えないもんだなぁ」


ふと。


机の上の家族写真へ視線が落ちる。


優しく笑う、

結城家の母。


萱草は小さく息を吐いた。


「……母さん」


その声だけが、

誰もいない生徒会室へ、

そっと落ちた。

こんな終わり方ですが

結城家の母は生きてます

GW編で元気にしてたよね?

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