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魔石

息せき切って駆け寄ったゴーレムは、見上げる程の大きさだった。


起き上がれば壁に背を向けてその威容を現していたのだろうが、今は蹲る様に倒れこんでいて在りし日の姿は拝めない。しかしその巨大さには目を見張るものがあり、その腕の太さだけでもゆうにアーシェの2倍の高さがある。広げられた指の一本一本が太く、しかも今にも動き出しそうな精巧さだった。


「すげぇ…。こんな体勢で倒れてるってことは、きっと動いてたんだよな?材質は何なんだろう?それにどうやって動かしてたんだ?こんなでかいもの動かそうとしたら普通の魔石じゃ効かないし、そもそも末端まで魔力を流す術式の原理は――」


ぶつぶつと疑問を口にしながら、指の一本に手を触れた。触った感じは土を塗り固めたような、ざらざらとした感触。しかし泥がはがれたりするわけでは無く、石の様な硬さを持っていた。


「石みたいなのに、指にも関節がある。でもつなぎ目らしいものは無いし…。そもそも何のためにこんな所に――」


「こらアーシェ!!てめぇ何速攻で隊長の言いつけ破ってんだ!!!」

「――いってぇ!!!」


アーシェの考察は突然の衝撃に中断させられた。頭に鈍い痛みを感じたかと思うと、ジークがどやしてきた。どうやら、特大のげんこつを喰らったらしい。


「な、なにしやがんだ!!びっくりするだろうが!!」

「ふざけてんのはてめぇだろうが!!隊長の話、ちゃんと聞いてなかったのか!!折角隊長が貴重な回復薬を分けてくれるってのに、何目の前で勝手な行動とってやがる!!」

「うるさい!そもそもこんなすげぇもん目の前にして、指咥えてる方がおかしいだろうが!!」

「んなてめぇの勝手なんざ知った事か!!良いから大人しくしてろ!!」

「嫌だ!まだまだ見たりないっ!!」

「――あ、待てアーシェ!!」


ジークの腕を潜り抜けると、アーシェは一目散に逃げ出した。ゴーレムの小さな隙間に身を滑らせ、中の空間に逃げ込む。追いかけられずにジークが何事が騒いでいたが、アーシェは無視して奥に分け入った。


(ふんっ。本物の巨人なんてジーク達はいつでも見れるだろうけど、俺はそういう訳にはいかない…。今のうちに見れるものは見ておかないと…!)


そこは辛うじて地面との間にできた、ほんの小さな隙間だった。恐らくゴーレムの胸部分にあたるのだろう。アーシェほどの小柄なサイズでなければ、到底潜り込めない隙間だった。しかし入ってしまうと意外に広い。入り口は狭かったが何とかしゃがめば動ける程度の、広さはあった。


「あれ…?あそこに…魔石…?」


丁度ゴーレムの胸の中央部分にあたるのだろうか。明らかに周りの材質と異なる光を、アーシェは捉えた。そしてそれは近寄ってみると、確かに巨人の胸に穿たれた、大きな赤黒い魔石だった。


「でっけぇ~~~!こんな特大サイズの魔石、初めて見た!!」


およそアーシェの体ほどはありそうな、それは特大の魔石だった。魔素が無いことを示すように、石は暗く沈んでいる。しかしこれに一杯の魔素が詰まっていれば、さぞかし輝かんばかりの美しい光沢を放っていたことだろう。アーシェはうっとりとその魔石を見つめると、仰向けに寝転がり魔石に触れてみた。


「赤い色からして炎の魔素に特化した石みたいだけど、形といい強度といい、天然ものには見えない…。もしかしてこの魔石自体が作られているのかな?」


撫でるとつるりとした感触と、ひんやりとした肌触り。そして――


「…あれ?この魔石、文字が書いてある…?」


アーシェは視界に、うごめく何かを捉えた。それはよくよく目を凝らしてみると通常の文字ではなく、魔術師たちが魔法を行使する際に使う魔術文字、その術式だった。


「――これっ!術式が魔石の中に閉じ込められてる…!!!」


アーシェは驚愕に眼を見開いた。


魔道具と呼ばれるアイテムは、通常魔術文字で書かれた術式が、予め道具に掘り込まれているのが原則だ。そこにエネルギー源となる魔石をセットすることにより、特定の事象を発生させる。それが魔道具の基本概念だった。


広義でいえばこのゴーレムも魔道具だ。事実、先ほどアーシェが眺めていた腕にも、良く眼を凝らして『視れば』、アーシェの眼には刻み込まれた細かい術式が見て取れた。


しかしそれだけでは飽き足らず、このゴーレムの胸にはめ込まれている魔石には、膨大な量の術式が刻み込まれていた。それらは互いに関わりあいながら、ゆったりと魔石の中で揺らめいている。


(――この術式、まだ生きている…)


既に魔素の供給が絶えて久しいであろうに、封じ込められた術式達は未だ魔石の中で煌めいていた。魔術文字はその性質上、通常魔力を練って描かれる。そして魔力供給が無くなると、段々と術式は崩壊していき、最後には魔素へと還る。しかし不思議なことにこの術式は、一つも欠けることなく魔石の中にあり続けた。


その未知の技術にアーシェは身震いをした。


「…すごい。何らかの方法で、術式を固定化させているんだ…。魔素が無くなれば休眠状態に入って、補給を待つ…。まさにこれが、このゴーレムの心臓なんだ」


術式さえ無事であれば、幾らでも魔石の替えの利く通常の魔道具と違い、このゴーレムは魔石が全て。その逆転の発想に、アーシェは我を忘れて魔石に魅入った。目の前にたゆとう魔術文字は、その一つ一つに意味があり、完成された美しさを体現している。その高度な技術力に心奪われ、視える術式の一つ一つをなぞっていく。複雑な術式も、丁寧に一つずつ読みほどいていけば、アーシェにも何とか理解できるものもあった。


「えっと…。これが魔力の出力制御の術式で、これが駆動系で…。あ、こっちには攻撃魔法の術式もある。…ん?全部一文字足りない?」


様々な術式が複雑に絡み合い、互いに影響し合っている中で、全ての術式が必ず一文字足りないように出来ていた。それは二つの術式をつなぐ交点であったり、重要なキーワードであったり。なまじ魔道具屋見習いとして日々様々な術式に触れているだけあり、その異質さにアーシェはすぐに気が付いた。


「そうか、こうやって欠けさせることによって、魔素の供給を最小限に抑えながら術式自体を休眠状態にさせているのか!」


未知の技術に眼を輝かせながら、しかし更なる疑問にアーシェは首を傾げた。欠けた文字は一体どこへ…?何層にも絡まり積み重なっている術式の中をかき分けていると、ついにアーシェはどこにも属さない術式を見つけた。どこにも属さず、また用途すら不明。それは魔術文字が不規則に絡み合って、球状になっていた。


「…わせ…るジ…オ?――ああっ!!文字が絡まって読みずらい!!」


恐らくここに一括りにされている魔術文字の固まりが、欠けた術式を補完するものなのだろう。しかし、アーシェにはその解き方も戻し方も皆目見当がつかない。そもそも、重なり合っている文字は不規則に絡み合い、全く意味を成していなかった。


(でも何かあるはずだ…、この術式を解く答えが…!)


視点をかえ、線と線を絶ち、隠された文字を一つずつ紐解いていく。しかし絡み合った文字を紐解いていっても、今度はそれを『構築』する術が分からない。アーシェはじっと見つめ、思いつく限りの組み合わせや方法を試していった。


「――!――シェ!アーシェ!!」

「?!」


唐突に肩を掴まれ視界が反転すると、目の前には険しい顔をしたジークがいた。


「お前何勝手にこんな所潜り込んでやがる!!呼びかけにも応えねぇから心配したんだぞ!!」

「…あれ?ジーク?」


驚きに眼を瞬かせて、ぽかんとジークを見上げた。呼ばれていたとは気づかなかった。目の前の魔石に没頭しすぎて、周りを気にかけていなかったらしい。アーシェの悪い癖だ。そんなアーシェを見て、ジークは深々とため息をついた。


「全く…。ランドルフ隊長から巨大魔石があるって聞いたときは、もしやと思ったが…。お前少しはここがどんな所か考えろ。幾ら壊れた魔石だとはいえ、ここはナルバの迷宮なんだ。何が起こってもおかしくない」

「壊れた?!」

「あん?この魔石の事だろ?魔素を充てんしようにもどの属性も受け付けず、何の反応も示さないって研究員らが言ってるみたいだぜ。ただ採取しようにもがっちり嵌ってて取り出すことも出来ずに、放置されてるって…」


アーシェは愕然とした。この綺麗な術式を壊すだなんて…!しかしそれもこれも、アーシェが正確に術式を『視る』事が出来るから。一般の魔術師たちには、こんな微かな術式など気づくことも出来ないのだろう。そんなアーシェの驚きには気づかずに、ジークはアーシェの手を取り出口に向かった。


「ほら、いつまでこんな所にいるんだ。研究員の奴ら、これから大規模な実験をするみたいで、お前が出てくるのを待ってるんだ」


ずるずると引きずられながら、アーシェは出口へと向かった。しかし頭の中はあの不思議な術式で一杯だった。そしてそうこうしている内に、出口の隙間へと押しやられた。


「…そういえば良くこの隙間通ったな?」

「馬鹿野郎。大変だったんだぞ。装備を全部脱いで、それでもギリギリだったんだから」


言われてみればベージュのシャツにゆったりとしたズボンという、シンプルな出で立ちだった。不機嫌そうな顔を向けられながら、アーシェは先に出るように促された。


「アーシェちゃん!」


出ると心配そうな顔をしたリーザ達が集まっていた。


「もー心配したんだよ?呼んでも応えてくれないし、全然出てこないし…」

「挙句の果てに止める間もなくジークが入っていったときは、私たちもびっくりしましたよ。この隙間なら、リーザの方が適任でしたでしょうに…」

「馬鹿。何があるか分からない所に、リーザ一人行かせられるか」

「お前も丸腰だったら同じだと思うがな…」


ジークがずりずりと隙間から這い出てくると、苦笑しながらデュークが胸当てと小手を手渡した。流石にその事には気づいていたらしい。ばつが悪そうにジークは舌打ちした。


「ともかく、ランドルフ隊長に謝りに行くぞ。散々心配かけさせた挙句に、実験を待ってもらってたんだからな」

「実験って何をやるんだ?」

「どうも魔力に対する反応実験のようですよ。幾つかのポイントから魔力を流し、それに対するゴーレムの反応を見るそうです。うまくすれば、回路術式の構成が分かるかもしれませんね」


シリウスの説明に、アーシェは一抹の不安を覚えた。あの魔石はまだ生きている。そのゴーレムに魔力を注ぐという事は、何か大変なことを引き起こしはしないか…。だがそれを伝えるためには自分が魔素を見えることを伝えなくてはいけないし、そもそも普通の魔術師程度の魔力では、あの魔石を満たせることなどないだろう。ぐるぐると結論の出ない思考をしているうちに、ランドルフの前に着いてしまった。


「脱走子猫は見つかったか」


苦笑しながら問いかけてくるランドルフを見上げると、ぐいっと頭を抑え込まれて下を向かされた。


「すみません、本ッ当にご迷惑かけしました!」

「い、イタイイタイ!!首がもげる!!」

「馬鹿野郎!お前どんだけ迷惑かけたわかってんのか?!」


二人のやり取りを苦笑しながら見つめると、ランドルフは構わないと言ってくれた。


「こちらも丁度実験の準備が終わった所だ。取りあえずアーシェ君、好奇心が先走ってしまうのはわかるが、少しは周りを見なさい。幾ら今は安全が確保されているとはいえ、ここは普通のダンジョンではないのだから」

「う…。すみませんでした…」


流石にばつが悪いと思ったのか、素直にアーシェは頷いた。それを見ると、ランドルフは視線をゴーレムへと向け、その周りに配置されている自分の部隊と、研究員達を指差した。


「聞いての通り、これから実験が始まる。研究員達は安全を主張しているが、何が起こるか分からないのがこの迷宮だ。君たちは十分に下がった所に避難していなさい」

「――あ、あのっ!」

「アーシェ、これ以上隊長に迷惑かけるな」


行くぞ、と促されてしまい、結局アーシェは魔石と術式の事をランドルフに伝えるタイミングを逸してしまった。


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